17話 仕事と酒場
依頼の少ない探偵事務所に、一人の男がやってきた。
その男は額に蜥蜴のタトゥーを彫っており、怪しげな雰囲気を放っている。
「まずはそこに座ってください。話はそこから」
依頼主を来客用のソファに座らせ、探偵二人は反対のソファで対応する。
「オイラぁビルだ。アンタらのことなんて呼べば?」
「俺はマグニ。こっちの事務的な喋り方の優男がカステル」
「おい」
「ハハハ。でだ、オイラは人探しの為に来たんだ。名前はアリスってんだけど……」
二人の表情が引きつる。
「どうしたんだ?」
「いや、別に。じゃあそのアリスの特徴を教えて下さい」
「歳は7ぐらい?金髪で青い目の女の子だ」
自分達の知っているアリスとの共通点が多すぎて二人は動揺する。
「あー……ちなみにアンタとその娘の関係と、失踪時の服装は?」
「父親だ。服装は確か…………白いワンピースだったと思う」
違う点が見られて少し安堵する。
「そうですか……電話番号をお願いします。何か分かり次第連絡させていただきますので」
「ところで、そのアリスって娘は貼り紙のアリスか?」
マグニが突然鋭い目をする。
(やばい、目がマジだ。あの目のマグニに口出しちゃいかんな……)
カステルが経験から何も口を出さない決意をした。
「もしかしてこのタトゥーを見て判断したのか?人を見て判断しちゃいけないと思うけどね、マグニさん」
「違うならいいんだ、違うなら。 じゃあ何か分かり次第連絡しますんで、これからよろしくお願いします」
「あぁ、連絡待ってるよ。それじゃ」
ドアを勢い良く閉め、依頼主は帰っていった。
カステルは緊張がほぐれたのか、大きく息を吐く。
「はぁ〜もし本当のバースデイアリスだったらどうしたんだ?」
「殴り飛ばすに決まってるだろ。あ、もう部屋から出てもいいぞ」
マグニに言われてアリスは部屋から出てきた。
彼女は何故か震えている。
「どうした?もしかしてさっきの男の事で何かあったか?」
「……あの人は私の父親なんかじゃありません…………」
「じゃあ誰なんだ?」
「あれはきっと……私を連れ戻しに来た父の部下だと思います……」
「そうか……これも良い機会だし、アリスの親の事を教えてくれないか?」
「………………」
アリスが黙り込み、明らかに言いたくなさそうにしている。
「すまん、理由を聞くのは野暮だよな。お前が話したくなったときに話してくれればそれでいい」
「ありがとう……ございます」
「アリスの件もあるが、他の依頼もあるからな?見ろこれ」
カステルが机の上の一枚の写真付き書類をマグニの顔に押し付けるように見せた。
「近ぇよバカ。えー、借金滞納者の行動調査?場所は……繁華街のBARエルニスか。広い作りで好きなんだが、仕事かつ昼なのが残念だ。行くぞ」
「行くのはいいけどさ、アリスを放置は駄目だろ?」
「わ、私も連れてって下さい!一人は嫌なので……」
「じゃあ一緒に行くか。探偵らしいとこ見せてやるよ」
アリスの少女らしい言葉でマグニはどうするか即決した。
「それがいいな!終わり次第アリスの買い物もできるし、一石二鳥だ」
「それじゃ行くぞ。アリスはこの帽子で髪を隠しとけ」
アリスはマグニが渡したキャスケット帽に長い金髪の髪を隠して、探偵二人に付いて行った。
道中、マグニがカステルに質問する。
「なぁ、今回の依頼の詳細分かるか?」
「ダスティ·コルネル、22歳無職、エルニスのカジノ席で多額の借金をし、金融業者から借りた金をさらにギャンブルで溶かしてるらしい。昼間から酒を飲んでるあたり酒&ギャンブル依存症だな。金融業者じきじきの依頼で、行動調査にギャンブルをしていた場合身柄を引き渡せだそうだ」
「金融業者ね、まぁあるあるだな。この国では」
「まぁそうだな。ところでアリスも一緒に酒場に入るのか?」
「娘って事にすりゃ大丈夫だろ、親戚の」
「娘…………」
「なんか嫌だったか?」
「いえ……そう言われたのは初めてだったから……」
アリスは帽子を深く被り顔を隠す。
「…………おっと着いたな。カステル、準備はいいか?」
「もちろん」
「よし、行くぞ」
三人はBARエルニスの店内へ足を踏み入れた。
【ノウリミット 繁華街 BARエルニス】
真昼の酒場のロクデナシ達を蔑みながら調査対象を探す。
マグニはその中で一人、カジノ席で酒を飲んでいるやさぐれた男を見つけた。
「アレか?」
「そうだな、写真と瓜二つだ。座って観察だな」
四人席に座り、動向を探る。
「何にします?」
「じゃあさ……痛ッ、水2つとオレンジジュース1つ」
「少々お待ち下さい」
年配のマスターがわざわざ注文を取ってくれる店のサービスに感心する。
「叩くことないだろ」
「仕事中は飲むな、絶ッッッ対飲むなよ」
「へいへい分かったよ。アリスは何かいるか?」
「いえ、大丈夫です。それよりアレの観察を」
「もっと気軽にした方がいいよ。バレるからね」
「は、はい!気をつけます!」
「ハハハ、固いな。慣れだからどうしようもないが」
「どうぞごゆっくり」
マスターが注文した飲み物の他にブルーベリータルトを持ってきた。
「これは?」
「お嬢さんへのプレゼントです。ではごゆっくり」
マスターがカウンターに戻り、何もなかったかのように酒を作り出した。
「良い人だな」
「そこがいいんだ。この店は」
アリスがブルーベリータルトをゆっくり味わって食べている間にも、二人は仕事を続ける。
コルネルがグラスの酒を飲み切り、マスターを呼ぶ。
「お〜いポーカーしてぇんだけど」
「お客様、お金は……?」
「うるせぇ!!俺がポーカーしてぇんだ!いいからさせろ!!」
マスターの襟元を掴み、今にも殴りかかろうとするコルネルを見て、二人は立ち上がった。
「仕事だ、行くぞ」
「やらなきゃいかんのかぁ……」
二人の探偵仕事が始まった。