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第5章  蜂起

弟が蜂起する日は近い。

 ソフィは、計画を抜かりなく実行できるよう、あらゆる手段を講じているつもりだった。しかし、不安は尽きない。

 その昼も、他の女性とダークマスターが行われていたが、それどころではなかった。

 ダークマスターが終わり、ヘリィが部屋から出てくると、ソフィは、顔を俯かせながらも、計画の実行について相談したいと持ちかけた。

「ごめんなさい。疲れているとは思うのだけど、どうしても心配なの。相談に乗って」

 ヘリィはソフィの肩を抱き、最後に、その頬に軽くキスしてから、ソフィを抱きかかえ自室に入る。


「心配事は何?」

「2つ。ひとつは、どのタイミングでデュールが城下に入るか。信用の出来る私兵がいれば別だけど、貴方の使い魔をお借りするわけにはいかないでしょう」

「使い魔を送ろう。彼等なら大丈夫。人間から逃れる術を学んでいるから、傷つけられる心配はない」

「ありがとう。では、お言葉に甘えて働いてもらうことにするわ」

「もうひとつ、あるんだろう?」


「地下組織にいる民への武器調達なの。各々である程度は剣や盾など準備してくれたようなんだけど、圧倒的に足りないの。あたしがひとりひとりにテキスタイトの術を施していては時間がないし、纏めて施しても隙ができるでしょう」

「ランダムにテキスタイトの魔法を掛けたら?あとは、デルピエロ。デルシエロの術が一番敵にとっては厄介かもしれない。見えなくなる魔法と、幻影の魔法だからね」

「地下組織はあらゆるところにあるの。すべてを回りきれるかどうか・・・」

「ドラヌル公爵とその息子、ドラヌスだっけ、二人への作戦は?」

「ああ、簡単よ。あらかじめテキスタイトの術を掛けておいて、強力な結界を張って周囲から引き離したうえで、少し誘惑すれば2人とも乗ってくるわ。そこでテキタイトとテキスライトを同時にぶっ放すの」

「誘惑するの?どうやって?」

「やあね、全裸にもならないしキスだってしないわ。胸と脚を少し見せれば寄ってくるのよ。あのスケベ爺たちは」

「こなかったら?」

「こっちからコスモオーラで真ん前に行くわ。どうしようもない時は、シャーマライト・ハイパーで城を爆発させるしかないでしょ。増幅に増幅させてやる」

 流石のヘリィも笑いが抑えられない。

「おいおい、弟君の入る居城が無くなってしまうよ」

「政なんて、どこでもできるじゃない。城は、あくまで警護が厳重なだけだもの。あたしは昔からデュールに話してきたの。贅を尽くすのと、民を安心させるのは違うと。城があるのは、万が一他国から攻められたとき民を匿うためのものだと」

「なるほど」

「弟には、万が一城が爆発するかも、って話はしてあるのよ。その時身を寄せる場所も確保してあるし」

「僕の姫君は、本当に男勝りで無茶苦茶だ。でも、世界で一番、恥ずかしがり屋ではしたない一面を持つんだね」

「ヘリィ!真面目に話している時に恥ずかしい言葉はだめよ」

「わかったよ」

 また、肩を抱き、今度は唇を重ねる。


「周辺国に信用できる国はないのかい?」

「信用という文字は、生憎あたしの辞書にはないのよ。でも、仲の良かった友人達ならいるわ」

「ひとつは、この国の南にあるネセス国を境に南西に位置するランドスペース国。お父様同士が仲良かったから、真面な国よ。今も国王さまと御妃さま、王子さまは、お元気と聞くわ」

「そこから武器の調達はできないのか?」

「わからない。私が皇女姿でお会いできたなら事情をお話しするけど、ネセスは大叔父ドラヌル公爵と懇意にしているの。もしランドスペースの援助が得られたとしても、陸上からの調達は難しい」

