3話 霧の街とマスク
「これが…………世界………………」
世界が変わり、全ての常識が崩れ去った。
五感が、心が、体が、全てが感じた事の無い感覚で埋め尽くされていた。
霧の中にぼんやりと光るネオンの看板、酒と煙草の匂い、自分の唾液の味、2本足で立つ感覚、そして街に響く様々な音。
ジャックはまるで世界に色がついた様に感じていた。
(自分がどんな姿なのか確かめたいところだが……手足ぐらいは見てみるか)
ジャックは下を向いて手や足を見てみた。
ボロボロの袖から見える細めの手、同じようにボロボロの裾と靴、醜く、お世辞にも力強いとは言えない普通の手がついていた。
そのお陰でジャックはヒトになった事を改めて実感し、この街をその足で歩みだした。
(まずは此処がどんな所なのかヒトはいるのか、取り敢えず歩いてみるか)
ジャックはその辺をまだおぼつかない足取りで少し歩き、周囲を見渡してみた。
見たところ、街の真ん中の方に他より高い場所に光がたくさんあることに気づいた。
(あの光はきっと高い建物の光だろう。に対してこの辺りの建物はボロボロで不衛生。この街は貧富の差が激しいのだろう。真ん中はいかにも発展しているがこの辺は…………スラム街ってヤツなのか?ヒトにも格差があって、きっと苦しんでいるヒトもいるんだろうな)
歩き始めて数時間、ヒトについて考えながら霧で見えづらい道を歩いていた。
その間誰1人会うことはなく、この街の寂しさを物語っていた。
ボロボロの建物、酒と煙草の匂い、動き回る鼠や不衛生な環境がヒトが歩いていない理由なのだろう。
先がボンヤリとしか見えない街で1人彷徨っていると、前から紳士帽子を被った尖ったウサギのマスクを身に着けた黒スーツの男がポケットに手を入れながら歩いてきた。
不気味な格好をしたどう見ても変質者だったが、ジャックにとって初めて会う自分以外の人間だったため、ジャックの心は滾っていた。
「なぁそこのアンタ、旅行客か?」
「そうダガ、何かモン題でモ?」
「旅行客ならガスマスクを付けてるはずだが?そのカボチャのマスクはガスマスクには見えないが」
マズイことになってしまった。
どうやらこの街ではガスマスクが必要らしい。
ジャックは自分が異常なヒトだとバレるかもしれない恐怖に襲われ、体か震えた。
「な〜にビビってんだよ!俺はそんなんでヤード達に突き出したりなんてしないって。アンタ不法移民だろ?そういう奴は多いんだ。気にすんな」
恐ろしい男だ。
感情がまるで役者のように変わった。
この男、ヒトを騙し慣れている。そうに違いない。
そう思った。
「ただガスマスクは必需品だ。この霧の中じゃな」
「コの霧ハそんナにマズイものなのカ?」
「そうだな…………マスク無しだと普通の人間なら5分で色んな病気を併発して死んじまう。そんな霧だ。」
…………………………。
「ただこの霧の症状にも例外があってな。霧の中にいても発症せずに平気でいられる人間もいるそうだ。そいつらには共通点があるらしくて、何でも"悪魔のような老人に願いを叶えて貰った"と全員言うそうだ。アンタもそうなのか?」
「ソ、ソうだガ…………ナにカ問題デも…………?」
そう言うとウサギマスクの男はポケットから手を出し、指をポキポキと鳴らし始めた。
「そうかそうか。今日はツイてるな。アンタ覚えといたほうがいいぜ。この街の奴らは……霧の中マスクを着けてないバカがいるとブッ殺そうとしてくるってなぁ!!」
ジャックは瞬間的に距離をとった。
後ろに少し飛んだだけにも関わらず、さっきまでいた場所から5メートルほど後ろにいた。
ジャックはマキーナから貰った"命を擦り減らして戦う運命"に対する力に感謝した。
後ろに飛び、即座に振り向き走り出した。
「結構動けんじゃねーか!そんぐらいなら即効追いつけるけどなぁ!!ヒャハハハハハ!!!」
ジャックは確かに人間離れしたスピードで逃げたはずだった。
しかし、男は一瞬にして追いつき、ジャックの目の前に現れ、ジャックの手首から肘までの腕の骨をへし折った。
あまりの痛みにジャックはその場に倒れ込んだ。
「もう終わりかよ、つまんねぇの。前の奴はもっと粘ったのに……まぁいいや、とっととヤードに売っちまうか」
(もう死ぬのか…………どうせならもっとヒトでありたかった……)
死を確信したその時、コロコロと転がる音がし、その後眩い閃光と共にキィィィィンと耳障りな音がした。
「クソがッ!いつか絶ッッ対殺してやる!!」
かすれる意識の中、撤退していくウサギマスクの男と他にガスマスクに黒いコートの人間が自分の体を動かしているのが見えた。
ジャックの意識は途絶え、気を失った。