春期武術大会(1)
恐らくヤマノ組の不穏な計画などを知ってしまったホリーが、自分を気遣って忠告してくれたのだろうと直ぐにイツキは理解して、走り去る後ろ姿を見送った。
「ふーん、成る程。ホリーはいい奴だなやっぱり。ヤマノ組は1枚岩ではない。モンサンだってヤマノ出身だ。ヤマノの人間が悪い訳ではない。ヤマノの学生を洗脳する、ギラ新教の大師ドリルが悪いんだ。洗脳・・・?もしかしたら、いや、間違いなくドリルは《印持ち》のはずだ!」
イツキは険しい顔をして深く息を吐くと、戦うべき敵の正体を《印持ち》だと感じた。《印》の能力による洗脳であれば、解くのは難しい・・・『解くのではなく、新しい洗脳によって変える』・・・そんなことをふと考えながら、気持ちを切り替えて食堂へと向かった。
食堂に到着すると、掲示板の前で大騒ぎになっていた。
今年から成績順位の掲示の仕方が変わっていたのだ。これまでは1位から最下位までの順位と得点が貼り出されていたが、今年から上位30位までの学生の氏名と、総合得点が貼り出しになっていた。
その代わり、課目毎に追試を受ける者の名前が書き出されていたのである。
「これは恥ずかしい……総合順位より、追試者という見出しのところに自分の名前があがると、不得意課目が何なのか一目瞭然になってしまう」
総合順位2位のナスカは、余裕の表情で追試者一覧表を見ながら感想を言う。
「これでは総合得点が良くても、追試(不可)があるかどうかが分かってしまう」
総合順位3位のイースターは、危なかった……もう少しで数学が追試だったと、胸を撫で下ろしていた。
「お前ら、友だちがいのない奴等だな!俺なんか……ミリダ語が1点足らなかった。たった1点なんだぞー。ああ、イツキ君に叱られる……どうしよう……」
総合順位6位のトロイは、追試者一覧表を見ながら頭を抱える。
「何がイツキ君に叱られるなのかな?トロイ君?」
総合順位1位のイツキが、トロイの後ろから突然声を掛けた。低く冷めた声で・・・
「ギャー!イ、イ、イツキ君居たんだ……いや、その、申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げて、トロイはイツキに許しを乞う。ガタガタと恐怖で体を小刻みに震わせながら、上目遣いにイツキの表情をそーっと確認する。
「僕の教えたミリダ語で追試・・・成る程・・・教え方が悪かったのかなぁ?どう思うナスカ、イースター?」
「いや、俺はよく分かったぞ」(ナスカ)
「お、俺もだいたい分かったな」(イースター)
イツキは何故かニコニコしながらトロイを見る。でもニコニコしているが瞳が全く笑っていない・・・側でイツキたち(東寮の同室者)の様子を見ていた学生たちは、美しく整った顔で、微笑みながら凍るような瞳でトロイを見詰めているイツキを見て、『ひー怖い』『俺同室じゃなくて良かった』と安堵し、トロイに同情した。
「でも、約束の10位に入っていたから、今回は不問に付します」
今度は優しい瞳でニッコリと笑い、辺りをキラキラさせる。その笑顔は天使のようであり、今度は「は~ぁ」と幸せな溜め息がそこここで漏れている。
一部のイツキファンは、この絶対零度の冷たい瞳と、天使のような微笑みの瞳とのギャップが堪らないと言い始め、自分も叱られたいと願う残念な者が殖えているらしい。
因みにイツキの総合得点は、1200点満点の試験で1191点だった。
満点でなかったのは、国語の読解問題のせいだったのだが、イツキにも苦手があったと知ったナスカは、「良かったなイツキ、完璧な人間は恐がられるぞ」と、変な慰め方をしていた。そんなナスカの得点は1089点だった。
「イツキ君、報告です。親衛隊員は全員不可なしでした。これからもイツキ君の親衛隊員であることに誇りを持ち、日々精進していきます」
クレタ親衛隊隊長が、モンサン副隊長と共に報告にき来て、嬉しそうに頭を下げた。
「イツキ君、発明部も、だ、だ、大丈夫だったよ~。まだ居てくれるよねぇ?」
ユージ発明部部長もやって来て、半泣きしながら報告する。凄く嬉しそうだ……
「それはとても嬉しい報告です。僕も皆さんの手本となれるよう精進します。ユージ部長、まだ辞めませんよ。作品を完成させてませんし」
イツキは顔を崩して、本当に嬉しそうに笑った。そしてクレタ、モンサンとは親衛隊の誓いの拳合わせをし、ユージとは硬く握手を交わした。
◇ ◇ ◇
午後からは槍の稽古に励む。突然実力を発揮し始めたイツキに、経済学担当で化学部顧問のカイン先生と、学生たちは驚きを隠せなかった。
元々槍は、体格面で小さいイツキには不利な武術だったのだが、目の前で繰り広げられているのは、身長が20センチ近く違う大男相手に、一歩も退かず互角の戦いをしているイツキの姿だった。
対戦相手は、教師推薦で選抜選手に選ばれていた3年生で、実力はナンバーワンである。当然皆が驚くのも無理からぬことであり、寧ろ、何故急にイツキが強くなったのかが理解できなかった。