「シャーマタイトを使えば、すぐに地下組織に届く」

「魔女が行って『ソフィです』と名乗ったところで、入れてもらえやしないわ。魔女狩りに遭うのがオチだわ」

「もうひとつの国って、何処?」

「ランドスペースの東にあるルネスティ王国。ここもお父様同士が仲良かったから、真面な国よ。こちらも、国王さまと御妃さま、王女さまは、お元気なはずよ」

「ふむ。どちらもネセスがネックというわけか」


 ヘリィの脳裏に、ネセスを迂回してこちらへ向かう立派な騎士団と王族らしき人物の乗った馬車が見えた。旗は掲げていないが、国の色はスモーキィレモンだ。

「ソフィ。スモーキーレモンの国旗に覚えはないかい」

「ランドスケープ」

「そうか、ネセスを迂回してこちらに向かっている一行がいるようだ。直に着くだろう」

「大叔父ドラヌス公爵に会いに来たのではなくて?」

「なら、わざわざ迂回はしないだろう。国旗も立てていなかったし。たぶん、この国に入る前に色を塗り替えると思うよ。商人のふりでもするのだろうね」

「誰かしら」

「来ればわかるさ」


 それから1週間ほどが過ぎた。

 ヘリィは、その日予定されていたダークマスターをキャンセルし、他の悪魔に回したようだった。

 使い魔たちが、涙目で「ご馳走が」と口走るのを、笑顔と拳骨で宥めている。

「珍しいわね、キャンセルなんて」

「ま、まあね」

「出迎えに行ってみるわ」

「僕は中にいるから、必要なら呼んでくれ」


 と、そこに馬車と騎士団が現れた。商人のような見かけをしている。

 はて、どうしてここに?と訝るソフィ。

「ソフィ?ソフィだろう?」

 馬車から男性が2人降りてきた。こちらに駆け寄ってきて、交互に何度もハグされた。もう一人の男性は、妙に華奢な体型だった。

「あ?フェル?もしかしたらフェルなの?」

「思い出してくれたかい?キミのフィアンセ、フェルナースだよ!」

 部屋の中にいるヘリィの眉が、ピクッと動く。


 もう1人の、華奢な男性をじっと見る。いくら考えても、誰か思い出せなかった。ランドスケープ家に、男子は一人だけだったから。

「こちらは・・誰?」

「わたくしです、ルネスティのミルフィーネにございます」

「ミルフィ?大きくなったわ!いくつになったの?」

「15になりました」

「まあ、さぞや綺麗になったことでしょうね。本当のお顔が拝見できなくて残念だわ」

「あの、デュールさまは?」

「お蔭様で元気よ。今は別の場所で鍛練中だから出てこられないけど」

「デュールさまにお会いしたくて参りましたが、時をあらためますゆえ」

「ごめんなさいね。もしかしたら、あの約束、覚えていてくれているの?」

「あ、はい。わたくしの想い人はデュールさましかおりませんでした、5年以上前から」

「まあまあ。デュールも幸せものね。でも、お父上から反対されないの?」

「父上は、スヴェルジェンヌの再興を信じております」

「ありがとう」

「ソフィも、相変わらず美しいね」

「フェル、お世辞でも嬉しいわ」

「フィアンセにお世辞を言う男などいないさ」


「そこにいるだろ」

 ヘリィの独り事である。


「ヘリィ?ヘリィ?」

 ソフィの声が聞こえる。それでも、ベッドに頭を隠してしまうヘリィがいた。使い魔たちが呼ぶ。

「ヘリィさま。ソフィさまが御呼びですよ」

「具合が悪いんだ。少し休む」


 使い魔たちが、また噂する。

「さっき、フィアンセ!って叫ばれて、ヤキモチ焼いてるよ」

「ソフィさまの哀しみを考えたら、ヘリィ様のジェラシーなんて軽いもんだよ」

「自業自得だ」

「ソフィさまー。ヘリィ様は今日調子が悪いそうです」

「大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ、仮病ですから」

「え?」

「いえ、何でも」

「お客様を持てなしたいの。シャワーの準備をして、騎馬隊の方々をご案内してくれる?」

「王族の方々は、如何いたしましょう」

「最初に大事な話があるというから、それを聞いてから疲れを癒していただきましょう」

「畏まりました。そのあと食事とベッドを手配いたしますので」

「お願いね」


 使い魔たちは、パタパタと仕事に向かって行った。勿論、人間の前では人間の姿である。

 応接部屋を借りることが出来た。

 隣にはヘリィの寝室がある。

 ヘリィも、話を聞いていてくれるだろうという安心感があるから、ソフィはわざわざこの部屋を指定した。


「ソフィ。提案があって僕たちは来たんだ」

「提案?」

「ネセスともども、今のこの国を滅ぼす計画だ」

「派手な計画ね」

「噂の域を出ないから、もし嘘だったら許してくれ。キミが魔王と契約し魔女になった、という噂が周辺国に流れている」

 ソフィは笑った。

「嘘よ、と言いたいとこだけど、本当よ。もう私は皇族ではないの。だからフェル、貴方が美しい方とご結婚された時には、本当に悲しかったわ」

「本当?」

「うふふ。昔から武術勝負しかしなかったじゃない、貴方とは。愛を語り合うでなし。どこかへ出かけるでもない。武術一本やりよ?」

「それでも、こんな才色兼備なキミと武術で勝負できるなんて、光栄の極みだったよ」

「ありがとう」

 隣室にいるヘリィの顔が、複雑になる。


「で、計画の内容を教えて」

「ネセスの軍隊は、決して統率のとれた軍隊とは言いかねる。そこで、僕たちランドスケープとルネスティが両側から攻めて、まずネセスを陥落させようと思う。そしてそのあとこの国に入り、城に向かおうという計画なんだ」


 これが罠だったら、ソフィの計画は儚き夢と散る。

 絶対に失敗できない。瞬殺の一撃でなくてはならない。

ヘリィの脳裏に浮かぶ暗示。

 ルネスティの様子は浮かんだ。武器の準備が進んでいる。ミルフィーネ王女はデュール皇子に恋心を抱いている様子も見受けられる。こちらは本物だろう。

 問題は、ランドスケープだった。

 暗示が読み取れない。なぜだろう。ルネスティを騙し討ちにして国を手中に収めようという計算か。ソフィへの協力申し出も、どうやら本物ではないようだ。

 心配なのが、ソフィが元フィアンセ殿を信じ切っていることだった。

 仕方がない。自分が悪役を買って出るしかあるまい。ヘリィはベッドから起きあがった。

 それにしても、ルネスだけが目的なのか、デュール皇子までもが標的なのか。読めない男である。いや、人間の心を読めなかったことなど今迄に一度も無かった。

 この男、何者だ?誰かがバックにいると考えれば読めない理由が解る。相手は、誰だ?

