その十七 だから股間は蹴るなって!
お父さん、お母さん、元気にしていますか?
日本では何が起きているのか分かりませんが、お父さん、お母さんなら元気に暮らしているのでしょう。
えっ?俺の事ですか?
俺は今……空を飛んでいます。
「ぎゃああぁぁぁぁ!!!」
俺はサイラとの戦いに勝利し、それが油断を生んでしまい、自分の偽物の看板を踏んづけてしまい、空を飛んでいた。
「死ぬ!死ぬって!これ落ちたら間違いなく死ぬって!」
予想以上に空中に飛ばされてしまった!
この勢いのまま地面に衝突したら間違いなく死ぬだろ。
くそ、せっかく勝利したのにこんな所で、死ぬわけには行かない。
そう思った時勢いが弱まり下に降下していく。
「く…そ……!」
一か八か地面にインパクトを当てて威力を和らげるしかないか。
強すぎると体がまたふっ飛ばされる、かと言って弱過ぎると威力が足りず勢いが落ちぬまま地面に激突。
もう痛いのはごめんだ!
「………今だ!インパクト!」
俺は自分の思ったタイミングでインパクトを地面に撃つ。
上手く行ったのか衝撃はあまり強くなく、俺はそのまま地面を転がった。
「はあ……はあ……はあ……生きてる?」
俺は自分の体を触り生きてる事を確認する。
何とか傷1つなく無事に着地出来たようだ。
「はあ……よかった。次からは油断せずにちゃんと周りを見よう」
「ふっふ〜ん。空から何が降ってきたと思ったら君だったのか」
「っ!?お前はハムス!」
あの膨張した筋肉、そして鼻で笑う癖。
まさかたまたまハムスが居る所に落ちるなんて、運が良いのか悪いのか分からないな。
ていうか弟子と戦って来たばかりだからかいつもより筋肉が大きく見える。
「かつ!あんたなんで空から降ってきたのよ!」
「ミノル!良かった、無事みたいだな」
後ろの看板も割られてないし、作戦は今の所順調みたいだな。
「絶対かつの所には俺の弟子のサイラが来てたはずだが?何処にも看板も持っていないということは、引き分けになったのかな?」
「いや、ただ単純に自分の看板を自分で踏んづけただけだ。因みにサイラは倒したぞ」
「…………」
「かつ、あんたもうちょっとオブラートに包めないの?」
何かミノルが言っているがこっちはもう色々あって相手に気を遣ってる暇なんか無い。
するとハムスは黙ったままこちらを見る。
「なるほど。良い……良いぞ!絶対かつ、お前は俺の想像以上だ!」
何かよく分からないが興奮しているのだろうか?
男に興奮されても嫌なんだけど。
「おい、ミノル。今どういう状況だ」
「今の所はハムスと5分5分の戦いをしてる所よ。でも、もうそろそろいいんじゃないかしら」
「ふっふ〜ん。俺を無視して2人だけ内緒話か。なるほど、それじゃあ攻撃させてもらおうかな!」
その瞬間空中に魔法陣が展開される。
「ロックスタンプ!」
そしてその魔法陣から勢い良く太くて長いゴツゴツした岩が地面に落ちてくる。
「うわっ!?あぶな!」
「くっ!アイスロック!」
「おっと!危ない危ない。お嬢ちゃんの技はどれもこれも厄介だから、当たると非常にまずいな」
ハムスは自分の足元に出てきた魔法陣を素早く避け、ミノルの氷から免れる。
相変わらず見た目とは裏腹に動きが素早いな。
「ミノル、作戦が始まってからそろそろ1時間位か?」
「そうね。多分もう……」
「ふっふ〜ん。もしかして作戦を立てているのか?面白い!俺の筋肉に不可能が無いことを証明してみせよう!さあ、何でもかかってこい!!」
ものすごい自信だな。
まあ、だからこそ誘いに乗りやすくて助かるのだが。
よし、時間も時間だしやるとするか。
「なあハムス。ずいぶん自分の体に自信を持ってるよな」
「もちろん!俺の筋肉こそが史上最強の壁!俺の筋肉を壊せるものなど誰もいない!」
そう自信満々にマッスルポーズをする。
「それじゃあ力比べしようぜ。俺がインパクトでお前を倒しに行く。ハムスは自分の持ってる最高の防御力で俺の攻撃を防ぐ。てのはどうだ?」
「なるほど。ふっ、いいだろう!俺の筋肉とお前の筋肉。どちらが強いか決めようではないか!」
「いや、別に俺は筋肉は使わないんだけど。まあいいか」
よし、うまく挑発に乗ってくれたな。
まあほぼ100%乗るとは思ってたけどこんな簡単に行くとは思わなかったな。
これで上手く倒せればいいんだけど、もし倒せなければ。
「かつ、大丈夫なの?」
「任せろ。俺だって少しは強くなってるし、それに自分の力もちゃんと分かってる。無理はしないよ」
「分かってるけど……」
「ミノルは邪魔すんなよ。これは男と男の戦いだ」
「分かってるわよ。頑張ってよね」
そう言ってミノルは少し遠くに行って、俺たちの様子を見守る。
「お互い小細工無しで行こうぜ」
「ふっいいだろう!俺の筋肉も久し振りに喜んでいるぞ!この戦い負ける訳には行かない!」
そう言って目の前に巨大な岩が出現する。
今までで1番ぶ厚くそして巨大だ。
これを破るのは並の威力じゃ駄目だな。
俺は手に魔力を溜める。
今までで1番の魔力量だ。
その時医者の言葉を思い出す。
『これ以上、限界の魔力量を摂取すれば体が爆発するからね』
多分これはインパクトのことだと思う。
インパクトは魔力暴走を意図的に引き起こし、それを攻撃に変える魔法だ。
もしかしたらこれによって俺は死んでしまうかも知れない。
だけど、どっちみちこいつを倒さなきゃ俺はこの先普通に死ぬだろうな。
だったらもう、後悔はしない。
死が身近にあるこの異世界では、後悔なんてしてる暇なんてない!
