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予言の紅星4 上級学校の学生  作者: 杵築しゅん
イツキの春休み
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イツキ、調査に出掛ける

 昼前には技術開発部を出たイツキは、午後からはリバード王子の勉強をみる。

 いつもいつも礼拝堂やファリスの執務室を使っていると怪しまれるので、今日はイツキの部屋(病院の最上階の小さな屋根裏部屋)で勉強をする。

 5階の部屋の小窓から見える王都の景色に、リバード王子もケン君もエンター先輩も感動する。窓から見えたのは、市場やミノスの方向に伸びる街道で、人々の往来や賑やかな喧騒は、ここが王都であるのだと実感させた。


 きつきつの部屋だが、毎日熱心に頑張る受験生の2人に、イツキもエンター先輩も嬉しくなって、出来るだけ解りやすいように教えていく。

 今日はイツキがケン君の数学で、エンター先輩はリバード王子の歴史を担当する。



 予定通りに家庭教師を終えたイツキは、約束通り技術開発部のシュノー部長の家に泊まりに行った。



 シュノー部長の妻ネリーの母マキは、イツキがミノス正教会で過ごした4歳から9歳まで、母親代わりで愛情を注いで育ててくれた大切な人である。

 久し振りにネリーお姉ちゃんに会えて、弟のような存在のイツキは、緊張感から解き放たれた時間を過ごすことが出来た。

 常に何かと闘うように、または何かを背負って暮らしているイツキにネリーが話したのは、市場で買い物する時の値切り方とか、王宮で働いていた時の7不思議とか、イツキの日常とは無関係な話題ばかりだった。


 ちょっぴりお酒の入ったシュノーは、現在開発を手掛けている、武器ではない生活向上の為の道具について、イツキと熱く議論を交わした。

 イツキはそんなシュノーが好きで、時間があれば一緒に研究したいと思うが、学生の身では自由がきかない。


 いつかランドル大陸が平和になったら、医療用の器具や生活を便利にさせられる物を作ってみたいと、イツキはシュノーに話してみた。

 シュノーは優しい顔で笑うと「何時でも大歓迎さ。好きな時に技術開発部に帰ってくればいい」と、イツキの頭を撫でながら本当に嬉しそうに言ってくれた。



 翌朝の食事中に「秋には子供が産まれるのよ」とネリーが嬉しそうに報告してくれた。幸せそうな2人の様子に、イツキの心も喜びで一杯になった。


 朝食後のお茶を飲んでいると、フィリップがやって来た。

 今日はラミルの薬屋や薬種問屋を回る予定になっている。先日の【奇跡の世代】との会議で、ラミルの調査を引き受けたイツキだった。


「相変わらず忙しいねぇ……せっかく学生になったんだから、たまには遊ばなきゃと言いたいところだが、遊べなくしてるのは僕たちだったか……」


済まなさそうに頭を掻きながら、シュノー部長は複雑な表情でイツキを見る。


「イツキ君、使命も大切だけど、体を大事にしてね。フィリップ様、どうぞイツキ君をお願いします」


ネリーはイツキの手を握って、心配そうにイツキの顔をじっと見て体を気遣う。そしてフィリップに頭を下げてお願いした。


「大丈夫です。どんなことがあろうと私がイツキ君を守ります。あまり無理しないよう気を付けますから」


フィリップは親友の夫人であり、命よりも大切なイツキの姉のような存在のネリーに、笑顔で微笑みかけた。眩しいくらいの笑顔だが、何故か独身女性の前では発動しない笑顔だった。







 今日のフィリップは、秘書官補佐という肩書きを使って仕事をしており、イツキはお付きの使用人のような感じで同行し、【王の目】のドグも同行していた。

 この3人は、隣国カルートに共に旅をした仲なので、気心も知れ、目で合図すれば大体のことが理解できた。



「では、問屋から薬が手に入らないのだな?」


秘書官補佐という肩書きのフィリップに、全ての店の店主が協力的だった。そして、ラミルに在る薬屋は、どこも品薄になっていた。


「左様でございます。今年の2月くらいから品薄になっているようで、このまま冬が来たら大変なことになると、薬屋同士で話していたところです」


王都ラミルで1番大きな薬屋であるグイーダ商会の店主は、困った顔をしてフィリップに現状を話した。

 最近は、熱冷ましの薬草が入手困難になり、たまに入荷すると前の倍近い値段でしか手に入らないらしく、実直で真面目な商いをしている様子の店主は、貧乏人は薬が買えなくなるのではと心配する。



 グイーダ商会の仕入れ先を訊いた3人は、次に数件の薬種問屋を調査する。


「本来ならやって来る行商の者たちが、今年は薬草を持ってこないのです。うちは出入りの行商が30人近く居るのですが、10人くらいしか薬草を卸さず、他の20人は他に高値で買い取ってくれる所を見付けたようで、寄り付きもしません。慌てて隣国に買い出しに行かせたのですが、カルート国もミリダ国も同じ様な状況で、薬草が不足しており入手困難でした」


ラミルで、いや、レガート国で1番大きな問屋の店主は、大きな溜め息をつきながら、店の中を見回して頭を抱えた。


「何故もっと早く、役人やお城に上訴しなかったんだ?」


【王の目】で諜報活動をしているドグは、店主に嘘偽りが無いか問い質す。


「いや、本当に行商人が来なくなるなんて、信じられなかったんです。今月こそは今日こそはと待っていたら、3日前に来た行商人が、うちの2倍で買ってくれる商人が現れたが、自分は永年の付き合いもあり恩もあるので断ったと教えてくれたんです。そこで、誰かが買い占めをしているのではないかと、今日やっと思い至ったところなんです・・・」


