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予言の紅星4 上級学校の学生  作者: 杵築しゅん
追う者、追われる者
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上級学校対抗武術大会(8)

 自分の入賞をヤマノ組の皆さんに賞賛されていた、ブルーニの上機嫌を壊すべくイツキは、掲示板の前で振り返ると言った。


「ブルーニ先輩、入賞おめでとうございます。お陰さまで僕も槍で頑張れました。槍の団体戦は優勝こそしましたが、まあ個人戦ではありませんから・・・次は是非、乗馬も本気で挑戦しますから、またお手合わせください・・・ああ、どうせ僕は、槍も馬術も初心者なので、手合わせするなら剣の方がいいでしょうか?先輩は剣術部でしたよね?」


イツキは然り気無く、初心者であるにも関わらず2種目で選抜選手に選ばれ、槍で優勝し、乗馬で本気を出してなどいなかったと、ニヤリと意味あり気に余裕で笑い、剣での勝負を挑発する。


「イツキ君、君は槍の団体戦で、1回しか戦っていないらしいじゃないか!偉そうに勝ったと言うなよな。恥ずかしいだろう」


ドエルが1歩前に出て、兎に角気に入らないイツキをやり込めようと口を挟んでくる。


「そもそもお前ごときが、剣でブルーニ様に手合わせ願うなど、身の程知らずもいいところだ!図に乗るな!」


ルシフは怒りを込めて、イツキの発した言葉に不快感を表した。


「そうですねドエル先輩。僕もそう思うので、僕はただ頑張ったとしか言ってません。それに・・・あの時勝てたのはまぐれです。僕の乗馬の選抜選手の補欠も、まぐれで選ばれたんですけど、運も実力の内でしょうか?」


「な、何を生意気に!」


ドエルを含むヤマノ組の皆さんから、睨み付けられるイツキだった。





 結局剣の団体戦はキシ校に軍配が上がり、ラミル校は準優勝だった。

 表彰式は午後5時前にグラウンドで始められ、各競技の優勝旗や盾が贈られ、大盛り上がりの内に終了し、残るは領主の挨拶で閉幕となる。


 陽は傾き間もなく沈もうとしていた。

 ランドル大陸の北西にあたるヤマノ領は、日の沈みが最も遅い領地である。

 沈みかけた夕陽は美しく海を紅に染め、グラウンドからの景色は皆の心に残る美しさだった。

 そして夕陽が空を紅に染め始め、辺りもオレンジ色に染まった時、どの顔も遣りきった満足な顔をして、閉幕を惜しみながら領主の挨拶を待っていた。



「ヤマノ上級学校での武術大会の成功を、大変嬉しく思います。この大会を通じての交流が、将来必ず君たちの役に立つことになる。社会に出れば領地の違うライバルではなく、共に働く仲間となるのだ。この出会いは大きな意味を持つことになるだろう。貴族や平民の違いなど、武術の前では役に立たない!真の実力の世界だからこそ、これ程の感動を生むことが出来たのだ。これからヤマノ領は、身分に関係なく優秀な卒業生を歓迎する。来年の会場はカワノ上級学校だ。在校生の諸君とは、また会えることを楽しみにしておこう」


「「おおぉーっ!!」」


平民や商人、下級貴族の学生たちから感嘆の声が上がり、会場は拍手で包まれていく。

 レガート軍や警備隊のリクルート担当者は渋い顔をするが、これまで「身分に関係なく卒業生を歓迎する」等と、領主や領主の跡継ぎが公言するなど、あり得無いことだった為、観戦者の大半も驚きの声を上げた。


 当然のことながら嫌な顔をしたヤマノ領の貴族たち・・・約半数。


 エルトは深く息を吸い長く吐くと、挨拶をしていた壇上で1歩前に出る。

 そして右手を上げて皆を静めると、先程までの高揚した表情とは別人のような顔をして、声のトーンを下げてゆっくりと、よく通る声で話し始めた。


「さて、伝統あるこの上級学校対抗武術大会の閉幕に、告げるべきことではないのだが、悲しいお知らせをしなければなりません。つい先程、領主ヤンギル・エス・ヤマノ侯爵が病死いたしました」


「「「えええぇぇーっ!!!」」」(学生たち)

「なんと!大事ではないか!」 (来賓・観戦に来ていた高位貴族)

「そんなー領主様~・・・」 (領民の皆さん)

「・・・やっとか……」 (ギラ新教徒)


 完全に沈んでしまった太陽は、夜の訪れが近いことを告げている。


「葬儀はヤマノ正教会で明日の正午に決まった。葬儀は3回行い、弔問は申し訳ないが明後日からにしていただきたい。あまりの急死に、家族はまだ現実を受け止められないでいる・・・重臣は明日の葬儀後集まること。この後、教会は鎮魂の鐘を鳴らし、ヤマノ領は喪に服します」


 次第に暗くなりゆく中、グラウンドに居た者たちは騒然となった。

 レガート国の8大都市の中の領主の死・・・それは国内では大きな大事であった。

 政治も経済も軍事も含めて、全てに大きな影響を与えるのである。



 他の領地から子息の応援に駆け付けていた伯爵以上の貴族たちは、胸を撫で下ろした。

 明日の教会で行われる葬儀に間に合わない領主に代わり、葬儀に参列できるので、自領の面目が保たれるのである。

 1番胸を撫で下ろすのは、ヤマノ領から1番遠いカイの領主メロー・デル・ラシードであろう。息子のインカが代理で葬儀に参列出来るので、わざわざ弔問に訪れる必要がなくなったのである。

 8大都市の領主である、ヨシノリの父であるマサキ公爵やキシ公爵は、確実に明日の葬儀に参列することになる。

 

 近年のレガート国の領主の葬儀で、これ程までに各地の高位貴族や領主、ましてや秘書官に軍の副司令官までが参列する葬儀があっただろうか?

