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落ちこぼれ魔導師と騎士  作者: ででこ
昔話 騎士団長×稀代の魔導師
4/6

神話と忠誠 2

夕刻にライオネルが迎えに来た頃、マティは更に不機嫌になっていた。

主に昼休憩の出来ごとのせいだったがライオネルは知る由もない。

よく躾けられた馬はいつにもまして仏頂面のマティを乗せて、朝来た道を辿っていく。

「……何があったんですか」

ライオネルが問いかけてくるが、マティは昼間の出来事を到底語る気になれず「別に」と短く返した。

「別にって顔じゃないですよ。そんな怖い顔をしてたらユリシーズが泣きますよ」

「ユーリの前でこんな顔はしないよ。……ああ、早くユーリに会いたい」

そう言えばライオネルが苦笑した気配がした。相変わらずのブラコンだと笑われるのはもう慣れているので何も思わない。言葉にすると、それまでよりも急速にユリシーズが恋しくなった。

「なら少し早駆けをしますか? 少しは早く屋敷に着きます」

その提案にマティは少し迷って、頷いた。マティは馬の扱いに多少は慣れてはいるものの、騎士であるライオネルほど巧みでもない。それでも少しでも早くユリシーズの顔を見られるのだと思えば、そんな躊躇いは一瞬だ。

「ではしっかりと手綱を持って。私の後をしっかり追ってきてください」

と駆けだしたライオネルの馬を追いかけるため、マティも鐙を蹴った。

流れる景色が一変する。それまでとは違った速さで木々が流れていく。緑の中を駆けていく様子はまるで自分が人間ではない別の生き物になったかのように錯覚する。まるで馬そのものか、駆け廻るスピリットのようだ。きっと彼らはこんな風景を普通に見ている。

ライオネルは加減して馬を走らせ、マティの乗る馬を誘導してくれている。

駆け抜ける風が爽快だ。涼しい夕風が尖っていた心を和いでくれる。

そして幾分か早くバルフ家屋敷に到着した。使用人に馬の手綱を渡し、そこでマティは腰に下げていた小さな袋を思い出して慌てて探る。馬の早駆けにも振り落とされず、その袋はあった。昼間に集めたグミの実がそこに入っている。

よかった、とその袋を手のひらに収めてほっとしているとライオネルが気づいた。

「それは何ですか?」

「ああ、グミの実だよ。植物園で見つけてね。懐かしくてついたくさん摘んだんだ。ライオネルも食べるかい?」

「……またあなたは。園内の植物を持ちだすのは禁止されてるでしょう」

「雑草みたいに生えてたやつなんだ。それを少々持ち出したって問題にはならないさ。グミなんてその辺にいくらでもあるしね」

とライオネルの手に数個赤い実を握らせる。そして自分も一つ口に放り込んだ。しばらく呆れた様子だったが、「懐かしいですね」と言いながらライオネルもそれに倣う。二人してグミの実を味わっているとユリシーズがマティの名を呼びながら走ってきた。

「マティ! おかえりーっ」

と飛び込んでマティの腰に抱きつく。声も仕草も容姿も、全てがマティの目には愛らしく映る。金茶の柔らかな巻き毛を撫でると不思議な安堵が生れる。

「ただいま、ユーリ。いい子にしてた?」

「うん! あのね、アネリとお花を摘んだよ!」

「そう。後で見せてくれるかい?」

「うん!」

愛らしい大きな緑の瞳が輝く。マティと同じ色の瞳だ。

それを見る度にマティは尊いものを胸に感じる。

「そうだ、お土産があるんだよ、ユーリ。グミの実だよ」

と袋を差し出せば小さな丸い手が受け取る。そして袋の中身を見て顔を輝かせる。

「食べるのは夕飯を食べてからだよ、ユーリ」

「うん!」

そんな会話をしていると、ライオネルの姉がやってきた。

その腕には編んだ花が掛けられている。愛らしいピンクや白の花々は可憐なアネリに良く似合っている。

「おかえりなさい、マティ、ライオネル」

「ただいま戻りました姉上」

「弟の面倒を見てくれてありがとう、アネリ」

そう言えばアネリは首を横に振った。

「こちらこそ。私が遊んでもらったようなものよ。ユーリと遊んでいると病気の事も忘れるくらい楽しいの」

亜麻色の髪を揺らしながら笑うアネリの顔色はとても白い。もともと色白のせいもあるがそれは病のせいでもあった。アネリは生まれつき体が弱く近頃は胸の病を患っている。年頃の女性にはない細さの体はそれを物語っているようで痛々しい。

「さあさ、お母様もお待ちかねよ。マティもどうぞ夕飯を食べていって」

そう言われればマティも断れない。頷けばユーリも喜んだ。家族水入らずという言葉もあるが、やはり食卓を囲むのは大人数の方が楽しい。それはマティもよく知っている。家族を失いぽっかりと隙間のある団欒のもの寂しさも。

