イツキ、喧嘩を売る
ザクの処罰のことで午後から大騒ぎになったが、当の本人に覚悟ができていたので、処罰を受け入れ、応援してくれていた友に心から謝罪して回った。
ブルーニたちの作戦は失敗し、むしろ無駄に騒いだ分ひんしゅくを買っていた。
本人が正直に申告し、普段より重い罰を校長に与えられていたのだ。それを卑怯者呼ばわりし、執行部を辞めて誤魔化そうとしているとか、学生たちを騙した極悪人のように罵ったことで、ブルーニを始めヤマノ組は、一段と人気を落としていった。
夕食時間、掲示板に貼り出された通告を前に、ブルーニはとうとうザクに対して怒りが押さえきれなくなった。そしてあろうことかザクに殴り掛かりそうになり、ドエルに止められるという事件が起こった。
そこへ今一番学校中の注目を集めている1年のイツキがやって来て、ブルーニに対し名指しで喧嘩を売ったことで、食堂内は一瞬で凍り付いた。
「同じ執行部の仲間だったのに、ブルーニ先輩は仲間を陥れるのがお好きなようですね。もうザク先輩を脅して汚いことをさせる必要がなくなった……と言うことでしょうか?ああ、最初から仲間ではありませんでしたね」
イツキは涼しい顔をして、ブルーニに対し誰も言えないようなことを言い放った。
食堂内は「ザクを脅してたんだ」とか「汚いことって何だ?」とか「えーっ、こわっ」とか、ヒソヒソと囁く声が聞こえる。
「またお前か!1年の分際で俺に意見する気か?身の程知らずがー!・・・?、まさか、まさかお前が仕組んだことか?ザクに知恵を付けたのはお前かー!」
元々怒りで我を見失っていたブルーニは、イツキが今回の計画の邪魔をしたのではと思い、今度はイツキの胸倉を掴んでくる。
大変なことになってきたと、食堂に居た半数近い学生が立ち上がってアワアワする。
「ブルーニ先輩、貴方が執行部の副部長でも、暴力事件を起こせば風紀部の僕が現れると、覚えておいてください」
「なんだと!いい気になるな。お前ごときが、俺様に、この俺様に・・・」
ブルーニは怒りでプルプルと震えながら、無抵抗のイツキの胸倉を締め上げていく。
小さくて美しい顔のイツキを、野獣のようなごっつい顔のブルーニが虐めている風な様子に、数人が止めに入ろうとする。特にイツキ親衛隊の皆さんは、もう我慢出来ないと立ち上がり駆け寄ろうとする。
「何をしているブルーニ!全員が見ているぞ。立場を弁えろ!」
怒気を帯びた声で叫びながら、人垣を割って入って来たのはエンター部長とインカ隊長だった。イツキを助けようと近付いていた学生たちは、ホッと安堵の息を吐きながら席に戻っていく。
しかし、怒りの治まらないブルーニは、なかなか手を離そうとしない。
「ブルーニ先輩、【お前ごとき】ってどういう意味でしょう?まるで僕が貴方より劣っている者のように聞こえましたが、貴方が僕に勝てることって何でしょう?」
イツキは挑むような言い方で、ブルーニを真っ直ぐ見据えて尋ねた。冷たい声で……
イツキの発した言葉に、『ヒーッ!』と学生たちは驚愕の表情で固まった。
「イツキ君、いい加減にしろ!風紀部の君が喧嘩を売ってどうする!」
イツキの胸倉を掴んでいるブルーニの手を引き剥がしながら、インカ隊長は打ち合わせ通りに、イツキを叱るように叫んだ。
その様子を入口で見ていた教師のフォースは、とうとう表に立って闘う時が来たのだと、心を痛めながらも、イツキの無事を祈るのだった。
その夜、イツキはヨシノリ先輩の部屋に来ていた。
メンバーは、執行部のエンター部長、ヨシノリ副部長、ミノル、ナスカ。風紀部のインカ隊長、ヤン副隊長、パル。イツキ親衛隊のクレタ隊長、モンサン副隊長、パルテノンとイツキの11人だった。
招集の目的は、執行部の補欠選挙について打ち合わせる為だった。
初めて会合に参加したクレタ、パルテノン、モンサンは、豪華なヨシノリ副部長の部屋と、同席しているメンバーの雰囲気に緊張していた。
特にイツキのこと(仕事や任務)を全く知らないパルテノンは、何故自分がこの場に呼ばれたのか、見当も付かなかった。貴族ではないモンサンも、イツキの親衛隊として呼ばれたのだろうかと、戸惑いを隠せなかった。
「では議題に入ります。まず執行部の補欠選挙の件でお願いがあります。僕は次の庶務にパルテノン先輩を推薦したいと思います」
「へぇ?いやいやイツキ君、無理無理!植物部の部長の仕事があるし、俺はイントラ連合高学院の受験もあるし……」
パルテノンは両手を前に出して振りながら、立ち上がって懸命に断ろうとする。
「先輩、春休み明けの4月21日から前期終了の6月30日まで、たった2ヶ月間しかありません。それにポート先生に訊きましたが、執行部の役員になると、高学院受験の校長推薦が受けられるそうですよ。僕はパルテノン先輩に仲間に入って欲しいのです。それはモンサン先輩も一緒ですが」
イツキはパルテノンとモンサンの2人に視線を向けた後、残りのメンバーにも視線を向けて同意を求める。
「と言うことは、イツキ君の仕事や任務を教えて、協力体制を強化するということだろうか?クレタは?もう教えたのか?」
インカ隊長はチラリとクレタを見て、イツキが自分の秘密を打ち明けて、仲間にしてもよいという意味で、言っているのだろうかと確認するように尋ねた。
