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第3章  心の折れた魔女

ヘリィから城下に行くことを許され、侍女たち白魔女を訪ねることにしたソフィ。


「うーん」

 考えあぐねている。

「やっぱり、これはちょっとねえ」

 白猫の使い魔が顔を出した。

「どうされました?ソフィさま」

「城下に行くんだけど、黒尽くめの衣装では目立つかなって」


「それより、その胸の方が目立ちますよ」

 ゴツンと頭を小突かれる使い魔。


「何か、いい方法ないかしら。洋服の種類云々じゃなくて、魔女だって気付かれない方法」

「デルシエルとデルシエロでは、いけないのですか?」

「ああ、そのための魔法よねぇ」


 出かける支度を始めたソフィに、ヘリィが小物を渡した。黒いケープと長袖のグローブ、そして前に黒のレースが付いた帽子だった。

「これなら、哀しみ事があったと思うだろう。胸も隠せるし、なるべく肌を隠した方が教会から目を離せる。教会の連中の中には、魔法を嗅ぎ分ける能力を持った人間がいるんだ。そいつに目を付けられたくないからね」

「ありがとう、ヘリィ」

「どういたしまして」

「じゃあ、笑いながら歩いちゃいけないってことだわね。神妙な顔つきで頑張るわ」


 ソフィが出かけると、ヘリィが、くすくすっと笑い出す。

「ヘリィさま、どうしたんです?」

「人間如きに、魔法を嗅ぎ分けられると思うか?」

「あ、そうですよねえ。あーあ。またソフィさまを騙しましたね」

「なんだ、人聞きの悪いことを言うな」

「要するにヘリィさまは、ソフィさまが城下で、にこにこと笑顔で歩いたり、胸を露出したドレスでお出かけになるのが許せないのでは?」

「お前、使い魔クビにするぞ」

「お、お許しを」


 また、陰で使い魔たちの井戸端会議が始まる。

「今日のヘリィさまときたら」

「それって、普通に人間の男が持つっていう感情じゃないのか」

「えーと。嫉妬。ヤキモチ。ジェラシー」

「ついにそこまでいったか」

 別の声がする。

「誰がジェラシーだって?」


 使い魔たちがビクッとしたまま、凍りつく。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、ヘリィが鬼のような目をしつつ、口元に笑みを浮かべているではないか。

