ヤマノ出身 VS ミノス出身
渡り廊下を歩いて教員室棟へ向かっていると、前方から言い争う声がした。何事かとイツキとナスカは、早足で駆け付けていく。
「パル、お前ごとき平民の分際が、執行部役員に立候補するなんて、上級学校の歴史に泥を塗るつもりか?」
ヤマノ出身のドエル(男爵家長男、16歳)2年生は、グレーの髪を肩まで伸ばし、グレーの瞳で睨み付けながら、ミノス出身のパル(平民、15歳)2年生に対し、罵声を浴びせていた。
「ドエル、君は知らないだろうが、初代校長は平民の出身だった。後に子爵位を国王陛下から賜るが、上級学校の《実力主義》を創られたのは、国王様と初代校長だ」
パルは、この国ではやや珍しいオレンジ寄りの赤髪に、意思の強そうな焦げ茶色の瞳、整ったマスクは知的で男前だった。そんな男前なパルは、破られた書類を握り締めて、ドエルに対し上級学校の成り立ちについて教えている。
どうやら執行部選挙の申込書を、勝手に破り捨てた者が居たようで、その事について口論になっているようだった。
「なあナスカ、執行部役員ってなんだ?」
言い争う数人の先輩方を遠巻きに見ながら、イツキはナスカに質問した。
「ええっ?執行部役員を知らないのか?そ、そうかイツキは中級学校に行ってなかったな……まあ簡単に言うと、学生の代表が執行部役員で、部長、副部長(2)、書記、庶務、会計の6人の役員がいて、学生による統治を司っている奴等のことだ。学生による行事の計画を立てたり、学生の要望を学校に申し立てたり、学生同士の揉め事を解決したり、部活動の管理、予算の管理、備品の購入や管理など、まあ小さな国家を管理しているという感じだな」
ナスカは自分には興味など無いが、執行部役員になれば就職にも有利になるし、親の期待とか領地の期待とかを背負っている者は、自ら立候補してでも役員になりたがると説明した。
そして、執行部役員は全学生の選挙によって選ばれること、選挙に出るには立候補と推薦による2つがあるらしいこと、基本的に勉強や武術や人間性に優れていないと、家柄が良くても当選できないと補足もあった。
「なんだか、面倒くさそうだね」
イツキは、できるだけ目立たず生活したいと思っているので、自分は関わってはいけない領域だと判断し、さっさと通り過ぎようとした。
「そもそもミノス出身者のお前が立候補したところで、いったい誰がお前に票を入れるんだ?」
ドエルがそう言うと、側に居た2人の男が「そうだ、そうだ!」とバカにしたように言い、大声で笑い出す。
「そんなにヤマノ出身が偉いことなのか?それ程に自信があるなら、俺の立候補を妨害などせず、放っておけばいいじゃないか!」
パルは腹は立っていたが、できるだけ冷静に状況を分析し反論する。
『成る程、あれがポート先生が言っていたミノス出身者虐めか……出身地の違いで争うなど、くだらないことだと思っていたが、確かに自分の育ったミノスを悪く言われると、気分は良くないかなぁ。うちのクラスの俺様が1番だと思っているルビンも、確かヤマノ出身だったな……ふーん』
イツキは見たくはないが、目の前のドエルと呼ばれていた先輩と、側に居る2人の顔の回りに、ぼんやりと黒いオーラが視えてしまった。
イツキの持つリース(聖人)としての能力《裁きの聖人》により、悪意のある者や、悪を働こうとしている者の顔や体の回りに、黒いオーラが視えてしまう。
この能力のお陰で、幾多の危険を回避してきたことか……しかし、黒いオーラが視えても、相手が何を企み何をする気なのかは判らない。
どちらが悪意有る者なのかは、能力など無くても一目瞭然だが、状況も把握できていない身では、手出しすることも適切ではないとイツキは判断した。
1対3なのが気になるが、パルと言う先輩には隙がない。恐らく武術も得意なのだろうと思われるので、申し訳ないが関わらないようにしようと、ナスカに目配せをして歩き出した。
「ヤマノ出身が偉いのではない。生意気なお前が悪いだけだ。ミノスは愚か者が多いし、隣のカイも田舎者丸出しのバカが多いのは、領主の躾が悪いからだ。だから俺は親切に身の程を教えてやっているんだ」
意味の分からないことを叫びながら、ドエルはパルの手にあった書類を再び奪おうと、距離を詰め手を伸ばした。
「くだらないな。ヤマノ出身って、1人では何もできない子どもばかりだな!」
イツキと共に通り過ぎようとしていたナスカは、理不尽なことが許せなかったらしく、ヤマノ出身の先輩ドエルに対し、意見せずにはいられなかったようだ。
「おい!そこの1年。今、何て言った?もう1度言ってみろ!」
