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第6章  ミカエリスの正体

王室再興を皮切りに、人々が安心できる国を創るというデュビエーヌ皇帝陛下の政は、一部反対勢力はあったものの、貴族や民から概ね支持され軌道に乗りつつあった。


 駄々を捏ねるヘリィを宥めながら、ダークマスターのある日は、時折他の国々まで行けるほど、ソフィの飛行魔法は威力を増していた。

 駄々を捏ねる度、ヘリィは体調を崩した。自分のせいだと心では詫びながらも、ソフィは屋敷に留まる事が出来なかった。


 元ネセス国周辺は、現在ランドスケープ王国とルネスティ王国の領土になっている。元フィアンセのフェルナースも、皇太子となり国王陛下を補佐していると聞いた。

 自分が行けば、皇太子妃の機嫌を損ねるだろうと、ソフィは訪問を遠慮している。


 そんな折、旧ネセスに住む商人たちから妙な噂を聞いた。

 ドラヌル大叔父が、悪魔と契約していたという話だった。

 城から逃げる最中ヘリィに会いに行く直前に聞いた噂や、大叔父たちを誅殺した際に、取引という言葉を耳にした。ヘリィは他の悪魔だと言ったけれど。


 大叔父が悪魔と契約したとするならば、その対価は一体、何だったのだろう。

 

 興味が湧いた、というより、魔女の対価が心臓であるのに対し、殿方の対価は何なのだろう。大叔父が消えた今、深く考えてもいなかった。

 ただ単純な好奇心があるのみ、である。


 魔女ということを伏せ、商人たちに近づいた。

「ねえ。悪魔って男女問わず契約できるの?」

「おや、興味があるのかい?魔女にでもなろうって腹か?」

「そうねえ、魔女になるには心臓を差し出すって聞いたことがあるわ」

「そうそう。願望叶ったら、あの世行さ」

「殿方は、何を対価にするのかしら」

「そりゃあんた。男は狩りの動物だからな、獲物さ」

「獲物?」

「契約した悪魔が狙う獲物だよ。ご婦人とか、時に寄っちゃ、ライバルの悪魔だとさ」

「あら、怖い。ご婦人方も気を付けないといけないのね」

「あんたも気を付けな。そんなに高貴な顔立ちなんだ、獲物にされて魔女にされるぞ」

「じゃあ、逃げなきゃ。ありがとう」

 立ち止まって、後ろを向いたソフィ。また商人たちの顔を見る。

「ね、悪魔って何処に行ったら会えるの?」

「おいおい、魔女になるのかい?やめときな。悪いことは言わねえから」

「そうさな。森にいることが多いらしいぜ。ミステリアス・フォレストの魔王は有名だ」

「若い悪魔だと、方々の森を拠点にしてるとか聞くけどな。何処って言う国までは知らねえな」

「ルネスティにもランドスケープにもいるって話だ。周辺の森なら、いるだろう」

「兎に角、あんたは若くて綺麗なんだ。真っ当な人生歩みな」

「嬉しいこと言ってくれるわ。ホントにありがとう」


 ソフィは物陰に隠れると、リオーラで森に戻った。

 ダークマスターの厭らしい声は、まだ屋敷内に響いていた。どうしてみんな、あんなにはしたない声で叫べるんだろう、と苦々しい思いが募る。

 我慢して屋敷に入るつもりが、やはり腹立たしくなってくる。

 仕方なく、再度クリスオーラして城下に飛んだ。

 城下からクリスオーラで街を浮遊しているとき、森の方で何かが光ったように感じた。

 屋敷とは別方向だが、何か、良くない予感がしたのは確かだ。


 近頃、居場所がないソフィに名案が浮かんだ。

 弟たちが使った小屋に行けばいい。

 物を片付けたりする移動魔法、ファルサや要らない物を消すファルサスなら何とかなるかもしれない。囁く程度にしないと小屋が吹っ飛ぶ可能性があるが。

 あ。でも。

 あの隠れ家は、通常ヘリィの呪文で場所を封印してある。

 ヘリィさえ許してくれれば、ダークマスターの日はそこでのんびりできるのに。

 こうなったら、適当な場所にテキタイトで樹木を切って、小屋が作れないかしら。

 もどかしい思いとダークマスターへの哀しみを胸に、ソフィは街の中を浮遊し続けた。


 浮遊する中、はっとした。

 森に誰かいる気配がする。

 どろどろとした気配を消しもせずに、誰かが移動しているようだった。

 人間ではない。ヘリィが人間を入れるわけがない。ましてや、ダークマスターの最中とはいえ、知らない輩を森に入れるだろうか。ダークマスターだからこそ、普通なら結界を張るはず。結界を超えて森の中を歩き回るなど、一体誰なのか。