だから断れなかったというのもあった。

思いがけず賑やかな食卓を囲んで、その夜は更けていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




翌朝、いつも通りマティは神殿に上がり、いつも通り書庫に詰めていたが神官長の呼び出しを受けた。書庫室から抜けて、神官長の部屋まで向かう途中でマティを呼びとめる声があった。思わず足をとめてしまってから、止めなければよかったと後悔するまでの時間は一瞬だ。

マティを呼びとめたのはドルイド見習い中の神官、ドミニク・マールバラだった。ちぢれた巻き毛に中肉中背のこの男は有力な貴族の出の魔導師だという。マティから見ればドルイドの能力も、魔導師としての資質も、人望も到底あるとは思えない人物だがなぜか神殿に居ついている。

普通ならそんな人材は神殿から追い出される。なのにそうならないのはひとえに実家が有力な貴族であるからだ。

ドミニクは細い目を好色そうにさらに細めてマティを舐めるように見ている。

「今日は一段と輝くようにお美しい」

「……ドミニク様もご機嫌麗しいようで何よりでございます」

本来であればドルイドであるマティのほうが立場は上になるが、生れ持った身分が立場の逆転を生む。王の遠縁にも当たるのだと言う家柄のせいでほとんどの者がドミニクに頭が上がらない。マティもそうだ。表面上ではかしずいて見せなければならない。

深く腰を折り、「失礼します」と挨拶をしたマティの腕をドミニクが捕まえた。

「ドミニク様?」

「そんなにつれなくしなくてもいいだろう。もう少し私と言葉を交わすくらい何の罪もない筈だよ」

「……生憎、急いでおりますので」

マティはドミニクから何度か求愛を受けていた。それを上手くかわし、時には拒絶しながら事無きを得てきた。神殿での恋愛は男女それぞれに認められているが、とてもマティはそんな気分になれない。うまくドミニクの手玉を取り、要領よく立ち回ることも出来る筈だが、どうしてもこの男にはそれが出来ないでいた。同性だとか異性だとかの偏見はないが、それ以上に生理的な嫌悪には勝てない。

この男の好色で怠惰で傲慢な性格も、その容姿も何もかもがマティは受け入れられない。

腕を取られ、手の甲に口づけられた瞬間、マティは振り払っていた。

あ、と思うのと同時にドミニクの表情が見る見る険を帯びていく。

「ねえ、君は勘違いしているよ。いくら私より早くドルイドになれたから私よりも立場が上になったと思ったら大間違いだ。本来なら私を拒むほどの立場じゃない。それなのに君は私の寛大さに思いあがっている」

「……」

ドミニクがぐっとマティを引き寄せる。

「いざとなれば、私の権力であなたを愛人にすることも出来るんだよ。何て言ったって私は……」

顔がくっつきそうなほどの距離でドミニクがマティを脅迫する。生臭い息がかかりマティは顔を歪める。そこに助け船が現れた。

「マティ殿! ここにおられたか。こんなところで油を売っていては神官長が痺れを切らされるぞ」

甲冑の音を鳴らしながら近づいてくる人物があった。黒いマントに黒い鎧に身を包んでいるのは黒騎士団長であるアドレーだ。

ドミニクは舌打ちをするとマティから離れた。

「これはドミニク殿。ご機嫌麗しゅう」

アドレーはドミニクに簡単な挨拶をするものの、マティのように腰は折らない。アドレーの生家であるダウズウェル家は有力貴族でドミニクよりも格上だ。財力も家柄も勝っており、ドルイドでもないドミニクより強い立場であると言える、数少ない人間の一人だ。

「悪いが神官長がマティ殿をお呼びだ。マティ殿が遅いのでこうして直々に迎えに来るよう命じられた。これ以上マティ殿を引きとめるのは神官長のお怒りを買う」

「ふん。成りあがり貴族がえらそうに」

「さて、成りあがりだったのは何代前の当主のことだったかな。昔過ぎて覚えてないな。さあ、マティ殿、急ぎましょう」

これ以上ドミニクが口を開く前にアドレーの大きな手がマティの手を引く。

この時ばかりは助かった、とマティはほっと息を吐きながらアドレーに大人しく従った。

神官長の部屋の傍の中庭まで来て、ようやくアドレーはマティから手を離した。ここまでくれば安心、ということだろうか。マティも同じ気持ちだったのでそれまで何も思わなかったがアドレーは違ったらしい。

「今日は手を振り払われなかったな」

そう言われるまでマティは手を握られていた事を自然と受け入れていた事に気付いた。

「……それは…私も必死で……」

昨日のことを言われているのは明らかで、なんだかバツが悪い。だがアドレーは昨日の出来事を根に持ってはいない様子だ。

「そんなことは別にいい。あの男にああいう態度は良くない。君の立場では特に。神殿を追い出されても文句は言えないぞ」

「……分かっています」

「そうか?」

アドレーは呆れた様子で髪をかきあげた。どうやら髪をかきあげるのは癖のようだ。その拍子に額の古傷が覗く。戦場の勲章の様なそれを何となく痛々しい思いで見る。それもすぐに前髪に隠され一瞬だ。

