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春期武術大会(2)

 馬術の成績表の前に人垣が出来ていた原因、それは6位の者が2人居たからである。同じタイムで6位……それは、どちらかが正選手になり、どちらかが補欠になることを意味していた。

 馬術の障害物に挑戦した者は、午前中で全て競技を終えていたようで、現在目の前にある成績表が、最終結果ということになる。


 6位の同タイムだった者は、3年のブルーニと1年のイツキだった。

 先日から全学生を騒がせている、今、最も話題(問題)の2人である。

 この2人の対立は、イツキが堂々とケンカを売ったことで激化している。

 そんな対立関係にある2人が、なんの因果か同じタイムだったのだ。騒ぐなと言う方が無理だろう。

 これは大変なことになったと不安になる者、面白いことになったとニヤニヤする者、馬術では珍しい2人の決戦が見れるのではとワクワクする者とに分かれた。


「イツキ君、大丈夫か?まさか選抜選手に選ばれるとは……初心者だったよね?」


「う~ん、そうなんですパル先輩。実は障害物自体、今日が2回目の挑戦だったから、まさか8位以内に入るなんて、思っても見なかった……正直驚きました……」


 イツキはそう言いながら、これは益々ブルーニを刺激できたと、内心ニヤニヤしているのだが、表向きは思わぬ結果に困惑した1年生を演じている。


『おい、あいつ初心者だってさ』とか『障害物2回目って、なんの冗談だよ』とか『信じられない』と、ひそひそ囁く声が聞こえてくる。 



 そこへ午前の競技を終えたヤマノ組の皆さんが、ブルーニを先頭に、いつものように団体で食堂に入ってきた。

 当然のことながら人垣が気になり、何事かと1年のルシフが様子を見にやって来る。

 そしてブルーニとイツキの同タイムが分かると、慌ててブルーニに報告する。

 確認しようとブルーニが成績表に近付こうとしたので、皆はブルーニを怖れて通り道を開けた。

 ブルーニは人垣の中心に立っていたイツキを見付けると、親の仇にでも会ったような形相でイツキを睨み付ける。


「どこまでブルーニ様の邪魔をする気なんだ!1年生の分際で身の程知らずが!」


2年のドエルはイツキの目の前まで来ると、小さな声で忌々しそうに言う。ブルーニと違い冷静な彼は、決して胸倉を掴んだり、暴力を振るったりはしない。


「可笑しなことを言うなドエル君。武術大会に3年も1年も関係無いだろう。それに同タイムと言っても、イツキ君の方が先に競技を終えている。同じタイムにしたのはブルーニの方じゃないのか?」


いつもは前に出てこないクレタ先輩が、珍しくヤマノ組に意見をする。それを聞いたイツキ親衛隊の皆さんが「そうだそうだ!」と声援を送りながら前に出る。

 食堂の雰囲気が急に悪くなり、イツキ親衛隊とブルーニ親衛隊は一触即発の様相になってきた。



「お前たち、何を騒いでいる!騒いでないで早く食事しろ。午後の競技までに全員が食べ終わらないぞ!」


オーブ教頭が大声で叱りながら食堂に入ってきた。その後ろに数人の先生方も続いて入ってくる。

 その先生たちの中に、槍の担当教師であるカインが居た。

 イツキはカインの元に走り寄り、無理矢理腕を引いて食堂の外へと出ていく。


「どうしたんだイツキ君?槍のことで何かあったっけ?」


カインは訳が分からず、引き摺られながら質問する。


「いいえカイン先生、実は、馬術で困ったことが起きてしまい、僕を助けて欲しいのです。まさか馬術で選抜選手に選ばれるとは思っていなかったのに、3年のブルーニ先輩と同タイムで6位になってしまいました」


