5話 女医とセーレン
全面コンクリート剥き出しで必要最低限の家具しかない寂しい部屋でジャックは女医カトレアの話を聞いている。
「ハイ、とりあえずコーヒーあげる。飲みながらでいいからよく聞いときなさい。まずは何故君の名前を私が知ってたかだけど、私は"能力"を使って君を見てたの。君がいきなり通りに現れたときから」
彼女も能力者だと言うのならやはり老人からの力なのだろうか?
だとしたらやはり命を擦り減らして戦う運命ってヤツを背負ってるのだろうか?
「ちょっと待て。能力ってのはウサギ男の言ってた老人から貰ったやつなのか?どんな力なんだ?」
「老人は知らないけど、私は赤い液体を注入して能力を得たわ。いわゆる千里眼ってヤツね。何でも見えるのよ。壁越しの物、遠くの物、過去と未来とか色々」
「液体ってなんだ?オレは老人と契約して能力を手に入れたのだが」
「液体ってのは『アンプル』って呼ばれてるこの国の発明品。特殊な部隊にしか使われなかったけど、能力覚醒剤って言って人間離れした力を得られる恐ろしい代物よ」
「カトレアも能力を持ってるってことは特殊な部隊に所属してたったことか?」
「そうね。それは私の素性のところでまとめて話すわ」
髪を指でクルクルと弄りながら脚を組み直し、カトレアはコーヒーを飲みながら面倒くさそうに素性について話し始めた。
「じゃあ次、私の素性ね。元々軍で働いてたの、私。あそこは地獄のようだった。この国"セーレン"はアンプルと技術のせいで2年前まで隣国と戦争してたの。毎日数え切れない死傷者が出て、私は相棒と一緒に沢山の兵士を殺し、味方の傷を処置してた。それを繰り返して終戦まで生き残った」
アンプルという素晴らしい発明があるのに平和の道を歩まず、戦争をしてしまったこの国の王は何をしていたのだろう?
疑問は残るが静かに聞く事にした。
「沢山の武勲を上げたわ。けれど軍は私達を化物と蔑み、殺そうとしてきた。8人の特殊部隊のうち仲間が6人殺され、残りは私と相棒のカスパールだけになった……それからは…………」
カトレアの声が震えている。察するにカスパールに何かあったのだろう。
涙を流していないところがクールな彼女らしい。
「私達は死に物狂いで逃げた…………軍は平気で銃を撃ってきて、私に飛んできた弾を庇ってカスパールは倒れた。彼が庇ってくれなかったら今頃君とは話してなかったでしょうね…………」
「なんで能力を使わなかったんだ?」
「使えたなら使ってたわ…………でも反動で使えなかったのよ。アンプルで得た能力は連続で使いすぎると廃人になってしまうの。だから使えなかったのよ………………」
何だか傷を抉る様で申し訳ないような気がする。
ヒトとしてそれはいけない事だ。
「オレには愛だとか友情だとかは正直よく分からないけど、大切なヒトを失う気持ちはなんとなく分かるよ」
「そう……とても悲しいものよ。大切な人を失うって事は…………何よりも」
カトレアは悲しそうな顔をしている。
どうにかして慰めてやりたいが…………。
「じゃあさ、オレがその代わりになるってのはどうだ?」
「!」
驚いたのかカトレアはコーヒーでむせている。
「ゴホッゴホッ………………君それ本気?アイツの代わりなんて誰もいないの。お、お気遣いどうも。まぁいいわ、ちょっと休憩。話疲れた。ゆっくりしときなさい。」
カトレアの顔が少し赤くなっている。
その意味がジャックに分かるようになるのはだいぶ先になりそうだ。
ジャックは初めて飲むコーヒーの味を味わいながら暫しの休息を過ごした。