「ひえええええっっ」

「お許しくださいましっ」

「クビだけは、ご勘弁を」


 鬼の目のまま、ヘリィが黒猫の使い魔2匹に命令する。

「白魔女の下にいる使い魔から、今の城下がどうなっているか聞いてくるんだ。さ、行ってくれ」

「はいっ、ただいまっ!」

 黒猫たちはヘリィの前から姿を消した。


 ソフィの知慮や分別の能力に問題がないと分かっていても、ヘリィは落ち着かなかった。自分の目が届かないところにソフィが行くと、心配でならない。

 イヤな予感が頭を掠める。

 それが何を意味するのか、これから何が起こるのか。

 普段ならヘリィの能力で直ぐに脳裏に浮かぶのだが、暗示を投影することが出来ない。

 何かが邪魔しているのと考えるのが妥当だが、人間たちに邪魔立てできるような能力ではない。だからこそ、戸惑い、心配するヘリィだった。


 その頃、ソフィは城下に着いて、侍女たちを探そうとしていた。

 余り顔を見られたくないと身体を固くしていたため、行ゆく人にぶつかった。

「あ、すみません」

「いえ、どういたしまして」

 ソフィよりも背が高い。見上げると、綺麗な顔をした優しげな男性が微笑んでいる。

 頭を下げて、通り過ぎた。


 その後、ソフィは城下街の商人たちに、こっそりと白魔女の行方を聞いていた。

「エリーとポーラという白魔女を探しています。ご存知ですか」

「ああ、あの子たちか。この先の宿屋で下働きとして、潜んでいるはずだ。みんな助かるって誉めているぞ」

「教会から追われるようなことは」

「なあに、急病が出たときに宿屋の下働きに動いて貰っているって言えば、教会なんざ目もくれないよ」

「そうなんですか」

「今から行くなら、薬草をありがとうって言伝お願いするよ」

「はい、承知しました。こちらこそ、ありがとうございました」


 ソフィは、宿屋目指して小走りになって歩いた。いつも履いていない低い靴が、逸る心には、とても役に立つように感じられた。

 目指した宿屋は、直ぐに見つかった。


 足を止め、扉を叩こうとした。

 刹那。

 背後に何者かの視線を感じた。

 明らかに、誰かに見られている。

 教会が魔女狩りを行う際の目つきのような、危険極まりない視線ではない。

 かといって、信用に足るような相手とも思えなかった。

 その類の視線でもない。

 ああ、背後にいる相手の素性がわかるような魔法は無いものかと思案しながら、扉から離れた。

 万が一教会関係者だったら、エリーとポーラ、二人の元侍女に迷惑が掛かる。


「此処は一旦、森にお戻りを」

 使い魔の黒猫が足元に擦り寄ったのち、何処かに姿を消した。


「あーあ、残念」

 実際に会えず残念ではあったが、侍女二人の無事は確認した。

 ソフィは足早に森の方に向かい、ささっと後ろを向いた。

 誰もいないのを確かめ、素早く、リオーラの魔法で森にあるヘリィの屋敷に戻るのだった。


「ほう。素晴らしい利発さ、賢さ。そして何より、非常に美しいターゲットだ」

 ソフィの背後にいた男性が、うっとりとした声で呟いた。

 先ほどすれ違い、ぶつかった男性である。

 いや、見かけは男性、といった方が正しいだろうか。

 その名は、ミカエリス。

 天使でありながら悪行に手を染め、天界を追放された堕天使。男女という性別を持たないその身体は、獲物によって、その見かけを変えていた。

 ミカエリスが獲物=ターゲットと呼んだのは、紛れもなくソフィのことだった。

 一体、ミカエリスは何をしようというのか。

 ミカエリスの目的は、誰にもわからない。

 スクランブルに暗示を交錯され、ヘリィが感じ取れなかったのも仕方のないことだった。


 何か途轍もなく異常な視線を感じ、急ぎ屋敷に戻ったソフィ。

 へリィに報告しようと、屋敷内に入ろうとした矢先のことだった。

 若い女性がヘリィに従い、廊下を歩いて行くのが見えた。その向こうには、ダークマスターの部屋があるはずだった。


「儀式?」

 動こうとしても足が接着剤で固められたかのごとく、ソフィの足は思うように動かなかった。

 身体の動きもままならず、その場に立ち尽くしたままのソフィ。

 やがて、ダークマスターの部屋から女性の声が聞こえてきた。

 儀式をまるで愉しむかのように、甲高く、喘ぎ悶える大きな声。女性が口にするのも憚られる猥雑な言葉の数々。

 ヘリィの声は聞こえなかったが、もう、充分だった。

 聞きたくもない。でも、思い浮かんでしまう、その光景。


 ソフィの心の隅で、何かが「パキンッ」と砕けたような気がした。

 立ち尽くしたままだった足は、相変わらず動かせない。そのまま、そこに崩れ落ちた。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 ソフィには、自分が儀式に与えてもらった3日3晩と同じくらいの時間が流れたように感じられた。

 儀式に来た女性の声は止んでいた。

 ソフィは、背後に誰かの気配を感じた。視線の善悪までは、わからない。

 たぶん、儀式を終えた魔女だろうと思った。

 まさか、こんな場所で座り込むところを見られるわけにはいかない。

「デルピエロ。デルシエロ」

 魔法で、姿を隠した。

 そう、見えなくなったはずだった。


「どうしたの?貴女も儀式を受けに来たの?ああ、怖いのね、なら家にお帰りなさいな」

 魔女らしき女性に、声を掛けられた。

「あ、はい」

「野望失くして此処に来てはダメよ。心臓を掴まれるんですもの」

 魔女は、魔法を唱え何処かに消えて行った。


 魔法が、効かなかった?

