イツキ、剣の稽古をする
新章スタートしました。
これからもよろしくお願いいたします。
馬車の窓から、上級学校の高い壁が見えてきた。
「フィリップ、僕は昨日の祈りの時、神の言葉を2つ聞いた。1つは王様とリバード王子の命が、皇太子選定に入ると危なくなるという内容。もう1つは、春休みに僕が刺客に襲われるという内容だった」
「刺客ですか?それは誰です?」
フィリップは顔色を変え、真剣な眼差しでイツキを見て問う。
「恐らくブルーニの手の者か、本人かもしれない。しかし、その時がチャンスだ!洗脳者には、正義を説いても意味がない。本当の力で示さねば、洗脳を解くことなど出来ないんだ。そろそろ僕も、剣の練習を始めようと思う。フィリップ、今から練習に付き合ってくれないか?」
「はい、良いですよ。ただし、春休みになったら出掛ける時は、必ず私か【王の目】の者をお連れください。ああ、春休み以外でも必ず護衛させてください」
心配性のフィリップは、イツキの顔を覗き込むようにお願いする。
「う~ん……分かった。でも、春休みの刺客には、わざと襲わせて捕らえなければならない。僕は罠を仕掛けるつもりだから、余計な手出しはしないでくれ」
イツキの指示にフィリップは返事を返さなかった。大切なイツキを襲う奴等など殺したいところなのに、ただ捕らえるだけなんて……そんな難しいことが出来るだろうか……未だ起きていない事件で、真剣に悩むフィリップである。
馬車は上級学校の門を潜り、教員室棟の前で停まった。先に降りたフィリップが、誰もいないことを確認しイツキも馬車を降りた。
イツキは体育館で待っていてくれとフィリップに言い、寮の部屋へ着替えに戻った。
殆どの学生や教師が外出しているが、中には残っている者が居る。部屋を開けたイツキは、意外にもナスカの姿を見付けてニヤリと笑う。
「ナスカ、剣の練習をしないか?」
「あれイツキ?もう帰ってきたのか?剣の練習なら午後3時から、選抜選手の練習があるから……今から始めるとなぁ……ああぁでも、1度戦ってみたかったんだ」
「じゃあ決まりだ。早く行くぞ。ゲストもいるから、きっと楽しいぞ」
春の穏やかな陽射しの中、親友と楽しそうに話しながら歩いて体育館に到着すると、中から練習する剣の音がカンキンと聞こえてきた・・・誰だろう?
覗いてみると、フィリップと剣術部顧問のフォース先生が手合わせしていた。
イツキがリバード王子を助けた翌日、上級学校にイツキを送って来たフィリップは、後進の指導名目で訪れていたので、4時限目の武術に参加し、フォース先生とは顔見知りになっていた。
イツキがフォース先生は協力者だと言っておいたので、安心して手合わせをしているのだろう。2人ともスラリと背が高く、長いグレーの髪を後ろで結び、剣を振るう姿が格好いい。実に楽しそうに手合わせをしている。
「ちょっイツキ、ゲストって【王の目】のフィリップ様?」
「そうだ。頑張れよ!さあ剣を選ばなくちゃ」
イツキは、ぼ~っと立ったままのナスカの背中を叩き、久し振りの剣の練習が嬉しくて、剣置き場まで走って向かう。ナスカは感激しながら「おいイツキ待てよー」と叫びながら走って追い掛ける。
イツキはしっかり体を解した後、ゆっくりと剣の型の練習から始める。
フォース先生は、誰も体育館の中に入れないよう中から鍵を掛けてくれた。
「さあイツキ君、今日は負けないぞ。手加減なしでいこう」
「フィリップさん、僕1年は剣を握っていなかったので、手加減してください」
「それはチャンスだな。益々手加減できません。行きます!」
イツキとフィリップは、およそ2年振りに手合わせを始めた。
最初は軽い運動程度から始まり、20分もするとイツキの調子も上がってきた。何時ものように軽々と剣を避け、左右に飛び、すんでのところでギリギリ間合いをとる。
「フォース先生、選抜選手にイツキ君を入れたら、うちの学校の優勝ですよね」
「ああ、でもそれは無理だ……イツキ君は武術が苦手な学生の振りをするらしい」
ナスカとフォース先生は、目の前の2人の次元の違う戦いの様子に見とれながら、ホーッと溜め息をついた。
その溜め息は、羨望からくる溜め息と、選抜選手に参加させられないことが、残念で堪らない思いからくる溜め息だった。
レガート国に9つある上級学校対抗の、武術大会が春休みに行われる。
その大会に出場する選抜選手は、各競技で補欠選手も入れて8名選ばれるのだ。
競技種目は、剣・体術・弓(2種目)・槍・馬術の6種目で、優秀な選手は3種目まで出場が認められている。
競技会場は毎年持ち回りなので、今年はヤマノ上級学校が会場である。
イツキとフィリップは1時間半の練習であがることにした。ナスカもフィリップと数回手合わせをして貰い、感動して喜んでくれたので、短すぎる時間だったがイツキは満足して練習を終えた。
練習後イツキは、ナスカとフォース先生から上級学校対抗武術大会について説明を受けた。開催日が春休みであり、会場がヤマノだと知ると、ニヤリと笑った。
「フィリップさん、春休みはヤマノ領に行きます。真面目に槍の練習をして、上級学校対抗武術大会に出場します。馬術は……まだ無理だよねぇ……」
そう言いながら笑うイツキの顔は、何かを企む子どものように嬉しそうだった。
イツキとフィリップは体育館を出て、正門の方へ歩いていく。
「どうやらヤマノ領で襲われることになりそうですねイツキ君……」