 バックにいる何者かの陰を探りながら、ヘリィが部屋を出ようとしたときのことだった。


 ソフィが、ランドスケープ国のフェルナース王子に尋ねた。

「フェル。今回の計画の、具体的な兵力と日数、兵糧、攻撃経路を知りたいのだけれど」

「え?」

 フェルナース王子は、何一つ、口にすることができなかった。

 ルネスティのミルフィーネ王女が話そうとした瞬間、ソフィはその口を閉じさせた。

「ミルフィ。バスに浸かってくるといいわ。疲れが取れるから」

「は、はい」


 ミルフィーネ王女さまを部屋から遠ざけると、ソフィは声を低めた。

「フェル。何が貴方を変えてしまったのかしら」

「なんのことだい。今から話そうと思っているところだよ」

「ミルフィのデュールへの恋心を逆手にとって、ネセスに寝返ったというわけ?」

「ば、ばかな」

「貴方、自分が今何処にいるのかわかっているの?単純な森じゃないのよ。森の主の怒りに触れたら、生きては帰れない。そういう場所よ、ここは」

「だから、今から話すよ」

「そう?じゃ、どうぞ」

「騎馬隊は1万。日数は10日ほど。兵糧は、兵糧は・・・」

「フェル。ちょっと無理な計画ね。確か、ランドスケープの全騎馬隊の数は3万。その3分の1を使ったら、自国が周辺国から攻められてしまうわ。2日で事を為すならまだしも。10日もかけてゆっくりしていたら、ランドスケープの国自体が無くなるのよ。兵糧だって、最初に考えるでしょう。簡単じゃない。最小でも、戦争日数×兵の数だもの。マックスが読めないのはわかるけれど。まったく、呆れたものだわ。ま、ネセスに寝返るのは仕方ないとして、ルネスティを我が物にしろというのは、誰の命令なの?」

 

 フェルナース王子は、答えなかった。

 ソフィは、しばらく思案していたようだったが、溜息をついて何かを呟き後ろを向いた。その時だった。フェルナース王子がソフィの心臓目掛け短剣を突き刺そうとしていた。 

 短剣は落ち、その場に砕けた。

「ヘリィ!」

 ソフィが叫んだ。

 そして、ソフィとランドスケープ国王子の前に、世界を牛耳る魔王がゆっくりと空中から姿を現した。

 威厳、畏怖、余りにも美しいその表情は氷のように冷たく、相手を見透かすようだった。

「ようこそ我が屋敷へ。わたくし、屋敷の主にして、魔王ヘルサタン2世にございます」


 余りの迫力に圧倒されたのだろうか。フェルナース王子は腰砕けのような姿勢になり、慄き震えながら後ずさりする。

「ヘリィ。ナイスタイミング。貴方が怒ると怖いのね」

 ソフィは、何処か他人事のように落ち着いていた。ヘリィは全く気付いていなかったが、ヘリィに対する全幅の信頼の証だった。

 

 ヘリィは、心底冷たいその表情と、深いフォレストグリーンの瞳。憂いを帯びながらも怒りのオーラが全体を覆っている。ただ一言、フェルナース王子に対し呪文を放つのみにて、静かな佇まいを見せた。

「ダークレムリア・ハイパー」


 途端にフェルナース王子は苦しみだし、水分を求めテーブルの茶器方面に這い蹲りながら進んで行く。

「どうやら、誰かが水に術を仕込んだか。水が欲しければ話せ。でなければ命はないぞ」

 茶器類を取り上げ、王子に水分を与えないヘリィ。

「ミ、ミカエリ、ス」

「なるほど、奴か。まったく。だから見えなかったというわけか」

 ヘリィは、フェルナース王子のその口に一滴、水を含ませた。

「ネセスに寝返る予定だったということで、よろしいか」

 王子は首を横に振った。

「それとも、ルネスティの王女が目的であったと?」

 今度は首を縦に振る。

「正妃にするわけでなし。なぜそこまで執着したのです」

「・・妃」

「そう。あなたにはれっきとした正妃がいらっしゃる」

「デュ・・ル」

「なるほど。ミルフィがデュールの妃になるのが許せない、そういうことでしたか」

 首を縦に振る。

「貴方は、デュール皇子失踪後に王女さまに申し込み、拒まれた過去をお持ちなのですね」

 

フェルナース王子は赤くなり、膝をついて顔を隠した。

漸く話せるようになっていた。

「だって、ソフィは僕を男として見てくれなかったし、ミルフィもデュールしか見てなかった。他に真面な女性なんて居なかったんだ。今の正妃だって、他に男がいるし」

「だからって、他の女性を寝盗るような真似は感心しませんね。今の正妃に威厳と優しさを持って接すれば、王子様を認めてくださることでしょう。今はただの男遊びに過ぎません。正妃は王子様に、正妃として接して欲しいのです。条件として、ソフィヌベール皇女を忘れて、ですが」

