上級学校対抗武術大会(1)
イツキはガイガー先輩の話を聞いて、ある一人の少女を思い出していた。
その子の名前は、メルダ12歳。本名はメルダ・バヌ・エンターである。
またの名をリース(聖女)レイダという。能力は【癒し】で、病気やケガを治すことができる、命を救う聖女だった。
イツキとは生まれた時から一緒にブルーノア本教会で育った、兄と妹のような存在である。
元々メルダの母サクラは、レガート国の伯爵婦人で、レガート国の内乱から身を守るため、ハキ神国に逃れていたのである。
偽王がクーデターでアナク王を暗殺した時、サクラの母(メルダの祖母)も暗殺された。サクラの母は、アナク王の姉だったので、サクラの命を危険に感じた夫ランド・バヌ・エンターは、息子エルビスを連れハキ神国に身を隠させた。
内乱はバルファー皇太子の勝利で王座は奪還された。
エンター伯爵は、内乱後の混乱をバルファー王やエントンと共に治めながら、落ち着いたところで妻サクラをハキ神国に迎えに行った。暫く滞在した後帰路についたが、途中サクラは妊娠の為体調を崩し、再びお腹の子と共に、ハキ神国のブルーノア教会の【教会の離れ】に身を寄せた。
数ヵ月後、体調が落ち着いてレガート国へ帰ろうとしていたサクラの元へ、信じられない訃報が届いた。
《 夫エンター伯爵は何者かに暗殺された。息子エルビスは行方不明である 》と。
サクラは失意のあまり再び体調を崩し、命懸けでメルダを産んだ後、疫病で愛する夫の元へと旅立った。
残されたメルダは、生まれながらの《印》持ちだったため、そのまま教会で大切に育てられたのだった。
メルダはイツキを「イツキお兄ちゃん」と呼ぶ才女で、金髪の癖毛は緩くカールがかかっていて、美しい濃い緑の瞳を持っている、それはそれは可愛い女の子である。
イツキが初めてエンター先輩に会った9歳の時、金髪と特徴のある珍しい緑の瞳を見た時、『これは運命なのかな……』と思ったことを覚えている。
エルビスと名乗った少年は、メルダにそっくりだったのだ。
この事実をメルダは知っているが(イツキが昨年教えた)、エルビス(エンター先輩)は知らない。
父親であるランドの死の原因が分からなければ、ブルーノア教会の大切なリース(聖女)の存在を、レガート国には明かせないと、リーバ(天聖)様は考えている。
その為ハビテを始めシーリス(教聖)様も、ランド(エンター伯爵)の暗殺の真相をずっと探っていたのだ。
しかし、突き止めたのは強盗団に襲われたことくらいだった。
息子のエルビスは、危機一髪バルファー王の手の者に救われ、エントン秘書官の元で育てられたのだった。
その時の強盗に襲われた伯爵が、エンター伯爵ではないのかとイツキは思ったのだ。
間違いない!イツキの勘がそう告げている。
「大丈夫かイツキ君?」と突然立ち上がったイツキに、ガイガー先輩が慌てて声を掛ける。
「ああ……すみませんちょっと驚いただけです。先輩、お願いがあります。その話をもう少し詳しく知るにはどうしたらいいでしょう?先輩はその話を誰から聞かれたのですか?」
イツキの真剣な眼差しに、思わず驚く槍の代表ガイガーは、その話はここでは出来ないと答えた。今夜は明日の打ち合わせがあるから、明日の試合後なら時間があるからとガイガーはイツキに言った。
「ぜひ、詳しく聴かせてください。もしかしたら僕の大切な人に関わっているかも知れません。有力な情報をありがとうございますガイガー先輩」
イツキはガイガーの手を握り、感謝して自分の部屋に急いで戻っていった。
その場に残されたガイガーは、何が何だか分からないまま、イツキの手の感触の残る自分の手を見詰めながら、にやにやと嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
翌日の大会は、開催地のヤマノ上級学校の代表の挨拶で始まった。
大会は各校6人の正選手が9校対抗で行われ、各競技54人で戦うのである。
初日から5競技が行われる。剣と体術は同じ日にならないよう、初日が体術で午前が団体戦、午後が個人戦となる。2日目の剣は午前が個人戦で、午後3時以降が団体戦である。
槍は初日が団体戦で、2日目が個人戦である。弓(2種類)と馬術は基本的に個人戦であるが、個々の合計得点で団体の成績も競うことになる。
イツキが参加した槍は、3つのブロックに別れて総当たり戦をして、ブロック優勝校が決勝に進む。
そして決勝でも総当たり戦をするので、優勝するまでには合計4回戦うことになる。
剣と体術の団体は、代表がくじを引いてトーナメントで戦う。くじ運が結構影響するらしい。優勝するまでには4回戦えばいいので、半日で勝敗が決まる。
剣と体術と槍の個人戦は、2つのトーナメントに別れ、上位3人になったところで、総当たりとなり勝った者が、本決勝で戦う。優勝まで6回戦うことになる。
槍の会場は外である。
そこはヤマノ上級学校の校庭で、海がよく見える景色の良い場所だった。