イツキの持って来てくれたタオルで汗を拭きながら、フィリップは冷めた声で呟いた。
本当は刺客に襲われる為に、わざわざヤマノ領に行くイツキを止めたかった。しかし、剣を合わせてみれば、その才能が一段と開花していたのだ。
イツキは誰かに守られねばならない程の柔じゃない。剣の腕もそうだが、何より精神力が強いイツキを、自分などに止められる訳がないと改めてフィリップは思う。
「ええ、そうですね。ヤマノ領にはまだ行ったことがないので、結構楽しみかもしれません。【奇跡の世代】が集まる日には迎えに来てください。それから、春休み迄に剣を用意して欲しいんです。僕のために剣を選んで貰えますか?」
軍学校時代に校長から貰った剣は、カルート国の王子を助けた時に谷に落としてしまった。旅に出ていた間は短剣しか必要なかったので、自分の剣を持っていなかったのだ。
レガート国では、自分が認めた腕の者に剣を贈る習慣がある。それは目下の者や弟子に対して贈られるのだが、自分の為に剣を選んで欲しいと頼む行為は、最も信頼できる友や仲間やパートナーだと認めた者にしか、依頼されることはなかった。
「はい、喜んで用意いたしましょう」
フィリップは凄く嬉しそうな顔で返事をして、イツキの手の大きさを確認した。
そして2人は不敵な笑みを浮かべながら、徐々に近付いてくる作戦の日の罠を、どう仕掛けようかと考えていた。
3月15日昼休み、フィリップが一般の馬車で迎えに来た。
殆どの学生や教師が昼食中だったので、イツキはナスカに目配せをして、病院の定期検査に行くと言って食堂を出た。校長には既に説明済みである。
「今日は何人くらい集まれそうなのフィリップ?」
「そうですね、アルダスが来るから全員来ると思います。皆アルダス信者だから」
「ハハハ、確かに。フィリップもそうだし、【王の目】の人は特に熱烈だよね」
馬車の中で笑いながら、敬語に近いフィリップの話し方に、諦めの気持ちを笑いに載せるイツキである。
【奇跡の世代】はおよそ50人。キシ公爵アルダスを筆頭にキシ組の4人がその下で指揮を執っている。【王の目】に25人、軍本部に2人、警備隊に3人、建設部に10人、国境部隊に2人、軍学校に2人の計49人だった。
軍学校では全学生と数人の教官が、今朝から明日の夕方まで、野外演習に出掛けて留守になっていた。
今日の軍学校からの出席者は、ハース校長、ワートル教頭、レポル主任の3人で、コーズ教官とマルコ教官は【奇跡の世代】側の人間として出席していた。
武道場には、朝から続々と【奇跡の世代】のメンバーたちが集まり始めていた。
国中から召集されるメンバーたちは、今日集められた目的を知らされてはいなかったが、指揮者であるアルダスが、懐かしの母校に召集を掛けた……それだけで喜び勇んで集合するメンバーばかりであった。
既に責任ある立場の者ばかりだが、何を措いても集まるのが【奇跡の世代】であり、上官たちも「召集です」と言われると、駄目だとは言えない程に、彼等の活躍は目覚ましいものがあったのだった。
イツキとフィリップが途中軽く食事をして、軍学校に到着したのは午後1時40分、出迎えてくれた教頭に案内されて、2人は校長室へと入って行く。
校長室の中には、既に【キシ組】のソウタ指揮官、ヨム指揮官、シュノー技術開発部部長が座っていた。
「あれ?イツキ君?今日は【奇跡の世代】の召集だったよね?」
「お久し振りですシュノーさん、ソウタ師匠、ヨム師匠。今日の召集は僕がアルダス様にお願いしました。詳しいことは、アルダス様より話があると思います」
イツキはそう言いながら、ふと5年前を思い出していた。初めてこの校長室に入ったのは、少年兵採用試験の合格発表を見に来た9歳の時だったと……フッと微笑みながら、リーバ(天聖)様が何故自分を、レガート軍で働くよう命じられたのか……それは全てが出会いの為だったのだと今なら分かる。
自分に必要な人と出会い、共通の敵を倒す為に協力し合う。それらは必然の出会いであり、神により標された道であったと。
約束の午後2時ギリギリで到着したキシ公爵アルダスは、校長室へと通されるや否や、イツキの前で跪きそうになり、イツキとフィリップを慌てさせた。
『何やってるんですか!』的な視線をイツキとフィリップは送り、すんでのところで止めさせたが、時既に遅く……何も知らない2人の師匠とシュノーさんに、怪しむような視線を向けられ、は~っと深く息を吐いた。
「では武道場に向かいましょう。皆キシ公爵に会うのを楽しみに待っていますよ」
そう言いながら席を立つ校長は、とても嬉しそうな顔をしていた。優秀な卒業生であり、自慢の教え子たちが母校に集まり、共に戦う同士となるのだから、喜びもひとしおなのだろうと、先生をしていたイツキは思う。
「ではアルダス様、現状の説明と今回の任務について、皆さんにご説明願います」
武道場の扉の前で、イツキは緊張しながら姿勢を正し、キシ公爵にお願いした。
「何を言っているのです?今回はイツキ先生が指揮を執るのですから、始めからイツキ先生にお任せします」
「「ええっ!」」
その場に居たアルダス以外の者は、驚きの声を上げながら、責めるような視線をアルダスに向けた。もちろんイツキも困った顔になる。
そんなことにはお構いなしで、アルダスは元気よく扉を開いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話は、【奇跡の世代】とイツキの攻防戦?です。