ドエル先輩とお付きの2人は、ナスカを取り囲むようにして立ち、危ない視線で睨み付ける。これはヤバイ感じだよなぁと、イツキは何処か他人事のように観察しながら、ナスカの出方をみる。
「はい?僕はクラスメートのことを思い出し、呟いただけですが何か?それと先輩の仰るバカの定義が分かりませんが、頭の悪い者をバカと呼ぶのではなく、ご自分の意に沿わない者をバカと呼ばれているのでしょうか?」
ナスカは堂々と自分の意見を言い、悪びれることもなく、自分より背の低いドエル先輩を見下している。
「こ、こいつ生意気な!」
突然ドエル先輩のお付きの2人が、ナスカに殴り掛かった。が、さらりと身をかわしたナスカに、その拳は命中しなかった。
「なかなか面白いなお前、今のは笑えたぞ」
パル先輩は嬉しそうにナスカに声を掛ける。辺りからは「ヒュー」と面白がる口笛が聞こえてくる。
殴られそうになった後輩の放った言葉に、賛同する拍手と、殴られずに避けた後輩を誉める拍手も起こる。
よく見るといつの間にか野次馬も増えてきて、状況が判らない者には、2年生が1年生に乱暴している光景にしか見えない。
しかも乱暴している2人は、あまり皆に好かれていないようで、野次馬の殆どがナスカの応援である。
当然面白くないヤマノ出身のドエル先輩は、怒り心頭でナスカの襟元を掴み、生意気な後輩を脅しにかかる。
「お前名前は?何組だ?後で上級学校の上下関係をしっかりと教えてやる!」
「先輩、申し訳ありませんが、上級学校の上下関係なら、同郷出身の3年のインカ先輩に教わることになっています。確かインカ先輩は風紀部隊だった筈ですし……俺の名前はナスカです。ドエル先輩と同じ男爵家の長男です。出身は・・・先程先輩が田舎者丸出しのバカが多いと仰っていたカイです。ただ、僕は首席合格だったので、僕をバカだと思われるのでしたら、成績のことではないと思うことにしましょう」
「・・・」
これは、完全にナスカの勝利だろうと誰もが思った。がしかし、意外な人間がナスカ目掛けて、後ろから練習用の剣を振りかざしながら飛び込んできた。
何処からやって来たのか分からないが、あろうことか、ドエル先輩に襟元を掴まれて、無抵抗で反撃できないナスカに対し、容赦なく後ろ頭目掛けて剣は振り下ろされた。
「危なーい、避けろ!」と誰かが叫んだ。
その場に居た全員が、突然の暴挙に固まってしまい、完全に怪我は免れないと思って、目を瞑った。
〈〈 カシャーン 〉〉
剣が落ちるような金属音がして、瞑った目を開いた傍観者たちは、またしても以外な人間を見た。
ナスカの背中の前に立っていたのは、珍しい黒髪が顔半分を覆っていて、チラリとだけ覗く青い色の入った眼鏡を掛けた、背の低い冴えない学生だった。
誰だ?と、全員の視線がイツキに突き刺さる。そして何が起こったのだろうか?と、廊下に落ちている剣に視線を移す。
ほぼ全員が、剣が振り下ろされる瞬間に目を瞑ったが、パル先輩だけは一部始終をしっかり見ていた。
電光石火の早業で、振り下ろされる剣を、自分の右手で払ったイツキの姿を。
普通の者であれば、しっかり見ていても、動きの早さに視線が付いていけなかっただろうが、パル先輩、武術は校内でもトップクラスで、特に剣は大好きだった。
『今、突然振り下ろされた剣を、瞬間的に払ったよな?あの動きは何なんだ?』
信じられないものを見てしまったと、驚きでイツキを見詰めるが、イツキ本人は、何かありましたか?みたいな素振りで立っているだけである。
「何事だ?なんの騒ぎだ?」
と、よく通る厳しい口調で、腕に青い上級学校の紋章入りのバッジを着けた3年生が、傍観者の間を抜けてやって来た。
その3年生は、癖毛の金髪を靡かせて、整った顔のイケメンで、美しい緑の瞳で睨みながら、颯爽とドエル先輩の前で立ち止まった。
「ドエル、またお前か。今度は1年生に手を出したのか?この剣は誰の物だ?」
その3年生は、ナスカの襟元を掴んでいたドエル先輩を引き剥がし、落ちていた剣を拾うと、その場に居た全員をぐるりと見た。
「執行部のエンター様だ。今日も格好いいよなぁ」
「次の執行部部長は、エンター様で決まりだよな」
と、囁く声が聞こえる。どうやらその3年生は執行部の役員で、名前はエンターと言うらしい。
「剣は僕の物です。そこに居るA組のナスカが、先輩であるドエル様に暴言を吐いていたので、同じ1年生として許せなかったので、脅そうと思って剣を持ち出しましたが、悪意はありませんでした」
そう言って進み出たのは、1年B組のルシフだった。
B組のルシフとは、卒業するまで戦い続けることになるイツキとナスカである。
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