ヤマノ領到着
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4月7日、イツキたち選抜選手一行は、無事にヤマノ領に到着した。
街の入り口にある高台から見える海辺の街ヤマノは、春の陽射しを浴びて海は輝き、潮の香りは市街地まで届いており、王都ラミルより暖かく感じられた。
建物は海辺の街ということもあり、木造よりも石造りの建物の方が多く、外壁をカラフルに塗り、街全体が色で溢れ、色とりどりの花が咲き乱れているように美しかった。
『こんなに美しい街の人を洗脳するなんて・・・ドリル、お前は何がしたいんだ?』
イツキは眼下に広がる美しいヤマノの街を、複雑な気持ちで見ていた。
人口は10万人の都市だが、貴族や豪商の数は他の領地よりも多かった。それ故無役であったり、1部の貴族だけが既得権を牛耳っていたりして、不満に思う貴族が多いのだろうとイツキは推察する。
貴族とは名ばかりの貧乏な生活、かといって貴族同士の付き合いの多いヤマノでは、体裁を整えるのにもお金がかかった。
不満の募る貴族たちの上に立ち、このままではダメだ。領地や国の在り方を変えなければと、叫んでいるのがブルーニの一族である。
ブルーニの一族の傘下に居るのがドエルの家やルシフの家である。
【王の目】の調べでは、領主ヤンギル・エス・ヤマノ侯爵48歳は、健康が優れず観光大臣の職を辞し、領内で静養中である。
ヤマノ侯爵家には男子が居らず、3女カピラ様が18歳になった昨年、婿を貰って跡を継ぐことになった。婿はホンの領主の3男だった。
ホン領は隣国ミリダと国境を接する商業都市である。
25歳と若い婿のエルトは、ヤマノ発展のために近代化を推し進めようと、大変尽力しているのだが、古い考えの貴族が常に反対の立場をとり、素晴らしいアイデアも可決されることは稀であった。
貴族たちの口癖は「そのアイデアは、我々にどんな利益をもたらすのでしょうか」だった。領民の為の政策や商工業者の為の政策など、自分の利益に成らず、下手をすると領民の為に犠牲を強いられる。冗談ではないと聞く耳さえなかったのだ。
次期ヤマノ侯爵を継ぐエルトの意見を、ことごとく反対してるのがブルーニの父であるダレンダ伯爵だった。
ダレンダ伯爵は、貴族のためではなく、領民の為に政策を考えようとするエルトが許せなかった。
ギラ新教の大師ドリルに洗脳されているダレンダ伯爵にとって、貴族のための政策、貴族が得をすることにしか興味はなかった。
そんなダレンダ伯爵には、このヤマノ領を意のままにできる計画があった。
邪魔な婿エルトなど要らない。領主の命ももう長くないだろう。カピラ様には新しい婿を……そう私の優秀な長男カスナーを次の領主にすればいいのだと。
ダレンダ伯爵の長男カスナーは、現在第1王子サイモス様の教育担当である。
王妃カスミラ様からの信望も厚く、将来はサイモス様の片腕として、王宮で権力を持つことになるだろう。その為には領主になることが不可欠だとダレンダは思っている。
ダレンダ伯爵の計画に、意図せずストップを掛けることになるイツキである。
上級学校対抗武術大会にやって来て、ブルーニかドエルを倒そうと考えていたイツキは、全く予想していなかった別の事件に巻き込まれ、計画が大きく変わってしまうことを、この時は未だ知らなかった。
イツキたちの学校が泊まるホテルは、ヤマノ領の中でも最上級のホテルだった。
そこはやはり貴族の子息が殆どであり、中にはエンターやイツキにように、自らが当主である者も居る。安全上不可欠な措置である。
部屋は全て2人部屋で、イツキは何故か引率のカイン先生と同室になった。
「僕だけ先生ですかぁ?」
「なんだ不服か?お前は本来練習が足りてないだろう。夜もレクチャーしてやるから、有り難いと思え」
カイン先生は笑いながらそう言ったが、恐らく自分のことを心配した、剣の学生を引率しているフォース先生の手回しではないかとイツキは思っている。
