エンター伯爵家の悲劇
少し話が長くなり、区切りの良いところで2話に分けたので短くなっています。
続きは深夜更新します。
イツキは王様やエントン秘書官が掴んでいる、エルビスの父エンター伯爵の暗殺事件について質問した。
「あの頃は本当に混乱していて、王様も私も寝る間も惜しんで働いていた。しかし、何分にも偽王政権の無能な官僚たちが仕事をしていなかったので、地方に手が回せるようになったのは、王座を奪還して半年後くらいだった。暫定的にミノス領の管理を任せていたエンター伯爵を、1年後正式に侯爵の爵位を与え領主とすることになり、レガート軍のタイガ司令官が任命書を持って屋敷を訪れた」
エントンは目を瞑って思い出しながら、辛そうに話し始めた。
「そうだ、タイガ司令官がエンター伯爵邸を訪れた時、庭に警備兵が倒れており、屋敷の中からは悲鳴が聞こえてきた。タイガ司令官は小隊(10名程度)を率いていたので、直ぐに邸内に突入し盗賊と思われる奴等と戦闘になった。結局エンター伯爵は殺害されており、金目の物も無くなっていたことから盗賊の犯行だとされた。数人の盗賊は逃げ延びた可能性がある。エルビスはクローゼットに隠れていたので助かった」
バルファーは、その時の事件で分かっていることはそれだけで、犯人が何人だったのか、バックに誰かが居たのかも判明していないと語った。
エンター伯爵家の悲劇は、クーデターから始まったとバルファー王は説明する。
1083年のクーデターの時、エルビス(エンター先輩)の祖父母は、当時の国王(現国王バルファーの父)と共に、偽王を担ぐ者たちに暗殺された。
祖父はミノスの街を治める公爵であり、祖母は国王の姉で元は王女であった。
クーデターを起こしたのは祖母の弟であり、現王バルファーの叔父だった。
クーデター成功後、クーデター派がミノスの領主となり、生き残っていた元公爵家の長男(エルビスの母の兄)までも暗殺した。
その後バルファー王が王座を奪還し国王になり、クーデター派を一掃した。
クーデター直後、暗殺されたミノス領の公爵の娘であったエルビスの母サクラは、エンター伯爵と結婚しており、暗殺を怖れ夫とエルビスと一緒にハキ神国へと逃れていた。
王座奪還後エンター伯爵は、体調を崩した妻を残し、エルビスを連れてレガート国に戻った。国内が安定してきたので妻サクラを迎えに行ったが、今度は妊娠して体調を崩してしまい、ハキ神国の教会に預けレガート国に戻った。
バルファー王を助け、懸命に働いていたエルビスの父エンター伯爵は、ハキ神国に避難させていた妻と、お腹の中にいる子どもを迎えに行く前に、次期ミノスの領主が決定した途端、盗賊と思われる何者かに虐殺されてしまった。
5歳だったエルビスは、運良く暗殺を免れ生き残り、バルファー王に保護された。生き残ったことは秘密にされ(暗殺を恐れ)、エントン秘書官を後見人として、エントンの家に預けられた。
当時、国王も必死で犯人を探した。ミノス領内に反乱分子が居るのではないかと疑い、厳しく調査をしたが、領民たちはエンター伯爵が領主になることを、歓迎していたし喜んでいた。
そうすると強盗なのかと思えたが、内政も安定し強盗に襲われた事例など他にはなかったので、真実が分からないままになっていた。
その後、バルファー王は、従姉であるエルビスの母サクラに、レガート国へ戻るよう連絡をしたが帰国しなかった為、伯爵家はバルファー王により預かりとされていた。
エルビスの母サクラは、夫の暗殺と息子エルビスの行方不明を知り体調を崩し、出産後疫病で亡くなっていた。
14歳までのエルビスは、伯爵家の当主ではなく、エントン秘書官の親戚として扱われていた。
15歳の誕生日にエルビスは、国王から正式に伯爵家を継承するよう命じられ、現在に至っている。
イツキが初めて出会った9歳の頃は、ただのエルビスだったし、伯爵家当主であることを知ったのは、上級学校に入学してからだった。
「王様、エルビスの妹は生きているそうです」(エントン)
「な、なんだって?妹?では無事に生まれていたのか?」(バルファー)
「しかも、【印持ち】だそうです」(エントン)
初めて聞く話にバルファー王は本当に驚いたようで、カップを持つ手の力が抜けて、カップを傾けお茶を溢してしまった。
