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予言の紅星4 上級学校の学生  作者: 杵築しゅん
イツキの春休み
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イツキ、冒険者登録する(2)

 王都ラミルで1番の大きさを誇る【不死鳥】の店内は、カウンターが5ヶ所あり、休憩スペースに販売ブース、巨大な掲示板には、たくさんの依頼が貼り出されており、この時間でも20人くらいの冒険者たちが掲示板を見ていた。

 

 イツキは子爵にしては庶民とさして変わらぬ服装で、ヤンは庶民よりやや上の身形みなりで、エンターは伯爵であるが……まあ上級学校の学生らしいくらいの服装で、冒険者登録係りと書かれたカウンター〈1〉の方へゆっくりと向かう。

 ちなみに他の4つのカウンターは、次のように分かれていた。

 カウンター〈2〉は、依頼受付・確認・案内係り。

 カウンター〈3〉は、素材持ち込み・買取り係り。(動物系・魔獣系)

 カウンター〈4〉は、素材持ち込み・買取り係り。(植物・鉱石・顔料・その他)

 カウンター〈5〉は、物品販売係り。


 ここ【不死鳥】は、総合的に物品を扱っている店で、店の外にはランドル大陸全ての国旗が掲げてあった。

 それは、全ての国の言語で取り引き出来ることを意味し、他国の冒険者も歓迎するという意味を表していた。

 本来ドゴルは、肉系専門店、薬草専門店、革素材専門店、牙・角専門店、香料・香木専門店など、専門性の高い店の方が多い。

【不死鳥】のように、総合的に商品を扱っている店は、王都ラミルと言えど3店舗くらいであった。



「いらっしゃいませ。登録ですか?それなら、こちらの登録用紙に必要事項を記入して、確認のため身分証を提出してくださいね」


カウンターのお姉さんは、20代後半くらいの美人で金髪に青い瞳、バリバリ仕事が出来そうな感じである。

 そのお姉さんが顔を上げ、イツキたちをまじまじと見て「ここは、冒険者登録するカウンターですが、お間違いではありませんか?」と尋ねた。


「はい、間違いありません。記入したら身分証と一緒に提出します」


代表してエンターが対応する。もちろん貴公子オーラを漂わせ笑顔で答えた。

 店内に居た冒険者も、カウンターの係員たちも、どう考えても場違いな3人に『コイツら大丈夫なのか?』と、疑心に満ちた視線を向けている。


「記入しましたが、これでいいですか?学生ですが学生証も必要ですか?」


エンターは記入し終えた3枚の登録用紙と、3枚の身分証を提出する。


「えーっと……記入欄はしっかり書いてありますね。身分証はと…………申し訳ありませんが少々お待ちください」


身分証を見て、なんだか顔色の悪くなった感じのお姉さんは、慌てて奥の部屋へと走って行った。

 3人はすることもないので、掲示板でも見ようとカウンターから離れた。

 掲示板を眺めながら、イツキはある依頼書の前で立ち止まる。


「この前採取した薬草だけど、結構いい値段で依頼が出てる。ほら、あの赤い花の」

「ええ!あれって本当に売れるんだ。なら俺も採集しとけばよかったなぁ」


イツキの指差す依頼書には、驚く程の高額内容で《至急》と記載されていた。


「ヤン、お前は崖から落ちたくないと言って、見向きもしなかったじゃないか」


呆れ顔でヤンを見るエンターは、『良かった採取しておいて』と内心嬉しくて堪らない。その喜びが緩んだ口元でだだ漏れである。


「イツキ君が、絶対に売れると言ってくれたら、死ぬ気で採取したのに……」


残念で堪らないヤンは、イツキに八つ当たりしてむくれている。



「お客様、申し訳ありませんが副店長が話したいことがあると申しておりまして、奥の席までお願いできますか?」


お姉さんは、店の奥まった場所にあるテーブルを右手で指して、困った表情で訊いてきた。他に選択肢もないイツキたちは、言われた通りに奥のテーブルへと向かう。