「クリスオーラ」

 身体は、ピクリとも移動しなかった。

「インペリアル!」

「サインぺリアル!」

 大声で叫んだが、魔法は発動できなかった。


 どうしよう。もう、もうダメ。

 折角結んだ契約も破棄になってしまう。弟たちも守れない。

 自分の心臓なんて、食われようが構わない。

 でも、折角ここまで来たというのに、弟たちが捕まるかもしれない。

 ぼろぼろと、涙が零れた。

 芝生の上に両手をついて、泣いた。声を上げて泣いたことなど、物心ついてからは記憶にないが、今日は嗚咽が漏れるほど泣きじゃくった。

 父母が亡くなった、あの時ですら、泣いている暇は無かった。弟を無事に逃がす方法を考えるので精一杯だった。

 でも、今はもう、心が折れそうだった。

 ヘリィも頼れない。頼ろうとした自分がいけなかった。

 生まれながらに、私は皇女であり、孤高の人間なのだ。

 なのに、どうしてよりによって魔王などを信じてしまったのだろう。裏切りに遭うことなど、百も承知だというのに。


 裏切り?

 いいえ、彼は、裏切ってなどいない。

 私が勝手に期待しただけ。

 期待したからこそ、期待外れの結果が悲しいだけ。

 ソフィは、本来の目的を思い出した。

 信頼など、期待など、私の人生にとって何の役にも立ちはしない。

 もう、魔法さえ使えないのだから。

 契約すら破棄しなければいけないのだから。


 どのくらいの時間があったのだろう。

 東から上がったはずの太陽は、オレンジ色の空とともに西に向いていた。

 ソフィの中で、やっと、心の整理が付いた。

 此処を出よう。

 弟のところにいって、武術の訓練をしよう。

 弟たちが心配だから白魔女を伴い自分が面倒を見る、と告げ、森の中に小屋を借りよう。

 今の自分にできるのは、それしかない。

 そして、いつの日か、父母の仇討ちだけでも果たす。

 大叔父とあの息子さえ殺めれば。

 弟が城に入れるか否かは、わからない。

 できることなら皇帝の座に就いて欲しいけれど、それは、私や弟が決めることではなく、民が決めること。


 泣きじゃくって真っ赤になった眼や、腫れてしまった瞼を見られないように、帽子のヴェールで顔を隠した。

 座り込んだ際の砂埃を素手で払って、グローブを付けた。

 さ、これが最後の挨拶。

 上手くやらなくちゃ。


 しかし、いざ屋敷に入ろうとすると足が震えた。

 ヘリィに逢うのが怖かった。

 顔を見られるのが怖かった。

 と、後ろから声がした。


「おや、ソフィヌベール皇女さま」

 ビクッとした。

 聞き慣れない声。

 大叔父の手の者か。

「いいえ、わたくしはドラヌルとは縁も所縁もありませんよ」

 背中で聞く声。ソフィは瞬時に悟った。

 今の私と大叔父の関係性が解る、ということは人間ではあるまい。

 それなら好都合というものだ。

 ソフィは振り返った。

「なんだ、お前は。わたくしの名を呼ぶ前に、己が名を名乗れ」

「これは失礼いたしました。わたくし、天使ミカエリスと申します」


 ミカエリスと名乗った男の目をヴェールの間から見た瞬間、ソフィは、城下でぶつかった男だと分かった。

 そして、昼間の背後からの視線もこの男だろうと目星を付けた。

 何故か分からないが、この男が味方という種ではないことも感じられた。

「何の用だ。此処は、お前の来る場所ではあるまい」

「皇女さまをお助けしたく参上いたしました」

「助けは要らぬ。己が場所へ戻るがよい」

「魔法が使えなくなっても助けが要らないと?武術だけで、少人数で何が出来ます?」


 見透かされていたか。

「今すぐに事を起こそうなどとは、考えておらぬ」

