その十六 初めての真剣勝負
「1時間経って森の中に入りましたけど、あいつらの姿が今の所見えないですね」
「どうせ、奇襲作戦を狙ってんだろ。安心して下さい。何処から来ようとも必ず師匠を守って見せます!」
「ふっふ〜ん!それはありがたいが、どうやら奇襲作戦ではないようだぞ」
俺達を見つけると、不敵な笑みを浮かべ筋肉を見せつけてくる。
弟子と師匠が一緒に居るだけで破壊力が増すな。
「1時間ぶりだな絶対かつ。それに後ろのお嬢ちゃん達も。皆揃ってまさか、俺達を待ち構えていたのか?」
「そのまさかだ。待つのもくたびれたぞ。お前ら遅いんだもん」
するとハムスが高らかに笑い出す。
「はっははは!まさか、ハンデを使わず立ち向かってくるとわ、いいぞ!俺の筋肉もやる気に満ち溢れていると言っているし、ここは決闘と行こうか!」
そう言ってやる気満々に来いと言わんばかりに挑発してくる。
よし、ここまでは作戦通りだ。
後は、上手く騙すだけだな。
これが1番難しいんだけどな。
「おいミノル、サクラそろそろ作戦を実行するぞ」
「分かったわ。2人共上手くやってね」
するとサクラは何やら俯いてぶつぶつ言っている。
「おい、サクラどうした?そろそろ作戦の準備を……」
「私はやっぱり我慢できない!」
急に意味の分からないことを喋ったと思ったら、ハムスに向って突撃しに行った。
「ちょ!お前何勝手に行ってんだよ!」
「今まで受けた屈辱を全部返してやる!」
「ふっ!早速仲間割れか。いいだろう。お前の筋肉を俺に見せてみろ!」
「私は筋肉じゃなくて脚力よ!」
そう言って、思いっきりハムスの体を蹴飛ばす。
だが……
「残念だが、やはりお嬢ちゃんの筋肉では俺を傷つけることは無理なようだな」
蹴飛ばされた所を庇う様子もなく、平然としている。
やばすぎだろ、どんだけ鍛えてんだよ。
俺はサクラと戦ったから分かるがあいつの足のスピードはかなりすごい。
そのスピードで蹴飛ばされたら間違い無く骨が数本折れるだろうな。
「それじゃあお嬢ちゃん。少し眠っててもらえるかな」
「っ!?」
その瞬間、ハムスがサクラの首の後ろを手刀で当て、サクラはその衝撃で気絶してしまった。
すげぇ漫画でしか見たことなかったが、本当に眠るんだなあれ。
「それじゃあ看板が当たりか、どうか確認してみるか」
そう言って弟子の1人がぐったりしているサクラの背に乗っている、看板を手に取る。
「何も文字が書いてませんね。師匠、これは偽物です」
「そうか。まあそんな簡単に終わってもつまらないからな。そうだろう絶対かつ」
そう言って余裕の笑みを俺に向ける。
サクラは木に縛られて、直ぐには逃げ出せないだろう。
ここは逃げるしか無いな。
「よし、ミノル。ここは数的に不利だ。逃げるぞ!」
「こんな所で、そんな潔さいらないからね!」
よし、後は任せたぞサクラ。
俺達はその場をすぐに後にした。
「ふっふ〜ん、逃げたか。よし!追うとするか。ヤイリはそのお嬢ちゃんを見張っててくれ。看板も渡して置く」
「分かりました!必ず守ってみせます!うおー燃えてきたぜ!」
「うるさいから静かにしていてください」
「それじゃあ行くとするか」
―――――――――――
ミノルと分かれてから、10分が経過しただろうか。
ただひたすら森の中を走ってるだけだが、今ハムス達は何処にいるのだろうか。
その時俺の正面に魔法陣が現れた。
「うおっ!?」
俺は反射的に右に避けた。
その瞬間、レザービームの様な物が飛び出してきた。
「あ、あぶねえ……誰だ!」
俺は魔法陣を展開した奴を探す。
すると木の上でこちらを見下ろす1人の筋肉野郎が居た。
「お前が絶対かつか?」
「あ、ああそうだけど」