フェルナース王子の顔色は、益々赤みを帯びる。両手の爪先まで赤くなった。

「ソフィヌベール皇女を忘れておしまいなさい。さすれば貴方の未来も拓けますよ」


 あら。あたしが原因?と気づいたらしいソフィ。

「あたしは御呼びじゃないみたいね、席を外すわ」

「いや、ソフィ。残ってくれ。作戦を練り直そう」

「ヘリィ?」

「いいか、フェルナース王子は今、我が手の内にある。この調子だと、父母にも話していないだろう。それこそ、ソフィとデュールを助ける計画、と偽ってきたはずだ」

「で、どうするの?」

「こいつの国とルネスティから、地下組織への武器をシャーマタイトする」

「なるほど」

「そして、実際に騎馬隊を出してもらう」

「指揮は、誰が執るの?」

「ルネスティ軍は心配要らないだろう。問題は」

 項垂れている、フェルナース王子殿。

「フェルナース王子さま。少しの間、この屋敷でお寛ぎいただけますか?」

「え?僕を殺すのか?」

「まさか。書簡をお書きください。自分はこちらで手伝いをするから、騎馬隊5千と兵糧、そして将軍を派遣して欲しい、そういった旨の書簡を国王陛下あて認めていただければ。ミルフィさまにも同様の書簡をご準備いただく予定です」

「人質というわけか」


 フェルナース王子の馬鹿さ加減に呆れるヘリィ。

「さて、誰がそんなシナリオにしたのやら。ここから無事に帰りつければ、こんな書簡など必要もない。ネセスには情報が漏洩していますよ。ご存じなかったか?」

「誰も知らぬ計画のはず!」

「知っている奴がいるでしょう。ミカエリスです」

「なぜあの者が計画を洩らすのだ。得もあるまい」

 ヘリィは、諭すように話した。

「あの者は堕天使。俗世を引っ掻き回すことに至上の歓びを覚えるのです」

 さすがのソフィも、ほほぅという声を洩らしてしまった。

「ミカエリスの性格が分かった気がするわ」

 ヘリィが作戦を授ける。ここで反旗を翻すはずもない。言うなりになるだろう。

「ネセスの軍が貴方がたを捕縛しようとしています。ある程度の将軍が出てくるはずですから、本国の精鋭部隊を派遣し、討伐するのです。同時進行すれば、我が国からネセスに助けは出さないことでしょう。さすれば挟み撃ちに出来るというもの」

 しぶしぶと、フェルナース王子は書簡を認めることに同意した。ミルフィーネ王女に至っては、将来の夫と恋い慕う男性の一大事に繋がる決戦である、同意しないわけがない。


 廊下に出た、作戦の開始である。

「だから、ミカエリスにはついて行かないでくれよ」

「はあい」

「さ、武器類をシャーマタイトするぞ。おい、お前たち!町にいる使い魔に知らせてくれ」

「かしこまりました!ヘリィさま」


 武器類のシャーマタイトは、ヘリィの脳裏に焼き付いた情景を基に、難無く片付いた。

あとは、ルネスティとランドスケープからの応援部隊の到着を待つだけだった。

 ヘリィが逐次様子を確認していたので、ネセスの裏をかいた作戦展開を講じることが出来た。使い魔たちが、伝書バト宜しく現地に作戦命令書を運んでいたのである。

 ルネスティとランドスケープ両国は、ネセスを陥落させて、大叔父ドラヌル公爵たちが率いるこの地に進もうとしていた。

 国境付近で、休息兼兵糧補充と計画の進行状況確認にあたるソフィ。


 ネセスに潜んでいた白魔女たちに看護を頼み、また旧スヴェルジェンヌへと舞い戻る。

 スヴェルジェンヌ城内では、そんな動きなど露ほども疑っていない大叔父や諸侯たちが毎日のように宴に興じていた。


 作戦決行を明日午後に控え、デュール達は森の出口周辺まで降りてきていた。


 作戦決行の朝を迎えた。好天ばかりは、魔女の力でもどうにもならない。今にも、雨が落ちそうなどんよりとした空だった。雨ともなれば、足場が悪くなるのは必至。時間を要する闘いは不利と思われた。

 しかし、昼ごろから天気が回復してきた。

 これなら、陽の当たり具合によって相手の動きを封じることも可能だ。


 時計台の針が、午後3時を指す。

 あと、2時間。

 息を潜めて、そのときを待つ。

 

 使い魔たちの情報によれば、あと1時間ほどでランドスケープとルネスティの合同軍も城内に到着するという。

 あとは、約束を取り付けた貴族たちが、本当に城内から城門の錠をはずしてくれるかどうかだった。

 城門の錠を外してもらえなければ、ソフィ自身が叩き壊すつもりだったので力技の問題ではない。裏切りに遭うかどうかの鬩ぎ合いである。信用と言う文字を、言葉を、宮中で疑い通してきたソフィが、信頼に値すると判断できるかどうかの狭間にあった。


 あと30分。

 段々、陽が傾いてくる。

 戦いにおいては、陽を背負った方が、分が良い。風は凪。いや、いくらか森から城方向に向いた風が吹き出した。追い風の方がなおいいだろう。城周辺でその都度風の向きを調整すればいい。