 よくよく考えると、これ程の大規模な葬儀(ある意味派手)など、今回のように上級学校対抗武術大会でも無い限りない、有り得ないことだろう。



 これだけの人を集めるダレンダ伯爵の目的とは何だろう?

 今日という日に侯爵を殺そうとする目的は、明日の葬儀にある筈だ。

 いや、葬儀が目的ではなく、葬儀で混乱するヤマノ領内の勢力の統合が目的かもしれない……

 他に考えるなら、急な葬儀に対応できない無能な婿エルトを、皆の前に晒す……そして排除へと向かわせる……又は、混乱する侯爵邸で、親切な顔をしてその場を仕切る……


 自分こそが指揮者であると、ヤマノ領内の貴族たちに見せ付け、余所の領地からの弔問客に堂々と顔を売る。


 イツキとフィリップが、ヤマノ正教会へ向かう馬車の中で出した結論は、大体そんなところに落ち着いた。




 

 ◇◇◇ ダレンダ伯爵 ◇◇◇


 ヤマノ上級学校では全ての武術大会の競技が終了し、表彰式が始まるまでの間は、学生たちにとっても、観客たちにとっても、そこはさながら社交場となっていた。


「カスナー君は、第1王子サイモス様の教育担当であられるとか……将来も王子の側近としてご活躍されるのは、決まったも同然ですな」


そう笑顔でダレンダ伯爵に話し掛けるのは、ルビンの父であるシンバス伯爵である。


「いえいえ、先のことなど分かりませんが、誠心誠意お仕えするよう申しております」


同じく笑顔で答えるダレンダ伯爵は、現在ヤマノ領内で自分より上位の伯爵家であるシンバス伯爵とは、敵に回ることなく良好な関係を保っていた。

 シンバス伯爵家がヤマノ侯爵家の古参であり名門なのに対し、ダレンダ伯爵家は、先代の活躍により子爵家から伯爵に格上げされたばかりであり、同じ伯爵家でもシンバス家の方が上位であった為、上手く利用し、お互いが利益の上がる関係性を目指していたダレンダ伯爵である。


 格下の貴族たちには、《自分は国務大臣と親戚であり、長男カスナーは将来有望な立場にある。よって自分の子息を王宮で働かせたければ、ダレンダ伯爵家に逆らわず、従った方が得策だ》と、しっかり優位に立ちながら挨拶を済ませていた。



 これからヤマノ領……いや、レガート国は大きく変革する。

 ギラ神の教えに従い、貴族が本来あるべき姿を取り戻し、領民たちは自分の前に平伏すのだ。

 ヤマノ領を我が物にするまであと2年・・・

 サイモス王子が皇太子になり、息子カスナーが相応しい地位を得るのに2年。

 そう2年経てば、邪魔なバルファー王を亡き者にし、成人したばかりのサイモス王に代わり、選ばれし者が治める国に変えることが出来るだろう。


 その計画の第一歩である領主暗殺達成は目の前である。

 2年という長きに渡る計画が、ようやく今日という日に実を結ぶことになる。

 成る筈なのだ・・・




 間も無く始まる武術大会表彰式の来賓特別席で、ブルーニの父ダレンダ伯爵は、ヤマノ侯爵邸からの知らせを、焦れながら待っていた。

 昼までには領主死亡の知らせが届く筈であったが、未だ届かない訃報に、確認するよう長男に訊ねた。


「カスナー、お前が用意した薬は間違いないのか?」


「はい父上、渡した分量の全てを飲ませれば、必ずや・・・」


「そうだな……この時間になっても侯爵家から誰も来ていないのはおかしい。表彰式では必ず領主の挨拶が行われる。これだけの来賓に対して、領主が来ないなど有り得ないことだ。恐らく相当混乱しているのだろう。あの無能なエルトでも、そのくらいは判っている筈だ」


 ダレンダ親子が黒いオーラを身に纏い、こそこそと囁き合っていた時、表彰式の進行役であるヤマノ上級学校校長が、ヤマノ侯爵代理エルトの到着を告げた。


 ダレンダ伯爵が視線を向けると、エルトは従者に警備隊長を伴っていなかった。

 その上、仮にも領主の代理であるのに、数人の警備隊員しか連れておらず、その表情は暗く疲れ果てているように見える。

 侯爵邸に潜り込ませていた密偵からの報告は来ないが、あの様子からすると間違いなく計画は成功しただろうと、ダレンダ伯爵は確信しほくそ笑んだ。



「カスナー、計画は成功のようだ。明日から忙しくなるぞ。気を引き閉めて行動しろ」


表彰式会場に入場してきたエルトに対し、笑顔で起立し拍手を送りながら、ダレンダ伯爵は上機嫌で囁いた。


「はい父上、無能なエルトに代わり、ヤマノ侯爵家を率いるのは私でなければと言われるよう、しっかりと努めます」


カスナーも起立して拍手を送るが、その表情は勝者のようであり、視線は見下すように向けられている。


「ところで父上、大師様は明日本当に来られるのでしょうか?」


「その情報は確実ではない。しかし、この好機に信者を増やし、どの領地よりも我がヤマノ領が前に出れるよう、大師様はご配慮くださるだろう」


 今日という日にヤマノ侯爵を暗殺し、一気にことを進められるよう御指導くださった大師様は、間も無くヤマノ入りされる予定である。

 領主の突然の死によって混乱した貴族たちを、自分の手足として使うためには、偉大なる大師様のお言葉を頂くことが重要であり、ギラ新教徒を増やすことこそ、ヤマノ侯爵領……延いてはレガート国の為に成るのだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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