歌と噂の種
神話と忠誠完結語のお話です。話が前後してすみません。
この国で魔導師という職は常に尊敬と畏怖の念が込められる。
それは天空神トータティスの加護を高めて、国や人々に繁栄をもたらす存在とされているからだ。
そして魔導師から加護を得、国を守護する役目を追う騎士もまたそうだ。階級の程度はあれどそれは変わらない。
が、変わるものも勿論ある。それが顕著に表れるのが恩給で早い話が金であり富だ。
貴族や地主、有力な商人等の上流階級出身の騎士は黒騎士、中流階級の出身の青騎士、それ以外の一般庶民階級の騎士は白騎士と呼ばれる。もちろん前者に行くほど恩給は高く、後者にいくほど低い。また任務の難易度も違う。
それとは捕らわれずに遊撃隊というものが存在しており、黒騎士に所属する。家柄重視ではなく、実力重視であり、また任務も危険の高いものになるため、入隊が認められるのはほんの僅かな人数だ。精鋭をかき集めるため家柄によって選別されることなく間口は広い。
もちろん騎士だけでなく神殿勤めをしている魔導師にも恩給は出るが、一部の力ある魔導師は騎士と契約を結び、騎士の家から生活をみてもらうのが一般的だ。だが、ライオネルの生家であるバルフ家はそもそも青騎士(中流階級の出身の騎士)であり、財産は家屋敷などのほんの微々たるものでしかない。ライオネルの父が戦場で戦死したため、ライオネルの父親は黒騎士の階級を死して叙勲されたが、息子であるライオネルには引き継がれなかった。そのため国からの恩給は多くはなく、少々裕福な商人程度だ。今の段階ではドルイドとしてのマティの恩給の方が多く、バルフ家からの資金援助は断っている。そもそもマティの家の暮らしも庶民と変わらない。
一方シャブリエ家は魔導師としては名家であったが、今やそれは過去の名声となりすっかり落ちぶれ、財は無く、庶民と変わらない生活を送っている。先代のマティの父親は魔導師ではあったが一介の神殿勤めの神官でしかなく、今のマティのようにドルイドと呼ばれる権威層ではなかった。
ドルイドとは神官をまとめる地位にあるもので、天文学や自然学、倫理とあらゆる知識に通じてなければならない。祭祀を中心となって行い、人々に慣習や伝統や歴史を教え伝えていく存在でもある。時には人々の諍いを公平に治める役目も負う。膨大な知識と人格が問われる知識階級で重要な役割を負っている。
変わっているのは特殊な魔導師という職業だけだ。
魔導師という看板を掲げるには神殿務めが課される。そうでなければ表だって魔導師という職につけない。
なかにはもぐりの魔導師という者もいなくはないが稀だ。それこそ違法であり、処罰の対象になる。それだけこの国で魔術が重要視されていることの証明だ。
そんなこの国の背景で、中流貴族であるライオネルが黒騎士の、それも遊撃隊に属することになったのは特殊な事だ。ドルイドであるマティの権力のおかげではない。それは単に黒騎士隊長であるアドレー・ダズウェルが後見人となったおかげだ。
長身で逞しい体躯を持つアドレーは、その整った容貌をマティに惜しげもなく晒している。たった今も、これ見よがしにその恩を返せとばかりに休憩中のマティの前に姿を現した。
天気のいいこんな日はマティが中庭に休憩に出ることを、この男は知りつくしている。軽く舌打ちをしそうになったマティはその態度を取り繕うとはしない。
「……あなたも暇ですね」
「これでも忙しい身さ。こうして時間を見つけて君に会いに来てるんだ。少しくらい愛想良くしてくれもいいんじゃないか?」
「でしたら他の女性の方のところへ行かれてはどうですか? 歓迎してもらえますよ、アドレー様」
何の感情も込めずに他人行儀に言えばアドレーは肩を竦めた。
「随分と嫌われたものだな」
「……一体どんな噂が立てられてるか、あなたはご存知ないんですか」
