イツキ、冒険者登録する
新章スタートしました。
これからもよろしくお願いします。
4月14日、今朝は約束通り、ピンクホビックをドゴル(主に冒険者等が採取した物を換金する店)でお金に替える為、午前10時にラミルで1番大きな店の前で、3人は待ち合わせをしていた。
ピンクホビックを無事狩った後、その日に泊まった宿屋で、さばいて貰う替わりに肉だけを格安で売って(実はピンクホビック、肉は高級品だった)、毛皮だけを持ち帰ることにした。
帰りの2日間、ピンクホビックを売ったお金で、4人乗りの馬車をチャーターした3人は、馬車の後部に毛皮を括り付け、上手く皮を乾燥させた。
そして昨夜帰ってきた時には、残念ながらドゴルは閉まっていたのだった。
イツキはドゴルに行く前に、レガート軍本部に顔を出すことにした。
イツキの目的は2つ。
1つ目は、【王の目】のガルロか建設部隊のヨッテに会うため。もちろん、ブルーニたちのその後(ケガの様子や処分)を確認する為である。
2つ目は、ドゴルに付き合ってくれる人を探す為である。
午前9時、私服のイツキが軍本部に入ろうとすると、当然のことながら「子どもが何の用だ?」と止められた。
まだ20歳くらいの痩せ型の若い男と、ガッシリ系で体術得意ですと顔に書いてあるような25歳くらいの門番は、残念ながらイツキの知り合いではなかった。
「すみません。建設部隊のヨッテ隊長にお会いしたいんですが。お留守でしたらギニ副司令官のところのハモンドさんでもいいです」
イツキはニコニコしながら、久し振りの軍本部の様子を覗くように見る。
「はあ?隊長に会いたいだと?お前は何者だ?隊長の身内か?」
ガッシリ系の方の男は、いきなり上官を名指しで面会希望するイツキに、怪訝な顔をしながら質問する。身形からすると怪しい者では無さそうだが、場違い感が半端ない。
「えーっと……軍学校のイツキが来たとお伝えください」
「軍学校?新しい少年兵か?」
実は痩せ型の若い方の男は、昨年軍学校を卒業していたが、行方不明だったイツキの顔など見たこともなかった。だから、こんな少年兵など居なかったはずだと思った。
なかなか取り次いで貰えそうにないイツキは、ハーッと疲れたように息を吐く。
その時、視界の先にある軍本部の建物の前を、偶然通り過ぎようとしていた人が居た。イツキはその人に向かって手を振りながら叫んだ。
「ヤマギさーん!おはようございまーす」と。
何処からか自分の名前を呼ぶ声がして、国境警備隊のヤマギ31歳は、門の方に視線を向けた。するとその先に、門番の2人の男の間から、自分の方に手を振っている軍服ではない私服の子どもが見えた。
門番の2人は、いきなり【奇跡の世代】であるヤマギ副隊長の名前を呼ぶ少年に、ギクリと驚いて慌てる。
国境警備隊のヤマギ副隊長と言えば、強面の凄く怖い人と有名な上官である。
「あれ?イツキ先生じゃないですか、お疲れ様です。で、何をしているんです?」
「いや、ヨッテさんに会いに来たんだけど…………ハハハ……」
イツキが困ったような顔をして、門番の2人をチラリと見る。
「お前たち、イツキ先生を知らないのか?軍の為に軍用犬とハヤマの育成をされている、偉い先生じゃないか。まさか失礼な態度を取ったんじゃないだろうな?」
「へえぇぇっ!いや、あの、す、すみません!」
ヤマギが怖い顔で(元々怖い顔)ギロリと睨み付ける。2人の門番は震え上がって、何度も頭を下げる。
「ヤマギさん、もういいですから」とイツキは言いながら、さっさと中に入っていく。
「イツキ先生お帰りなさい。昨夜ヨッテと飲んだんだけど、イツキ先生の剣は神業だったとか、優し過ぎだとか、もう煩くて煩くて、つい飲み過ぎました。ヨッテの奴は確か今日休みですよ」
2人は小声で話しながら、軍本部の中庭に向かって歩いていく。
国境警備隊の建物は中庭の奥にあった。本部棟の半分くらいの大きさの建物の中には、国境警備隊と建設部隊が入っている。
イツキはこの建物に入るのは初めてで、ゴッツイ軍人たちの物珍しそうな視線を浴びながら、全く気にする様子もなくヤマギの後ろを付いていく。
どうぞと招かれてヤマギ副隊長の部屋の中に入ると、正面の壁に貼られた、レガート国の大きな地図が目に入った。
国境線が大きく拡大されたその地図には、幾つかの赤マルや青の三角等が書き込んであった。
イツキは今日の訪問の目的を話し、ヤマギから、ブルーニたちのその後の処分は、ギニ副司令官が帰ってきてからになるだろうと教えられた。
「それにしても、ヨッテが言ってましたよ。イツキ先生のせいで、処分を重くできないと。本来なら当然アサギ火山の刑務所へ、囚人坑夫として送られるはずなのに、片手が無いとか片腕を骨折してるとか、きつくて厳しい仕事はさせられないと愚痴をこぼしてました。当面染色工場とか、鉱石の選別作業くらいしかさせられないでしょう」
「そうですか・・・それは申し訳ない。もっとよく考えれば良かったですね。でもまあ、これで洗脳が解ければいいんですが」
イツキは少し安心したような表情をしながら、ペコリと頭を下げた。
