上級学校対抗武術大会(4)
剣の個人戦は、トーナメントのトップ3名が決定し、3人が総当たりして2勝した者が決勝へと進む。
ヤンの3回戦の1戦目の相手はカワノ校の貴族で、流れるような剣捌きが見事だったが、ヤンは難なく勝利していた。
現在戦っている2戦目のヤマノ校の長身の男は、開始の合図から積極的にヤンを攻めており、ヤンは防戦しながら攻撃のチャンスを伺っていた。
しかし相手の攻撃は休まることもなく、凄まじい殺気を放出しながら打ち込んでくる。しかも執拗な程に攻撃は右腕ばかりを狙っている。
何だか調子が合わないと感じたが、それが利き手の違いだと判明し、攻撃に転じようと距離を取ろうと引いた途端、ヤンの右肩に激痛が走った。
「すみません!狙いがずれました!」
審判の判定の前に、ヤンの対戦相手は謝罪した。肩は狙ってはならない場所なのである。
『こいつ、絶対にわざとやったな!』とヤンは直ぐに確信する。謝罪したのが自分にではなく審判に対してだったからだ・・・クソッ!
「君、大丈夫か?続けられそうかね?」
審判が心配そうに様子を診に来る。
ヤンは今後のことを考えて、大袈裟に痛がりながら、剣を落として膝をついた。
「無理そうです。棄権します」
確かにかなり痛かったが、試合が続けられない程の痛みでもない。だがヤンは棄権を選択した。
ヤンには、試合前に会話した時から、相手に対してある予感があった。
それが今の反則スレスレの打ち込みで、予感は確信へと変わったのだった。
恐らくこのまま続けても、わざとケガをさせられるだろう。
そして、こいつは必ず帰り道で、ブルーニと共に自分たちを襲うに違いない。
それならば、戦闘不能な程に肩を痛めたと思わせておいた方が得策である。
一方ラミル校の代表であるエンターは、順当に勝ち進み決勝に駒を進めていた。
少し遅い昼食を摂りながら、ヤンはエンターに自分の予感と、相手の卑怯な遣り口を教えていた。
「ケガをさせられる前に、速攻でいくしかないということか?」
「そうです先輩。団体戦も残っているので、ここでケガをしたら、イツキ君を守れなくなります」
「そうだな……もしも団体戦でヤマノと対戦したら、全員ケガさせられないよう注意しておこう。それで、ヤンお前は団体戦も棄権するのか?」
「当然です。俺は剣も握れないくらい肩を痛めたんです。補欠のナスカに任せますよ」
ヤンは目前に迫った団体戦が大切なことも充分承知していたが、イツキを守りブルーニを罠に嵌める方が、重要な役割であると思っている。
何より、この役を誰にも譲るつもりもなかったのだ。
剣の個人戦決勝は、地元ヤマノ校の学生が出場するということで、大いに盛り上がっていた。
当然軍関係者や警備隊関係者の観戦(リクルート活動)も多く、客席も立ち見の場所も無くなり、体育館には入場制限がかけられていた。
大勢の観衆が見守る中、ラミル校は完全アウェー状態だったが、それは毎年のことのようで(貴族風を吹かせて偉そうにしているラミル校は、他校から嫌われている)、場の雰囲気に呑まれたら負けである。
「エンター、自分を信じろ!お前の本気を見せてやれ!」
フォース先生は、エンターの防具の装着を手伝いながら、気合いを入れる。
「はいフォース先生!ベストを尽くします」
エンターは顧問のフォースの激励に、堂々と胸を張って答えた。
その顔は、武術大会の選手としてではなく、イツキ(神)に与えられた《悪を討つ》使命を果たす、戦士の顔になっていた。
「始め!」
審判の開始の声が掛かったと同時に、2人の選手はお互いに斬り込んでいった。
カンキンと剣のぶつかり合う音が響いて、お互いパッと離れて距離を取った・・・かのように思われた2人の距離は、退くと見せて利き脚ではない方の脚で、エンターが強引に踏み出したことで、均衡が崩れた。
そして少し体を傾けて右に跳ぶと、姿勢を低くしてそのまま斬り込んだ。
相手の男も直ぐに体勢を立て直し、上段から剣を振り下ろしたが、立て直すほんの僅な時間が、勝敗を決めた。
「正面胴決め!」
審判の声が、体育館内に響いた。
試合開始から、僅か2分足らずの速攻勝負だった。
観戦者の半分以上は、何が何だか分からないまま試合が終わっていた感じである。
