再会と午後の授業
エンター先輩は剣を持ったまま、ルシフに冷たい視線を向けて訊ねた。
「君はヤマノ出身か?」
「そうです。誇り高きヤマノ出身の先輩に対する無礼な態度が・・・」
「君の言い訳は必要ない!この場に居る全員の話を聞けば真相は判ることだ。ここに居る全員は、見たことを書面に書いて放課後に執行部室に提出するよう。これは命令だ!ことの次第では、風紀部隊が動くことになる。よもや真実以外を書く者など居ないだろうとは思うが」
エンター先輩は、ルシフの話を途中で遮り、その場に居た全員に命令した。
話を聞いた先輩方は、皆恐怖で震え上がっている。執行部役員ってそんなに怖い人たちなのだろうか?とナスカは思っていたが、イツキは全く別のことを考えていた。
『何でだ……どうしてこんなに早く出会ってしまうのだろう……目立たないよう変装までしているのに、入学初日で再会するとは……どうか気付かれませんように』と。
「そこの君、手に怪我をしているね?血が出ているよ。保健室で手当てしてきなさい」
エンター先輩は、イツキの右手から出血しているのに気付くと、後ろから出てきたもう一人の役員?っぽい学生に目配せをした。
「ええっ?俺を庇ってケガをしたのかイツキ?」
イツキが出血しているとエンター先輩に聞いたナスカは、慌ててイツキに駆け寄りケガの具合を確認する。心配する程の出血はしていないが、少し腫れているようだ。
イツキのケガを見ているナスカの側に、エンター先輩の指示を受け、保健室へ連れていく為の先輩が来て声を掛けた。
「ええっと……イツキ君?僕は2年生のヤンで風紀部隊だ。保健室へ・・・」
ヤンと名乗った先輩は、腕に風紀部隊の証の赤いバッジを着けている。ヤン先輩はイツキを見ながら、何故か言葉が止まった。微動だにしなくなった先輩が、口をパクパクさせて驚いてグレーの瞳を丸くしている。
「イツキ君、き、君の名前を訊いてもいいかな?」
ヤン先輩は、じろじろとイツキを観察するように見ながら問う。
『何でだ……どうしてヤンまで……ヤンまで来るんだ?ここは逃げるしかない』
イツキは完全に視線を逸らして、下を向いたまま「キアフ・ラビグ・イツキです」と小声で答えた。
ヤン先輩は「黒髪のイツキ君……黒髪の……」と呟き始めた。
「先輩、保健室へは自分で行きます。ポート先生に急ぎの用があるので、これで失礼します。見たことはきちんとレポート出します。ナスカ先に行く」
イツキはそう言うと逃げるように現場を離れ、教員室の方へと急いで立ち去った。
取り残された感じのヤン先輩は、去って行くイツキの後ろ姿を見送った後で、ナスカに質問してきた。
「ナスカ君って、確か首席合格したんだったよね。ところで今のイツキ……いやキアフ君は、キシの出身で間違いないかな?入学式の時に居た?それから彼の瞳は黒じゃないか?彼はキアフ君で東寮だよね?」
ヤン先輩は、何故かイツキに興味を持ったようで、矢継ぎ早に事件とは関係ない質問をしてきた。
さすが風紀部隊、質問の内容が細かいが、瞳の色まで必要な情報なのか?等と思いながらも、ナスカは答えた。
「イツキ君は今日入学したばかりです。出身はキシで間違いありません。彼は子爵家当主なので、キアフではなくイツキ君と呼ばれています。瞳の色は・・・あの前髪のせいで、僕もまだ見ていません。それから……ああ、何故か寮は東寮です」
「ありがとう。放課後に執行部室へ寄った後、できればイツキ君と一緒に風紀部室にも顔を出してくれ」
ヤン先輩は爽やかな笑顔で礼を言ってから、パル先輩の方に行ってしまった。
ナスカが気付くと、いつの間にか野次馬はいなくなっており、嫌な感じでヤマノ出身組が、ヒソヒソと何やら話し合っていた。
ナスカはイツキの後は追わず、教室に帰ることにした。途中『そう言えばイツキの奴、子爵家当主なのに、なんで東寮なんだ?』と疑問に思い、後で訊いてみようと思うのだった。
◇ ◇ ◇
通常の上級学校の1日は、午前は70分授業が3時限あり、昼食・昼休みの後、午後は90分授業が2時限ある。
合計5時限の授業だが、午前の1~3時限は教科書で学ぶ教養の講義で、午後の4~5時限は、武術や専門選択授業である。
4時限目は、全ての学生が武術を学ぶ。
剣・体術・馬術・弓・槍の5つの中から2つを選び、日替わりで練習に励む。
5時限目は、将来の就職を考えて、文官コース・軍人コース・警備隊コース・開発部コース・経済コース・医療コースの6つから1つを選んで学ぶ、専門スキル修得コース授業である。
各々のコースでは認定試験があり、合格すれば就職の推薦が貰える。殆どの学生が1つのコースを3年間学び、認定試験を受けるが、優秀な学生は、2つのコースの認定試験を受けて合格する者もいる。