格好はあいつらと同じ上半身裸の筋肉見せつけスタイルだ。
背中にロープを巻いて、看板を背負っている。
顔は真面目そうな顔付きで筋肉を付けるのでは無く、知識を付けている方が合っている頭脳派タイプに見える。
「俺はサイラだ。ハムス師匠の弟子をしている。お前を今から倒す」
しっかりと宣言してくるな。
まあでも、正直自信満々なのも無理は無い。
相手はレベル1の魔法使いなんだしな。
そりゃ勝てると思うよな。
「それじゃあ俺も改めて自己紹介するよ。俺は絶対かつ。ダリ師匠の弟子だ。そして、今からお前を倒す男だ」
その言葉を聞いてサイラが眉を吊り上げる。
「本気で言っているのか?正直言ってお前が勝つ事は無いと思うが」
「俺だって策無しで言ってるわけじゃないぞ。今までレベル1で戦って来たからこそ、レベル1の戦い方ってもんがあるんだよ」
サイラは尚も余裕そうにしている。
よし、余裕かましてろ、俺の魔法が1番当たりやすいのは余裕ぶって油断している時だ。
「策か……確かにそうだな。レベル1だとしてもここまで生きて来られたということは、上手く立ち回って来たのか。なら、こちらは手加減しないぞ」
「あ、いや別にそういう意味じゃなくて。手加減はして欲しい………」
その瞬間空中に魔法陣が展開される。
「行くぞ!絶対かつ!」
「ちょ、ま!」
まだ心の準備が出来ていない!
「ライトレイン!!」
その瞬間、魔法陣から光輝く矢の様な物が現れた。
と、思ったら一斉に俺の方に落ちて来た。
「て、うわぁぁぁぁ!!」
しかも1本や2本では無く。
数え切れない程の矢が俺めがけて飛んできた。
「待て!これ死ぬって!まじで死ぬって!」
俺は迫りくる光の矢から命懸けで逃げる。
「どうした絶対かつ!策があるんだろう?」
もうそういう問題じゃないだろ!
第一今の俺にはどの魔法も当たれば致命傷になる。
そんな体で今足を止めてあいつに魔法を放とうとすれば、放つ前に俺は体中穴だらけになって死ぬだろうな。
「逃げているだけでは勝てないぞ!立ち向かって来い!」
サイラは俺を挑発しているのかちょくちょく俺を煽ってくる。
挑発に乗るのは三流のやることだ。
俺は本能のままに行動したりはしない。
こういう時こそ冷静にならなければならない。
「それがお前の限界なのか!」
ならない!
「所詮は逃げる程度か絶対かつ!」
ならな……
「最弱のレベル1はやっぱりその程度なんだな!」
「うるせえー!今すぐぶっ飛ばしてやるから少し黙ってろ!!」
俺は、あまりのウザさに立ち止まり怒鳴ってしまった。
「ふっかかったな」
「あ―――――」
その瞬間、無情にも矢が降り注ぐ。
まずい!避けられない!
くそ、使うしか無いか。
俺は魔力を右手に貯める。
「インパクト!!」
その瞬間、衝撃波によって矢が全て吹き飛ばされた。
「はあ……はあ……あぶねえ。死ぬとこだった」
「インパクトと言う魔法か。それがお前の中での1番強力な魔法だな」
くそう、切り札をもう見せてしまった。
これじゃあ魔力を溜めた瞬間、インパクトだと気付かれて避けられてしまう。
インパクトは相手が近ければ近い程威力が高い。
離れられてしまったら、決め切れない。
「1番強力かまだ分からないだろ?隠し玉をまだ持ってる可能性もあるぞ」
「それなら早々にライトレインを攻略して俺の元に来ているだろう。なのに魔法を放つのを躊躇ったのは、そのインパクトしかライトレインを攻略出来なかったからだろう」
やばい、めちゃくちゃ図星だ。
「もう1度聞くぞ絶対かつ。俺とまだ戦うか?正直言って100%俺が勝つと思うが」
やばいやばい!
正直言って俺もそんな気がしている。
看板を守りながら戦うとなると更に難しい!
