その九 筋肉自慢
「まさかかつが自分から強くなりたいなんてね」
「別にいいだろ。それに、もうあんな痛い思いをするのは嫌だからな。自分の身は自分で守れるようになりたい」
「そうじゃぞ!まあ妾の力があればお主を守ることなんてたやすいがな」
「それはどうもありがとうございます」
「にしても、ここがかつさん達が前に修業してた道場ですか」
そう、俺達は強くなりたいと言う俺のわがままを叶えるため、昔通っていたダリ熟練所に来ていた。
「ああ、でも1回しか通ってなかったけどな」
「早く入ろうぞ!」
そう言ってデビが扉まで走って行く。
「でも、少し気になりますね」
「ああ、俺も気になる所がある」
「看板が変わってるわね」
そう、そこに掲げられていた看板にはダリ熟練所では無く魔法筋肉道と書かれていた。
「そのダリさんと言う人が、看板の名前変えたんですかね」
「いやいや、それは無いだろ。あのダリ師匠がこんな名前にするわけ無いし」
「もしかしたら私達が来なかった間に、何かあったのかもしれないわね」
「そんなの入ってみれば分かることじゃろ!失礼する―――」
デビが扉を開けた瞬間、誰かが思いっきりデビと衝突した。
「うぎゃ!」
その勢いに負け、デビとその人は一緒に吹っ飛んで、デビが下敷きになってしまった。
「おいデビ大丈夫か?」
「重たいのじゃ………」
「おいおい、何だ?いま外で声が聞こえたぞ?」
そう言って、男が道場から出てきた。
その男は膨張した筋肉、柔道着の様な物を着たマッスル野郎だった。
「げっ!?な、何だあいつ」
「む?お前らは誰だ?もしかして家の道場に入りたいのかな!?」
そう言ってマッスルポーズを決める。
うわぁ……苦手なタイプだ。
「えっと……俺はここのダリ熟練所に用があるんですけど」
「ん?ダリ熟練所だと。まさかあの爺さんにまだ門下生なんて居たのか」
「それってどういう意味だ?」
物凄く嫌な予感がするんだけど。
「残念だがダリ熟練所は道場破りによって魔法筋肉道に生まれ変わったんだぜ!ふんっ!」
そう言って再びマッスルポーズをとる。
うわぁ、うざった……。
「て、そうじゃなくて!道場破りだって!?もしかしてお前がやったのか!」
「ふっふ〜ん、その通りだぜ!」
まじかよ……こんな奴にダリ師匠は負けたのか。
「ちょっとかつ!これ見てよ!この人、サクラじゃない?」
ミノルは、デビの上に乗っかっている人を指差す。
「ん?あ!本当だ。サクラじゃないか。おい、お前大丈夫か?」
「う、ううん……」
駄目だ、気絶してるのか?
「おい、お前!サクラに何をした!」
「ただ俺は道場破りをして来たお嬢ちゃんを追っ払っただけさ。その子は俺がこの道場を貰ってから毎日道場破りに来てるんだよ。まあ、俺的には自慢の筋肉の力を試せるから嬉しいんだけどなっ!」
相変わらず会話の終わり終わりにマッスルしてくるな。
俺達が居ない間にまさか道場破りに合ってたなんて。
もし、俺がもっと早く借金を返して戻ってきていれば、道場を失う事も無かったんじゃないか?