 なんだか怪しい雲行きだと察知したイツキは、外で待っているヤマギを呼んで、中で待機して貰う。


 3人が座って待っていると、元冒険者だったと思われるゴッツイ体型の男性が、先程提出した書類を持って歩いてきた。


「副店長のノートンです。確認致しますが皆さん貴族ですよね?何故冒険者登録を?ごく稀に、貴族の冒険者も居ますが、冒険者とは命懸けの仕事なのです。遊びで出来る程甘くありません。何となく冒険者に憧れる気持ちで来られたのなら、登録を取り下げてお帰りください。まだ若い、それも聞けば学生だとか……登録証を仮に作っても、1年間に最低3回は依頼を受けなければ、登録は取り消しになりますよ」


副店長のノートンは、お気楽な貴族の坊っちゃんが、興味半分でやって来たのだと思ったようだった。

 イツキたちは顔を見合わせて、誰が対応するのか視線で確認し、ヤンとエンターがイツキを見たので、ここはイツキが対応することになった。


「そうですか……3回……取り合えず今日1回はクリアできます。僕たちは確かに貴族です。しかし僕なんて子爵家の当主ですが屋敷さえありません。しかも親もいません。エンター先輩も伯爵家の当主ですが同じく親も家も有りません。なにせ貴族と言っても、我々3人は領地も持たない貧乏な貴族でして、僕なんて……ラミル上級学校に入学する時、制服や……ノートまで領主様にご用意頂いたくらいです……ふうっ」


イツキは遠い目をして「キシ公爵様ありがとうございます。何時か必ずお金をお返しします」と、まるで神に祈るが如く胸の前で手を組んで言い、目を瞑り「申し訳ありません貧乏で……」と呟く。少なくとも自分のことでは、決して嘘は言っていない。


「イツキ君、でも君は頑張ってるじゃないか!貧乏だって……貧乏だって……勉強も武術だって、親が居なくても君は頑張ってるよウウゥッ」


ヤンは何故か涙ぐみ、イツキの肩に手を置いて、きみ誰?っていうくらいに演技に磨きが掛かっている。


「そうだよイツキ君、貴族だとか貧乏だとか、そんなものは関係ない。冒険者になれたらきっと、きっと新しいノートだって自分で買えるよ」


エンターも負けじと気合いを入れて、悲しそうに熱く語る。


「そうだよね。負けちゃ駄目だよね。貧乏でも強く生きなきゃ、高い本だって買えるかも知れないよね」


 イツキは君たち誰?って思ったが、自分も2人に合わせて、健気な少年になりきる。

 実はヤマノ領からの帰り道、馬車の中でイツキは、心理戦と頭脳戦について2人の友人に、その極意とコツを伝授していた。

 その中で、回りの人を味方にする方法について、大切なことは場の空気を読み、同情を買うのも1つの方法であると2人は習っていた。



「では、君たちは伯爵家と子爵家の当主なのか?しかもラミル上級学校?」


とんでもない学生が来てしまったと、副店長はどうしたら良いか判断に迷う。


「はいノートンさん。僕たちは生きるために頑張って武術の腕を磨きました」


テーブルの下でイツキが合図(足を軽く蹴る)したので、エンターが真っ直ぐノートンの目を見ながら、真面目な優等生の顔をして答えた。


 そこに、外出していた店長が戻ってきて、店内の微妙な雰囲気に何事だ?と、ぐるりと店内を見回した。そして、どうやらその原因が奥のテーブルにあると気付き、イツキたちの方へ近付いていく。

 その途中、事務員の40代の女性はハンカチを目に当て、カウンターの男性も泣きそうな顔をしている。よく見ると、ゴッツイ冒険者までが涙を堪えている…………


「そうなんです。やっと先日の上級学校対抗武術大会で、エンター先輩は剣で個人戦優勝、ヤン先輩は3位、僕は槍の団体戦ですが優勝できました。なので、これなら冒険者登録出来るだろうと、勇気を出してここに来ました。でも……上級学校対抗武術大会で優勝したくらいでは、冒険者になるのは、無、無理なんでしょうか?」