だけど……
「確かにお前の言う通り勝てる可能性はお前の方が高いだろうな。だけど負けるとか勝つとか関係ない。俺はあいつらが勝てると信じてる。だから俺もあいつらの気持ちを踏みにじる訳にはいかないんだよ」
「……諦めるつもりは無いって事だな」
「そう捉えてもらって構わないぞ」
そうだ、あいつらだって必死になって戦ってんだ。
それに強くなる為にここに来たんだから、逃げる訳には行かないだろ。
「それじゃあ俺も手加減無しで行く」
「さっきからそればっかだな」
「……最後の確認としてもだ。それじゃあ行くぞ!」
「いや、俺から行かせてもらう!」
インパクトを知られたのなら先手を取らせるわけにはいかない!
「ファイヤーボール!!」
俺はファイヤーを貯めて放ったファイヤーボールをサイラにぶつける。
「くっ!やっぱりレベル1だな。全く痛くないぞ」
「そんなの分かってるよ!よっ!」
俺はファイヤーボールを当てた時に作っておいた氷柱をサイラに投げる。
「っ!?氷柱?こんな物で俺の体を傷付ける事なんて出来な……」
氷柱で気を引いている隙に俺はサイラの間合いに入る。
「っ!?いつの間に!」
この距離ならインパクトを確実に当てられる。
「インパ――――」
その瞬間、何かが勢い良く俺の横を通り過ぎる。
気付いた時には俺の腕から赤い血が吹き出していた。
「なっ!?」
そちらに気を取られていた時、俺はサイラに蹴飛ばされる。
このままでは看板が木にぶつかってしまう!
何とか看板に衝撃が当たらないように咄嗟に背中から外した。
「ぐはぁっ!?」
腕の痛みと激突した衝撃で俺はそのままゆっくりと倒れる。
何をされたのか、分からなかった。
腕からは血がどくどくと流れ、1箇所程穴が空いている。
まさかこれは……
「騙したのか、俺を……」
「騙したのではない。俺は反撃をしただけだ」
「分かってたのか?俺が間合いに入る事を」
「選択肢の中に入ってただけだ。氷柱を投げてきた時、俺を倒す為に投げてきたのでは無いとすぐに分かったからな。今更氷柱で傷が付くとは思ってないだろうし。だとしたら気を引かせる為に投げたと考えるのが妥当だろう。だから念の為に上空に魔法陣を展開しておいた」
そう言ってサイラが上に指を指すとそこに魔法陣が展開されていた。
いつの間に。
目の前に集中してて、気付かなかった。
頭脳派タイプを相手にすると、こうもめんどくさいのか。
俺はゆっくりと立ち上がり包帯の代わりに服を破ってまだ血が出ている腕に血を止める為強く巻く。
「くっ!これで大丈夫か………」
「因みに今お前の腕を射抜いた魔法は俺の光の魔法の中で最速の魔法、スピードアローだ。お前の反射では先ず避けられない。それでも、その状態でやるのか?」
腕が痛む。
腹も蹴られた所が痛いし、木に激突した背中もかなり痛い。
正直めちゃくちゃ帰りたいし、凄く辛い。
サイラは未だにピンピンしていてこちらを睨み付けるように見てくる。
「たく、ここ最近心も体もボロボロだよ。まじで」
「それでまだ続けるのか?俺は正直言って、これ以上は一方的ないじめになると思うけど」
サイラは未だに余裕たっぷりだ。
余力残してるだろうし、この状況はどう考えても俺が負けるよな。
でも………
「俺は諦めるつもりは無いぞ。確かに今の俺はお世辞にも強いとは言えない。体中痛いし、腕から血が出てるし、疲れるしで、精神的にもだいぶまいってる。ここ最近心も体もボロボロになる事が多いから余計しんどい」
「だったら潔くその横に落ちてる看板を俺に渡せ。そしたら―――――」
「それでも、笑える日があるんだよ。辛いことがあっても、苦しい日々が続いても、あいつらと居る時は心の底から笑えるんだよ。安心するんだよ」
サイラは、黙ったまま俺を見つめる。
「あいつらと笑える日が1分1秒でも長く過ごせる様に、俺は強くならなきゃいけないんだ。だからこんな所で負ける訳には行かないんだよ!」
俺はほぼ勢いに任せてサイラに突っ込んで行く。
「血迷ったか!そんな特攻が決まると思ってるのか!」
サイラが上空に魔法陣を展開する。
またあの矢か!
