イツキ、家庭教師になる
結局、無事に冒険者登録をすることが出来たイツキたちは、ヤマギ副隊長との約束通り一旦店を出た。
「ヤマギさん、ありがとうございました。お陰で無事登録できました」
イツキが代表で礼を言い、3人で頭を下げた。
「いや、大して役に立ってないけど……いつか学校にはバレるぞ。いいのか?」
「「「ハハハ……」」」
後日ヤマギさんには改めて御礼をすることにし、イツキたちは屋台でジュースを飲んでから、再びドゴル【不死鳥】へとやって来た。
「早速買取りをお願いしたいんですが」と、カウンター〈3〉の、素材持ち込み・買取り係り(動物系・魔獣系)の前で、イツキたちは元気に挨拶していた。
「早いな。そうか、もう狩りをしていたんだな。いいぞ出してみろ」
動物・魔獣買取りカウンターのおじさんは、これまた40代くらいのベテランで、体格もいいが眼光鋭く、これぞ買取りのプロという貫禄があった。
「ヤマノからの帰り道で、ピンクホビックに遭遇しまして、3人で頑張ってみました」
エンターは嬉しそうに、袋から毛皮を出していく。中から美しい輝きのピンク色の毛皮が出てくると、カウンターのおじさんが目を丸くした。
「いや、君たちこれ、結構獰猛だよね。状態も良いし、毛並みも申し分ない。しかも3匹も狩ったのか?こりゃあ新人の域を越えてるぞ!」
ちょっと興奮気味におじさんは毛皮を品定めする。滅多と持ち込みがなく、依頼は出てないが、直ぐに買い手がつくだろうと喜んで貰えた。
「そうなんですか?もう無我夢中でした。出来るだけ首を攻撃しようと苦戦しました」
今度はヤンが嬉しそうに、興奮しながら狩りの様子を話す。
「ほほう。これはなかなか物が良い。いくらになるかね?」
副店長のノートンさんがやって来て、カウンターの上のピンクの毛皮を見ながら、カウンターの職員に値段を尋ねた。
「そうですねぇ……状態も良いので金貨2枚は出してもいいでしょう」
「ええぇっ?これ全部で金貨に、に、2枚も頂けるんですか?」
「落ち着けイツキ君!き、金貨2枚……俺も落ち着こう。やっと念願の自分の剣が買えそうだ。いや、……でも、剣は高いから駄目だ……」
エンターはイツキの両肩に手を掛け、落ち着けと言ったり、自分も喜んだり、がっかりしたりと忙しい。
「いいえ先輩。先ずは先輩の剣を買いましょう!なあイツキ君」
「はい、ヤン先輩。僕たちが冒険者登録して初めて頂くお金です。先輩の剣を記念に買いましょう!」
男同士の熱い友情物語を繰り広げるイツキたちである。実際は【神剣】という常識外の剣を持っているエンターだが、普通の剣は本当に持っていなかった。
これは間違いなく、好感度が上がっただろう。さっきの受付カウンターのお姉さんが、ウンウンと優しい視線を向けて頷いている。
「いやいや君たち、1匹が金貨2枚だから・・・上等な剣でなければ買えるよ」
「「「えっ?!1匹金貨2枚?」」」
見事にハモりながら、1匹金貨1枚だと思っていた3人は、心の中で『全部で金貨2枚か、仕方ない肉は格安で売ったし』と呟いていたので、素直に驚いて声を上げた。
そして3人で肩を抱き合い喜び合った。
次にイツキたちは隣のカウンター〈4〉の、素材持ち込み・買取り係り(植物・鉱石・顔料・その他)に移動した。
「すみません、掲示板の依頼分です」と言って、イツキは掲示板から外してきた依頼書を、カウンターに出してにっこり笑った。
「おいおい、君たち植物採集も出来るのかい?でも、素人じゃ依頼書の薬草がどんな物か分からないだろう?」
〈4〉番カウンターは年配の男性で、孫くらいのイツキたちに冷静に質問してくる。
「イツキ君、冒険者証出して」とエンターが言うので、イツキは出来上がったばかりの冒険者証を鞄から取り出し、カウンターの上で広げる。
そしてエンターは、カウンターのお爺さん?にチョイチョイと右手で手招きして、耳元で説明を始める。
「ここだけの話、ほら、この連絡先、技術開発部になってますよね。イツキ君は学生をやりながら、研究助手をしているんです。お金がないから……じゃなくて、イツキ君は植物や薬草に並々ならぬ知識を持ち、14歳にして助手に抜擢されたんです。でもこれは、公にはされていないので口外はしないでくださいね」
エンターは自慢するように、イツキのもう一つの身分を小声で教える。
「そんなことが本当に有るのか?じゃあ試しに、これは何という薬草か判るか?」
そう言いながらカウンターの男性は、数種類の薬草をカウンターの上に並べ始めた。
イツキは手に取ることもなく、全ての名前を言い当て、おまけにその薬草が何の病気に効くのかも答えてしまった。
カウンターの男性は驚き過ぎて、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。
イツキはやり過ぎたかなって思ったが、構わず自分が採取した赤い花の薬草を、鞄の中から取り出して置いた。
