イツキ、作戦会議に出る
4月15日、イツキは早朝から会議の為に軍学校へと向かう。
当然フィリップが軍の馬車で迎えに来たのだが、今日はその馬車にキシ公爵、ヨム指揮官、シュノー部長も乗っていた。なので今日の馬車は、6人乗り2頭だての立派な馬車だった。
イツキが乗り込むと、開口一番キシ公爵が文句を言った。
「イツキ君、冒険者登録をしたらしいが、何故、技術開発部助手なんだ?確かにキシ領の子爵証は渡していなかったが、私が帰るまで待てば良かったじゃないか……」
なんだかご機嫌斜めなアルダスの様子に、イツキはやっぱり文句が出たか……と思ったが、ここはあっさりととぼけることにする。
「僕の春休みは忙しいんです。薬草の採取もしていたので、早くドゴルに行く必要があったし、技術開発部にしておけば、何かあった時には、シュノーさんがなんとかしてくださるでしょう?アルダス様もギニ副司令官も2人の師匠も、いつも忙しくて何処にいるか分からないし、シュノーさんなら開発部か自宅で、必ず連絡が取れるはずです」
キシ領の子爵で登録するのが嫌だったのではなく、必ず連絡が取れることを考えて、技術開発部を選んだのだとイツキは説明した。
「そうだよねイツキ君。アルダスもソウタもヨムも、結婚すれば良いじゃないか!そうすれば少しは落ち着いて、イツキ君が家に遊びに来てくれたりするぞ」
ちょっと自慢気にシュノーが言う。本題からやや外れた意見のシュノーに、悔しいけどぐうの音も出ない幼馴染みたちである。
「アルダス様は公爵なのですから、跡取りが必要ですよね?どうして結婚されないのですか?」
イツキはずっと疑問だったことを訊いてみた。
なんだか重~い空気が漂う。さっきのシュノーの話しには、フィリップの名前は入っていなかったが、シュノー以外のキシ組4人は、30歳を過ぎても独身でいる。
しかも全員モテモテで引く手数多なのに・・・
「ど、独身でも家には遊びに来れるだろう!屋敷はラミルの中心に在るんだ。フィリップも一緒に住んでいるから、いつでも来ればいいよイツキ君」
アルダス様もフィリップさんも、屋敷でのんびりしていることなど無いですよね!と突っ込みたいところを、イツキは何も言わずに済ませた。
あまりにモテモテ過ぎて、女性からの熱い視線(獲物を見るような視線)が怖いとか、強引なアタックに辟易しているとか、濃い化粧が苦手だとか、イツキに説明しても分からないだろうと、アルダス、ヨム、フィリップは思った。
まだヤマノ領で仕事をしているソウタは、【キシ組】5人の中でも唯一気軽に女性と付き合えるのだが、それでも結婚をしていない。
何だか話が都合の悪い方に逸れてしまったので、アルダスは話題を変える。
「今日は【奇跡の世代】の半分しか出席出来ないと思うが、新しい議題が有るかな?」
急に真面目な顔をして、アルダスは今日の会議のことを振ってきた。
そこでイツキは、薬草の買い占めがレガート国でも行われている可能性が高いことを、ブルーノア教会の実状を元に説明する。
他にも、カイ領の貴族が怪しいという情報も教えた。
軍学校に到着すると、学生たちは演習で留守になっているはずの武道場から、何だか元気な声が聞こえてきた。
10人くらいのメンバーが、剣の手合わせをしているようで、カンカンと剣のぶつかり合う音や、「たー!」とか「やー!」という声、ドンと踏み込む音がする。
時刻を見ると、約束の時間までには、まだ30分以上ある。
イツキたちが顔を出すと、【奇跡の世代】の皆さんがワーッと集まってきた。
「皆さん、ヤマノ領の件では本当にお世話になり、ありがとうございました」
イツキは今回の作戦成功のお礼を言って、深々と頭を下げた。
「イツキ君、ヨッテから聞いたよ。一撃で骨ごと腕を切り落としたらしいね」
「ぜひ、一手お願いしたい」
「俺も頼む!」
どうやら皆さん、ヤマノからの帰りにブルーニたちと対戦した時のことを、ヨッテさんから聞いたようだ。
イツキは笑顔で「こちらこそお願いします」と答えて、剣の稽古に参加することにした。親睦も兼ねて、イツキは懐かしい軍学校の武道場で剣を構えた。
20分くらいの間に6人と対戦し、始めは1人に5分かけて体を慣らしたが、残りの5人は2分掛けずに決着がついていた。
「お前たち、俺が教えた弟子から、1本でも取れると思っていたのか?」
ヨム指揮官が剣をクルクルと手首で回しながら、なんだか自慢気に言うと、イツキの前で剣を構えた。
「久し振りに稽古をつけてやろう!」
「ありがとうございますヨム師匠。本気でお願いします」
イツキはヨム指揮官に挑戦的な笑みを向けると、先程とは違う締まった顔で剣を構えた。回りで練習していた者も、稽古を止めて2人の対戦を見ようと集まってくる。
「ヨム、負けるなよ!」
フィリップは真面目な顔でそう言ったが、回りの仲間たちは、流石にそれはないだろうと思った。
最初に仕掛けたのはイツキだった。
ヨムはそれを余裕でかわし、数回打ち込んだ。負けじと打ち込んだイツキが、体勢を整えようとした寸前、ヨムは鋭く攻撃する。