「これまで上手くかわして来たのにどうしたんだ」

「……今日はちょっと油断していただけです」

「油断、ね。朝から一日中籠って休憩もろくに取らないんじゃ隙も出来るだろう。こんなことは言いたくないが、君の騎士だけではこれからもこういうことは起きる。君自身で対処できないなら黒騎士を迎えるべきだ。俺たちの特権は君の身を守るのに役立つ」

アドレーの言うことはマティにもよく分かっている。

いわゆる騎士にも階級は存在している。家柄によってそれはある程度決まっている。庶民の騎士は白騎士、中流階級の騎士は青騎士、上流階級の騎士は黒騎士だ。もちろん後者になるほど地位が上だ。そして重要で危険度の高い任に就くことも多いのが黒騎士であり、そうしたことから黒騎士には様々な特権がある。その一つに財産の不可侵がある。危険が高く、戦争にも先陣を切る黒騎士には高い報酬が与えられるのは勿論だが、その財産は他者に侵略されない。余計な心配に捕らわれず戦いに集中するためだ。そしてその財産には魔導師が含まれる。

騎士は魔導師の僕でもあるが、同時に加護を得るための武器でもあることから財産に数えられるのだ。

それは青騎士にはない特権だ。

警戒しながらマティは口を開く。

「それは、あなたの魔導師になれということですか」

「まあ、そうしてくれれば俺は嬉しいがね。今回はたまたま俺が見かけたからよかったんだ。いつもこうはいかない。今後ドミニクには注意すべきだ」

「それも分かってます。ありがとうございました」

少々ムキになって言えばアドレーは笑った。

「どうせなら笑って言ってほしいな。グミの実を食べてたような君の笑顔が見たい」

これにはさすがに頬が熱くなった。これ以上顔を突き合わせていられない、と踵を返すがまたも手を取られる。

「何なんですか! ちゃんと礼は言いましたよ。ドミニクにも気をつけます。まだ何か?」

「今日はジャネットが見当たらなくてね。どこかに男としけ込んでるとは思うんだが心当たりの場所にいないんだよ。これからすぐに国境警備に出なきゃならないんだ。お礼に加護をもらえないかな」

「……急に言われても万全には出来ません」

「気休めでいいんだ。そう危険な任務でもないし」

「なら加護もいらないでしょう」

「そう言わず。頼むよ」

と肩を竦めて憎めないような表情で言われれば不思議と断れない。助けてもらった恩もあったが、この男が醸し出す人柄とでも言うのだろうか。黒騎士団長という厳めしい立場にあるが、意外に人好きのする性格なのかもしれない。

「分かりました。ではそこに膝をついて。頭を垂れてください」

頭を垂れるのは神への畏敬を表すものだ。生れや身分は信仰の前では無意味でもあるという教えでもある。

マティが言う通りに膝を折るアドレーの鎧と剣に触れ、簡易の祝詞を唱える。

「……戦の神、ダラニスの僕であるスピリットとその加護を、この鎧と、剣、そして精神に授けたまえ。鎧はどんな鋭利な刃も弾き飛ばし、どんな炎にも冷気にも耐え得るほどの……」

戦の神であるダラニスのスピリットを呼び寄せながらマティはふと不思議な感覚に支配された。そもそも魔導師の使う術とは、世界に分子として散らばっている神の気、スピリットに呼び掛け集約して加護という力に変換するものだ。それは時間をかけて手順を踏み、手厚い儀式を執り行うことによって完成することであり、こんな簡略式のものはアドレーが言うように気休めのおまじない染みたものに過ぎない。

それなのに集まってくる桁違いのスピリットの量とエネルギーの強さに、マティの方が驚いていた。

アドレーは静かに頭を垂れ、厳かにマティの加護を待っている。

「……この者、アドレー・ダズウェルにトータティス神の加護があらんことを……」

そう締めくくり、手のひらに集中すれば、スピリットが集約され熱が生れ、アドレーの体へと移っていく。あり得ないほどの強さを持った加護が宿っていくのをマティは視覚的にも感覚的にも感じていた。

「これはすごいな」

とアドレーも驚きを隠せない。恐らく加護を受けたことによる充溢感を感じているのだろう。鎧や武具の黒が濃さを増し鈍く太陽光を反射する様子はマティから見ても重厚で、威厳で満ち溢れていた。アドレー自身の顔色や肌艶が目に見えて良くなっているようでもある。

普通ではない加護の強さに茫然とする。この男は何者なのだろう。

「おい、大丈夫か?」

アドレーに肩を叩かれてマティは我に返った。思ったよりもアドレーの端正な顔が近くにあって妙にどぎまぎしてしまった。

「あ、いえ。では神官長が待ってますので…」

そう言ってアドレーの手を振り払うのが精いっぱいだった。アドレーもそれ以上追いすがることもなく、マティを見送った。

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