「この薬草は、根も使えるので株で採取しておきました。依頼書には分量が書いてありませんが、どのくらい必要だったのでしょうか?」
「おおー!本物の赤色バダルヤ草だ。信じられん・・・2年振りに見たよ。いったい何処で?・・・いやいやそれは質問してはいけなかったな。必要な量は多い程いい。もちろん全部買い取るよ」
カウンターの男性の話を聞いたエンターも、鞄の中から同じ薬草を出した。
「間違いなく依頼達成だ。記録を書くから登録証を出してくれ」
そう言いながら、他の職員に薬草を渡し重さを量る。イツキの分とエンターの分は別々に計量して貰った。
「すみません。僕たちパーティなんで、3人とも依頼達成にしえもらえますか?」
「おお、勿論だとも!3人分出しな」
笑顔で3人分の登録証を受け取ると、薬草採取のスタンプを押し、今日の日付を記入してくれた。
結局依頼達成でイツキが金貨1枚、エンターは銀貨7枚を受け取った。
店内の職員さんたちから「よかったねー」とか「これからも頑張れよ」と激励の言葉を掛けて貰い、イツキたちは「ありがとうございます」と満面の笑顔で御礼を言って店を出た。
帰り道、エンターは本当に剣の店に寄った。
親代わりのエントンさんが、用意してくれてるんじゃないかとイツキは言ったが、剣は冒険者の活動の時に使うよとエンターが言うので、3人で選んで剣を買った。
ちなみにヤンは、新しい靴と母親へのプレゼントを買っていた。
母親のいないエンターとイツキも、一緒にプレゼントを選ぶ手伝いをした。
イツキは本当に新しいノートを買った。これから向かうラミル正教会で、リバード王子に勉強を教える為に。
◇ ◇ ◇
ラミル正教会で行われる勉強会は、午前中をクロノス神父20歳が指導する。
午後からをイツキたちが2組に分かれて、1日交代で行うことに決まった。
昨日は3年首席のクレタと、執行部副部長のヨシノリの組だった。今日はイツキと執行部部長のエンターの組が担当する。
クロノス神父は10歳の時に、祖母の形見のブルーノアという希少な宝石を、強欲な商人から騙し取られそうになった。
その時、助けを求めて駆け込んだカイ正教会で、イツキに助けられていた。
その後イツキの計らいで、希少な宝石ブルーノアを教会に買い取らせ、貧乏な生活で学校に行くことも出来なかったクロノスを、ラミル中級学校とラミル上級学校に進学させたのである。
4歳だったイツキは「クロノスは、将来僕を守って旅をする」とその時預言した。
クロノスは、その時の恩を返す為、いつかイツキ君を守れる人になる為にと、猛勉強をし武術も頑張り、3年前に上級学校を首席で卒業したのだった。
クロノスにとってイツキは、命の恩人であり主にも近い存在だった。
今回サイリス(教導神父)ハビテの元で、共にイツキを守るようリーバ(天聖)様から命を受け、ラミル正教会で働くことになった。
早速イツキの依頼で、王子リバード様と王子の従兄弟であるケン君の勉強を教えることになり、張り切って厳しい先生になっていた。
「クロノス久し振り。ありがとうね。王子たちはどんな感じ?」
昼食を終え、午後の祈りを始める前のクロノスにイツキは声を掛けた。
何故か、ハビテとクロノスだけは名前を呼び捨てにする。イツキにとって2人は家族も同然で、イツキなりの甘えなのだろうと回りは判断している。
「イツキ様、お帰りなさいませ。ヨシノリさんから聞きました。槍で団体優勝されたとか……おめでとうございます。後輩予定の御二人は、とても頑張っていらっしゃいますよ。弱音を吐きそうになったら、私が上級学校の話をして、イツキ様のご学友になれなくても良いのですか?と尋ねますと、文句を言わず勉強されます」
クロノスは、グレーの長い髪を後ろできちんと結び、聡明さ溢れる知的なグレーの瞳を輝かせて、極上の笑顔で答える。
クロノスにとってリバード王子やケン君よりも、イツキの方が格上であり大切な存在であるため、なんと言うかイツキが絡むと、イツキの指示(お願い)を忠実に果すことが優先され、遠慮なく厳しく出来るようだった。
イツキはクロノスから、それぞれ誰が何の教科を担当しているのか確認する。
クロノスによると、クレタとヨシノリはレガート文学と地理を、クロノスは理科と語学を担当しているので、イツキとエンターは数学と歴史を担当して欲しいとのこと。
「イツキ君、僕は歴史を担当するよ。イツキ君だと中級学校で習わない内容まで教えそうだから。その点、数学は教科書がきちんとあるから大丈夫」
「了解ですエンター先輩。数学ですね、簡単で良かった」
イツキは簡単な数学が担当で良かったと、素直に喜んだ。
しかし、他の者は数学が1番大変だと思っているので、誰も担当していないのだと、あえてエンターは教えなかった。教えてみたら分かるはずだからと。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今週はイベント出張があり、更新が遅れると思います。
3日か4日間隔になるかもしれません。