追う者、追われる者(4)
一部残酷なシーンがあります。
雇われた殺し屋の2人は焦っていた。目の前の学生を、ただの世間知らずのお坊っちゃんだと思っていた。もちろん、武術大会の剣の個人戦で優勝したなんて情報は聞いてなかった。
それに【神剣】って何だよ・・・?なんで骨まで切れるんだ?
妙な汗がダラダラと流れ、喉は渇き口の中はカラカラである。正直言って今直ぐにでも逃げ出したい・・・
しかし法外な手付金を貰って、既に借金返済に使ってしまった。逃げたらお尋ね者になってしまうだろう。
「よし、同時に行くぞ!2人で攻撃すれば、だだ、大丈夫だ!」
「お、おう!」
2人は顔を見合わせて、同時攻撃に一縷の望み残し、エンターの左右に展開する。
エンターは切れ過ぎる剣を見て、殺す気は無いので上手くやらないと殺してしまうと、違った意味で頭を悩ませていた。
「殺したくないんで、お前たち降参してくれない?」
つい思っていたことが、口を衝いて出てしまうエンターである。
「はあ?降参…………」
「何を考えている!そんなこと、許される訳がないだろう!早く殺せ!」
ちょっと迷う殺し屋に、ブルーニが鬼のような形相で怒鳴りつけた。
「ええい!殺せばいいんだ。今度こそ行くぞ!」
殺し屋の2人は剣を構えて、ジリジリと間合いを詰めてくる。
そしてほぼ同時に剣を振り上げる。
両腕で剣を振り上げて、同時に斬り込もうと視線を交わした時、殺し屋2人の胴はがら空きだった。
むしろ、戦うことを躊躇していたエンターだったが、こうもがら空きの敵の体勢を目の当たりにしては、つい体が動いてしまう。動かさざるを得なかった……
くるっと1回転するように、素早く剣を振るう。
殺し屋の2人が「あっ!」と声を発した時には、やや小太りの2人の男の腹は斬られていた。少し……いや、かなり前に出ていた腹の辺りの衣服には切り目が入り、血が滲んできた。
それは噴き出す程ではなく、じんわりと滲んでくる感じだったが、痛みはあった。
「ぎゃーっ!」
「死にたくない!」
殺し屋の2人は、大袈裟に叫びながら剣を投げ捨て、腹を両手で押さえて悶絶する。
『なんて気の弱い奴等なんだ・・・俺は、ほんの2センチ程度も斬ってないぞ』
ほぼ脂肪の部分を斬られて、血が滲んだ程度で気を失う殺し屋に、フーッと息を吐き疲れるエンターだった。
「さすがエルビス(エンター)神業だな。俺ならもっと深く斬ってしまっただろう」
ヤンは感心しながらエンターの側に寄って声を掛ける。出血が少ないのも、神剣の為せる業だろう。
気を失った3人の殺し屋と、「痛い、死にたくない」と泣き叫ぶヤマノ上級学校のビンチ。痛みに顔を歪めながらもイツキを睨み続けるドエル・・・
「エンター先輩、ヤン先輩、僕の鞄の中に細い縄が入っているので、手首の上と太股の上を、止血の為にきつく縛って下さい。軍の馬車を汚すのは申し訳ないですから」
「了解イツキ君!相変わらず用意周到だな。本来なら森に捨ててもいいところだが、助けてやるか」
ヤンは斬った相手を助けるために止血する自分が、なんだかバカバカしくなる。エンターも同じく無駄なことをしたような気分になりながら、気を失った殺し屋の手首を止血する。
しかし、エンターとヤンには別の感情も生まれていた。
2人とも真剣で人を斬ったのは初めてだったので、興奮するというか、高揚するというか、ドキドキと心臓は激しく鼓動していた。
イツキは、エンターとヤンが縄で止血作業を始めたので、ブルーニの方を余裕の表情で見て話し掛けた。
「ブルーニ先輩は、もちろん逃げたりしませんよね?でも僕は、怖かったら戦わなくてもいいと思っています。無駄に怪我をする必要も無いでしょう?あなたの罪は明白ですし……僕に勝てるとも思えない」
「な、何をバカな。お前ごときに負けるはずがない。ドエルは油断したが、お前だけなら簡単に殺せる。そうだ、必ず殺してみせる!」
ブルーニは微かに震えながらも、手に力を込め剣を握る。
そして、いつもより濃い黒いオーラを身に纏い、意を決して剣を構えた。
もう他に戦ってくれる味方は居ないのだ。それにドエルが自分を見ている。
「仕方ありません。あなたは人の痛みを知るべき……と言うことなのでしょう」
イツキは、ドエルと対峙した時とは違い、正しい姿勢できちんと剣を構えた。