 急いで森に戻ったソフィ。気配のする辺りに降り立った。その時、気が付いた、ここは先程閃光を感じた辺りだ。

「テキスタイト」盾の魔法に、

「デルシエル」姿を消す魔法を重ね掛けして

「デルシエロ」幻惑魔法を3重掛けする。

 同系統の魔法は、重ね掛けしても干渉し合うことは無い、とヘリィに教わっているし、以前大叔父の手下を撃退した時に確認済みだ。

「フローライト」

 4つの魔法を重ね掛けして、息を潜めた。

 相手が魔法に長けていれば、あたしの術など子供騙しだろうけど。


 段々、相手が近づいてくる。こちらには気が付いていないようだ。

 ソフィは、木陰に身を寄せ、樹の息吹と同化した。


 現れたのは、ソフィが最初にイメージした悪魔の姿だった。相手は立ち止り、深呼吸して、人間の姿になる。

 それは、ミカエリス、その人だった。


 ソフィはその瞬間、商人たちの口から出た取引の対価を思い出した。

 取引相手、それは正しく、ミカエリスだったのではないのか?それも、人々を誑かし遊ぶだけの暇つぶしではなく、本気で得ようとした「獲物」

 その獲物は、初めソフィ自身だと思っていた。モーションを掛けるたびにヘリィが怒るから楽しみつつ、最後には、いただいてしまえ・・・と。

 漸く理解した。今現在、目の前にいる耳が立ち、口が裂け羽の生えた悪魔が求める獲物は、ソフィ自身ではないと。

 

 そう、ミカエリスが対価とし獲物と称したのはヘリィの能力。類稀なる力を我が物にしようと張り巡らせた数々の罠だった。魔王の力を根こそぎ得ようとしているのか、堕天使から悪魔になって儀式が行えれば満足なのか、それはわからない。でも、ミカエリスは、欲が深い。それだけは確かだった。


 大方、こんなストーリーだったのだろう。

 大叔父たちのクーデターが成功させてやるから、その時は獲物を貰う、とヘリィの能力を希望した。大叔父はヘリィなど知らなかったはずだし、クーデター成功の証拠には、あたしとデュールの首もあったに決まっている。お父様とお母様の首だけを差し出し大叔父を納得させ、うまく取り繕う魂胆だったに違いない。

 結局ミカエリスはあたしもデュールさえも大叔父に差し出すことはできなかった。当然、契約は半分不履行の状態であったはず。

 其処に逆クーデターが起き、騙しても構わないと思っていた大叔父は死んだ。契約主が去り、対価も総て受け取れないまま、ミカエリスは此処にいるのだろう。

 ヘリィの体調不良は、この契約の仕業なのか。

 使い魔たちのようにいつも新鮮なご馳走にありついていればまだしも、天使でもなく悪魔にもなりきれないミカエリスは、たまに人間のふりをするだけで、相当に体力を消耗するのかもしれない。何が本当のミカエリスの姿なのか、今となっては知る由も無かった。