「ええぇ~何なに?何なのー!」とか「俺、今、目を瞑ってたわ」とか「いつ終わったー!?」と、驚きの声が飛び交う中、エンターは開始位置に戻り、1人礼儀正しく審判と対戦相手に礼をとっていた。
対戦相手であるヤマノの学生は、未だ現実が受け入れられてないのか、呆然としたまま立っていた。
エンターが顔の防具を外し、剣を上に掲げて勝利を示したことで、会場に歓声と拍手が起こった。
皆さん反応が鈍過ぎでは……と、顧問のフォースは不満に思った。
遅れてやって来た大歓声に、エンターは金髪をさらさらと掻き上げて、美しい緑の瞳で優雅に微笑み、伯爵としての気品を漂わせ、貴公子のように手を振って応えていた。
ヤマノ校側の応援席に座っていた女性陣からも、「きゃ~っ!」「素敵ー!」と黄色い声援が飛び、ヤマノ校の対戦相手の怒りをわざと買うエンターだった。
◇ ◇ ◇
ヤマノ侯爵の寝室では、奥方のリベールが夫の右手を両手で包みながら、涙を流し続けていた。
イツキの祈りによる涙と、何とか一命を取り留めた安堵の涙だった。
ヤマノ侯爵の呼吸が落ち着いてきたのを診て、イツキがゆっくりと話し掛ける。
「ヤマノ侯爵、私の声が聴こえますか?聴こえたら瞬きしてください」
イツキの問いに、ヤマノ侯爵はゆっくりと瞳を閉じて瞬きをした。
「私は医師でイツキと言います。少しずつ体も動けるようになると思いますが、残された時間は長くありません。ご領主としてすべきことをしてください。ただし無理なさらないよう、私の指示に従っていただきます」
イツキは厳しい現実を告げながらも、ずっと癒しの能力を放ち続けている。
「…………」
ヤマノ侯爵は、息が出来なくなり自分は死んだと思っていた。
体が軽くなり、魂は体から離れようとした。
その時、何処からか清らかな祈りの声が聞こえてきて、旅立つ筈だった魂が、再び体に戻ったのを覚えている。
『これは、天使の声……いや、神の声……?』と思って祈りを聞いていたら、目が覚めたのだった。
「ヤマノ侯爵、危ないところでした。本日は王命でやって来ました。王様は侯爵が毒を盛られているかもしれないと心配され、私とエントン秘書官を遣わされたのです」
キシ公爵は優しく微笑みながら、ベッドに横たわるヤマノ侯爵の顔を覗き込むようにして、ゆっくりした口調で話し掛けた。
「な、なんですと!旦那様が毒を?」
家令ルーファスは驚いて声を上げた。どうやら毒の可能性を考えていなかったようだ。
その時、部屋の外から若い女の叫び声と、男の言い訳する声が聞こえてきた。
「離してください!何をするのです無礼でしょう!」
「お前は何者だ!俺はこの家で働くコックだ。誰か来てくれー」
「どうやらネズミが捕まったようだ。どうするイツキ君?」
廊下の喧騒を聞いたキシ公爵が、ニヤニヤしながらイツキに訊いてくる。
「主の命を狙うなど言語道断。しっかり誰の差し金なのか吐かせましょう。奥方様、ヤマノ侯爵様をお願い致します。私は少し外します。ルーファス(家令)さん、カピラさんとエルトさんを呼んでください。隣の部屋で今のヤマノの現実をお見せします」
イツキは低い声で指示を出し、キシ公爵同様黒く微笑んだ。
ヤマノ侯爵家の家令ルーファスは、まだ成人さえしていないであろう目の前の少年の、その時の微笑みを一生忘れることはないだろうと思った。
家令として様々な貴族と接してきた。もちろん領民や使用人を始め、あらゆる人間と接してきたが、これ程ゾッとする微笑みなど見たことがなかった。
そしてルーファスは自らが落ち着いてくると同時に、ある大きな疑問が頭を占めた。
『この少年は、何故キシ公爵様と対等に口を聞いているのだろう・・・しかも先程は、誰もが怖れる【王の目】のフィリップ様に指示を出していた・・・その上秘書官にまでお願いしますと言いながらも、やはり指示を出していた?』
家令ルーファスは、医師だと名乗ったイツキの正体を図りかねた。
しかし、己の命よりも大切な主の命を救ってくれた、恩人であることは間違いないと思いながら、扉を開けて廊下へと出ていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。