一か八か試すしかない!
「ファイヤーボール!!」
「何処に撃ってる!そこには無いも……まさか!」
そう、俺がファイヤーボールで狙ったのはサイラでは無く、魔法陣だった。
その瞬間魔法陣に直撃し爆発した。
「やられた!魔法陣が消された!!」
「やっぱり魔法陣にも攻撃は通じたか!なら」
俺は魔法陣を破壊された事により動揺している隙に一気に差を詰める。
これが最後の攻撃だと強く思いながら。
「くっ!やらせない!」
すると、地面の下に魔法陣が展開される。
その瞬間、俺は自然とジャンプしていた。
何故飛んだか分からない。
こういう場合は体が勝手に動いたと言うのだろうか。
だけど何故か俺はその魔法が何なのか、分かっていた気がする。
「ロックタワー!」
その瞬間巨大な岩が魔法陣から出現する。
やっぱりあの筋肉野郎がやるMMK防御をするつもりか!
今の俺は流石にそれは破れない。
何としてもこの岩を飛び越えなきゃ!
俺は盛り上がって来る岩を飛び越えようと左手を伸ばす。
すでに俺より、少し高い位置にある岩の頂点を掴むために!
届け!届け!届け!!届けー!!!
「うおぉぉぉぉ!!」
その時俺の手が頂点の岩に触れる。
掴んだ!
「ウィンド!」
撃ち抜かれた右手で何とか風の魔法を岩に向って撃つ。
その瞬間体が浮かびそのまま1回転して岩を飛び越える。
「何っ!?飛び越えたのか!」
来た!この距離なら威力は申し分ない!
サイラは飛び越えると思っていなかったのか、動揺して、魔法陣を展開する時間が無く顔を腕で隠し防御姿勢に入る。
これが最初で最後の攻撃だ!
俺は左手にありったけの魔力を込める。
「喰らえ!!インパクト!!」
その1撃により、サイラの周りに大きなクレーターが出来、俺の体は吹き飛ばされた。
「はあ、はあ、はあ………生きてるのか俺?」
アドレナリンどばどばで勢いのまま行ったけど成功したのか?
俺はふらつきながらもサイラの安否を確認する。
そこにはクレーターの真ん中で先程と同じポーズで固まるサイラの姿があった。
「生きてるのか?サイラ?」
「ぐふぅ!」
その瞬間、吐血したと思ったらそのまま崩れるように倒れた。
「サイラ!おい、大丈夫かお前!?」
まずいやりすぎてしまったのかも知れない!
インパクトの魔法はかなり使っているが魔法使いにはほぼ使っては居ない。
もしかして想像以上に威力が高かったのか!?
俺はすぐにサイラが生きてるか確認した。
「心臓は………動いてる。良かった……」
俺はポケットから事前に買っておいた回復のポーションを開ける。
それを飲もうとした時ふとある考えが浮かんだ。
「流石にこの状態で放置は駄目だよな」
俺はしゃがんで、サイラの口に回復のポーションを流し込む。
するとみるみる内に傷が回復した。
「傷が回復するだけで疲労とかは回復しないからしばらくは寝てるよな」
そして俺はサイラを地面に寝かせてから、回復のポーションを飲み干した。
「ふぅー、おっ!血が止まったみたいだな」
改めて体を見ると血が止まっていて傷も無くなっていた。
回復のポーションの回復力はすさまじいな。
その時、自分の力で勝利した実感が沸き上がってくる。
「生きてる。俺、勝ったんだな。初めてちゃんと戦って勝ったんだな。引き分けでも、逃げる訳でもなく、立ち向かって勝ったんだ!よっしゃぁぁ!やったぞー!」
俺は改めて勝利の嬉しさを噛み締めガッツポーズをする。
「あ!まだ作戦は終わってなかったな早くミノルと合流しなきゃな」
俺は急いでミノルの所に向かおうと走った瞬間、何かを踏んづけた。
「あっ」
俺の足元には真っ二つに割れた看板があった。
俺が激突した木の下にあるということはこれは……
そう思った瞬間、俺は爆発によって空中に吹き飛ばされた。