「それはおめでとう!槍も馬術も初心者だと言っていたのに……本当に君は何でも出来るんだなあ。それで……どこが困ったんだ?ブルーニと揉めたくないとでも?」


カインは、これまでイツキという学生を、勉強は天才だと認めていたが、武術まで才能があるとは思ってもいなかった。しかし先日、突然槍が上達したかと思ったら、午前の部のトーナメントでベスト4に入ってしまった。

 その驚きを教頭に話ながら食堂に向かっていたら、当の本人であるイツキ君に呼び止められたのである。


 そう言えばオーブ教頭は笑いながら「彼は、あのキシ組の秘蔵っ子ですよ」と言っていた……う~ん、だから何ですかと教頭に訊きたくなったが、何となく雰囲気は分かる。

 しかも馬術まで入賞するなんて・・・キシ組の秘蔵っ子恐るべし・・・


「いいえそうではありません。僕が馬術で6位に入ったのは正直まぐれです。だから馬術で正選手になったら、槍の練習をする時間が無くなります」


イツキは物凄ーく困った顔で、槍の練習が出来なくなると訴えた。


「それじゃ君は、馬術の正選手を降りたいということなのかな?」


「はいそうです。しかし僕がそれをブルーニ先輩に言うと、ことが拗れると思うんです。カイン先生から馬術のフルム先生に、上手くお願いして頂けませんでしょうか?」


イツキは上目遣いで真剣にお願いする。何処の世界に、名誉ある選抜選手の、しかも正選手を降りたがる学生が居るのだろうか……とカインは思ったが、ここに居た……。


「う~ん、そうだなあ……本来なら2人で再挑戦すべきところだが……」


カイン先生が渋っている様子を見たイツキは、奥の手を出すことにした。


「カイン先生、実は先日の1日職場体験で、僕はクレタ先輩とパルテノン先輩を連れて、技術開発部に行きました。お土産はポックの樹液です」


イツキは思わせ振りな物言いで、カイン先生にある情報を教えようとする。


「なんだって!技術開発部?い、い、いや、それは無理だろう。あそこは学生なんかが入れる場所じゃない。そんなことをしたら捕らえられる筈だ!」


カインは狼狽えながら目を見開き、この学生は何を言い出すんだといぶかしんだ。


「ポックの樹液から出来る【ポム】は、科学開発課の皆さんから世紀の大発見だと喜ばれました。それはもう小躍りしながら。そして見事実験を成功させたクレタ先輩は、来年から科学開発課に就職が内定しました」


イツキは『どうです先生、飛びっ切りの情報でしょう』というドや顔で視線を向ける。

 実はカイン先生の夢は、教え子(特に化学部の)をレガート技術開発部科学開発課に就職させることだった。常日頃からそれが夢だと語っていたのだ。

 だからこそ、【ポム】の有用性を考えた時、なんとか【ポム】を使って何かを作り、シュノー部長に直訴したいと思っていたのだ。

 しかし、【ポム】の名付け親であり発見者のイツキは、発明部の学生であり、実験は植物部も加わっていたので、勝手に手柄を横取りも出来ず、頭を痛めていたのだ。この際3部合同の発見でもいいかと考えていた。


「そ、それでは、化学部だけが得をしたのでは?」


「いいえ先生、パルテノン先輩は高学院を卒業後に就職することが決まっています。それと正式発表は未だですが、発明部は今年の卒業生から2名、ミリダ国に留学出来るようになりました。ミリダ語の成績がAでないと駄目ですけど」


イツキはカインの心情を察しながら、さらりととんでもない情報を語っている。


「なんで?どうして君は、そんなことが出来たんだい?君の後ろに【キシ組】がいると教頭が言っていたが、それにしても・・・」


そこまで言ってカインは絶句した。

 自分の常識では、目の前の学生の話など嘘としか思えない。思えない内容なのに嘘を言っているような瞳ではないのだ・・・

 それに14歳の学生とは思えない会話のやり取りである。


「カイン先生、これは国家的極秘情報ですので、誰かに話すと処罰されます。覚悟して聞いてください。僕は今年から【レガート技術開発部相談役】という役職を、キシ公爵とギニ副司令官から言い付かりました。もちろん国王様も秘書官も了承済です。校長先生もご存知ですから、後で確認してください」