槍の選抜選手の中で、槍では正選手ではないが、体術で正選手の者が居た。今回の部屋割りは、正選手に選ばれている競技で団体行動をしているため、人数的に学生が7人になっていた。それもあってカイン先生と同室になっても、誰も不思議に思わないし、誰も教師と相部屋になんてなりたくはない。どのみち1年生のイツキは、相部屋になる運命だった。
同じように、イツキは馬術の選抜選手だが正選手ではないので、槍の選手と行動を共にしていた。
2種目正選手になっている、エンターは剣の代表で、ヤンは副代表なので剣の者と行動を共にし、インカは体術の代表なので体術の者と、ミノルは自分で剣を選んでいた。
とは言っても、同じホテルの中に居るので、自由時間は行き来自由だった。
しかし残念ながら、執行部と風紀部であるイツキたちは、学生たちを指導する役目があり、自由など殆ど無かったので、ゆっくり話し合いも出来なかった。
唯一自由なモンサンは、早速同じホテルに宿泊していた【王の目】のガルロさんと、打合せに入っている。
【奇跡の世代】は、順次ヤマノ領入りしてくる予定である。
この時イツキは、まさかキシ公爵やギニ副司令官までやって来るとは知らなかった。
この武術大会を後援していたのは、レガート軍と警備隊である。
優秀な学生を就職させたい軍も警備隊も、この時ばかりはライバルとなる。
当然のことながら、現在【治安部隊】の仕事をしてはいるが、軍の指揮官であるソウタと、王宮警備隊指揮官であるヨムも、仕事でやって来るのであった。
試合に参加する学生たちも、就職が懸かった大切な大会なのだ。少しでも良いところを見せようと全力を出す。例え文官志望であっても、この大会に出場している経歴は、大いに就職に役立つのだった。
「イツキ君、ヤマノは初めてかい?」
「はい先輩、海の見える場所で暮らしたことはないので、なんだかワクワクです」
「そう言えば、なんで急に槍が上手くなったんだ?」
「それは僕にも分からないんです。馬術は完全にまぐれだったし……馬術の正選手にならなくて、本当に良かったです。先輩方も優しいし親切だし」
イツキはニッコリと嬉しそうに笑って、質問を上手にかわしながら先輩方の機嫌を取る。
先輩たちは「イツキ君これも美味しそうだよ」とか「もっと食べて大きくなれよ」とか「はい、デザート取ってきたよ」と、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
槍のメンバーは力自慢の、身長180センチ級のガタイのいい大男が多い。その中に身長165センチのイツキが、何故かポツンと入っている光景は、なんだか不自然なくらいだった。
先輩方もイツキの笑顔でほっこりと癒され、質問なんてどうでも良くなっている。
実は槍の選抜選手の殆どが、クレタ親衛隊隊長の後から、イツキの親衛隊の申請を出していた、素顔のイツキには滅法弱い人たちばかりであった。
それを教えてくれたのはモンサンだが、イツキ親衛隊が発足して、モンサンが副隊長だと知った槍のメンバーは、モンサンに大ブーイングだったが、イツキが武術で槍を選んだことで落ち着いたらしい……
そんな何処か残念な槍のメンバーだが、こうして同じテーブルを囲んで夕食を食べる権利を堂々と獲得した彼らは、馬車の中からずっとニコニコと嬉しそうだった。
「いや~、もしもイツキ君が馬術のテーブルに居たら、他の者が地獄だったよ」
「そうだな……ブルーニ先輩とイツキ君に挟まれた奴なんて、飯が喉を通らないだろう。それにきっと喧嘩が始まるだろうし……」
「嫌だなあ先輩、流石にヤマノ領でそんなことしませんよ、ぼ・く・は・ね」
「「・・・」」
そう言いながら、何処か挑戦的な瞳のイツキを見て、皆フーッと溜め息を漏らす。
イツキファンの心優しき先輩方は、怖いもの知らずでブルーニに挑むイツキを、いつもハラハラしながら見守っていたのだ。
親衛隊員ではないけれど、武術が同じ先輩として、先日の食堂での騒動の時も、ブルーニに胸倉を掴まれているイツキを助けようと、ギリギリまで我慢していた親衛隊より早く、イツキを助けようと近付いていた程だった。