「容赦ねえなあ・・・ヨムの奴」
大人気ないヨムの攻撃に、呟くように感想を言うのはヨッテである。
なんとか攻撃をかわしたように見えるイツキは、嬉しそうにニヤリと微笑んだ。
試合を観戦していたアルダスは、2人が向き直ったところで「それまで!」とストップをかけた。
「ええー!もう止めるのか?」とか「もっとやらせろ!」とか、いろんな叫び声が上がったが、アルダスは皆を睨み付けて「時間だ!」と冷めた声で言った。
しかし、アルダスの真意は違っていた。一瞬青白いオーラのような物に体を包まれているイツキを見て、とっさに止めに入ってしまったのだった。
もしもここでイツキ君に1本取られると、絶対にヨムがへこむ……幼馴染みの性格を知っているアルダスは、止めるしかなかった。
正直、そのオーラの力が何なのかは分からないが、時間が来て良かったとアルダスは胸を撫で下ろしたのであった。
今日の出席者は25名で、前回の半数だった。
まだヤマノ領に残っている者、突然現れたギラ新教の大師ドリルを追っている者、隣国カルートの中にある、レガート国の飛び地のロームズに行っている者など、【奇跡の世代】のメンバーは忙しい者ばかりである。
「それでは報告をお願いします。その後報告内容について意見を聴きます。休憩を挟んで、新たな問題点と今後の活動について確認をします」
イツキはリーダーとして議事進行していく。今日はアルダスも前で指示を出してくれることになっており、フィリップは書記を務めてくれる。
報告内容は、各地のギラ新教徒と思われる貴族の動向と、前回の会議で決めた心理戦で広める噂について。そして今回のヤマノ領での決着についてと、王様が出された公布についての反応等が、次々に報告されていく。
ヤマノ領での決着は、キシ公爵アルダスが報告する。
「ヤマノ領の貴族は全員が爵位を剥奪された。もうすぐ新領主が貴族の数を半数にするだろう。そしてダレンダ伯爵に味方していた貴族は、全員が爵位を落とされる。よって、伯爵が居なくなる。ヤマノ領の掃除はだいたい終わっただろう。皆よくやってくれた」
アルダスは、笑顔で皆の働きを労う。イツキもアルダスに続いて皆に礼を言った。
ヤマノ領に狙いを定めたのはイツキだったが、まさかこれほどの大事に至るとは思っていなかった。
突然の作戦変更や、迅速な対応が出来たのも、【奇跡の世代】のメンバーの事前の調査があったからである。
特に【王の目】の諜報活動により、日頃の不正まで明らかに出来た。
ヤマノ領の全貴族が爵位を剥奪されたことにイツキは驚いたが、ルビン坊っちゃんの不機嫌な顔が頭に浮かび、何も知らない振りをしようと心に決めた。
「王様が出された公布ですが、上手く国中に伝わっていないように思います。ギラ新教という名前を初めて聞いた者は、他人事にしか思っていないようだし、領主も直接説明を受けていないので、危機感が無いと思われます」
そう報告したのは、観光都市であるマキで様子を探っていた者だった。
「ギラ新教徒の特徴を知らせる必要があると思います。しかし、領主がギラ新教徒に興味が無い場合はどうなるのでしょう?」
発言したのは商業都市ホンで様子を探っていた【王の目】の者で、ホンは元々貴族と商工業者の関係が良好なので、貴族至上主義者は居ない可能性が高く、その分領主は他人事であるか、調査をしない可能性があると心配する。
「それはこれからの課題だな……やはり誰かが全ての領主に説明する必要があるな」
ヨム指揮官は腕を組み、う~んと唸りながら難しい顔をする。
次に皇太子と皇太子妃の選定に関する噂を流す作戦について、報告が始まった。
「ある程度、誰がサイモス王子派なのかが分かるといいのですが、中立派に伝わっても噂は広がりません。せめて大臣クラスだけでも、どちらの王子派なのか分からないでしょうか?」
ミノスの建設部隊で指揮を執っているコーエフは、誰彼なく伝えるのは難しいので、サイモス王子派だけに伝える方が良いのではと意見を述べた。
「分かった。確かにそうだな。善処しよう」
アルダスは秘書官と相談して、近い内に大臣クラスを集めて、意見交換会をしてみようと約束した。
15分の休憩を挟み、新たな問題点と今後の活動についての議論が始まった。
イツキからは、カイ領の貴族の中に偽王時代の生き残りがいて、ギラ新教徒である可能性が高いこと、そして、誰が薬草の買い占めをしているのかを調査して欲しいと、2つの問題を提議した。
仕事の振り分けはアルダスの役目なので、配置や活動方法は全てアルダスに任せることにした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話のイツキは、技術開発部に行きます。
訂正) しかし、アルダスの真意は違っていた。『ヤバイ!イツキ君のあの余裕の笑みは勝つ気だ・・・』と、ヨムの危機を感じたからだった。
正) しかし、アルダスの真意は違っていた。一瞬青白いオーラのような物に体を包まれているイツキを見て、とっさに止めに入ってしまったのだった。