ザクと執行部
食堂には、遅い昼食を食べていた十数人の学生がまだ残っていた。
フォース先生とオーブ教頭は、《通告》と書かれた紙を掲示板に貼り出した。
学生たちは、何事だろうかと食事そっちのけで、掲示板前に集まってくる。
《 通 告 》
2年A組 ザク・シャウ・ゴウキ を次の通り処分するものである。
◎ 校則違反内容 酒類の持ち込み及び飲酒
◎ 処罰内容 春期武術大会への参加を禁止する
(上級学校対抗武術大会参加も認めない)
ペナルティー 2
( 追 記 ) 本人の申し出により3月28日付けで、執行部役員を辞任した。
校長はこれを認め、春休み明けに補欠選挙を行うと決定。
執行部役員という責任ある立場にありながら、校則違反をしたことは許されない。
ペナルティーの他に、今回特別に厳しい処罰を加えることを決定した。
「おい、マジかよ……飲酒って……」
「でも、そんなのよくあることじゃん。なんでこんなに厳しいの?」
「ザクって、馬術の代表が決定してたよな?」
「自業自得だけど……執行部役員も辞任して、これからどうするんだ?」
掲示板を見た学生たちの殆どが、あまりにも厳しい処罰内容に同情的になっていた。
なんで飲酒なんか……あんなに勉強も馬術も頑張っていたのに……と、同じクラスの学生はガッカリして肩を落とした。
応援していたのにと、裏切られた気持ち半分、残念な気持ち半分、複雑な気持ちで掲示板の前から離れていった。
その頃執行部室では、イツキからの伝言を聞いたエンター部長が、既に執行部室に来ていたザクに、作戦発動を告げていた。
「昨日付けで執行部役員ではなくなっているが、皆に挨拶をしてから部屋を出ていけばいい。ブルーニの前で、堂々と自ら辞任したと言ってやれ。そしてこれからもよろしく頼むぞ」
「はい部長。これでスッキリしました。こんな僕を信じてくださり、あ、ありがとう……ございました……これからも……よ……よろしくお願いします」
ザクは涙を我慢できずに、声が詰まってしまったが、下を向かず真っ直ぐにエンター部長を見た。そしてエンター部長から差し出された右手を見て、拭いた涙がまた溢れそうになりながら、自分も右手を出して堅く握手を交わした。
それから5分後、ブルーニはドエルとブルーニ親衛隊のFをつれて、風紀部室に来ていた。
「インカ隊長、今日は告発に来た。ここに居るFが、執行部のザクについて告発したいことがあると言うので、連れて来た。話を聞いてやってくれ」
そう言うとブルーニは、風紀部室を後にして、隣の執行部室へと向かった。
「お前の告発は後で聞く。未だ役員全員が揃ってないんでな。その辺に座っていてくれ。じきに揃うだろう。まあ色々とな」
インカ隊長は告発者Fを会議用のテーブルの所で待つように言って、思わせ振りに右口角を上げて、ニヤリと笑った。
そして、いよいよ心理戦発動の時がきたと、ワクワクする気持ち半分、敗けられないと思う気持ち半分で、イツキと副隊長ヤンの到着を待つことにした。
2年B組のFは、風紀部室の居心地の悪さに、早くザクのことを話して帰りたいと思ったが、インカ隊長の機嫌の悪さと、同じ軍コースB組であり風紀部2年部隊長パルの、刺すような視線が居た堪れず、ずっと下を向いていなければならなかった。
「なんか俺、この前2階から落ちた時のことを、思い出せそうな気がしてきた。もしかしてザクについての告発って、その時のことか?違うのかF?」
「ち、違うよ・・・あの時のことじゃない」
「ふーんそうなのか……そう言えば、あの時お前も居なかったっけあの場所に?」
「へぇっ?い、い、居なかったよ、お、俺は・・・」
「おかしいなぁ……?教室の前とか階段とかですれ違ったのかなぁ……」
気の弱いFは、ガタガタと小さく震え始めた。
実はパル、つい最近あの時のことを思い出し始めていたのだ。ただ残念なことに、誰が自分を突き落としたのかは思い出せていなかった。確かに体を突かれた記憶はある。しかし、あの場に居たのは4人ではなく、5人だったような気がして、ずっと何かがもやっと引っ掛かっていた。
『なるほど……こいつ(F)絶対何か知ってるな!』
パルは確信してニヤリと笑うと、皆が集まるまで遊んでやろうと決めたのだった。
「あー左腕がまだ痛い。インカ隊長、もしも俺が突き落とされたのだとしたら、犯人はどうなるんだろう?停学?それとも退学?」
「何言ってんだパル。そんな奴は即刻警備隊に引き渡しだ。命を狙ったんだ。しかも故意にな。まあ3年くらいは刑務所入りだろう。もしも犯人が貴族だったら、親の仕事にも響くだろうな~。王宮勤めならクビだろう。役職なしの領地だけ管理してる貴族でも、世襲無しになるかもな……」
そんな現実とはほど遠い内容のことを言いながら、インカ隊長もパルの話に合わせてFを追い込んでいく。