今日の4時限と5時限は、武術と専門スキル修得授業の見学をするため、1年生はグループに分かれて、全てのコースを回る。
グループ分けは、教室の席の同じ横列6人組に決まっていた。
今日から来たイツキに、同じ横列の人間はいないので、1つ前の列に加わることになった。
前の列には、俺様1番のヤマノ出身のルビンお坊っちゃまが居る。ルビンの隣の席のホリーもヤマノ出身で、2人は常に行動を共にしている。
『良かったなぁ、目立ちたがりのルビンと一緒だから、僕はひっそりと後ろに居ればいいな』
イツキはのんびりと考えながら、4時限目の武術の見学をする。
イツキとしては目立ちたくないので、1つは馬術を選ぼうと思い、馬場での練習風景を熱心に見学した。基本的に貴族の子息は、子どもの頃から乗馬の訓練をしているので、馬術を選ぶのは家に馬が居ない者が多い。
もう1つは初心者が多い槍で、経験のないイツキにとっては、目立たないようにひっそりと存在するのには好都合である。
剣は学生の中でも1番人気の花形であり、皆熱心に練習していた。体術は2番人気で、体格のよい力自慢が多く少し暑苦しい感じだ。
この人気の剣と体術は、既に天才的な腕を持つイツキにとって、目立たない為には、決して足を踏み入れてはいけない領域(授業)である。
弓に関して言うと、普通の弓の経験はないイツキだけど、現在主流になろうとしているレガート式ボーガンは、元々イツキが考案したものなので、下手に関わらない方が無難だと判断した。
5時限目の専門スキル修得コースは、首席で卒業しろとリーバ(天聖)様から指示されているので、欲張って3つのコースで認定を取ろうと思っているイツキである。
3つの認定を取ろうと考える学生など、これまで1人も居なかったことを、残念ながらイツキは知らない・・・
何事もなく5時限目終了15分前になり、イツキたちは教室に帰った。ホームルーム迄に、希望の武術と専門スキル修得コースを記入しなくてはならないのだ。
「おいイツキ、ケガは大丈夫か?痛みはないか?俺も後ろにするよ」
ナスカは自分の荷物を持って、イツキの隣の空席に引っ越してきた。そして心配そうにケガについて質問する。
「大丈夫だよ。骨には異常ないみたいだから。ところでナスカは何を選んだの?」
出血した右手首部分に包帯はしてあるが、痛くないよと手を振ってみせながら、イツキは提出する用紙を覗き込んだ。
「俺は、武術は【剣】と【弓】だ。専門スキル修得コースは【警備隊コース】にした。お前は?」
ナスカは、剣は得意で弓はレガート式ボーガンを修得したいらしい。将来は警備隊で働くのが夢らしく、2年間で修得試験を受けたいと、ヤル気満々で答えてくれた。
「僕は、武術は【馬術】と【槍】を選ぶよ。どっちも経験はないけど、少しは身に付けられたらいいと思ってる。専門スキル修得コースは【医療コース】にした。植物とか好きだから」
イツキはひたすら地味に、目立たないことが重要なので、ナスカと同じ選択はないが、反って優等生で目立つナスカと一緒じゃなくて良かったと安堵した。
「なんだ君、剣と体術を選ばないなんて、貴族として恥ずかしくないのか?それに医療コースって・・・軍医でも目指すのか?でもお前じゃ無理!医療コースは、覚えることが多くて、試験すら受けられない奴も多いんだぞ。A組の恥を晒すなよ。まあ俺様は、内政を担う【文官コース】で将来は大臣になる予定だから」
イツキの選んだ種目を、前の席で聞いていたルビンお坊っちゃまは、早速イツキの選択にいちゃもんをつけてきた。
どこまでも上から目線だが、子爵家当主としては、確かに剣を選ばないのは異例かもしれない。
「まあ、夢は誰だって見れるよな」
ナスカが余計な一言を付け加えたので、ルビンお坊っちゃまが怖い顔で睨んだ。
「ああ、そう言えば、風紀部隊のヤン先輩が、執行部室にレポートを提出したら、風紀部室にも寄ってくれってさ」
ナスカの話を聞いたイツキは、ガクリと肩を落としてハーッと息を吐いた。
『もう覚悟を決めて、エルビス(エンター先輩)とヤン(ヤン先輩)に会うしかない』
1年半も行方不明だった自分を、とても心配していただろう2人に、謝罪する決心をしたイツキだった。
ホームルーム時間になり、担任のポート先生がやって来て、全員が選択の希望書を提出した。
注意事項として、剣と体術は希望者が多いので、簡単な試合の後でクラス分けが決定すると言うことだった。
明日から本格的に午後の授業も始まることになる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
軍学校で研究者(先生)をする少し前に、知り合っていたエンター先輩とヤン先輩……
イツキの友人でもあった先輩の存在が、イツキの思惑を大きく変えていきます。