追う者、追われる者(5)
次話から新章がスタートします。
フィリップたち3人は、気を失っている殺し屋3人をバシバシと……いや手っ取り早く起こし、逃げないように縛り上げていく。
「イツキ先生、こいつらラミルまで保ちますかねぇ?」
「ヨッテさん、死ぬ程の怪我じゃないよ。なんなら此処で傷口を縫ってもいいよ。手術道具は無いけど、針と糸はあるから。ああぁ……でも、感染症に気を付けなくちゃ、死ぬかもしれない。犯罪者って医者が診てくれるの?」
イツキはまあまあ?のケガをした3人を診ながら、此処で自分が縫った方がいいのではと、本気で思ったりするが、衛生面で問題はあるかなぁと考える。
「やめてくれ!俺たちを殺す気か!」(ビンチ)
「どんな拷問なんだ!医者を呼べ!私は伯爵家の子息だぞ!」(ブルーニ)
「どうして【王の目】が出てくるんだ!俺たちは上級学校の学生だぞ」(ドエル)
3人とも未だ現実が把握出来ていないようで、自分たちが犯罪者として捕らえられようとしていると、全く理解していなかった。
「イツキ君、コイツ等は留置場の医官が診るから心配要らない。まあ、恐らくレガート国の中でも、名医に入るだろうイツキ医師の方が腕は確かだが、コイツ等にはそんな価値も資格もないだろう?」
「そうですよねフィリップさん。うち(風紀部)のパルのケガが、あそこまで奇跡的に回復したのも、イツキ君が治療したからなんです」
ヤンがイツキの医師としての腕前を自慢気に話しながら、足を引き摺るようにして逃げようとするビンチに蹴りを入れる。
「「…………!!」」
ブルーニとドエルは驚いた表情で、お前がパルを回復させ、自分たちの計画を邪魔したのかと、キッと睨み付けるようにイツキの方を見る。
「ブルーニ、ドエル、これで会うのも最後だろうから教えてやろう。イツキ君はブルーノア本教会発行の医師資格と薬剤師資格を持っている。それにランドル大陸全ての国の言葉を話せるし書ける。それから……剣の腕は超天才だが、体術も天才だ。所詮戦う相手として、君たちとでは元々レベルも次元も違うんだ。まあ……俺たちだってそうだがな」
やや自虐的にエンターは話しながら、現実に気付いていない哀れな元学友に、ケンカを売った相手が何者なのかを教えてやる。
『エエェーッ!僕って剣の腕が超天才だっけ?みんな大丈夫?しっかりして!』
イツキは恥ずかしくて、ハハハと困った顔で笑いながら居た堪れなくなってしまう。
そこで、きっと初めて真剣で戦ったエンターとヤンは、気分がハイになっているのだろうと分析して、気持ちを切り替えることにした。
ガルロとヨッテは用意していた布で、仕方なく応急処置的に傷口をグルグルと巻き、傷口を止血する。
そして、元学生の3人を逃げないように、きちんと歩けなさそうなビンチの両手に、ブルーニの左手とドエルの右手を括って繋げてゆく。ちなみにドエルの骨折は手当てなどしない。
「さあ帰るぞ!殺し屋の3人は警備隊に引き渡す。元学生の3人は、伯爵と子爵を襲った罪で裁かれる。平民の立場で貴族の当主を襲った罪は重い。【王の目】がしっかりと調査する」
フィリップはそう言うと、撤収作業に取り掛かる。
「どういうことだ?我々が平民だと?それに、元学生とはどういう意味だ?」
ドエルは痛みを堪えて平静を装いながら、フィリップに噛み付いた。聞き捨てならない言葉を聞いたのだから、当然の質問である。
その問いに答えたのは、【王の目】のガルロだった。
「国王陛下は、レガート国全土のギラ新教徒の爵位を剥奪する王命を下された。よって、既にお前たちの親の爵位は剥奪され平民となった。そして、領主であるヤマノ侯爵暗殺の罪で捕縛された。お前たちは犯罪者だから、当然上級学校は退学させられる」
「「「…………!!!」」」
ガルロの答えに固まったブルーニ、ドエル、ビンチの3人は、到底信じられないとガルロを睨むが、エンターとヤンが顔を背けて視線を合わせなかったので、それらが本当のことなのだと知り愕然とする。
フィリップたちが罪人を連れて森を抜けた頃、イツキたちは先程の場所から少し行った所で進路を変更し、絶景の渓谷に辿り着こうとしていた。
突然視界が開けて、明るい陽射しが降り注ぐ場所に出てきた。
開けたその場所は、短い草のような苔のような植物が一面に生えていて、さながら黄緑色の絨毯のようであった。
その先は崖のようになっていて、水の流れ落ちる音がする。
崖の近くまで来ると、向こう岸との間に美しい虹が掛かっていた。
「うわーっ綺麗だな!」(ヤン)
「来た甲斐があったなー」(エンター)
「売れそうな物が、いっぱい有りそうだしね」(イツキ)
「はい?そこ?……イツキ君、もう少し感動しようよ……」
絶景の渓谷に来て、その美しさに感動しているというのに、感動するピュアな気持ちを、ぶち壊すようなイツキの発言に、フ~ッと息を吐いてエンターは脱力する。
崖の下を覗くと、勢いよく崖の上から流れ落ちる滝の水が、ゴウゴウと音をたて水煙を上げている。落差50メートル以上はありそうだ。
滝の幅は5メートルから8メートルくらいで、よく見ると滝の上には大きな池があり、そこから水が流れ出していた。池の水面は深緑色をしているので、意外と深いのかも知れない。
森を育てた水は、ここから未開のレガート大峡谷へと流れていくのだ。
「うん?今、何か聞こえなかった?」
「何かって、どんな音だイツキ君?」
「人の声のようですが……気のせいかなぁ……」
イツキの問い掛けにエンターは耳を澄ますが、滝の音が大き過ぎて他には何も聞こえない気がした。・・・が、次の瞬間、この世の終わりかと思うくらいに悲痛な叫び声が、はっきりと聞こえてきた。
「ギャー!死ぬー!こっちに来るな!」
「助けてくれー!誰かー、誰か助けてー!!」
何事だろうかと滝の下を覗くと、先程会った植物採集の冒険者2人が、鮮やかなピンク色の小型の動物に追い掛けられていた。
その数3匹・・・もしかして、もしかすると、あれは魔獣?