イツキの黒い瞳が、一瞬銀色に変わる。本人は【裁きの能力】を使う気など無かったのだが、無意識の内に能力が発動されてしまう。
辺りの空気が重くなる。気温も少し下がったように感じられる。
ゆっくりと、イツキの体を【銀色のオーラ】が包んでゆく。
イツキはニヤリと笑うと、微動だにしない構えで、ブルーニを誘うように立つ。
ブルーニは直ぐにでも切り捨ててやるとイツキを見たが、何処にも隙が無い。
そして、イツキの瞳を見た途端、言い知れぬ恐怖心が襲ってきた。
『いったいどうしたんだ?こんな奴、簡単に殺せるはずなのに……』
ギラ新教の大師ドリルに洗脳されて以来、恐怖心など味わったことが無かった。
常に恐怖を与える側であり、自分こそが絶対的な存在で、全ての学生や下位の貴族を見下していた。
突然近くで、鳥の大きな鳴き声がした。キィーキィーと高い声で鳴きながら、バサバサと飛び立っていく。
その鳥は【裁きの能力】の気に当てられて、堪らず逃げたのだった。
イツキはその鳥の方に顔を向けて、ブルーニから視線を逸らした。
『今だ!死ね!』
「あっ危ない!」とエンターが叫ぶ。
ブルーニはそのチャンスを見逃さなかった。そして『勝った』と思った。
勢いよく鳩尾辺りを右から左へと剣で斬る。それは、イツキの胴を真っ二つにする程の力だった。
「 ………… 」
〈〈 カチャッ 〉〉と剣を鞘に納める音がした。
そして暫しの静寂が訪れた・・・
エンターとヤンは、どう決着が着いたのか、正直分からなかった。
ブルーニがイツキの胴に切り込んでいく姿は記憶に残っている。
残念ながら、その剣を避けたような動きも見えなかったし、剣と剣がぶつかる音もしなかった。
でも、何故だかイツキの剣が鞘に納まっている。
そして、イツキは元の位置に立ったままで、胴からは血が噴き出してはいない。
「「 …………? 」」
何処からともなく風が通り抜けて、薄暗い森の木々を揺らしていく。
木漏れ日がスーっとイツキに降り注ぎ、顔を明るく照らした。それと同時にブルーニの足元にも太陽の光が届いた。
イツキの顔は無表情だったが、痛みで歪められてはいなかった。
ブルーニの足元には、剣と右腕の肘から下が落ちていた。
静寂の中、ブルーニが痛みを感じたのは、足元を照らす光の中に、自分の物らしき剣と右手を見た時だった。
「グッ・・・ウウゥ・・・」と声にならない呻き声を上げて、ブルーニは自分の右腕を見た。
有るはずの肘から下が無い・・・無い・・・・何故だ・・・どうしてだ!?
痛みと共に怒りが込み上げてくる。
「お前ごときが、お、お前ごときがー……」
痛みと怒りによって歪められた顔は、血の気が失せ青く、叫んだつもりの声も弱々しく聴こえた。だが不思議なことに、その切り口からは少量の血が出ているだけだった。
「ブルーニ、お前はイツキ君と対峙した時、何も感じなかったのか?お前は何年剣を習っているんだ……イツキ君は、俺を遥かに凌駕する剣の腕を持つ天才だ」
エンターは、哀れむような瞳でブルーニを見る。バカな奴だと。
「だからイツキ君は武術で剣を選ばなかったんだ。俺たちとは実力が違い過ぎる」
ヤンはイツキの動きが追えなかったことで、自分との実力の差を思い知った。ブルーニに語り掛けながら、ヤンは自分にも言い聞かせた。
「お疲れ様。相変わらずの腕ですねイツキ先生。後は【王の目】が引き取ります」
森の中から【王の目】のガルロが出てきて、イツキたちに声を掛けた。
その後ろからフィリップとヨッテも出てくる。
ヨッテはイツキの正面に回り、イツキのお腹の辺りをマジマジと見つめる。
「何で?どうして斬られてないんだ?」
「煩いぞヨッテ!だから言っただろう。イツキ先生は剣の天才だって。俺たちじゃあ真似できないって!」
「お前だって、イツキ先生がー!って、初めは青くなってたじゃないか」
ガルロとヨッテは言い争いながらも、イツキが無事だったことを喜んでいる。
「さすがイツキ君、ご無事で何よりです」
フィリップは嬉しそうに微笑みながらそう言うと、イツキの前で跪いた。
ガルロとヨッテも同じように、イツキの前で跪き頭を下げた。
『3人共止めて!ここでそんな風に跪かないで!!』イツキは心の中で大声で叫んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブルーニとの対決に決着がつき、イツキたちの帰路に、思わぬ展開が待っています。