時折春風に乗って潮の香りが運ばれてくる。イツキはすっかりリラックスできた。
イツキたちの団体戦1戦目は、ミノス上級学校だった。
試合の為に6人が整列すると、ミノス選手からイツキに視線が集まる。
「なんで中級学校の子どもが居るんだ?」
「あれが選手か?いやいや、俺ら舐められてる?」
ミノス選手も皆、ガタイのいい大男ばかりだった。怒りの籠った声が聞こえるが、イツキは視線が合うと、ニッコリ笑った。
イツキの微笑みは、ある時はバカにされたと勘違いされ、ある時は不気味だと恐れられ、ある時は激高された。
しかしイツキは何故か大将になっていたので、残念ながら予選のブロックでは出場する機会さえ無かった。
他校の学生から、国立上級学校(ラミル校)は、1番弱いイツキを大将にする余裕があると思われることになる。
事実は少し違うが、心優しいイツキファンの先輩方は「お前が戦う程のことはない」と言って、順番を譲らなかった。カイン先生も何も言わず好きにさせてくれた。
その結果、団体戦決勝ブロックの最終戦まで、イツキの出番は無かった・・・
最終戦は2勝同士だったので、勝った方が優勝することになる。対戦相手はキシ上級学校だった。
今年のキシ上級学校は粒揃いで、昼前に到着したキシ公爵は、何処の会場でも上機嫌だった。
そしてわざわざ午後の最後で槍の決勝会場に足を運ぶと、会場中から拍手で迎えられていた。
それはもう目立つ目立つ・・・
『わざわざ槍の会場に来なくても……』と、出番の無いイツキは思ったが、最終戦は大将戦までもつれ込んだ。
イツキの相手は、175センチくらいの身長で槍の選手にしては小柄だったが、腕も体も足もガチガチに鍛えてあった。
会場で観戦している誰もが、戦う前から勝敗を確信していた。
たった今戦ったガイガー先輩が、開始2分で負けてしまったのだ。相手は速攻型でガイガー先輩は後半乗ってくるタイプだった。
「すまないイツキ君、君に戦わせることになった」
「ガイガー先輩、僕もやっと参加できて嬉しいです。ベストを尽くします!」
イツキは本当に嬉しそうに笑った。
しかしその笑顔は、いつものイツキとは全く違う、凛々しく真剣な男の顔になっていて先輩たちは驚いた。おまけに瞳は全く笑っていなかったのだ。
相当緊張しているのだろうかと皆は心配した。
しかし、対戦相手と向き合ったイツキの体から、殺気を感じ取ったのは顧問のカインとガイガーだけだった。
「始め!」
審判が大きな声で開始を告げ、会場はワーッと大歓声になる。
先に飛び出したのはイツキだった。相手選手の槍より小型の槍が、空を切る。
槍の先は当然刃ではなく、拳大に丸く固められた布に、青い液体を染み込ませた物が取り付けられている。
体に当たれば、斬り筋が青い液体によってベッタリと印されることになる。
開始後2分、お互い譲らず槍はカンカンと音を響かせるが、相手が右から払えばイツキはそれを受ける。
左から攻められても上段から攻められても、イツキは防戦していた。
思っていた程の弱さではないのかもしれないと、観戦者は思った。が、しかし、体格差と体力差は誰が見ても明らかで、疲れの出始めたイツキに、キシ校の大将はジリジリと間合いを詰めてくる。
頭上でブンブンと大きく槍を回し、相手は一気に勝負に出てきた。
しかし・・・一瞬早く走り込んだイツキの槍が、振り下ろされ始めた相手の槍を払い、その勢いのまま後ろに回り、直ぐに向き直ると振り向いた相手の胴に斬り込んだ。
〈〈 カーン 〉〉と音がして、見るとキシ校の大将の槍は宙を舞っていた。
観戦者には、イツキが槍を下から振り払い、飛ばしただけにしか見えなかった。
「勝者ラミル校、胴決め!」
と、審判の大きな声が響き渡った。そこで観戦者は初めてキシ校の大将の胴に、青い液体が見事に決まった印を見た。
槍の上級者たちは息を呑んだ。それはまるで剣と槍を融合させたような、見たこともない戦法だったのだ。
「「やったー勝ったぞー!」」
イツキ目掛けて先輩たちが駆け寄ってくる。カイン先生はまだ呆然としている。
破れた選手は審判の声を聞き、自分の胴にベッタリと着いた青い印を見て、やっと自分が斬られていたとのだと気付いた。
ラミル校は、見事団体戦で優勝したのだった。
団体戦を優勝に導いたイツキだが、やはり力の差からか手首を痛めてしまい、大事をとって明日の個人戦は参加しないことになった。
個人戦を棄権すると知られてしまったイツキは、他校の学生から「来年こそはリベンジする」と言われながら、握手を求められていた。
明日の個人戦を補欠に任せたイツキは、明日の日程が応援になってしまった。当然馬術にも出場することは無理である。
そのせい?で、何故か、何故かキシ公爵と一緒に、イツキはヤマノの領主であるヤマノ侯爵の、お見舞いに付いて行くことになってしまうのである。
もちろんキシ領の子爵であるイツキに対しての、領主命令としてであった。
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