「わたくしがドラヌル大叔父の耳に、この森のことを言ったら、どうなさいます」

「脅しているのか?天使さまは人間を脅迫するために地上にいらっしゃるというわけか。ふん。そうなれば、それまでの運命ということ。私は生き恥など晒さぬ」

「魔女になど身を貶めることなく、他に倒す方法があるんですよ?」

「ほう。そんなに簡単な方法があるなら知りたいものだ。申し述べるが良い」

「それは」

「それは?」

「わたくしに付いて来てくだされば、お教えしましょう」


 どうやら、この男、何かの魂胆があるらしい。ソフィを何処かに連れ出すための張ったりのようだ。

「張ったりに付き合う暇はない。私は、嘘を最も好まぬ。ミカエリスとやら。覚えておけ」

「断じて、張ったりではありません」

「此処で言えぬなら張ったりと同じではないか。そのような戯言、聞く耳など持たぬ。帰れ」

「わたくしを信じてみませんか?皇女さま」

「生憎、信じるという言葉は、我が辞書にはない。下がれ」

「でも」

「下がれと言うのが聞こえぬと申すか。2度は言わぬ。消えろ」


 その時、地鳴りのような轟きが聞こえた。

 余りの地鳴りの激しさに、ソフィは立っていられず、またもや座り込んだ。

「ミカエリス、地獄へ。シャーマタイト!」

 ヘリィの放った魔法だった。

 ミカエリスは、その魔法を避けて空中浮遊していた。

「ヘルサタン、手荒な歓迎じゃないか」

「人の屋敷に不法侵入する奴など、これでも足りん」

「僕達は同胞のような者だろう」

「お前のような裏切り者と一緒にするなっ」

「裏切り、ねえ。皇女さまは、どうするんだろうね」

「どういうことだ。ソフィに何をした」

「別に。ああ、さっき、女の猥雑な声が聞こえちゃった。熱い儀式だったみたいだねえ」

「関係ないことでソフィを惑わすな」

「僕は何も言っていないよ。儀式を行った張本人はキミだろう?」

「お前に関係ないだろう。さっさと消えろ」

「皇女さまも傷つくよねえ。あんな声聞いたら。もう、此処にいたくないんじゃない?」

「これ以上何か言ったら、魔法では済まさない。今すぐに消えろ」

「でも、僕は答えを貰った。誰も信じないって。君もその中に入るみたいだよ。ふふふっ。ソフィヌベール皇女さま。僕の手をとりなさい。お待ちしていますよ」


 そう言い残して、すぅっと、ミカエリスは姿を消した。


 ヘリィがソフィの下に駆け寄った。砂埃に塗れたドレスの汚れを掃う。

「ソフィ!大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっと吃驚しただけ」

 座り込んだソフィを起こそうとするが、ソフィは立ち上がれなかった。

 ミカエリスの言葉は、どうやらヘリィには意味が通じていないようだった。


 ヘリィが心配そうな顔で、ソフィを見る。

「何があった?ミカエリスに何を言われた?まさか、何かされたのか?」

「いいえ。大丈夫。いつも冷静沈着なヘリィにしては、珍しく敵意剥き出しだったわね」

「あんな堕天使、目の前にしただけでも腹立たしい」

「堕天使?」

「そう。あいつが何を狙っているか分からない。だから、用心に用心を重ねたい。あいつとは何かにつけ因縁があるんだ。ソフィ、キミを狙っているかもしれないし」

「魔女のひよこみたいな、あたしを狙ったところで何も得る物なんて、ないじゃない」

「キミは自分が皇女だということを忘れたのかい?あいつに誑かされて没落した貴族や、王家すらあるんだ」

「よくわからないけど、仲良くないのは解ったわ。城下で彼に会ったの。そのあと背後から彼の視線を感じて、不安になって戻って来たの」


「いつ戻ったの?」

 ヘリィに聞かれても、無言のままのソフィ。