「ところで全然話は変わるけど、結局春大会の時のイツキ君の最終得点って、何点だったの?確か暫定98点だったよね?」
「あぁ……あれは結局答えが出ていないんです。僕の解答した歴史問題は、正しい答えだったのですが、教科書の方が間違っていたので、教科書を国が正式に訂正しない限り、僕の答えは認めないとルイス先生が・・・」
「何それ?で、校長先生はどうするんだろう?」
「教科書が訂正されたら、その時点で満点にしてくださるそうです」
イツキは再び極上の笑顔で微笑むと、ちょうど食事も終わりお茶の時間になったので、話題を変えて先輩方の故郷の話が聴きたいと言い出した。
イツキの極上の笑顔のお願いを断る筈もなく、先輩方は嬉しそうに故郷の話をしてくれた。当然イツキは、然り気無く故郷の貴族たちのことを質問に入れる。
「俺はホンの出身だが、ホンは商業都市だから、貴族より商人の方が金持ちだ。でも領主は、領地の発展のために貴族は商工業者と協力すべきだというお考えで、その結果、貴族たちも税収が上がり得をしている。ホン上級学校なんて、貴族より商人の生徒が大部分で、これが皆優秀なんだ。参るよ」
3年の先輩は愚痴を言いながらも、自分の領地が発展していくことが嬉しいようだった。商人たちばかり活躍させられないと張り切っている。
「俺は隣のカワノ出身だ。カワノは先のクーデターで偽王を操った過去があるから、今の領主様は【誠実であれ、身分よりも働きを評価する】をスローガンにして、領内の立て直しをされている立派な方だ。だから俺はカワノに帰って、領主様のお手伝いをしたいと思っている」
そう言った3年の先輩は、子爵家の長男だ。きっと領主を助け、カワノ領を発展させてくれるだろうとイツキは思った。東寮の同室者イースターの目標は、カワノ領を正しく導き、カワノの名誉を挽回するだった。
ホンとカワノはきっと大丈夫だろうとイツキは思った。発展や復興に向かう領地は団結心が強い。だからギラ新教の活動は難しい筈だ。
「俺はカイの出身だ。領主様は言わずと知れたインカの父上だ。あいつを見れば分かるが、前の領主様がクーデターで暗殺されて、混乱して大変だったカイを、見事に復活させた尊敬するに値する領主様だ。ただ、カイも1枚岩ではない。クーデターの時に、カイの貴族に取り立てられた奴等は危険だ」
今回の槍の代表になった3年の先輩は、段々声を小さくしながら不穏な話をする。
「何が危険なんですか先輩?」
イツキも声を落として、先輩の耳元に顔を近付けて質問する。
多少の情報はブルーノア教会から聞いていたが、【危険】という言葉に思わず反応してしまった。
イツキに耳元で囁くように質問された先輩は驚いて、つい顔を赤くする。
「えぇ~っと……イツキ君心臓に悪いよ……」
ポカンとするイツキには~っと溜め息をつきながら、先輩はカイの様子を話し始めた。
「本来ならバルファー王が偽王を倒した時に、そいつらは爵位を剥奪されるところだった。ところがその2人の貴族は、自分の所有する鉱山の権利を手放す代わりに、爵位を維持出来るよう願い出たんだ。それも新しい領主が着任する前に直接王宮に。混乱していた新政権の高官は・・・確かミノスの伯爵にその件を一任したんだが、何故かその伯爵は盗賊に襲われ亡くなり、いつの間にか2人の貴族は、現在も子爵位と伯爵位を維持している」
先輩は忌々しげに言いながら、混乱に乗じて汚い手を使ったのに違いないと言った。
「な、なんだって!ミノスの伯爵・・・」
イツキは珍しく大声を出し立ち上がった。回りの学生も驚き何事かとイツキを見る。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
(誤)モンサン先輩以外の先輩たちは、「イツキ君これも美味しそう……
(正)先輩たちは「イツキ君これも美味しそう……
槍に居ない筈の、モンサンが登場してました。