いやいや、完全にしっかり考えて、わざとやったでしょう!わざと鉱山送りにならないよう、ボロボロになるまで働かされて死なないよう、腕を斬ったでしょう……と、ヤマギは心の中で突っ込んだ。
殺し屋を雇ってまで殺しに来た奴等に、そこまで優しくしなくてもとヨッテは言っていた。普通なら斬り捨ててもいいくらいだ。俺もそう思う。
そこは神父でもあるイツキ先生の考えなのだろう。
悔い改める機会を与えて、洗脳を解いてやりたいと……
「イツキ先生、ドゴルには俺が付き合いますよ。貴族の坊っちゃんが3人で行ったら、絶対にナメられます!この際、登録もしておいた方がいいかも知れません。そうしたら、正規の値段で取引できますから」
ヤマギはそう言いながら、机の上の書類を片付け始める。そして廊下に出て部下らしき人を呼ぶと、「これから護衛の仕事をすることになった。昼までには帰る」と告げて、嬉しそうにニヤリと笑った。
「ところで、イツキ先生は身分証はどうされるんですか?上級学校の学生証だと学校に確認の連絡が行きます。子爵の身分証があれば問題無しですが……教会の身分証は、もっと使えないですよね?」
冒険者登録証は、何かあった時に記載された家や場所に知らせが届くので、実家が理想なのだとヤマギは説明する。
「そうなんですか……実はアルダス様からは、子爵の身分証をまだ頂いていないんです。それに実際には屋敷も在りません。う~ん困ったなぁ……ギニ副司令官も秘書官もまだ帰られてないですよね?当然アルダス様も」
頼みのメンバーは、まだラミルに帰ってなかった。
「職場はどうですか?かえってダメでしょうか?」
「それは問題ないですが、軍も警備隊も文官も、基本的には冒険者としての登録は禁止しています。まあ特殊任務の【王の目】のメンバーは登録してますが」
ヤマギの話を聞いたイツキは、ある人の顔を思い出して「なんとかなりそうです」と言って、何か企むような顔で微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「ここは、技術開発部ですよね?もしかしてシュノーに頼むんですか?」
「フフフ、そうです。ここならなんとかなりそうです」
イツキは顔パスの門番さんに手を振りながら、ズンズン中へ入っていく。もちろん建物の前に立っている警備兵も顔パスである。
「シュノーさんおはようございます。実はお願いがありまして、大至急僕の身分証を作ってください。身分は技術開発部研究助手あたりでお願いします」
イツキはそう言うと、これから冒険者登録することや、新しい素材採集が出来れば、ポムの研究も進む可能性があること、いつ何時また国外に任務で出るか分からない。そうなれば、冒険者の方が動き易いと説明する。
イツキは出来上がった技術開発部発行の身分証を嬉しそうに見つめて、これで自分に何かあれば、シュノーさんがなんとかしてくれるだろうと思うのだった。
「イツキ君、それで何時、うちに泊まりに来てくれるんだい?ネリーが待ってるんだけどなあ」
シュノーが少し恥ずかしそうに訊いてきた。【奇跡の世代】は30歳を過ぎても独身者が多い。そんな中で結婚しているシュノーは、皆によくからかわれていた。
「春休み中には必ず伺います。明後日、新型の投石機の図面をお持ちしますので、明後日お邪魔しても良いでしょうか?」
イツキの提案に、一も二もなく了承するシュノーだった。
「おい、なんだその話し……それって国境警備隊に係わる武器だろう?俺に報告が来てないぞ。それにイツキ先生、そんな物まで作ってるの?」
イツキは話が長くなりそうだと判断し、ヤマギさんにも、明後日、一緒に図面を見せるということで折り合いをつけた。
◇ ◇ ◇
ドゴル街の朝は早い。
冒険者たちは、素材採集の依頼を掲示板で見て、素材の買取り価格や品質の希望等を確認し、午前8時には旅立っていく。
素材の持ち込みや買取り希望者の多くは、午後からか夕方にドゴルを訪れるので、この時間はちょうど人が少ない時間帯であった。
午前10時、ラミルで1番大きなドゴル【不死鳥】の前に、エンター、ヤン、イツキの3人は集合した。
イツキはヤマギを【奇跡の世代】の中でも、ドゴルに付き添って貰うのに最も適任の、信頼できる人だと2人に紹介した。
そんなイツキの紹介で、なんだか嬉しそうにしているヤマギを見て、強面の外見とは違い、好い人そうだと2人は思った。
「よし、先ずは3人で入って冒険者登録をしてこい。それから1度店の外に出て、この毛皮を持って再度受付に行く。そこでもし、金貨2枚以下だったら俺が出る」
ドゴル街の石畳を、カツカツと冒険者用のブーツで歩く冒険者たちは、【不死鳥】の前で腕を組んで仁王立ちになっている男を見て、決して関わってはいけないタイプの男であると瞬時に判断し、遠回りをして避けながら通り過ぎていく。
イツキたち3人は頷くと、カランカランと音をたてながら、【不死鳥】のドアを開けた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
イツキは冒険者登録をしますが、決してこれから冒険が始まる訳ではありません(笑)