「はい、クレタ先輩には既に仲間に入って貰いました。いよいよ本格的に戦いが始まるので、クレタ先輩には親衛隊を鍛えて頂き、モンサン先輩には諜報活動をお願いしようと思います。そしてパルテノン先輩には、執行部に入って、庶務権限で部活と寮の備品の監査をお願いしたいのです」
パルテノンのスパルタ振りを、春期試験期間中に目撃したイツキは、庶務の仕事に適任だと確信していた。モンサンは軍学校出身だし、イツキの崇拝者である。
「イツキ先生、それはイツキ先生の任務遂行の為ですか?」
「そうだモンサン。ブルーニとは春休みに全面戦争に突入する。そして僕は、ヤマノ領で命を狙われることになるだろう」
「「えええぇぇぇっ!!」」
そこからイツキは、上級学校対抗武術大会で罠を仕掛けて、わざと自分が命を狙われることで、ドエルかブルーニを、上級学校から追い出すつもりだと話した。
何が何だか分からないパルテノン先輩には、インカ隊長から詳しく説明して貰う。インカ隊長が知っている情報までなら、知られても大丈夫だとイツキは判断した。
明日はナスカとパル以外、皆レガート城に1日職場体験に行くことになっている。
ナスカは、「あれだけイツキがハッキリと喧嘩を売ったんだ。必ずルシフが動く」と言って、パル先輩と動きを見張ると言ってくれた。
◇ ◇ ◇
翌30日、春大会入賞者が待ちに待った、王宮1日職場体験の日がやって来た。
パルテノン先輩は、寝不足なのか既に疲れた顔をしていたが、イツキの顔を見てにっこりと笑った。
王宮までは数台の馬車に分かれて乗り込み、憧れのレガート城へと向かう。
イツキは連絡も兼ねて、クレタとパルテノンを連れてレガート城内見学の後、無理矢理城の外にある技術開発部に行くことにした。
エンターは王宮警備隊。インカ、ヤン、ミノル、モンサンはレガート城内見学の後、城の外にある軍本部。ヨシノリは外務部で職場体験をする。
ブルーニのグループは文官コースなので、財務部・農林部・経済部・運輸部・法務部等の中から、2つの部署を回って体験する。
恐らくブルーニは、昼休みにサイモス王子の教育係りをしている兄に会うと思われる。もしかしたら他の連絡係りが居るかも知れない。
その辺りは抜かりなく、王宮内に居る【王の目】が、動きを見張りギラ新教の洗脳者を特定する予定である。
【王の目】の多くは軍学校出身だが、【王の目】トップのアルダスとエントン秘書官が選んだ、文官と王宮警備隊の者も入っている。彼等は【奇跡の世代】ではないが、レガート城内の動きを秘密裏に探っている。
イツキたち(イツキ・クレタ・パルテノン)は、ゆっくりとじっくりとレガート城内を見学した後、歩いて10分の所にある技術開発部に到着した。
イツキにとっては久し振りの訪問であり、クレタとパルテノンにとっては初めての場所だった。
技術開発部は、もの作り的な部門と化学的な部門とがあり、国家機密事項満載な為、一般人は勿論のこと、学生が立ち入れる場所ではない。その為、学生の1日職場体験など当然受け入れてはいなかった。
「久し振りですイツキ先生、大きくなられましたね。どうして上級学校の制服を?」
「お久し振りです。まあ色々あって……部長は到着されてますか?」
「はい、先程馬車で中まで入られましたよ」
軍学校時代に何度も出入りしていた場所なので、警備の人とは顔パスである。そのやり取りを不思議そうに見ていた2人の先輩は、絶対に技術開発部になど入れる訳がないと思っていたので、かなり驚いている。
「イ、イツキ君、本当に入って大丈夫なの?俺たち捕まらない?」
「大丈夫だと思いますよ。さあ、あそこが入り口です」
ビクビクと心配そうに歩く2人の先輩は、入り口前に立っている警備の2人を見て顔がひきつる。絶対に捕まる!怒られる!と思い込んでいる。
「ああー!イツキ先生?何してたんです?みんな心配してたんですよ!あれ?その格好は……どうしたんですか?」
「ご苦労様。これは・・・特殊任務なんだ。この前軍学校に行ってきたよ」
声を掛けてきたのは、軍学校の先生時代の教え子だった。技術開発部の警備部は軍管轄なので、もう1人の人も顔見知りである。笑顔でお互いに挨拶をして、厳重に閉められていた門を開けて貰い中へと入っていく。
「あの~イツキ君?俺たちに、まだ説明されていないことが有ったりする?」
「クレタ先輩にですか……?どうだったかな?ここはレガート式ボーガンの開発の時によく来たので、顔パスなんです」
「はい?」(パルテノン)
呆れ顔と言うか信じられないという顔をした2人の先輩と、建物の中に入っていく。
すると、シュノー技術開発部部長の部屋の前に、王宮警備隊の制服を着た隊員が3人立っていた。
「何者だ?何故この建物の中に入ってきた?」
たちまちイツキたちは、怖い顔で取り囲まれ尋問される。
すると、外の騒ぎが聞こえたのか、ドアが開き意外な人物が顔を覗けた。
「イツキ医師!お待ちしてました。どうぞ中へ。お前たち、この方は【技術開発部相談役】だ!失礼な態度をとるな!」
部屋の中から現れた人物は、警備の者を叱りながら、嬉しそうに3人を見ている。
「技術開発部相談役・・・?」(パルテノン)
「リバード王子!な、何故ここへ?」 (クレタ)
クレタ先輩の言葉に、パルテノン先輩は「ええーっ!」と叫び、リバード王子とクレタ先輩の顔を交互に見ながら、『なんでお前がリバード王子を知っているんだ?』と驚いた。
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