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春期試験

 1098年3月26日、いよいよ今日から29日まで、4日間に渡り春期試験が行われる。

 試験が終われば、4月2・3日に行われる春期武術大会に向けて、1日中武術の稽古に時間が充てられる。

 武術大会で入賞すれば、春休み(4月5日~20日)に開催される、上級学校対抗武術大会(4月8・9日)に出場することができるのだ。


 上級学校対抗武術大会に出場することは、名誉なことであり就職に有利になる。その為、学生たちは選抜選手になろうと必死で努力するのである。

 選ばれれば直ぐに家族に報告し、大会の応援に来てもらう。親にとっても自慢の子どもの晴れ舞台は、是が非でも観戦したいところである。

 大会終了後は、迎えに来た家族と共に(国立上級学校は殆ど貴族)馬車で実家に帰っていく。



 イツキが軍学校から帰った次の日(16日)、上級学校は試験勉強週間に突入し、イツキは普段以上に忙しかった。

 部活は無いのに、勉強を教える為あちこちを駆けずり回っていたのである。

 特に力を入れたのは、発明部の先輩たちに教える外国語である。

 今年の卒業生から、隣国ミリダ王立工業学院と先進学院に各1人ずつ留学できると決定したので、何がなんでもミリダ語で評定Aを取らなければならなかった。


「いいですかユージ先輩、ここには接続詞が必要です。文法を理解しなければ筆記試験は全滅ですよ。ああ、クラテス先輩、そこの動詞は過去形ですよ!」


ミリダ語に苦手意識が強い先輩たちは、なかなか勉強が進んでいかない……


「イツキ君、ちょっと休憩を取らないか?ほら、その、1度に詰め込むと頭が混乱するというか、覚えられないというか……なあクラテス?」


部長のユージは、始まって20分しか経っていないのに、イツキに休憩を要求する。


「ほっほー、随分と余裕ですね。僕はあと10分したら化学部に行かなくてはなりません。その後は植物部です。僕は僕の親衛隊の全員に、不可を取ったら親衛隊を辞めて頂くよう指示しました。発明部の皆さんは親衛隊ではないので、もしも先輩方のうち誰かが不可を取ったら、僕が責任をとって発明部を辞めることにしましょう……か?」


イツキは怖い顔をして、先輩方に部活を辞めるぞと提案(脅し)してみる。

 たちまち先輩方は顔面蒼白になり、あわあわと動揺する。


「い、嫌だなイツキ君……じょ、冗談だよ冗談。さあみんな気合いを入れるぞ!」

「オオー!」


ユージ部長は冷や汗を拭きながら、イツキ君が綺麗な顔で怒ると、こんなにも怖いんだと実感し【幸運な部活者】であり続けるために、己と部員たちに気合いをいれた。

 イツキはクスッと笑いながら、発明部の部室である工作室の黒板に、ある例文を書き込んでいく。


(1) 僕は君が好きです。僕は君が好きだった。

(2) 僕は彼女とデートしたい。僕とデートしてくれませんか? 僕は彼女にデートを申し込んだ。

(3) 彼女は美しい人だ。彼女は美しい人だった。君はなんて美しいんだ。

(4) いつデートしますか? 明日ですかそれとも明後日ですか? では明日にしましょう。

(5) どこに行きますか(行きたいですか)? 僕は公園がいいと思うが君は何処がいい?

(6) 僕は彼女と公園に行った。公園には美しい花が咲いていた。

(7) 手を繋いでもいいですか? 僕は彼女と手を繋いだ。

(8) 好きな人は居ますか? 僕と付き合って貰えませんか?