「何故?なぜ教会は今まで教えてくれなかったんだ?」
バルファー王は信じられないという表情で、首を横に振っている。
「王様、エンター先輩の妹メルダちゃんは、本教会で大切に育てられています。教会が王様にお知らせしていないのは、父親のエンター伯爵の死因が暗殺だったからです。リーバ(天聖)様は暫くの間事件を調査させておられましたが、教会の捜査でも犯人が断定出来なかったようです」
「何故リーバ様は、わざわざ父親の死因を調べられたのだろう?【印持ち】だから?」
リーバ様が動かれる程の大事件だったのか?と、バルファー王は疑問に思うとともに、ブルーノア教会の活動の幅広さに驚きショックを受けた。自分の知らぬ間に、自国の事件を教会が秘密裏に調査をしていたのである。
イツキは椅子から立ち上がり窓の前に立つと、そっとカーテンを開けて、夜明けが近付いている暁の空を眺める。そして、外に誰も居ないかを確認して話し始めた。
「現在リーバ様は、開祖ブルーノア様が予言された、ギラ新教と戦い、このランドル大陸を守る為に生まれてきた、【六聖人】を探しておられます。僕も【六聖人】の1人ですが、メルダちゃんも【六聖人】の1人で【聖女】です。リース(聖人)は元々何処の国にも属しません。そして、父親の暗殺者が誰なのかも分からない状況のレガート国は、【聖女】を危険にさらす可能性があります。僕の母親の暗殺者の正体も分かっていません。そんなレガート国の危険から、リーバ様は【聖女】を守る義務があるのです」
イツキは王様の質問に答えながら、これはブルーノア教会の最高機密事項ですからと、誰にも漏らさないよう厳しい顔で注意する。
「「聖女様……」」
バルファー王とエントンは、エルビスの妹が【聖女】様であったことに驚きが隠せない。
同時に、エンター伯爵の暗殺者も、イツキの母カシアの暗殺者も、確かに正体が分かっていない現状に返す言葉がない。
エンター伯爵の暗殺を調べていたブルーノア教会のことだから、当然カシアの暗殺についても調べたはずだと気付いたが、その話題は自分たちからは出せない2人だった。
3人は各々に思うところがあり、暫く沈黙の時間が流れた。
「もしかして、10年くらい前にブルーノア本教会から通達がきた文章・・・えーっと、報せの内容は確か、【《聖女》現る。本教会の《青の聖堂》の守り人ゆえ移動はならず。その奇跡の能力を必要とする者は、国に病院を建てた後、《青の聖堂》にてのみ面会を許すものなり】だったと記憶しているが……その、その聖女様がエルビスの妹……?」
そう言いながら思わず立ち上がったのはエントンである。
その通達文を読んだバルファー王とエントンは、聖女様の持つ奇跡の能力は医療系……恐らく癒しの能力だろうと話し合ったことを2人は思い出した。
「メルダちゃんの持つ、その特殊な能力からも本教会から出すことは出来ません」
ケガや病気を治すことが出来るメルダの能力は最強である。病弱な王やその家族、貴族に金持ちの商人等、能力を知った者から必ず必要とされる。いや狙われる・・・
現在、病院の建設が終わったのは、隣国の工業大国であるミリダ国だけである。ミリダ国の国王は病弱であった。
「そうか……姉上(ミリダ国に嫁いでいる)が国営の病院建設を急いだのは、義父であるミリダ国王を、聖女様に治して頂く為だったか……」
バルファー王は、5年前にミリダ国営病院に医師を派遣して欲しいと、ミリダに嫁いだ姉のエルファから依頼されて、王宮の医師を派遣したことを思い出した。
「分かったイツキ君。もちろん誰にも話さない。エルビスには犯人が確定し断罪するまでは、妹が生きていることは話せない。犯人を許しはしないよ」
バルファー王は大きく頷きながら、聖女様の秘密を守ることと、必ず暗殺の犯人を捕らえるとイツキに誓う。
「俺も約束しよう。エルビスが知れば喜ぶだろうが、先ずはリーバ様に信用していただける国にしなくてはならない。カイ領の貴族の件、必ず【王の目】が調べあげてみせる」
エントンは椅子に座りイツキの方を向いて、少し髭の延びたやや疲れた顔で、エルビスのためにも悪人を許さないと誓った。
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