いや、まだ間に合うか。
「それじゃあ、俺と勝負しろ!」
俺がこいつらを倒して道場を取り戻す。
「ん?もしかして、君も道場破りをするのかな?」
「ああ、そうだ!俺はダリ師匠の弟子だ。道場破りをする権利があるだろ」
「ふっふ〜ん、あの爺さんの弟子と言うなら致し方あるまいな。よし、早速やろうか!」
そう言ってその男は俺の前に出てくる。
「え?ここでやるのか?中でやらないのか」
「中は俺の門下生が絶賛筋トレ中なんだよ。邪魔したくなくてな。ここで、相手してやるよっ!」
そう言って余裕のマッスルポーズを見せる。
くそ、俺の事をナメてやがるな。
だが実際実力が分からないのは確かだ。
あのバケモンみたいな強さを持ってたダリ師匠を倒す程だ。
多分、かなりの実力があるんだろうな。
「紹介が遅れたな。俺は魔法筋肉道の師範をしている、ハムスだ!主に土の魔法を得意としている!」
そう言って来ていた服を脱ぎ捨てて、パンツ一丁になる。
な!?得意魔法まで教えるのか。
ていうか服脱ぐ意味あるのか。
見栄を張れるほど俺は強くは無いけど、相手も言ってるのに俺が言わないのは平等じゃないよな。
「俺は絶対かつ!このパーティーのリーダーで、得意魔法は無の魔法だ!」
「無の魔法か!面白い!では、尋常に勝負!」
先ずは相手の魔力レベルを図る!
「ファイヤーボール!」
俺の魔法がハムスに勢いよく向かう。
「ふんっ!」
それを筋肉を突き出して防ぐ。
やっぱりほぼダメージはゼロだな。
「う〜ん、おかしいな。まさかこの程度で俺に勝てると思ってるのか?」
「そんなわけ無いだろ。こっからだ!」
「何か、始まっちゃいましたね。ミノルさん」
「そうね。まあ、私も勝負を挑むつもりだったしいいんじゃないの」
「早くこやつをどかすのじゃ!いつまで上にいるつもりじゃ!」
インパクトはまだ使えない。
相手が完全に油断している時じゃないと駄目だ。
だから……。
「ウォーター!」
「ん?水か?」
ハムスは逃げる事なく水を全身に浴びる。
「まさか水を浴びさせて寒さで動きが鈍くなるのを狙っているのか?残念だったな!こんな水、お湯と変わらないぞ!」
「そんなこと分かってるよ。だったらこれはどうだ!アイス!」
だが、ハムスの体は冷気が当たるだけで凍る事は無い。
「う〜ん、もしかして絶対かつくん、君は魔力レベルが低いのかな?それなら、早く終わらせてあげないとね。ううん……!」
そう言って魔力を貯めてるのか力んでいる。
何が来るんだ。
俺は1発でも、受けたら致命傷だ。
ここは何としても避けなくちゃ。
「うう……マッスル!」
「え?何や――――」
一瞬マッスルポーズをして、何やってるのかと思った瞬間地面の下に魔法陣が現れた。
「しまっ―――」
「筋肉魔法!ロックスピア!」
その瞬間魔法陣から鋭い岩が俺を突き刺しに出てきた。
「うおっ!……あっぶな」
俺は風の魔法で体を吹き飛ばして、ギリギリ避けられた。
「惜しいな。俺の筋肉魔法でやられていれば楽に終わったのにな」
「筋肉魔法って何だよ。ただの土魔法だろ」
「君には分からないかな。この筋肉の良さが」
言動は変だが、実力は確かだ。
やっぱり俺の魔法じゃ、全く歯が立たない。
やるしか無いか。
「行くぞ!」
「まだやるのか?俺の筋肉には到底勝てないと思うが?」
「まだ分からないだろ!ファイヤーボール!」
「またその魔法か。そんな魔法、俺の筋肉の前では無意味だぞ!」
俺はファイヤーボールをハムスにではなく、地面にぶつけた。
それにより地面で爆発して砂埃が辺りの視界を悪くする。
「うん?なるほど、砂埃を巻き上げ奇襲を狙う作戦だな」
そういうことだ。
でも、ただの奇襲じゃないぞ。
俺はハムスに向かって、氷柱を投げる。
「ん?氷柱?」
ハムスがそれを当然の様に取ったその瞬間に俺は一気に距離を詰めた。
ハムスは今、氷柱に気を取られている。
俺の実力が自分よりも劣っていると思っているなら俺が近付いても、対処が遅れるはずだ。
そこをつく!