 使い魔たちに、弟の状況を確認させ、また、合同軍と地下組織の状況を確認、報告させる。看護場所は地下組織内の隠れ家。白魔女たちの集合状況も良いと報告があった。


 あと10分。

 少し黒い雲が気になる。雨だけは、避けたい。神よ。父よ、母よ。我々をお守りください。雨が降る前に決着が付きますように。

 ソフィは宙に浮くから大丈夫だが、地上戦の兵士たちを思うと気の毒だった。


 ソフィの願いが通じたのか、黒い雲は消えた。


 あと5分。

 皆が所定の位置に着いた。

 こちらが鳴らす花火の合図とともに、城門が開くはずだ。


 何発かの花火の音。

 花火に紛れ、ギギ、ギギ、と重く響く音。

 城門が、中から開かれた。約束は違えられずに門は開いた。本格的な戦闘の始まりだった。


 ソフィは、コスモオーラを唱え城門の前に移動した。

 空中を飛び回り、口笛を吹いて、町中に城門開門を知らせる。


 クリスオーラを使いながら、城内をざっと確認した。味方になってくれた貴族たちが闘っていた。

 そこに、ランドスケープとルネスティの合同軍が到着し入城した。2手に分かれ、大叔父寄りの諸侯たちや城内の護衛を討って行く。


 町では、地下組織の一団が城下の憲兵団と戦闘に入った。

 そこに、弟たちの一団が加勢し、憲兵団を倒していく。城内で諸侯たちを相手にしていた合同軍の一部も憲兵団の戦闘に加わった。


 これで、城の陥落は間違いないだろう。

 残るは、二人。


 ソフィはコスモオーラで城に飛んだ。

 城内に入り、呪文を口にする。

「スピネル!ドラヌル!ドラヌス!」

 すると、ずるずるとみっともない格好でお腹を不恰好に晒した大叔父ドラヌル公爵と、その息子ドラヌスが、何か見えない力に引きずられるように姿を見せた。


「スピネード!」

 結界を張って、二人の逃げ場を失くす。

「この2人を城のバルコニーへ、シャーマタイト!」

 重すぎて、動かない。

 腹が立ってきた。ソフィは渾身の力を籠め、掌を翳す。

「この2人を城のバルコニーへ!シャーマタイト・ハイパー!」

 漸く2人の身体を、城下から良く見える場所に移動することに成功した。

 2人は結界の中で、おどおどとしている。

「だ、誰だ。魔女か?」

「知らぬだと?ああ、この顔は知らぬだろうな。声はどうだ?聞き覚えがないか?」

「もしや。ソフィヌベール皇女か?」

「ようやく思い出したと見える。さ、民の前で本当のことを話すがよい」

「な、なんのことだ」

「5年前の偽クーデターの詳細を、洗いざらい話せ」

「し、知らない」

「知らないと申すか?そうか、それなら、痛い目を見てもらうとするか」

「この、小娘が。お前が悪いんだ」

「父母の恨み。今日、此処で果たす。生きて出るなど、この私が許さん」

「俺は悪くない」


 大叔父ドラヌル公爵の呟きを背に、ソフィは大きな声で叫んだ。

「ダークレムリア」

 2人は息ができないようだった。

 このまま事切れるもよし、話すもよし。ソフィは、助ける気など全くなかったのだから。

 その時、森から城へ向かい、風が流れた。

 城から町全体に向けて流れたような気がした。

 ああ、ヘリィが町の人たちに聞こえるよう、音を増幅してくれたのだと思った。

「ダークレムリア・ハイパー!」

 大叔父の口から、途切れ途切れではあったが、言葉が発せられる。


「ソフィヌベール皇女を我が物にすれば、国が奪えると聞いて取引した。こちらに味方する諸侯と結託し、デュビエーヌ皇子は始末する気だった。そのことを皇帝に知られ、まず、皇帝を西門で自決させた。あとは、見つからない皇后を方々捜して、東門で自決させた。あとは簡単だ。女に溺れた皇帝と、贅を尽くした皇后に仕立て上げれば良かったから。問題は子供たちだった。姿を消したきり音沙汰がなかった。死んだと思った。その後は城に入り、税金をピンハネして、諸侯たちと分けた。気に入らない貴族や民衆は八つ裂きにした。貴族や庶民の若い娘や子供たちは、周辺国に身売りした。結構な金になった」


「バカヤロー!」

「この、ろくでなし!」

「八つ裂きにしろ!」

「娘を返せ!」

「父ちゃんを返せ!」

「お前のせいで、旦那は死んだんだ。返しとくれよ!」

 民衆の怒号は、膨らむばかりだった。


 その時、城と民衆の間に立った青年がいた。

 デュビエーヌ皇子、その人だった。


「私は、デュビエーヌ。先帝と先后の子。本日此処にドラヌルをはじめとした罪人たちを捕えることができたのも、皆さんのおかげと感謝します」

「皇子は死んだんじゃなかったのかい」

「あたしもそう聞いたよ」

「わたくしは、さる人物に匿われて何年かを過ごしました。大叔父からの刺客を何とか振り切り、大叔父を討ち横暴な政を止めさせるため、今日の日に備えてきました。みなさん、お怒りの気持ちはわかります。私も父母をあのような形で亡くし深く悲しみました。しかしここは、任せていただけないでしょうか。お願いします」

 デュールが頭を下げる。

「あんた、皇子さまが頭下げちゃいけないよ」

「お願いするときは頭を下げるものだと教わりました。どうか、私にご一任ください」

 