 まさか、他の女性とダークマスターしている時間とは言えなかった。


「ああ、そうだ、ソフィ。魔法、使えるかい?ミカエリスは、その辺も長けているから」

「実は」


 ソフィは、全ての魔法が使えなくなったことを打ち明けた。

「なんてことだ。あいつ、背後から魔法を」

 偶然とはいえ、ミカエリスに遭遇させたことを後悔するヘリィの言葉に対し、ソフィは首を横に振った。

「視線を感じたあとも、魔法は使えたわ。全く使えなくなったのは、ここに戻ってから」

「じゃあ、何が原因なんだろう」

「あの、あの」

「僕としたことが。今日起こるべき事象をどうして読み解けなかったんだろう。まったく、今日に限ってこうだ」


 ソフィが、もじもじしている。

 ヘリィは、歩けないソフィを抱き上げ、家の中に向かった。

「まずは、砂まみれになった身体の埃を落さないと」


 此処を去る決意を告げなければ。

 弟たちや白魔女と暮らす小屋だけ借りれば、生きていける。

 もう、契約した身体ではなくなってしまったのだから。

 ひとつも魔法が使えないのだから。


 他の女性とのダークマスターに嫉妬した結果、と見透かされてしまうような気がした。

 ヘリィの能力で。

 でも、知られたとしても仕方がない。

 一度施されたダークマスターが消えたのだから。

 自分自身のジェラシーが引き起こした、大きなミスなのだから。


 ソフィは、やっとの思いで、喉元まで言葉を引っ張り出した。

「あの、ね。ヘリィ」

「なんだい?」

 使い魔にバスタブの用意をさせ、ヘリィ自らソフィの身体をチェックしようとドレスのボタンに手を掛けたときのことだった。

「たぶん、契約、もう無理だと思うの」

「どうして?」

「他の女性とのダークマスターの声が聞こえて、そしたら腰が立たなくなって、魔法が使えなくなっちゃった」

「え?」

「だから、その、これからも、そういう場面は何回となくあるでしょう。その度に魔法が使えないのでは、ヘリィのお荷物になっちゃうから。今日で暇乞いしようと思って」

 

 ソフィは、ヘリィに怒られ追い出されるか、最悪、命の保証も無いと覚悟しての告白だった。

 しかし、ヘリィの答えは違っていた。

「申し訳なかった、ソフィ」

 ソフィは謝られて驚くとともに、ヘリィのせいではないという自分の気持ちを伝えたかった。

「貴方のせいではないわ。謝らないで」

「いつも気丈に振舞い続ける皇女さまも、ジェラシーには弱かったんだね。さぞや心を痛めただろう」

「だって、屋敷に居候するっていうことは、そういうことだもの」

「キミに我慢を強いた僕が悪い。気付かない僕が甘かった」

「儀式を執り行うのが貴方の仕事でしょう。あたしが居なければ、そういう面倒も減るじゃない。だから」

「今迄、どうして気が付かなかったんだろう。もっと早く気付くべきだったのに」

「ヘリィは何も悪くないの。気にしないで」

 ボタンを外す手を止めて、ソフィを抱きしめたヘリィは、耳元で囁いた。

「ごめん」


 そして、使い魔たちにソフィの入浴とシャワーを手伝わせ、上から下まで綺麗さっぱりと砂埃やら何やらを落した。

 そして、何かを拾い上げた。

「やっぱり」

「何?」

「ミカエリスの羽」

「え?そんなものがあるの?」

「これで情報を収集するんだ。盗聴とか盗撮みたいな代物だよ。シャーマライト」

 羽は無残に引きちぎられ、ブチッと機械的な音がした。本当にそういう機械なのかもしれないと、驚いたソフィだった。

「おーい、お前達。ミカエリスの羽に気を付けて掃除してくれ。全部集めて、魔法で粉々に砕くから。それから、屋敷に強めの結界を張る。出かけるときは、解除術式を忘れるなよ」