マティが嫌そうに顔を歪めると、アドレーは楽しそうに笑った。
「“黒騎士の英雄と稀代の魔導師の美しき友愛”は悪い噂じゃない。むしろこのうえない賛辞と思わないか」
近頃、流れの吟遊詩人が歌った二人の噂だ。
この時代、庶民に文字の使用は許されていない。どころか神殿でも文字を形として残す権威を与えられた者は少ない。伝承や慣習等のほとんどの事柄は口頭で伝えられてきた。
吟遊詩人はバルトのような高尚な伝承人ではない。もっと民衆よりの、それこそ人の噂、美談や醜聞、遠い異国の物語や謡いなど幅広い事柄を歌い、世間に広めていく。
その吟遊詩人がマティの功績を好んで歌うようになっていた。
季節外れの宿り木を見つけた奇跡を起こした魔導師として、家畜の病気を見極めた優秀なドルイドとしての。
そしてその次はマティとアドレーのことだ。
新人だが稀代の魔導師であるマティに協力する黒騎士団長との仲睦まじさを歌われるようになった。
さすがに色恋ではないが、それに近い友愛があるのだと勝手に歌い上げる。
だからライオネルが遊撃隊所属になったのだとまことしやかに囁かれる。マティが不便がないようにライオネルを相応しい身分にまで引き上げたのだと。
そこまでにはライオネルの苦労や努力が確かにあった筈なのに。
まったく迷惑な話だとマティは思う。時には事実を捻じ曲げながら少々大げさに歌う吟遊詩人をマティはあまり好きではない。どころか自分のことを歌われるようになってからは忌々しい存在でしかない。
彼らのおかげでマティはどこに行っても注目を浴びるようになってしまったし、何よりこのアドレーと並べられて称されるのは迷惑以外の何物でもない。
自分と契約しているのはアドレーでなく、ライオネルだ。
彼にも、彼の家にも泥を塗る様な噂は迷惑だ。
「大体、私の契約している騎士はライオネルで、あなたじゃない。どうせならライオネルを歌えばいいのに」
「それはこれからの活躍で取り戻せばいいだけの話だ。遊撃隊は手柄しだいでどんな名声でも得られる所だ。あまり言いたくはないが、俺の後押しがなければライオネルの遊撃隊入隊は難しかっただろうしな。世間でそう噂されるのも当然だ」
「……」
それを言われるとぐうの音も出ない。ライオネルが遊撃隊入隊を申し出て、それがあっさりと許可されたのはこの男の力が無いとは言い切れないのだ。
「それはどうも、ありがとうございました」
「礼なら前にも聞いた」
「なら他にどのような言葉を聞きたいんですか、黒騎士団長殿」
「……俺の専属魔導師になってほしい」
「またその話ですか」
マティが一度ジャネットの代わりにこの男に加護を与えたことがあった。
それが思いがけず気に入ったアドレーはその後、何度かこうしてマティをダウズウェル家の魔導師になれと誘いをかけてくるのだ。
「何度も断っているでしょう。シャブリエ家は代々バルフ家と契約しているんですから無理です。それにあなたなら私以外の素晴らしい魔導師を何人でもつけられるでしょう」
「君ほど優秀な魔導師はいない」
「そんなことはありません。ジャネット様だっておられるし、私の他にも優秀な方はたくさんおられます」
「そんなことはない。特に美しさでは君の右に出るものはいない」
「……はあ?」
アドレーは笑って膝まずいて、マティの白い手を取った。
「君は不思議だ。俺ですらこうして膝をついて神のように崇拝したくなるほど神々しい」
「ちょ、やめてください」
さすがにこの行動は目立ち過ぎる。神殿の中の限られた目しかないが、それでもこれ以上噂になるのは勘弁してほしい。
マティは腰を折って、アドレーの手を引き、なんとか立たせようとするが、逆に強い力で引き寄せられ膝を床についた。そして両手を握られる。その姿はまるで恋人同士が手を取り合っているように見えなくもない。
「……離してもらえますか」
