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予言の紅星4 上級学校の学生  作者: 杵築しゅん
追う者、追われる者
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上級学校対抗武術大会(5)

 廊下に出た家令ルーファスは、フィリップと秘書官によって取り押さえられていた、2人の使用人に目を向けた。


「ルーファス様助けてください!突然この男に乱暴を受けました」


ヤマノ侯爵家で看護師をしているリデ25歳は、白い看護服をフィリップに掴まれながら、グレーの瞳に怒りを滲ませて抗議する。


「俺もです。無礼にも突然部屋を開けて入って来て、捕まえられました!」


この屋敷でコックとして働いているボルダル20歳は、暴れた為だろう顔に殴られた痕があった。当然殴ったのはエントン秘書官である。

 上司であるルーファスの顔を見て安心したのか、早く解放されようと再び抵抗を始め、今度は秘書官に思い切り蹴り飛ばされた。

 ウウッと唸りながら、再び助けを求めようと上司である家令に視線を向ける。


「・・・?」


視線の先の家令は、無表情だった。いや違う・・・その瞳は穢らわしい物を見るような、虫けらを見るような・・・段々と顔が憎しみに歪み、瞳は殺意を抱いているような、冷たく凍るような感じで・・・恐ろしくて直視できない。

 コックのボルダルは、ハッと何かを気付いたようで、突然ガタガタぶるぶると震え始めた。


「警備隊長、今すぐにこの罪人2人を縛り上げろ!それから侍女長、この罪人2人の荷物を全て運んできてください。今この時より誰一人この屋敷から出てはならない!出ようとする者は容赦なく斬れ。警備隊は門を閉めよ!」


階段下で待機していた、屋敷の警備隊長に怒鳴り声で指示を出し、侍女長には軽く視線を向け、屋敷中に聞こえるような大声で全使用人に命令した。


「エルト様、旦那様は毒を盛られていたようです。カピラ様と一緒にキシ公爵様と秘書官の説明をお聞きください」


家令ルーファスは、廊下に出されていた若旦那様に、申し訳なさそうに顔を歪ませ頭を下げると、悔しそうに歯を食い縛った。




 10分後、コックのボルダルと看護師のリデの荷物も集められ、侯爵の寝室の隣室(客間)では、6人が椅子に座り2人が縛られて転がされていた。

 侍女長が全員にお茶を淹れている間、1人長椅子に座り具合の悪そうなカピラを、イツキは診察していた。

 エントン秘書官が、イツキを連れてきたのは、ブルーノア教会発行の医師免許と薬剤師免許を持っている、レガート国一の天才だからだと説明したので、カピラも夫エルトも診察を承諾したのだった。


「カピラ様、ヤマノ侯爵様は、昼前には起き上がれるようになると思います。これから大変ですが、気をしっかりお持ちください。これからが本当の戦いです。それから今が1番大切な時期ですから、決して無理をされてはいけません。空腹になると吐き気があるかもしれませんが、なんでも良いので少し召し上がってください。階段は静かに……走ってはいけません。ヤマノ侯爵家の希望が今育っているのです」


イツキは椅子に座るカピラの前で片膝をついて、優しい微笑みでそう告げると、目を瞑ってそっとお腹の上に左手を翳した。


「それはどういう意味でしょうか?私は……走ってはいけないのですか?」


カピラはイツキの診断の意味が分からず、的外れな質問を返してきた。


「お嬢様!それでは、それでは医師せんせい、お嬢様は……お嬢様は……」

「きっと男の子だと思いますよ」


イツキは極上の笑顔で、優しく答えた。

 イツキの発言を聞いて、侍女長はハンカチを取り出して泣き始め、家令ルーファスは跪き神に感謝の祈りを捧げ、夫エルトはカピラに抱き付いて泣いている。

 ヤマノ侯爵家の皆さんは、涙脆い人ばかりのようだ。


「それでは医師せんせい、私は母になるのですね?」

「そうですカピラ様。母とは強いものです。子どもの為なら何でも出来ます。将来の領主様の為にも、今、頑張らねばなりません。さあ、そろそろ本題に入りましょう」


そう言うと、縛られて転がる2人を見て、イツキは不敵に笑った。

 

 先程からずっと傍観していたキシ公爵、秘書官、フィリップは、14歳のイツキが医師として語る言葉を聞きながら、『やはりこれは普通じゃない』と実感していた。

 語り口調は医師だが、それは例えば40歳を過ぎた医師が語っていたのなら納得できる。しかし端で見ていると、14歳の美少年が、大人顔負けの落ち着きで、年上の侯爵令嬢に妊娠を告げ、おまけに諭している……

 いつも側に居ると普通に感じることも、少し視点を変えると異常なことだと分かる。


 そして笑顔で「さあ、そろそろ本題に入りましょう」ときた・・・

 リース(聖人)とは、やはり常識外の存在なのだと気付かされる3人である。





 そこからのイツキは容赦なかった。

 バリバリに裁きの能力【銀色のオーラ】を発動し、息が出来なくなり苦しむ罪人2人に、氷の微笑みで尋問し続け、真実を吐露するまでの20分間、ちょっとした地獄図を見るようだった。