「はい、かしこまりました」


 ヘリィは、掃除やバスタブ準備に加わっていなかった使い魔に声を掛けた。

「もう、準備はできたか?」

「はい、整っております」

「じゃあ、行こうか、ソフィ」

「何処に?私、まだローブしか着ていないわ。ドレスを着ないと」

「どうしてドレスを着る必要があるんだい?」

「此処を暇乞いするんですもの。まさか裸で追い出すことは、しないでしょう?」


 ヘリィは、こちらを見向きもせず、立ち止った。

 ソフィの手を握る力が強くなって、痛いくらいに感じる。

「誰が暇乞いを許した?」


 ヘリィの強い口調に驚いたソフィは、契約不履行の自分に、暇乞いなど許されないのだと悟った。なら、せめて弟たちだけでも隠して欲しいと願った。

「暇乞いが無理なら、受け入れるわ。でも、せめてデュール達だけは守って欲しいの。契約も果たせずお願いできる立場ではないけれど、私はもう、どうなっても構わないから」

 ヘリィの語気は強まる。握る手の力も、先程以上に強くなる。

「誰が出ていけと言った?誰がどうなっても構わないと言った?」

「でも。この有様だもの」

「さ、行くんだ」

「何処に?」

「ダークマスターの部屋だ。もう一度ダークマスターを行う」

 ソフィの目に、また涙が浮かんだ。

 先ほどのショッキングな、あの猥雑な響きが、再び頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 足が動かない。

 腰が抜けたように、ふらふらになった。


「もう、あんな声を聞くのは嫌。頭から離れないの」

「ダメだ。僕はキミを離さない。キミが悲しまなくて済む方法を考える」

「だって、さっきも話したわ。貴方と他の女性がダークマスターしていたら、心がちぎれそうになるの。もう、ここには居られない」

「これからは気を使うよ。儀式がキミにわからないようにする。それでも嫌なら、儀式を止める。悪魔は僕だけじゃないから」

「そんなこと、頼めるわけがないわ」

「此処にいるのが嫌になったのか?僕は、キミと一緒にこの屋敷で暮らしたいんだ」

「奴隷だから?」

「意地悪な質問をしないでくれ。さ、儀式を始めよう」

 腰の立たないというソフィを抱き上げ、ヘリィは、ダークマスターの部屋に入った。

 

 今回のダークマスターは、3日3晩どころか、1週間以上も2人は儀式部屋から出てこなかった。部屋内外にも結界を張っているらしく、声すらも漏れ聞こえては来ない。


 ヘリィはざっとソフィの全身を見た。

「やっぱり。殆ど消えているか。本当に済まなかった。許してくれ」

「ううん、貴方は悪くないの。お願いだから、ダークマスターは、もう止めて」

「ダメだ。今回は本気でダークマスターを行うから。そのつもりでいてくれ」

 そう言いながら、ヘリィは、ソフィの身体を隅々まで眺め回した。

 最初のダークマスターでは、少しずつ身体を見られたから、恥ずかしさのボルテージも少しずつアップしていったが、今日はいきなり全裸にされた。


 ソフィの恥ずかしさは、マックスに達していた。

「ソフィ。最初のダークマスターでは、声を出さないように、我慢しただろう?」

 真っ赤になりながら、ソフィが頷く。

 耳まで真っ赤なソフィの右側に顔を寄せたヘリィが、優しく囁く。

「今日は部屋に結界を張ってある。どれだけ叫んでも、誰にも聞こえないよ」

「恥ずかしい」

「魔力を失うと、途端に恥ずかしがり屋さんになるんだな、ソフィは」

「お願いだから、はしたないことを思い出させないで」

「ダメだ。今日からキミは、僕の前でだけ、淫らで、はしたない女性になるんだ」

 ソフィの心臓から出ていく血が熱く滾る分、血が巡った箇所は見る見るうちに熱くなり、全身が小刻みに震える。

「寒い?」

「芯が熱いわ」

「さ、儀式を執り行おう」

「でも」

「もう、逃がさない。僕が良いというまで、此処から出さない。僕の総てを受け入れてもらうよ」

「ヘリィ」

「おいで。飛び切りのをあげるから」

 ソフィは、その目から涙が零れつつも、ヘリィの手を取らずにはいられなかった。


 瞼、耳の中、耳たぶ、唇、舌の裏。シャワーを浴びてさっぱりとした身体に、舌を這わせ、ゆっくりと呪文を記していく。それは、幾重にも重ねられた。

 勿論、最初のダークマスター同様、時にはあられもない体位に舌が這う場面もあった。ソフィは、只管我慢した。

「ソフィ。今日はどれだけ声を上げても構わないよ。でも、一番初めのダークマスターで必死に我慢していたソフィが、とてもエロティックだった。あの時は、僕も凄くゾクゾクした」