「あの儀式のときの君の姿は忘れられない。誰が見ても無理難を押し付けられたようにしか見えなかった。それこそ体のいいスケープゴートだっだ」
「それは……」
「君は気丈な顔をしていたけれど、やっぱりどこか不安な表情をしていた。神官長の前でそれを従順に受ける君の姿は健気で、儚げで、皆の同情をひいた。それがまさかの奇跡を起こして戻って来た時の姿は、とても自信に満ちていて、神々しく見えた。さすが魔導師の名家シャブリエ家の当主だと誰もが納得させられた。宿り木を片手にかしずく君の姿はどんな女よりも神よりも美しく見えた」
アドレーがその時の光景を熱っぽく語る。
なんだかこそばゆいような、居心地の悪さを感じてマティは俯く。
「かと思えば、中庭でグミを頬張る無邪気な姿もある」
「……」
顔を上げれば、アドレーのいたずらっぽい表情にぶつかる。恥ずかしさで頬に血が昇るのは恐らく気のせいではない。
「そんな表情も年相応で可愛らしい。そんな表情を知ればドミニクでなくても、きっと誰もが君に虜になるよ。俺ですら……」
「もうやめてください。こんなところを見られて噂されたら、またどんな歌を作られるか」
「言わせておけばいいのさ。これは醜聞でも何でもない。誰をも虜にさせる稀代の魔導師の歌はきっと評判になる」
「……人聞きの悪いことを言わないでください。そんな言い方はまるで悪女みたいだ……」
そう言えばアドレーは大きな声で笑った。そして自分も立ち上がりながらマティの体を引きあげた。
「美しい女は大概が悪女に例えられる。それはやっかみ半分、崇拝半分さ」
「そもそも私は女性ではありませんから。あまり変なことを言っているとあなたの名声にも傷が付きますよ」
「相変わらず君はお堅いな。まあ、俺の心配をしてくれてると思うことにするよ」
「はい? 誰があなたの心配なんて……」
「ムキになればなるほど相手の思うつぼだと君は知るべきだ。特に男は都合よく出来てるからな」
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。この男には何を言っても通じない、とマティは深いため息をついた。
最後にアドレーはマティの手の甲にキスを落とすと、一歩下がり、騎士らしくマントを払い、魔導師に敬意を表して腰を折った。
その所作と姿はマティですら思わずはっとするほど美しかった。
「君には嫌われたくないから俺はここで退散しよう。どうか残り半日お健やかにお過ごしくださるよう……」
最後は騎士が魔導師にする挨拶の定型だ。そうされてはマティもこう返すしかない。ましてや、ここには人目もある。黒騎士団長を無碍に扱うことは出来ない。
アドレーの額に精霊の恩恵を与えるべく手をかざす。
「あなたにも天空神トータティスの加護がありますよう」
その言葉にアドレーは満足そうに笑うと踵を返した。
その姿を見送りながらマティは面倒くさいことになった、とため息をついた。
アドレーの誘いは冗談だと適当に流していたが、あそこまで情熱的に語るのだから冗談という程度ではないのだろう。
今後も同じアプローチをされるのかと思うと気が重い。
だが数日後、最もマティの気を重くさせたのは吟遊詩人の歌った内容だ。
英雄に加護を授ける稀代の魔導師の様子はまるで神話の様でもあり、まるで恋を交わす睦まじい男女のようでもあり、壁画に残せばきっと誰もが心奪われ、その心に焼きつけられるだろう。それほど美しい光景であった、と謡われていたのにはマティはもはや何も言う気になれず、脱力するしかなかった。
これだから吟遊詩人は嫌いなのだ。もっと言えば、人の目、世間とはなんと忙しく、口やかましいことか。
自分の世界には弟のユリシーズと、幼馴染で騎士のライオネルだけで十分なのだとマティはため息をついた。
その後、アドレーに対する態度がますます硬化したのは言うまでもない。