この場にヤンが居たら、もっと背筋も凍るような事態になっていただろうが、幸運なFは、全然幸運そうじゃあない顔をして、唇を強く噛みながら、めちゃめちゃ顔色が悪くなっていた。
その頃執行部室では、ブルーニが校則違反について雄弁に語っていた。
しかし、ブルーニがやって来る少し前、ザクは全員に真実を告げて、頭を下げて謝罪し終えていた。
誰も何故そんなこと?とは聴かなかった。もう過ぎたことなのだから。
エンター部長から、ヤマノ組の工作員を任せていたと知らされても、役員全員にがっかりしたと叱られ、呆れられ、バカだと言われ、自業自得と断罪された。
だからこそザクは嬉しかった。本気で叱ってくれた仲間に対して、感謝の気持ちで一杯になった。ここから本当に自分は生まれ変わるのだと自身に誓った。
「伝統と格式高い我が校で、恥さらしのような校則違反をするものが居る。特にこっそりと酒を持ち込み飲む奴だ。学校は勉強をする場であり酒場ではない」
「珍しいですねブルーニ先輩。貴方がそんなに校則を気にしていたとは知りませんでした。それにいつもサボっている貴方が、今日は仕事をする気になったのでしょうか?」
柔らかい口調でブルーニに嫌みを言っているのは、ブルーニと同じ副部長の2年のヨシノリである。
ヨシノリは、ブルーニが執行部室に入って来た時から、ブルーニの体を覆っている黒い煙が見えていた。
イツキの神力により授かった、こめかみの《青い星の印》の能力で、悪意ある者が見分けられるようになっていた彼は、気分が悪くなりそうな程の悪意を見て、ハーッと深い溜め息をついた。
ザクは自分を陥れようとしているブルーニの言葉を聞いても、顔を見ても、初めて怖くないと感じていた。
懺悔する前の自分が、一番恐れていた瞬間が今なのだが、既にこの場にいる皆は己の罪を知っている。
何よりも、イツキが言い放った「ブルーニはただの操り人形に過ぎない」という言葉が、気持ちを強くしてくれていた。
ザクは椅子から立ち上がると、計略と罠を巡らせるくせに、自分では何も出来ないブルーニの前に立ち、にっこりと笑った。その笑顔は、ブルーニがこれまで見たこともない笑顔であった。
ブルーニはザクの笑顔を見て、訝しそうな目付きで首を傾げる。
『この笑顔はなんだ?いつもオドオドして、視線も合わせられなかった奴が……どういうことだ?エンターが味方なら処罰されないとでも思っているのか?』
「ブルーニ先輩、いろいろお世話になりました。この度執行部役員を辞任することにしました。先輩には本当にたくさんのことを教えて頂きました。お陰で僕は少しだけ強くなれたと思います。僕の後任が誰になるのか楽しみです。未だ前期の途中ですから、ドエルは立候補出来なくて残念です。皆さん、お世話になりありがとうございました」
ザクは不思議なくらい肩の力も抜け、声も震えず、きちんと挨拶ができた。
「おいザク!お前執行部を辞めて逃げるつもりか?それで済むと思うなよ!お前ごときが……犯罪者の分際で、勝手な真似が出来ると思っているのか!」
ブルーニは、自分の用意した筋書きとは違う展開に激怒し、勝手に執行部を辞めようとしているザクを、睨み付けながら罵声を浴びせ恫喝する。
「ああ、自業自得だ。自分の犯した罪は自分で償え!でもお前なら頑張って、またここの一員になれるさ。もう酒なんか飲むなよ!」
書記で2年のミノルは、冷たくも温かい言葉で仲間を送る。
もうザクは泣かなかった。スッキリした顔で全員を見て、ゆっくりと頭を下げてから、静かに執行部室を出ていった。
『何だって?もう酒を飲むな……?まさかザクの奴、こいつらに本当のことを話したのか?』
ブルーニは、全員の前でザクの校則違反を暴露し、学校に居られなくしてやるつもりだった。あれだけ飲酒がバレることを怖がっていたザクが、自らバラすとは全く予想していなかったのだ。
当然執行部は辞めさせられ、信用を失い、到底学校には居られなくなる筈だった。
『いや待てよ・・・まだ大丈夫だ。隣の風紀部室で告発しているから、執行部の奴等に飲酒を告げても、風紀部か校長に自ら申告しない限り、罪は重いままだ……フッ、作戦通り俺の親衛隊が、夕食前にはザクの校則違反を触れ回る。まさか校長も執行部辞任だけで許す筈がない。俺に逆らった罰を、必ず罰を与えてやる』
「それでは、春期武術大会における執行部の仕事と、明日の1日王宮職場体験の配置確認、それから選抜選手の壮行会について話を進めるぞ。ヨシノリ、資料を配ってくれ」
「承知しました部長」
エンター部長もヨシノリ副部長も、ザクのことなど何も無かったかのように、議題に入っていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話は、春大会入賞者の1日職場体験の話です。
【訂正】(誤)ドエルは不思議なくらい肩の力も抜け
(正)ザクは不思議なくらい肩の力も抜け