「この例文を明日までに絶対暗記してください。1人でも暗記できていなかったら、僕はもう教えに来ません。僕に先輩方の本気を見せてくださいね。では明日」


イツキはミリダ語の下にレガート語訳を書いた例文の暗記を指示し、「ではごきげんよう」と笑顔で挨拶をして、化学部の部室へと向かった。

 その後先輩方は、死に物狂いで例文をノートに写し、暗記を始める。何度も何度も書いて覚えようと思った。が、しかし、何故か思ったよりも直ぐに暗記できた。

 年頃?の男の扱いを、軍学校で身に付けていたイツキの作戦は、直ぐに功を奏した。

 人は己に役に立つことを覚えるのは、あまり苦にならないものである。

 心は既にミリダ国に留学して、自分に訪れるであろう楽しい学校生活の、想像と妄想の世界へと飛んでいた。





 イツキが実験室のドアをそっと開けると、化学部と植物部の皆さんが、難しい顔をして懸命に勉強に励んでいた。

 元々勉強好きの多い2つの部活は、成績も上位の者が多いのだが、中には残念な者も居る。そんな残念な学生の横で、鞭ではなく物指しを持ったクレタ部長とパルテノン部長が、物凄く怖い顔をして立っていた。


「お前、それでも化学部員か!後期からイツキ君の親衛隊に入りたいなら、満点取る気でやれ!うちの部は、平均点以上が目標だから、不可でなければいいとか、甘いことを考えていたら、〈〈 バシッ 〉〉分かるよな?」


怖い……怖すぎるだろクレタ先輩……机を物指しでバシバシ叩くのは止めてあげて…… 


「いい度胸だな1年生……この俺に、植物部部長に恥をかかせる気か?うちの部は入るのは簡単、でも卒業まで居られるのは4分の3だ!その代わり、最後まで残った者は、文官として就職100パーセントを誇る、伝統と格式のある部活なんだ」


パルテノン先輩は、物指しで自分の掌をパシパシしながら脅しをかけている……

 厳しい……やっぱり上級学校は軍学校より厳しいところだ。いや、でも、運動部の皆さんはワイワイガヤガヤと楽しそうに勉強していたような……?

 思わずイツキは、開いた実験室のドアをこっそり閉めようとしたが、クレタ先輩と目が合ってしまい、中に入らざるを得なくなった。


「やあイツキ君いらっしゃい。みんな楽しみにしてたんだ。1、2年生は3年生が勉強を教えるので、申し訳ないが3年の数学と物理、それから外国語を少し教えて貰えると助かるんだが……どうだろう?」


「「しかしクレタ、3年の問題だぞ……?」」


当たり前のように3年生の問題を教えて欲しいと頼むクレタに、同じ3年の数人が疑問を投げ掛けた。


「分かりました。僕で分かる問題なら教えましょう」


イツキは普通に答えて、3年生からの質問を、丁寧かつ親切に指導するのであった。

 当然イツキに答えられない問題はなかった。数問見たことのない問題があったが、教科書を見て直ぐに理解し説明する。


「なあイツキ君……なんで上級学校に来たんだ?この学力なら、イントラ連合高学院にも合格出来そうだけど……?」


パルテノンは、つい疑問に思ったことを口にした。


「そうですね……あそこは16歳からの入学なんです。僕はまだ14歳ですし、それにもう高学院の学習内容は、だいたい終えています」


「な、な、なんだって?!イントラ連合高学院の勉強を、お、お、終らせた?」


イツキは、パルテノン先輩にだけ聞こえるよう小さな声で説明したが、パルテノン先輩が大声で叫びながら立ち上がってしまったので、実験室に居た30人近い学生が、全員その叫び声を聞いてしまった。