イツキは店長らしき男が入ってきたのを、チラリと視線の端に捉えて仕上げに掛かる。


「そんなことはありません!それが本当のことであれば、我が【不死鳥】で是非ご登録ください。但し、今話していたことを証明できたらですがね」


店長は半分疑いながら、半分喜びながらイツキたちに証明出来ればと言う。


「なんなら学校に問合せしましょうか?」

「店長さん、それはちょっと……どうする2人とも?他の店に行くか?」


イツキは困ったような顔をして、ヤンとエンターの方を見る振りをして、ヤマギに視線を送る。



「おいおい!エンター君にヤン君、なんでこんな所に居るんだ?まさか、まさか君たち、先日の武術大会で直接指揮官が入隊を誘ったというのに、それを蹴って冒険者になるつもりなのか?おや君はイツキ君だよね?君は確か技術開発部に就職が決まっていたんじゃなかったか?」


ヤマギは偶然イツキたちを見掛けた振りをして、睨み付けるように3人を見る。


「アハハ・・・ヤマギ副隊長……これには色々事情がありまして、卒業までの間でもいいので、冒険者として働きたいんです」


「でもエンター先輩、友人が軍や警備隊より、冒険者の方が夢があるし稼げるって言ってま・・・」


イツキが話している途中で、エンターが慌ててイツキの口を塞ぐ。

 一瞬、重~い空気が辺りを包む・・・その重い空気を破って口を開いたのは、ニヤリと口角を上げた店長だった。


「軍の誘いは卒業してからでいいはず。今はまだ学生だから、軍の拘束力は無い。ドゴルは優秀な若者を何時でも歓迎する」


「いや待て、これ程に優秀な人材を、冒険者なんかでケガをさせる訳にはいかない」


ヤマギはわざと念を押すように、冒険者になるのを止めようとする。

 この時点で店長も副店長も、イツキたちの話が本当なのだと確信した。そしてヤマギの言った《冒険者なんか》という言葉にカチンときた。それは聞き耳を立てていた【不死鳥】の職員や冒険者たちも同じであった。


「店長ちょっと」と言ってヤマギは店長を呼び、小声でだめ押しをしておく。

「俺は国境警備隊の副隊長だ。エンター君は執行部部長、ヤン君とイツキ君は風紀部役員だ。学校にバレたら不味いだろう。それに、軍も警備隊も彼等を本気で狙っている。特にギニ副司令官とキシ公爵が狙っているんだ。分かるよな、どういう意味か。仕事をきちんと選ばせろ。あの2人を敵に回したくないだろう?」


強面のヤマギが、一段と怖い顔をして店長を脅す。店長は青い顔になりコクコクと頷くと、「肝に銘じます」と答えた。レガート国最強の2人を、敵に回せる怖いもの知らずなど居ないだろう・・・


「で、では、3人を冒険者登録させても良いのですね。登録後は【不死鳥】のプライドを懸けて3人を指導致します」


店長の言葉を聞いた店内のほぼ全員が、拍手をして新しい冒険者の誕生を歓迎する。

 そして店長と副店長がイツキたちと握手をする。


『これで店はイツキ君たちが持ち込んだ物を、絶対にごまかしたりはしないだろう。それにしても、末恐ろしい学生たちだ……心理戦で勝つ……流石イツキ君だ。今度は俺がヨッテに自慢してやろう』


ヤマギはフッと鼻から息を吐き、不機嫌を装いながら店を出ていった。


 この日、冒険者登録をした3人は、就職してからも登録を取り消さなかった。

 それどころか、冒険者として軍や警備隊の任務をこなす日は、直ぐそこに来ていた。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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