 先帝の皇子にいわれては、それ以上言える者は誰もいなかった。


 その頃ソフィは、大叔父とその息子を、どのようにしようかと迷っていた。首を晒し物にするなら、テキスタイト。木端微塵にするならシャーマライト・ハイパー。

 ヘリィの前では惑わせるなどと燥いで見せたが、実際、こやつらを前にして笑ってなどいられない。

 どうやってなぶり殺してやろうか、只管それだけを考えていた。


 デュールが城内の上に上がってくる。

 スピネードを張っているので中に入れない。

「姉上!その者たちを、どのようになさるおつもりなのですか?」

「晒し首など、処理する者が可哀想だろう。木端微塵にする。皆、下がれ」

「姉上!大叔父は『取引』と言いました!取引の相手を探さねばなりません!」

 もう、怒りに震えるソフィの耳に、弟や大叔父の言葉など聞こえていなかった。

 デュールのようにもう少し冷静になっていればその「取引相手」を知ることができたかもしれないが、ダークレムリア・ハイパーの呪文をしても口を割らないなら、それ以上の呪文はソフィにとっては無理だった。もう、これ以上内情を話はしないだろう。


 姉として、最後に弟デュールに向かって叫んだ。

「見るな!お前は血を見ない政をせよ!お前への最後の言葉だ!良き御世を期待する!」

「デュール、城の外へ。シャーマタイト」

 城の外に皇子を移動させ、ソフィは父母の仇を目の前に、壁と二人の間にもう一層の結界を張った。

「ドラヌル。ドラヌス。もう、消えろ。せめてもの温情だ、一瞬で消してやる」

「た、助けて」

「無駄だ。シャーマライト・ハイパー!」

 渾身の力を込めた。

 魔力が強すぎて、流石に周辺のコンクリートも吹っ飛んだ。言葉どおり、一瞬で、敵と追った大叔父たちは影も形も無くなっていた。


 終わった。呆気なく。

 呆然と空中静止したままのソフィ。

 急に、デュールの言った「取引相手」が気になった。そういえばそうだ。最初ヘリィに会ったとき、ヘリィと大叔父が契約したと噂で聞き、ストレート勝負した覚えがある。あの時は、やんわりと躱されたが。

 やはり、大叔父は誰かと契約若しくは取引していたに違いない。大叔父の望みは国家乗っ取りだっただろうが、それ以上に望みがあったのか、契約に関する一切を語らずに大叔父は逝ってしまったのだから。契約を交わしたであろう相手の名も、成功報酬すらも、大叔父たちが塵と化した今となっては、手がかりすら分からなかった。

 

 忽然と姿の消えた暴君に、人々の噂は色々だった。

 魔女が消し去ったとか、魔王が消し去ったとか。果ては、魔女が逃がしたという噂まで乱れ飛んだ。

 ランドスケープとルネスティ合同軍は、フェルナース王子とミルフィーネ王女を載せて国に戻っていった。ネセスを半分ずつ統治できることになった彼らにとって、今回の戦は身入りの良い作戦だったと見える。