「イツキ君、もしかして、君は槍の経験があったのかい?」
「いいえカイン先生、初めて教わりました。なんだか急にコツが掴めたみたいです」
「えっ?コツ・・・?それはどんな?」
「う~ん……のんびりではなく、なんかこう……ぱぱっと動く感じと言うか、機敏に動けば良いのかな……みたいな。小さい槍に変えたのが良かったのかも。今までは、体格差にびびっていたのかなぁ……」
なんかかなり無理のある言い訳、いや、説明をするイツキだが、この際、急に上達した原因は置いといて、学生が強くなることは大歓迎であり、明日の武術大会が楽しみになってきたカインである。
そんなこんなでイツキの武術練習は終わり、明日の本番は実力と運で勝負することになった。
翌4月2日、春期武術大会が始まった。
イツキは1日目の午前中に槍を、午後からは馬術を選んだ。
武術で槍を選択している人数は42人で、殆どの学生が上級学校に入ってから始めていて、全ての武術の中でも1番人数が少なかった。
槍の試合は、1日目に午前と午後のブロックに別れてトーナメントを勝ち上がり、各ブロックのベスト4までが2日目の決勝に進む。この時点で8人に絞られているため、選抜選手入りは決定している。
馬術は個人の成績なので、タイムが良かった8人が選抜選手に決まることになる。
一発勝負のタイムで順位が決定する為、集中力が必要になる。その反面、予選自体が2日間あり、他の競技種目の邪魔にならない時間を選べる利点があった。
同じように弓も個人成績なので、上位に同点で8人以上にならない限り、決勝が行われることはない。
最も人数が多い剣は105人、体術は92人で、ランク分けで試合が行われ、実際に決勝を行うのはA判定の者だけらしい。
2日目の決勝は、体術が午前、午後が剣と決まっている。これは、両方の種目を選択している者が多いからで、決勝に絡めなかった学生たちも応援にまわり、毎年大いに盛り上がるそうだ。
当然のように、槍の午前の部のブロックでベスト4に入ったイツキは、選抜選手の権利を手に入れた。
午後の馬術は、数日前から馬たちをブラッシングし、健康チェックし、しっかり会話していたので、危なっかしい場面は多少あったものの、馬が上機嫌で乗せてくれたので、落馬することなくゴール出来ていた。
タイムは随時記録され掲示板に記入されるが、最終的な順位は、2日目に全員が終わってからでないと分からないかった。
翌3日、春期武術大会の2日目は、弓と馬術以外の競技で決勝が行われる。
イツキは午前中に行われる、槍の決勝戦に臨んでいた。
イツキにとって大切なのは、選抜選手としてヤマノ領に行くことであり、正選手でなくても良かった。
しかし、適当に戦ってケガをする訳にはいかず、ここはケガをしない程度に頑張ろうと決めて初戦を戦うことにする。
結果、思わず払った相手の槍が飛んでしまったので、ベスト4に入り正選手決定となった。
これ以上勝ってしまうと、今までのへなちょこが怪しまれるので、準決勝は上手に負けようと思ったが、相手が本当に強かったので負けてしまう。
「イツキ君、なんだか今の試合……真剣さが欠けていた気がするなぁ……」
流石は槍の名人と言われているカイン先生。探るような視線を向けてきた。
「カイン先生、それは買い被りです。夏大会では優勝目指します」
イツキはそう言って誤魔化したが、実際のところ、槍の場合は体格差、体重、腕力のハンデは大きい。全力で戦っても、優勝は出来ないだろうと思うイツキである。
よく見ると、文化部のイツキ親衛隊の皆さんが、応援に来てくれていた。
「イツキ様、素晴らしいご活躍でした。とても初心者とは思えない槍捌きに感動いたしました」
化学部の先輩が、嬉しそうにタオルを差し出しながら話し掛けてきた。
「ありがとうございます先輩。皆さんの応援のお陰です」
イツキは親衛隊特有の敬語プラス丁寧な物言いに、戸惑いながらもお礼を言う。
「お疲れ様です。選抜選手決定おめでとうございます。しかも正選手。昨日の春期試験もぶっちぎりの1位。我々はイツキ様の親衛隊員であることを、誇りに思います」
メチャクチャ大袈裟な誉め言葉で声を掛けてきたのは、クレタ親衛隊隊長だった。
先輩は恥ずかしくないのだろうかとイツキは思ったが、何処の親衛隊もこんな感じなので、耐えるしかない。
後ろに控えている数人の先輩方も、嬉しそうに祝福の言葉を掛けてくれた。
まあ皆が喜んでいるから良しとしようと思うことにし、ニッコリと微笑んでおいた。
いつもの「ギャー!」という叫びが聞こえたが、あれは病気だとパルテノン先輩が言っていたので、気にしなくていいらしい……美しい顔がなんとかかんとか言っていたが、普通は真面目な優しい先輩だから害もない。
午後は剣の決勝を見学しに行くことにし、食堂に到着すると、馬術の成績表の前に人垣が出来ていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。