 そんな言葉を囁かれるたび、ソフィの身体は熱くなった。

 身体の熱さに比例するように、いくら我慢しようとも悶える声が洩れる。声を我慢しようとすると、ヘリィが我慢できないところを突いてくるのだった。

「声が出るの、お願い」

「どんな大きな声でも出して構わない。僕が出させてあげる」

「はしたなくなるから、言わないで」

「いいじゃないか。僕の前でだけ、はしたない声をあげてくれ」

 見える場所、見えない場所、総てにヘリィの舌が伸ばされた。

 体中に呪文を書き記すため、と言いながら、前回記さなかった場所にも舌は伸びた。

 どんなはしたない体位でも、呪文を施すまで我慢させられた。

 最初の3日3晩のダークマスターよりも、時間をかけて、ねっとりと、その行為は進められた。髪の毛が乾くと1本1本、舌で呪文を書き込まれた。

 その間にも、ソフィの口に時折ヘリィの舌が絡まる。呪文なのか、キスされているのかわからなかった。

 舌で呪文を記したのちも、爪で何度も同じ場所をなぞられた。

 感じやすいところを、わざと刺激された。

 ソフィの身体総てを、ヘリィは知り尽くしたようだった。

 最終日には、二人とも歩く体力すら残っていないほど、今回の儀式は念入りに行われた。


 使い魔たちは、二人がどうなっているのか、気が気でならない。

 なにせ、今迄、1週間も部屋から出てこなかったダークマスターなど無かったのだから。先日の3日3晩でさえ心配したというのに。

 ただ、中で働いている使い魔との交代時間があったので、中の状況は窺い知ることが出来た。


「ヘリィさま、超本気モードで突っ走っているよ」

「ここ何百年の間でも、こういったことは一度も無かった」

「飲み物が欲しいってご希望だよ。ソフィさまの分も」

「持って行かなくちゃ。喉も渇くさ」

「いやあ、儀式前のヘリィさまのご立腹と言ったら・・・」

「何?何?」

「誰が暇乞いを許した?誰が出て行けと言った?って」

「怖い」

「で、『もう、逃がさない。僕が良いというまで、此処から出さない。僕の総てを受け入れてもらうよ』だってー!」

「それって、愛の告白っていうやつじゃないのか?」

「わかんない。でも、本気に間違いないよ。一緒に住みたいって」

「そうそう。ソフィさまが嫌ならダークマスターを止めるとまで言い切った」

「止めたらどうなるの?」

「僕たちの食べ物が減る」

「お腹空くね」

「でも。ソフィさまの泣き顔見ていたら、本当に僕まで辛くなってしまったよ」

「何かいい方法はないものかねえ」


 そして、残された使い魔たちの井戸端会議が始まった。

「白魔女は元気だったのか?」

「ああ。使い魔たちも楽しそうに働いていたよ」

「それは何より」

「城下はどうなっているんだ?」

「ドラキャラによって、また税金の取り立てが厳しくなったらしい」

「ドラヌルだろ」

「どっちだっていいさ。税金の使い道が問題だ」

「何に使っているんだ?」

「まず、個人資産にインマイポケット。あとは、ブレーンの貴族がインマイポケット。最後に、これはソフィさまが爆発するな。周辺国へのご機嫌取りに、少女や子供たちを売り飛ばしているらしい」

「そりゃ不味い。今回のダークマスターでは、ちょっとやそっとのことで心が乱れない呪文を仕込んでいたみたいだから、ソフィさまのお怒り次第では、国が吹っ飛ぶ」

「森も吹っ飛ぶ」

「いや、困ったなぁ」

「国が吹っ飛ぶのは仕方ないとしても」

「森だけは吹っ飛びませんように」

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