 ミカエリスは、またもグロテスクな悪魔の顔になり、深呼吸を繰り返す。一体、どちらが本物に近づいているのか分からない。兎に角、あたしが敵う相手でないのは確かだ。

 樹の息吹と同化するのが、やっとだった。


 しかしその時、風が吹いた。

 運悪く、ソフィの方向からミカエリスの方向に風は流れたのである。

 気配は偽れても、匂いは消せない。

 ミカエリスの身体は、悪魔のそれを保ったままだった。

 こちらに近づくにつれ、段々と、その姿は大きくなるようにソフィには感じられた。


「これは、これは、皇女さま。ご無沙汰しておりました」


 とうとう、気付かれてしまった。

 もう隠れることもままならない。

 ソフィは、木陰から進み出た。

「大叔父と契約したのは、貴方だったのね、ミカエリス」

「ミカエリス、と御呼びになるのも今日が最後。明日からは魔王でございます」

「ヘリィの能力を削ぎ取るというわけ?」

「無論」

「許さないと言ったら?」

「皇女さまのお力で何ができましょう?我が奴隷となりますか?」

「ヘリィの力になれるなら、なんだってやるわ」


 ソフィは掌を翳した。

「スピネード!ハイパー!」

 強力な結界を張る。

「サインぺリアル!」

 森の中で稲妻が轟く。

 ミカエリスは、ケケケケッと不気味に笑った。

「そんな小手先の魔法など、私には通じませんよ」


 途端に、身体が硬直した。縄で縛られているような感触。

「テキタイト!ハイパー!」

 硬直感は止んだ。どうやら見えない縄で縛られたらしいが、魔法で縄を粉々に砕いた。


 次は何が出てくるのか。

 稲妻を効果的に使う方法は無いものか。ソフィは必死に考えた。

 ミカエリスも防御呪文を使っているに違いない。それを破れば、テキタイトでの攻撃が可能かもしれない。

「テキスタイト!ハイパー!」

 防御魔法だけでも、身の安全は計れるだろう。

 と、急に身体が締め付けられる。テキタイトの呪文を使おうとしたが、ミカエリス自身がソフィに絡みついているのだった。まるでツタの葉のように。

 抱きつかれたような格好になって、身動きが取れない。

 かといって、絞め殺すつもりもないらしい。ということは。

 人質になったというわけか。契約者の大叔父もいなくなった今、誰に渡すというのか。


 空中を伝って、声が聞こえた。


「我が森を荒らす不遜な輩は、誰だ」

 ヘリィのような、そうでないような。地の底から響く聞いたことも無い、冷徹な声。

 いつの間にか姿を現していたのは、ヘリィだった。

「ヘリィ!」

 叫んだソフィの声すら耳に入っていないかのように、ヘリィの表情は変わらず凄然とし、その眼は冷ややかにして周囲など慮る節は見られない。

 貫禄、風格、畏怖をも通り越したオーソリティー。魔王が魔王たる所以の所作であった。


 いつもならミカエリスを見ると嵐のように飛んできたヘリィが、何のアクションも起こさない。

 ヘリィは、沈黙を続けるミカエリスを、特に気に留める気配すらなかった。

 ミカエリスが人質にしようと抱きついたはずのソフィなど目に入らぬ様子で、鞭を取り出すと、ふっと息を吹きかけた。と同時に、ミカエリス目掛けて目にも止まらぬ速さで鞭を振り下ろした。20回、50回、100回。当然、ソフィにも鞭の先が当たり、頬や腕、脚など体中から血が流れ、ドレスはビリビリに破けた。ソフィはドレスが破けた瞬間、少しだけミカエリスとの間に空間が出来たのを感じ取った。

「リオーラ!ハイパー!」

 ソフィは、自分がいたら邪魔なのを瞬時に感じ取った。ヘリィには申し訳なかったが、屋敷に戻るのが一番と判断したのだった。


「ソフィさま!ご無事でしたか!」

 使い魔たちがドレスや薬を持って走ってくる。

「大丈夫よ。それより、心配かけてごめんなさいね」

「ヘリィさまがこんなにお怒りになったのは初めてです」

「ソフィさまにご容赦願いたいとの仰せでした」

「あたしは大丈夫。鞭の手捌きが良かったから逃れることができたわ」

「一体何が起こったのでございますか?」

「ヘリィの能力を削ぎ落すのが大叔父とミカエリスの契約だったの。今日分かって」


 その頃、森の中では、ミカエリスとヘリィが対峙したままだった。

「契約の対価を僕が知らなかったとでも?本当に間抜けだな、ミカエリス」

「だからあの娘に近づいた。あいつこそが、お前の心臓じゃないか」

「みすみすお前に心臓をくれてやるほど、僕もソフィも馬鹿じゃない」

「じゃあ、ここで最後の勝負と行こうじゃないか。この姿の僕は強いよ」

 ニヤリと不気味に笑うミカエリスに対し、ヘリィは右手の長い小指の爪にキスする。

 そして、呟きとともに小指をミカエリスに向けた。

「魔王も甘く見られたものだ。ハイパースナイプ!」

 瞬間、大樹に矢で心臓を刺され括りつけられたミカエリスがいた。

 ミカエリスの心臓から、血とも体液とも区別のつかないどろどろした液体が流れ出る。

「では、地獄へご招待いたしましょう。ミカエリス」

「う、五月蝿い。僕は悪魔になるんだ、魔王になるんだ」

「お前は悪ふざけが過ぎた。どのみち、天からも追われる身。己の無力さを知るがいい」

 ヘリィが天と地に手を翳し、祈るように叫んだ。

「スピネードサイバー!ハイパース」

 結界と大樹への稲妻。増幅は果てしなく。

 ミカエリスの身体は、一瞬にして塵と灰になり、消え去った。

「お前如きが魔王などと、千年早い。身の程知らずめ」


 屋敷に戻ったヘリィ。ソフィが手当し終えた部屋に顔をだした。そして初めて拳骨した。

「痛ーい、痛い痛い」

「危ないことはするな。気が気じゃなかった」

「ごめんなさい。森で小屋を作れないかなと思ってフラフラしていたの」

「どうして」

「ダークマスターの時に、そこで寝ていればいいでしょう」

「それは、済まない」

「それにね、今日ネセスまで飛んで情報仕入れたから、ミカエリスの正体がわかったの!」

 嬉しそうに語るソフィの前で、総て承知していたとは言えず、ヘリィは肩を竦めた。

 ミカエリスがドラヌル公爵と契約したのは承知していた。その内容も、対価も。

 スクランブルの暗示封鎖だけが心配の種なだけだ。それはイコールソフィやデュールの身の危険をはらんでいたのだから。

 人間の姿で遊んでいるミカエリスだからこそ、ヘリィは放っておいただけだ。

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