 当然銀色のオーラの影響を受けないように、カピラ、エルト、ルーファス、キシ公爵、秘書官、フィリップの6人は、窓際に避難?させていた。


 イツキの尋問の前に判明していたことは、コックのボルダルは、ドエルの父ダッハ男爵42歳の依頼で、1年前から働き始めていたこと。

 看護師のリデは、ブルーニの父ダレンダ伯爵の紹介で、ヤマノ侯爵が観光大臣をしていた2年前から、王都ラミルの屋敷で採用されていたこと。

 その時の紹介内容は、リデの兄は王宮の医師をしており、王妃様の信望も厚い青年で、本来なら妹のリデも王宮で働く予定だったが、体の弱い侯爵夫人の為に特別に紹介したとのことだった。



 尋問後に判明したことは、ボルダルはダッハ男爵の実の息子で、男爵が結婚前に平民との間に作った子どもだった。

 ボルダルの任務は、侯爵邸の様子を知らせるスパイであり、婿のエルトの命を狙うこと。そして毒によって弱っていく侯爵の様子を知らせること。

 最も許せなかったのは、上級学校対抗武術大会が開催されている今日、侯爵を亡き者にするため、昨夜の食事に薬を入れたことだった。


 敵は、今日という日にヤマノ侯爵を暗殺する気だったのである。


 看護師のリデが暴露したのは、就職して直ぐに健康茶と偽り毒を飲ませ始めたこと。侯爵が亡くなったらエルトも同じように毒殺する予定だったこと。

 リデは準男爵家の長女で、家族全員がギラ新教徒であることだった。

 ちなみにボルダルは貴族ではないので、ギラ新教徒ではなかった。




 真実を知った家令ルーファスの怒りが、室温を3度下げていく。

 婿のエルトは、日頃から自分の意見には全く耳を傾けようともしない、貴族至上主義のダレンダ伯爵に、いろんな違和感があったが、まさか命まで狙われていたと知り、怒りと言うより沸々と闘志が湧いてきた。


『必ず悪人を断罪し、このヤマノを栄えさせてみせる!生まれてくる子どもの為にも領民の為にも』と。



 別件でダレンダ伯爵を捕らえる予定だった秘書官は、新たな証拠を得て、ダッハ男爵諸共捕らえる計画に切り替えていく。

 その為の人員はヤマノ領に潜入させていたが、折しも上級学校対抗武術大会の為に、レガート軍も警備隊もリクルート活動で来ている人員が多数居たので、人数的には問題ないだろう。


「この際徹底的にヤマノ領の掃除をすべきだろう」


秘書官は、とことんやってこいと王命を下されてヤマノに来ていた。

 ヤマノ領でギラ新教徒の活動(貴族至上主義活動)を、徹底的に封じることにより、他にも潜んでいるだろうギラ新教徒を牽制できると考えていた。



 バルファー王と秘書官、そしてギニ副司令官が考えた頭脳戦・・・手始めに行う作戦は2つだった。


(1) レガート国(王)は、ギラ新教徒を認めない。ギラ新教徒と判明した貴族は爵位を剥奪する。

(2) この機会に先の内乱クーデターが、ギラ新教徒によって起こされたと、国内のみならず大陸中に告示する。


 この2つは本日、4月9日付けで正式に国内外に公布される手筈である。



「しかし、残念ながら他の貴族は証拠が足りないでしょう。明らかにギラ新教徒と分かる貴族には、堂々と監視をつけて行動を制限させ、いつか証拠を掴み捕らえるしかありません」


キシ公爵は少し残念そうに言うと、悔しい気持ちを落ち着けるようにお茶を飲んだ。

 そして積み重ねてきた【王の目】の諜報活動をフルに生かし、ギラ新教徒を確実に追い詰める自信に満ちた瞳で、ニヤリと笑って付け加えた。


「明日は、ヤマノ領の全貴族が集まることになります。ダレンダ伯爵とダッハ男爵に近付く者は、全てチェックし行動を監視させます。捕縛と各屋敷への一斉調査は教会を出た直後に行いましょう」


 教会を出た直後・・・その言葉を聞いたカピラ、エルト、ルーファスは、悲しい顔をして思わず下を向いた。

 イツキは話し合いに入って直ぐ、ヤマノ侯爵の命は朝まで持たないだろうと告げていた。今ある命は、神より特別に与えられた時間に過ぎないと。




 これより先の作戦は、イツキには関係のない領域である。

 今日のイツキは上級学校の学生であり、医師であり、神父である。その為席を外し、後のことは秘書官とキシ公爵に全て任せて、フィリップを連れて別行動をすることにした。


「それではルーファスさん、僕は侯爵様の御体を看ながら、邸内の様子と使用人さんたちの様子をフィリップさんと視て回ります。侯爵様の食事も指示を出します。出来れば信用できる警備の人を1人貸してください」


「承知しました。警備隊長に私からの指示を出しましょう。他にも怪しい使用人が居たら、容赦なく捕らえてください」


家令ルーファスは、廊下に待機していた警備隊長を呼び、2人の罪人を地下牢へと連れて行くよう命令し、その後は【王の目】のフィリップ伯爵とイツキ医師せんせいの指示に従うよう言い付けた。





 イツキとフィリップは客間を出ると、隣の侯爵の寝室に戻って容態を診てから、邸内を探ることにした。


「侯爵様、リベール様とお話しされましたか?少し体を起こしてみましょう。侍女長さん、クッションをお願いします。それから、レモン水を用意してください」


イツキはそう言いながら、ヤマノ侯爵の体をゆっくりと起こしていく。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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