店主は本当に困ったと呟きながら、とにかく、売りにさえ来てくれたら倍の値段でも買い取るが、売りに来なければ打つ手がないと途方に暮れた。


 他の店も大体が同じで、いろんな所を回って薬草を買い付け、定期的に卸してくれる行商人頼みだった問屋は、いつもの半分も在庫が無かったのである。



 イツキたちは、誰かが組織的に薬屋や問屋から大量に薬を買い付け、そのせいで品薄になっているのだろうと思っていた。

 しかし、真実は全く違っていた。行商人を組織的に抱き込んだ者が居たのである。

 その組織とは、間違いなく潤沢な資金力のある【ギラ新教】だろう。



「この件は、我々だけで解決するのは難しいようです。昨日秘書官が帰られたので、これから報告に行きましょう。イツキ君も一緒にどうですか?もしかしたら、教会の手を借りることになるかもしれません」


「分かりましたフィリップさん。ことは急を要するようですね」


イツキはあまりの状況の深刻さに、国として対応するべきだと思い同意する。

 イツキとフィリップはレガート城へ向かい、ドグは行商人から聴き込みをするために、問屋街に残り情報収集をすることにした。





 時刻は午後3時、久し振りにレガート城に戻ったエントン秘書官は、机の上に置かれた大量の書類に悪戦苦闘しながら、疲れた目の回りを揉み解しながら、気分転換に窓を開けて外の空気を吸う。

 窓の外をぼんやり見ていたら、通用門から王宮所有の馬車が1台入ってきた。誰だろうと何気無く見ていたら、中からフィリップ秘書官補佐とイツキ君が降りてきた。


『えっ?イツキ君?』


 秘書官は馬車から降りるイツキを見て、気持ちが落ち着かなくなる。

 急に机の上の書類を脇机に移してみたり戻してみたり……お茶の準備をしなくてはと、廊下に出て部下に指示をしたり、『いや、でもここに来るとは限らないか……』と、肩を落としてみたり、自分でも何をしているんだ?と苦笑する。


 3分後、フィリップは秘書官の執務室のドアをノックした。

 エントン秘書官は、何事も無かったかのような平静を装いながら、「やあイツキ君、いらっしゃい」と声を掛けた。


「エントン秘書官、ヤマノではいろいろお世話になりました」


「いやいやイツキ君、世話になったのはこちらだよ。ヤマノ侯爵からも、よろしく伝えて欲しいと言付かったよ」 


秘書官はにこにこしながら、イツキを長椅子に座るように促し、フィリップから報告を聞く。

 フィリップは秘書官の机の前に立ち、今日の調査で分かったことを報告する。



「では、レガート国は薬剤が不足し、このままでは冬が越えられないと?そして、それを操っているのがギラ新教だと言うのか?」


「はいそうです秘書官。このままでは薬が高騰し、全ての薬が不足します」


秘書官は肩肘をついて机の上を見つめ「う~ん……」と言ったきり、暫く考え込む。

 3人がこれからの対策を考えて、執務室がシーンとした時、ドアをノックする音がして王宮警備隊員が、3人分のお茶を運んできた。


「やあレクス、よく出会うなあ……そうだ、エントン秘書官、レクスを治安部隊に、いえ、レクスとレガート軍のハモンドの2人を僕に貸して貰えませんか?」


イツキは部屋に入ってきた教え子だったレクスを見て、秘書官に突然意外なお願いをする。

 レクスはお茶のセットをテーブルの上に置いて、ポットのお茶をカップに注ごうとしていたが、イツキの話を聞き手を止めた。


「イ、イツキ先生、もしかしてまた旅ですか?今度は僕も行けるのでしょうか?」


レクスは嬉しそうな顔をして、秘書官と秘書官補佐の目の前であることを、うっかり忘れて声を上げてしまった。

 我に返り秘書官の顔を恐る恐る見ると、やれやれといった表情だったが、どうやら怒ってはいないのかな……と思い安堵した。


「イツキ君、実は仕事が溜まっていて……これを片付けたいので、今夜うちに来てくれないだろうか?もちろんフィリップもだ。今夜エルビス(エンター先輩)は、友人の家に泊まりに行くと言っていたので留守なんだ。食事の用意をさせておくから……そうだなあ……午後7時に。どうだろう?」


秘書官は机の上の書類の山を指差し、申し訳なさそうに・・・ではなく期待するような瞳でイツキを見て尋ねてきた。


「分かりました。僕もそれまでに色々考えておきます。では、お言葉に甘えてお邪魔します」


 ヤマノから帰ったばかりで、仕事が溜まっているのは理解できる。家に行くことには抵抗感はあるが、エンター先輩の父親暗殺のことも話し合わねばならない。ちょうどゆっくり話せそうだし、エンター先輩はヨシノリ先輩の家に泊まりだから、こういう機会を逃す訳にもいかないだろうと、イツキは秘書官の申し出を了承した。


 せっかくだから、レクスの淹れてくれたお茶を飲んでから、イツキとフィリップは教会へと戻っていった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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