 大叔父の政は貴族たち、そして何より民衆の反感をかっていた。陰では、前回のクーデターを悔やむ貴族すら、大勢いたほどだったという。

 程なくして、先帝の若君、デュビエーヌ皇子を中心とする新たなる政を、との気運が高まり、デュビエーヌ皇子は再び城に招き入れられることとなった。

 しかし、そこにソフィヌベール皇女の姿は無かった。


 デュビエーヌ皇子が城に入る当日、見送りの民衆が沿道を埋め尽くす中、ソフィがいた。

「姉上」

 デュビエーヌ皇子は馬を降り、歩き出し姉に話しかけようとしたが、遠くからソフィは首を横に振った。

「良き御世になりますよう、お祝い申し上げます」

 デュビエーヌ皇子から離れた場所で、あの日のシルクのハンカチだけを臣下に渡し、深くお辞儀をするソフィだった。

 そのハンカチをわざわざ臣下から受け取ると、デュビエーヌ皇子は馬に乗り、前を見た。手には、ハンカチをぎゅっと握りしめていた。

 デュビエーヌ皇子は、表立って教会と対立しないよう、白魔女たちにも優しくしてくれた。

 その後、国ではデュビエーヌ皇帝が即位し、その御世が始まった。

 間もなくして、デュビエーヌ皇帝は、ルネスティ王国のミルフィーネ王女を后に迎えられた。

 スヴェルジェンヌ国を挙げた挙式ではあったが、皇帝と皇后の意向もあり、贅を尽くした結婚式ではなく、威厳を保ちながらも、式典やパレードは質素に執り行われたという。

 そしてスヴェルジェンヌ国は、安寧の時期に入ったのだった。


「ね、ヘリィ」

「ん?なんだい」

「奴隷契約って、いつまでなの?」

「ああ。そうだ、ごめん。用を思い出した」

 そそくさと居なくなるヘリィ。

 奴隷契約は、いつ効力を失うのだろうか。

 ヘリィに聞いても、常に茶を濁す返事しかない。

 当初の目的を果たした今、魔女として行うべき何物も無く、ソフィは毎日安穏と暮らしていた。


 そんなとき、ヘリィが自分に催眠の呪文をかけたことを知った。

 ヘリィがまた、新しい魔女候補にダークマスターを行うのだ。当然、眠れるわけも無く、かといって、以前のように泣き叫ぶでもなく。

 それでもソフィの心に、哀しみや嫉妬の気持ちが渦巻いていたのは確かだった。

 もう、泣きたくない。

 もう、我慢も嫌。

 ヘリィに知られるのを承知で、町へ向かってクリスオーラした。白魔女の宿屋で侍女たちの様子を確認したり、城の周辺を回ったり。

 夕方まで方々を見回り、屋敷には戻らなかった。


 森の屋敷内では、ダークマスターの最中ソフィが魔法を使ったことを感じたヘリィが、儀式もそこそこに、狼狽した姿を見せていた。

 使い魔たちに聞く。

「ソフィはどこに?まだ戻らないのか?」

 近頃の使い魔たちは、ヘリィにとても冷たい。

「知りませーん」

「もう、帰ってこないかもしれませんね」

「ああ、お城に戻ったかもしれませんよ」

「ですよね、安寧の御世が始まったんですから」

「本当にクビにするぞ」

「その時は、ソフィ様について行く覚悟ですから大丈夫でーす」

「ヘリィさま、もう、契約解除の時期でしょう」

「まったく。自分勝手なんだから」


 夕方、やっとソフィは屋敷に戻った。

「ただいま」

「ソフィ。何処に行っていたんだ?」

「町とか、城の周りとか」

「出かけるときは誰かに言ってくれ。心配じゃないか」

「みんな忙しいでしょう。ダークマスターだもの。それに、ただの奴隷に、屋敷のみんなが気を遣う必要はないわ」

 それだけ言うと、ソフィはほっぺを膨らまし部屋に篭った。

 ヘリィも、項垂れて自室に篭ってしまった。


 使い魔たちが、なんだかんだ言いながらも頭を抱えている。

 自分達の雇い主であり、忠誠を誓うべきは、当然ながらヘリィである。何のために儀式が行われているかも当然理解している。

 ドラキャラじゃあるまいし、血が無ければ、心臓が無ければヘリィ自身が老いてしまうわけでもない。ヘリィ自身の能力が衰えるわけでもない。

 総ては我ら使い魔たちが元気でいられるようにという配慮だ。


 さりとて、ソフィに何の落ち度があろうか。

 儀式の理由を知っているからこそ、ソフィは何も言わない。

 損所其処らの女性なら駄々を捏ねているだろう。どちらが大切なのか、と。

 皇女たるが故に、当然のように配下の者にまで気を配るソフィ。その気持ちが痛々しいほどに解るから、可哀想でならなかった。

 