教頭がカインに【キシ組】の存在を話したということは、教頭はカインを信用できる教師だと思っているのだろう。イツキはそう判断し極秘情報を打ち明けた。


「へぇ?相談役?なんで?」


なんだか間の抜けた表情でカインは質問する。そろそろ常識の許容範囲を越えたようで、何がなんだか分からなくなってきたのだ。


「本当に極秘ですよ。僕がレガート式ボーガンを作ったからです。もう直ぐ【ポム】を使って新型のボーガンを作ります。それからクレタ先輩とパルテノン先輩には、国家機密に当たるので口止めしてあります。就職内定もシュノー部長から、夏休み前には打診が来るでしょう」


これでもかと止めを刺したイツキは、「どうかお願いしますカイン先生」と言って頭を下げ、ぼ~っとしたままのカインを置き去りにして、食堂へと向かった。




 それから1時間後、校長からイツキの話の裏を取ったカインは、「文学部が春大会で入賞できたのは、イツキ君のお陰だと聞いてますよフルム先生」と、馬術担当であり、文学部の顧問である先輩のフルムに、脅しをかける……いやいや、お願いするカインの姿があった。

 上級学校の教師は、担当の部活や武術指導した学生が活躍したり、特別な場所に就職したり、学校に利益をもたらすと、自分の評価が上がるようになっていた。

 とは言えこの2人、元々とても仲良しだったのである。


 午後2時、馬術の成績表に、6位をブルーニ、7位をイツキとするという追記が貼り出された。その理由として、《 1年のイツキ君は槍の正選手であり、試合の日程上、馬術は補欠が望ましい 》と説明書きがしてあった。

 分かったような、よく分からないような理由に、学生たちは納得するしかなっかた。





 その頃イツキは、剣の決勝を見学するために体育館に来ていた。


 剣のトーナメントを勝ち上がった8人は、既に選抜選手が確定していたのだが、決勝トーナメントで優勝者を決めるまで戦う。

 1位から8位までしっかりと順位を決めて、上級学校対抗武術大会で団体戦で勝つための策を練る。

 剣には各々タイプがある。速攻型も居れば、じっくり攻める者も居る。剣筋や構えも違うし、得意な技も違う。千差万別なのだ。だからこそ、戦う相手のタイプに合う者を用意しておかねばならない。

 補欠だから出場できない訳ではない。対戦相手によっては出場することもある。


 剣とは個性と個性のぶつかり合い、精神力と集中力のぶつかり合い、そして己との戦いなのであると、イツキは最初の剣の師匠であるモーリス(中位神父)のダヤン様に教わった。

 次の師匠であるソウタ指揮官は、剣とは読み比べだと教わった。

 もう1人の師匠ヨム指揮官は、剣とは己を写す鏡のようなものだと教わった。

 イツキはまだ、自分の答えを見付けてはいない。


 そんなことを考えながら、執行部書記ミノルと風紀部ヤンの準決勝を観ていた。先程の執行部部長エンターと風紀部パルの準決勝は、僅差でエンターが勝利していた。

 執行部会計ナスカの予測では、決勝戦はエンター部長とヤン副隊長の戦いになるだろうと聞いていた。どうやら本当にそうなりそうだ。

 その予想を立てたナスカは、現在7位・8位決定戦で対戦中だった。既に選抜選手は決定している。さすが親友だとイツキも嬉しくなる。


 風紀部インカ隊長は体術で優勝し、執行部ヨシノリ副会長は弓で2位になり、午前中に正選手が確定していた。

 これで執行部と風紀部は、めでたく全員が選抜選手に選ばれたことになる。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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