終章
ミステリアス・フォレストは、そののちも、Witch& Wizardの森として人々から畏れの対象とされた。好奇心で勝手に迷い込んではいけない、魔王の住む森として。
そんなある日。
「おや、珍しい」
ルシィの呟きとともに、使い魔たちを呼ぶ声が屋敷内に響いた。
「皇帝陛下がお忍びでこちらを目指していらっしゃる。誰か、先導するように」
先導されて、屋敷に姿を見せたデュビエーヌ皇帝陛下。
馬から降りると、背伸びをした。
そこに、恭しく頭を垂れ近づくルシィ。
「ようこそ、我がミステリアス・フォレストへ」
「私はデュールと申す者。遠い昔、こちらで大変世話になったことがあった」
「デュールさまのご努力あっての、御世にございます。これからも栄えることでしょう」
「こちらに、ソフィという名の魔女がいると聞いたのだが」
「いいえ、今はもう、こちらにはおりませぬ」
「何処かに移られたのか?」
「永眠いたしました。2年前のことでございます」
「契約、なのか?」
「契約の満了と言えば満了、破棄と言えば破棄にございます」
瞬間、片膝を折って、その場所に項垂れる陛下。
肩が震えるのがわかった。
ルシィも跪き、陛下の心を探る。
陛下の姉ソフィが、契約の対価に心臓を差し出したと思ったのだろう。
1度か2度会ったきりではあったが、ヘルサタン2世の顔を覚えていたのかもしれない。
陛下は、ヘルサタン2世が姉の心臓を食らったと思っているが、彼がいなかったら自分たちは生きていることすら叶わなかったことも承知している。その狭間で心が揺れ動き、姉の死をどのように受け入れたら良いのか分からず、ご自分でも苦悩されていらっしゃる。
「失礼だが、そなたの顔を見せてはもらえぬか?」
「ご命令とあらば」
ルシフェル1世として、毅然とした面持ちで命に従った。
陛下の予想に反して、目の前にいたのはヘルサタン2世ではなく、別の者だった。それも、ソフィ姉上の面影を色濃く残す青年。
はっとし、はらはらと涙を流す皇帝陛下。
「そなた。名を知らせてほしい」
「ルシフェル1世にございます」
「以前此処にいたヘルサタン2世殿は」
「同じく2年前に永眠いたしました」
悪魔は不老不死と聞いていた陛下は、吃驚されている。永眠したのが同じ2年前ということで、少し混乱していらっしゃるかもしれない。
いずれ、自分のために悪魔に力を借り魔女となったことで、皇帝の姉という華やかな世界を捨て、魔女を選んだ姉に対し陛下は今でも深い後悔の念をお持ちの様であった。
もしかしたら、母上に会いにいらしたのか。
元気を失くした陛下を前に、ルシィは父母に纏わるフェアリーテールを語ることにした。
「陛下。僭越ながら、城下で噂のフェアリーテールをご存じでいらっしゃいますか?」
「いや、知らぬ。どういった話だ」
「それでは、屋敷にご案内いたしましょう」
屋敷を入るとすぐに、ヘリィとソフィの肖像画が飾られていた。
またも、陛下の目に涙が浮かぶ。
「こちらへ」
応接室にも、肖像画が飾られていた。楽しそうに笑うヘリィとソフィ、二人の顔。
使い魔たちが持て成しをすると、ルシィは語り出した。
ソフィに似た面影の魔王を前に、陛下は聞き入る。
魔王として魔界を統べることよりも、たった一人の人間の女性を愛し、その命を食らうことなく、愛を貫き、一緒に永遠の眠りを選んだという魔王ヘルサタン2世と、その寵愛を一身に受けた、ソフィヌベール皇女の恋物語を口述したルシィ。
皇帝陛下は、また涙しつつも、自らを納得させるように、ぎゅっと口の端を結んだ。
「素晴らしいフェアリーテールであった。そなたを見ていると姉上を思い出す」
「フェアリーテールでは語られておりませんが、二人の間には子を授かりましたゆえ」
少し驚いたようではあったが、姉上が愛する者の子を授かったという話は、皇帝陛下を満足させる要素として十分すぎるようだった。
茶を辞し、陛下は急ぎ城内へ戻られた。
森へ来る時とは違った晴やかな笑みを浮かべて。
「ご満足いただけただろうか」
「はい、ルシィさま。わたくどもも、涙が止まりませんでした」
使い魔たちは胸を張る。
「御父君は、初対面の時から御母君を、それはもう、心から愛していらしたのです」
「だから、様々な呪文を体中に施されました。長かったですなあ、儀式も」
「普通は御父君と御母君のような長丁場はございませんから大丈夫ですよ」
「お二人の場合、どのくらいかかったんだ?」
「3日3晩と、もう一回は1週間でしたね。通常バージョンは、そりゃ何回も」
笑いながら、ルシィが呟いた。
「私も、いつの日かそんな女性に会ってみたいものだ。魔王が心奪われるくらいの、な」
「どうでしょう、我々も何百年生きてきて初めてでございましたから」
「母上は、そんなに魅力溢れる方だったのか?」
「それはもう!」
「御母君ほどの人間は見たことがございません!」
「女性としても最高の方でございました!」
「高貴な出身でいらしたのに、決して鼻に掛けず、いつも気遣っていただきました」
「御父君も御母君も、お互いを愛しすぎたあまり、いつも相手の気持ちが全然見えていませんでした。計りかねてばかりでございました」
「そうそう。他のことにはお二人とも凄く勘が良いのに、お互いのことになるとわからない。見ていて、不思議というか、もどかしいというか」
「だからこそ、お二人が喧嘩されると、我々いつも御母君に味方したものでございます!」
一斉に叫び、跳ねまわり、喜ぶ使い魔たち。
使い魔たちは本当に母上が大好きだったのだろう。
尊敬できる父母を持ったと自負し、ご満悦のルフィだった。
「じゃあ、明日から儀式を執り行う。準備は全てまかせる」
ミステリアス・フォレストにおける、魔王ルシフェル1世と使い魔たち、そして魔女を志願する女性たち。彼女らの野望を掛けた淫らな時間は続く。
そう、喉から手が出るほど欲しい望みがある限り、永遠に。