 どちらの味方、というわけではないものの、ヘリィの鈍感さには呆れるばかりの使い魔たちだった。


「ソフィ様、ジャスミン茶をお持ちしました」

 使い魔の声を聞いて、ドアを開ける。

「ありがとう」

「後程、夕餉の支度をいたします。今日はお一人でお召し上がりになりますか?」

「そうね、誰か、付き合ってちょうだい」


「ヘリィ様、ジャスミン茶をお持ちしました」

 こちらも使い魔の声を聞いて、ドアを開ける。

「ありがとう」

「後程、夕餉の支度をいたします。今日はお一人でお召し上がりになりますね?」

「お前、それはないだろう。せめて、ソフィを説得するとか言ってくれよ」

「絶対に無理です」


 夕餉が運ばれたソフィの部屋。使い魔たちも一緒に食べていた。

 このように、使い魔たちが一緒に集い食べるときもある。ソフィは、夕餉は楽しい方が良いと、使い魔たちも一緒に食べられるようヘリィに進言してくれたのだ。


「ねえ、あなたたち」

「なんでしょう、ソフィ様」

「あたし、どうしようか迷っているの。もう此処を出るべきなのかなって」

「此処を出て、どちらにいらっしゃるというのです」

「地下組織とかも、結構目立たないのよ。魔女もいるし」

「比べたら分かってしまいます。ソフィ様の心臓は、まだそのお身体に健在なんですから」

「そうですとも。他の魔女はみな、心臓を掴まれているのですから、訳が違います」

「じゃあ、他の悪魔の下に行く」

「それこそ、心臓を掴まれてしまいます。もう其処までの願いなど無いでしょう」


 ヘリィは、使い魔たちも誰一人居らず、夕餉どころではなかった。

「みんなで、何を話しているんだろう。ソフィが此処を出たいと言っているのか」

 頭を抱える。

「それだけは嫌だ。何か方法がないものだろうか」

 ぽつんと、独り言まで言う始末だった。

「もう、儀式さえしなければいいと分かっているんだが。男だけじゃ不味いし。若い女だと使い魔たちも良く働いてくれるし、な」


 その夜のことだった。

 ベッドに入ろうとローブに着替えたソフィは、部屋の中に視線を感じた。

「ミカエリス?」

「ご名答」

「ストーカーで訴えるわよ」

「大丈夫、そういう時は女性になるから」

「ああ、デュールの前では女だったそうじゃない」

「そ。見目麗しい男性にも女性にもなれるから。ある意味、ヘルサタンよりお買い得」

「お買い得じゃなくて、安物買いの銭失いっていうのよ」

「おやおや、それは手厳しい」

「そう思うなら、ヘリィが来る前に消えてちょうだい」


ミカエリスが、にっこり笑ってソフィに近寄ってきた。

スルスル、と逃げるソフィ。

「何の用?」

「じゃあ、ひと言だけ。人間に戻って皇女になりませんか」

「え?」

「ダークマスターの度に心を痛めておいででしょう。陛下に知れたら、連れ戻されますよ」

「うん。確かに」

「これは、嘘じゃないですよね?」

「嘘ではないけれど、契約期間が残っているから」

「知っているんですよ、契約の内容」

「なんのこと?」

「心臓なんて掴まれていないし、奴隷と言っても一緒にいるだけ。魔法を習っただけでしょう」

「それで?」

「契約の対価なんて、どこにも有りはしない。二人とも認めていないようですが」

「奴隷契約は奴隷契約よ、ご主人さまがいるもの。心臓は知らない。いつでも食えるでしょう」

「もう、ヘルサタンのところを去れる条件は揃っているのに、どうしていつまでも」

「あたしが魔女だから。それが総ての答えよ」


 ミカエリスは、引き下がらない。

「本当のことを話したときの、陛下のお顔が楽しみですよ。今度こそ、話しますよ」

「陛下は貴方の言葉などお信じにならないわ」

「どうしてそう思うのです」

「だって、陛下には姉などいないんですもの」

「貴女が姉上でしょう」

「あたしは魔女。陛下の周囲には、忠誠を誓う騎士や兵隊、貴族や民が沢山いるから」

「なぜ、名乗らないのです?」

「言ったじゃない。陛下には魔女の姉など、いらっしゃらない」


 ソフィは、ミカエリスをじっとみると、一つだけ尋ねた。

「貴方はダークマスターのような儀式を行うの?」

 うふふ、とにこやかに笑うミカエリス。

「僕には必要ありませんから」

「うらやましいわ」

「じゃあ、僕と一緒に行きませんか」

「行かない。嵐が巻き起こりそう」


 と、嵐のような音がする。

 たぶん、ヘリィだ。

 廊下の戸を開けて叫ぶ。

「ヘリィ。もうお帰りだそうだから、落ち着いて」


 ミカエリスに向かって、手を振るソフィ。

「さ、今日のヘリィはとても機嫌が悪いの。帰った方が無難よ」

「そのようですね。じゃ、御暇しましょう」


 ミカエリスが消えた瞬間と、ヘリィが姿を見せたのは、殆ど同時である。

「今、いただろう。奴が」

「スカウトされたわ」

「スカウト?」

「皇女に、だそうよ」

返事がない。

また狼狽し始めた、ヘリィ。

本来はそのはずだった、と使い魔たちが言っていたのをソフィは思い出した。

「陛下に魔女の姉など、いらっしゃらないと答えたけど」

 また、返事がない。

 約束を破ったと思い込んでいるのかもしれない。

 それでも、選んだのはソフィ自身だ。

 城に入ることもできたかもしれない。

 魔女という肩書をもみ消すことが出来たかもしれない。

 ヘリィほどの魔王なら、身体から呪文を取り除く術を知っているかもしれない。

 しかし、契約して魔女になったのは事実なのだ。

 心臓がどこにあろうが、今の自分は魔女なのだ。

 それだけが、唯一の真実。


 でも、悔しいから、言っちゃえ。

「ダークマスターの度に凹んでいるのは、見透かされているみたいね」

「そうか」

「奴隷契約だし。契約期間が終了したら教えて。何処かに消えて、ひっそりと暮らすから」

 ヘリィがまた、ソフィを抱きしめる。唇を奪い、ローブの間からその胸に手を伸ばし、

ソフィの身体を熱くする。

 その手は、段々下へと移動していく。

「キミは意地悪だ」

 熱くなったソフィの身体は、言葉を発することができない。

「ソフィ、キミは僕が一番悲しむ言葉を、いつも平然と言ってのける」

「ヘリィも、あたしが一番悲しむ行動を、いつも、平然と」

 ソフィは、話すのがやっとだった。

「僕は平然となんて行っていないさ。だからいつも呪文だってかけているのに」

 また、唇を重ねて熱を冷ます。

「そうね。貴方は悪くない。いつも気にかけてくれる。嫉妬する自分が一番嫌い」


 ソフィの眼には自然に涙が滲み、目の前がぼんやりとする。

「泣かないで。僕はもう、どうしたらいいかわからない。ダークマスターは僕等の命にも等しいけど、使い魔さえいなければ、ダークマスターなんてもう、したくないんだ」

「だめよ。あんなに良く働いてくれるんですもの。大事にしないと」

「でも、キミの涙を見るのはもっとつらい」

「今更もう、『大丈夫よ』なんて嘘はつかないわ。哀しい、嫉妬してしまうし、最悪な自分に気が付くの。だからせめて、その時間だけでも放浪させて、お願い」

「わからない。そのままキミが遠くに行ってしまうような気がして。いいよ、って答えられない」

「必ず戻ってくるから」

「それでも、答えられないんだ」

「貴方には未来が見えるのでしょう?ネセスの辺りから気が付いていたの。だから、安心して。必ず戻るから、ね?」

「近頃スクランブルな暗号が渦巻いていて見えないときがある。尚更心配なんだよ」

「じゃあ、この森の中ならいいでしょう。デュール達の小屋を開けて」

「あそこは本来、特別な儀式が執り行われる小屋なんだ」

「そうなの?あそこなら雨風凌げると思ったのに。大事な小屋だったのね」


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