 なんの話だ?と皆の視線がパルテノン先輩に集まる。

 クレタ先輩が慌ててパルテノン先輩を座らせて、言い訳するように付け加えた。


「イツキ君は、既にイントラ連合高学院の、受験に必要な勉強を終らせたんだな?」

「あぁはい。受験に必要な勉強はしましたが、まだ14歳なので受験できません」


イツキはクレタ先輩に話を合わせて答えた。パルテノン先輩は、まだ目を見開いたまま固まっているが、そっとしておこう。


「俺はこの冬、高学院を受験するんだ。医療コースの医師と薬剤師の両方を受験して、受かった方に進むつもりなんだけど、ゴクッ、イツキ様……よろしくお願いします」


パルテノンは、唾を呑み込みながら、イツキの右手をがっしりと強く掴んで、涙目で懇願してくる。


「僕はいろいろ忙しいので、昼休みしか時間が無いような……ええっと……」


「パルテノン、お前イツキ君を困らせるな!すまないなイツキ君。こいつはイントラ連合高学院のこととなると、我を忘れるんだ。本当にもう……」


イツキが何となく困っているのを見て、クレタはパルテノンを叱りながら謝る。


「いいえクレタ先輩いいんです。僕はパルテノン先輩は、将来農学の未来を背負う人に成ると思っていますから、薬学は修めておいた方がいいと思います。そして将来、上級学校で植物学と農学を教える教師に成って欲しいと願っています」


イツキは突然自分の脳裏に浮かんできた映像が、パルテノンの未来であると確信し語った。そしてその為には、国立の研究機関が必要であると思うのだった。


『次に国王様にお会いする時に、早速農業開発部の設立を提案してみよう』


 イツキはつい自分の世界に入り、この国の食料安定供給の為に、パルテノンが努力している未来を想い描いて、嬉しくなってしまう。

 こういう未来予想の映像が、希に視えるようになってきたイツキである。


 隣の席で、イツキの言葉を聞いて感動の涙を流していたパルテノンは、ふと向かいの席の親友クレタが、同じように泣いてくれている姿を見て、何がなんでも合格するぞと思うのだった。

 クレタは、リース(聖人)様かシーリス(教聖)様であるイツキ君が語った未来なのだから、恐らくそれは間違いのない未来なのだろうと思い、親友の夢が叶えられると喜んだのだった。





 何だかんだしている内に、とうとう春期試験が始まってしまった。

 そして気付けば今日はもう3月29日であった。


「やった~終ったぞ~!」「ダメだー欠点決定だー」「さあ武術大会だー」と、最終試験科目を終了した学生たちは、開放感から万歳をする。


 試験の結果は、全順位が4月1日に食堂の掲示板に貼り出される。

 因みに追試は、4月4日に決まっていて、それも落とすと夏休みに課外授業を受けることとなる。

 今日は午前で試験は終わりだから、午後は全員が自由時間となり、多くの者は睡眠不足のため、昼食後昼寝をするらしい。


 イツキは風紀部の招集がかかっているので、同じく執行部の招集がかかっていた親友のナスカと一緒に、昼食後特別教室棟へ向かった。

 途中特別教室棟の前で、最近はあまり問題行動を起こしていなかった、ヤマノ組の皆さんと出くわした。

 その中に、ルビン坊っちゃんとお付きのホリーの姿は無かった。ということは、やましいことを企んでいるとみて、間違いないだろうとイツキたちは思うのだった。


『そろそろザク先輩を陥れるのかもしれない』イツキの感がそう告げていた。


 ここのところ、ヤマノ組の悪巧みは全て未然に防がれていた。それはひとえにザク先輩の工作員としての、活躍の賜物だったのだが、どうやらブルーニが気付いたのだと直感が働いたイツキである。


「ナスカ、僕は職員室に行ってくる。エンター部長とインカ隊長に、作戦Zを発動させると伝えてくれ」

「?、作戦Z?分かった。至急伝える。気を付けろよ」


ナスカは、ザクがヤマノ組に弱味を握られて、犯罪擬いのことをしたことや、校則を破ったことを知らなかった。

 ザクが直接懺悔した、エンター部長とインカ隊長とイツキしか、知らないことだったのである。


 イツキから報告を受けたフォース先生は、ある学生の処罰の書かれた紙を持って、教頭と共に食堂の掲示板の前に立っていた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

【訂正】(誤)クレタは、リース(聖人)であるイツキ様

    (正)クレタは、リース(聖人)様かシーリス(教聖)様であるイツキ君


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