「イツキ君、あれって金貨1枚?」
「ああそうだよヤン。あの鮮やかなピンクは魔獣以外では有り得ない」
いきなり魔獣ではなく、金貨1枚かと質問してきたヤンに、可笑しくて笑ってしまうイツキである。
「そんなことより助けなくていいのか?」
エンターもやや呆れ顔でヤンを見て、崖下に下りる道を探し始める。
崖下に下りる道は直ぐ側にあり、イツキたちは急いでその道を下っていく。ただ、生憎と滑りやすい細道だったので、走ることは出来なかった。
眼下で繰り広げられている追いかけっこが悲惨で、追い付かれると魔獣に尻を噛み付かれている……かなり痛そうで「ギャー!」と叫び声が滝に響き渡る。
「あれは恐らくピンクホビックだ。この前図鑑で見た。凄く可愛いけど獰猛で直ぐに噛みつくと書いてあった。内臓に毒が有るが、噛み付かれても心配無い」
もう少しで崖の下に到着しそうという所で、イツキは魔獣の名前と特徴を淡々と語る。
「そ、そうなんだ……さすがイツキ君、詳しいね」
「なんだヤン、怖じ気付いたのか?」
「そんな訳無いだろう!あれは金貨1枚だぞ!」
エンターに弱虫のように言われて、ヤンはむきになって言い返す。
先頭を行くイツキは笑っていた。
大好きな友人たちと、ワイワイ言いながら、子どもみたいに一緒にはしゃいでいる。ああ、なんて楽しいんだろうと。
(イツキはまだ成人していない子どものはずだが、時々自分を大人のように思っている節がある)
「我は闇を討つ」と、小さな神剣を取り出してエンターが叫ぶ。
滝の音で冒険者には聞こえそうにないし、それどころではない様子なので、安心して神剣を大きくする。
「ちょっと待て!そう言えば、その神剣のことを訊いてなかった」
「ヤン、今はそれどころじゃないだろう!ほら、奴等がこっちに来るぞ!」
ヤンが視線を向けると、追う者(奴)ピンクホビック3匹、追われる者、冒険者2人が、今まさに眼前に迫っていた。
イツキとヤンは慌てて剣を抜く。
「2人とも、毛皮が大事だから、首を狙うか心臓を狙うかでヨロシク!」
「「了解!」」
3人はバラバラになって、自分が狩るピンクホビックに狙いを定める。
冒険者の2人は既に限界を越えたようで、イツキたちを見て安心したのかパタリと倒れた。
ピンクホビック・・・その外見はふわふわのピンク毛で小さくて可愛いが、獰猛な奴等には、動く物(逃げるもの)を攻撃する習性があった。
しかも肉食ではないので、噛み付かれるだけで、食べられることはない。そしてそんな情報を、イツキからエンターとヤンに伝えられることも無かった・・・
時間にしておよそ3分、自分の仕事をさっさと終えたイツキは、冒険者のケガの具合を診ていた。
その様子を横目で見たエンターは、ちょこまかと動く小型犬程の大きさのピンクホビックに、苦戦している自分に渇を入れ、まだまだ腕を磨かなければと思った。
そして狩りをするのも、腕を磨くのにいいかも……と考えたりする。(決して金儲けの為ではない……はず?)
ヤンはワーワーと無駄に大声を上げながら、やはり苦戦していた。
ピンクの奴等の動きは早い。しかも跳ぶ。後ろをとられると尻が危ない・・・
それに、これ程まで攻撃目標が低い敵?に、出会ったことがなかった。
しかもイツキから、毛皮が大事だからと言われ、攻撃出来るポイントまで指示が出ている。
「ヤーン!動かなければ、追い掛けられないぞー!」
イツキから優しい?助言の言葉が飛んで来た・・・?何だってー!!
「そんな大事なこと、早く言ってよー!」と叫びながら、ヤンはピタリと動くのを止めた。するとピンクホビックも走るのを止め、ヤンの回りをウロウロするだけで、襲って来なくなった。
ヤンはハーハーと苦しそうに息を吐きながら、膝に両手をついて、まるでマラソン大会のようだと思った。
これは意外と鍛えられるなあ……たまには狩りをするものいいかも……と考えたりする。(決して金貨のことなど考えたりして……ない……よね?)
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ヤマノでの後始末(その後)を、外伝に書く予定です。
出来たらお知らせいたします。