「今までで、最大で最強の1撃だ!喰らえハムス!!」
「来い!絶対かつ!お前の筋肉を見せてみろ!」
「だから筋肉じゃないって言ってんだろ!」
俺は一気に駆け出す。
腕が熱い。
いや、腕だけじゃなく体中熱い。
「これ、本当に死ぬかもな」
そんな事を呟きながら俺は今までの1番の魔力を込めた手を巨大な壁にぶつける。
「インパクト!!!」
それは衝撃波と言うより巨大な爆発の様な衝撃だった。
気が付いたら俺の体は空中を飛んでいた。
「かつ!」
俺はミノルに魔法で上手く受け取められたおかげで地面に叩きつけられずにすんだ。
「だ、大丈夫かつ!?ほら回復のポーション!」
俺はミノルが口の中に流してくれる回復のポーションを一生懸命に飲む。
「あ……ああ……ありがとうミノル」
回復のポーションのおかげで指一本動かせなかった痛みが消えて、動けるまで回復する。
「良かった。あんた腕も衝撃で折れてたりして、しかも1分位空中に浮かんでたのよ。真上に飛んでいったから動かずに受け止められたけど」
「1分もか!?どんだけ高く飛んだんだよ」
確かにインパクトを打った後の記憶がない。
意識を失っていたと言うことか。
俺がこんなになってるという事はあいつはどうなってるんだ?
俺はすぐにあの男を探す。
「なっ!?」
まだ衝撃で砂埃等が視界を邪魔してるがそれでもあいつの安否を確認するには十分だった。
「た、立ってんのかよ。あの攻撃を喰らって」
「カハッ!」
ハムスは体中傷だらけで口から血を吐いているが、尚も倒れなかった。
「ふ、ふふふふ!ははははー!!!耐えたぞ!俺は耐えた!素晴らしい攻撃力だ!俺の筋肉もここまでの威力を受けたことはない!MMK防御をしなければ死んでいただろうな!」
「いやいや、MMK防御ってレベルじゃないだろ。お前どんだけ硬いんだよ!」
正直言って、かなり手応えはあった。
なのにまだここまで動けるなんて、本当に筋肉って凄いのかもしれない。
「ふっふ〜ん……この勝負俺の勝ちだ―――――」
「ちょっと待ちなさーい!!」
この声は………来た!
「なっ!お前は―――――!?」
ハムスが気付いた時にはサクラはすでに蹴りの射程範囲だった。
「っ!?」
ハムスはボロボロの状態でも素早く動き後ろの看板を守ろうとする。
「今までの借りを全部返してやるわ!おりゃっ!!」
「ふぐっ!?」
「なっ!?」
「えっ?」
その攻撃は俺達が予想していたのとは全く違う場所を蹴っていた。
それは男にはとても痛い急所、いわゆる股間だ。
「はっはぁぁぁぁ………」
先程の攻撃で倒れなかったハムスが弱々しく崩れ落ちる。
そして俺は無意識に股間を触ってしまっていた。
他人事だが痛そぉー。
「な、何故お嬢ちゃんが?」
「あれ?気付かなかったの?これも作戦の内なのよ」
「何!?作戦だと?」
「これ?分かる?」
そう言ってサクラはポケットから空の瓶を出す。
「そ、それは……」
「筋力増強ポーションよ。これを飲めば魔力を無くす代わりに一時的に筋力を増強するっていういわゆるドーピングね」
「なっ!そ、そんな物をいつの間に……」
「ポーションを使っちゃ駄目なんて1言も言ってないでしょ?まさか、説明不足にも関わらず私達のせいにしないわよね?」
うわっサクラ、感じ悪。
「まさか、本物の看板は……」
「そっ私。わざと筋肉だるまに突撃してやられたふりして、捕まってたの。この看板も魔法で文字を隠して、バレないようにしたのよ。そして、頃合いを見て、脱出してあの筋肉だるまを倒してあんたの所に来たのよ」
「ま、まさか……そんなこ……と、が………」
とうとう体力と痛みが限界を迎えたのかその場で力尽きた。
「そ、それじゃあ看板を壊しましょうか?」
「そ、そうだな。じゃあサクラ、真っ二つに割ってくれ」
「言われなくても分かってるわよ」
そう言ってハムスの背中にある看板を手に取り地面に叩きつける。
あ、そういう割り方なのね。
普通足で割ると思ってたんだけど、まあいいか。
「よし!爆発もしないって事はこれが本物ね。私達の勝利よ!」
そう言って嬉しそうにバンザイするサクラ。
「そ、そうだな。俺たちの勝利だー!」
「そ、そうね。道場を取り戻せたわね!」
勝利したのに俺とミノルは何とも言えない申し訳なさもあり素直に喜ぶ事ができなかった。