「インパクト!!」
「なっ!?」
物凄い衝撃音と共に俺はハムスから距離を取る。
完全に隙をつけた。
間違いなくダメージは入ったはずだ。
「ふっふっふっ、中々……いーぃ筋肉をしてるじゃないか!」
「なっ!?無傷!?うそだろ!直撃したんじゃ」
「あ〜あ、直撃したとも。君の筋肉とても素晴らしかったよ。MMK防御をしても少しダメージが入るとわね」
「え、MMK防御?何だそれ」
「ふっふ〜ん、それはね。魔法!魔法抵抗!そして筋肉!この3つを使った俺の最強防御!それがMMK防御だ!」
そう言って、一々ポーズするのがムカつくな。
「何だよそれ、固すぎだろ!インパクトでも、届かない防御力ってどんだけだよ!」
「なるほど、それが君の隠し玉か。だが残念だったな。所詮筋肉の前ではすべてが無力なのさ。まあでも、俺の魔法を壊して、俺の体まで魔法を届かせたのは褒めてあげよう。君はまだまだ伸びしろがあるぞ!どうだ?俺と一緒にマッスルしないか?」
「いや、やらないから」
くそ、どうする?
あいつは完全に油断していた。
それなのに魔法を素早く展開して、MMK防御とやらで防がれた。
これからは俺の魔法を警戒してインパクトを撃つたびその防御をするだろう。
あれ以上の隙を付くのは困難だ。
俺の魔法は、あいつには届かない!
「それでどうするんだ?」
「……なんの事だ」
「続行するか、それとも諦めるかの話だよ。最も今の君の実力じゃ、俺を倒すのは不可能だけどなっ!」
動きは気持ち悪いがあいつの言ってる事は本当だ。
俺はこれ以上の威力を持つ魔法を持っていない。
MMK防御を破る威力の魔法が無い。
だったらインパクトを何発も撃って相手の魔力切れを狙うか?
いや、もう相手はインパクトを知ってしまっている。
インパクトを撃つ時、一々防御なんてするわけが無い。
そのインパクトを撃つ隙を狙われて相手の魔法が直撃したらもう本当に終わりだ。
「おいおい、いつまで考えてるんだ?もう結果は出てるだろっ!」
「いや、まだ俺は……」
「もう終わり!」
その瞬間ミノルが大きな声で終了宣言をする。
「え?いや、俺はまだ戦えるぞ」
「いいえ、もう駄目よかつ。これ以上やって、怪我でもしたらどうするのよ。今は怪我なんかしてる場合じゃないでしょ」
「で、でも……」
するとミノルがハムスの前に立つ。
「あんた、魔力レベル9でしょ?」
「っ!?魔力レベル9!嘘だろ!」
「ふ〜ん、いつ分かったんだ」
「かつのインパクトは、今まで見た限り中々の威力だし、そうやすやすと防げる物じゃないしね。じゃあ何であなたはほぼ無傷でいられたのか。それは魔法抵抗が高く、その前の魔法とまあ、その筋肉も重なって威力を最小限にしたと思ったからよ」
「なるほど、君は中々頭が切れる見たいだね」
まさか、あいつがレベル9だったなんて。
だからダリ師匠は負けてしまったのか。
「それ程でもないわ。それで、私と勝負してくれるの?」
「1日に3人も筋肉を試せるのは嬉しいことだが……」
ん?何だ、余りやる気が無いようだな。
すると、道場から誰かが出てきた。
「コーチ、今日の朝練筋肉コースが終わりました……すみません取り込み中でしたか」
「いや、大丈夫だぞ、アマトくん。すまないがこれから、筋肉を鍛える修行があるんだ。今日の所は帰ってくれると助かる」
「分かったわ。それじゃあまた明日道場破りしに行くわね」
「君との筋肉勝負はとても有意義になりそうだな。それじゃあ、また明日会おう!」
そう言って最後までマッスルポーズをしたまま道場の中に入って行った。
「どうしますミノルさん」
「一旦サクラを私達の家まで運びましょうか。事情はサクラが起きたら聞きましょう」
「そうですね」
「ずっと妾、下敷きになったままなんじゃが。妾はいつの間にか地面として認識されてたのか?」
「あ、ごめんデビちゃんすぐに退かすからね。ほら、かつ、男なんだからサクラちゃんおんぶしてあげて」
「分かった」
くそ、やっぱり俺は弱かったな。
 




