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作戦会議

 3人の教官と2人の教え子に揉みくしゃにされながら、帰ってきたんだとイツキは実感する。

 寮の扉の前には、ハース校長とマルコ教官が立っていて、イツキに笑顔を向けて「お帰り」と声を掛けてくれる。


「学生及び教官は全員整列!秘書官補佐のフィリップ・イグ・マグダス様だ」


家に帰っていると思われたレポル主任が、フィリップと一緒に現れ号令を掛ける。


「王の目のフィリップ様だ!」

「キシ組のリーダーであり、奇跡の世代のリーダーだ!」

「あのお方が我々の先輩であり、憧れのフィリップ様だ!」


学生たちはフィリップの名前を聞いて、憧れの大先輩に対し最高の軍礼をとる。一般的な軍礼は、右手の拳を握り胸の前に当て、両足を揃えて姿勢を正し顎を引いて前を向くのだが、最高の軍礼は頭を下げる。


『マジ良かった!まだ出掛けてなくて。憧れのフィリップ様に会えた』


寮の中に居た学生たちは顔を上げ、キラキラした瞳で扉の前に立つ美丈夫な上官を見つめながら思う。本来なら、お会いすることもない雲の上の人にドキドキする。


「今日は正式な訪問ではない。皆気にせず外出するよう。これから重要な話し合いがあるので、教官室棟には近付くな。分かったか?」

「はい、分かりました秘書官補佐様!」


フィリップの命令に、嬉しそうに返事をする学生たちは、どこかボ~ッとしている。

 すっかりイツキのことなど忘れてしまったようだ。



「只今戻りました校長先生、レポル主任、皆さん。ご心配をお掛けし、申し訳ありませんでした」


イツキは最上級の笑顔で扉の前まで行き、出迎えてくれた古巣の皆に謝り頭を下げた。


「イツキ先生、仕事なんだろう?会議室に場所を移そうか」


校長は笑顔でそう言うと、学生たちにはチラリと厳しい視線を向けて、教官室棟の方へ歩き出す。イツキはポールとカジャクに手招きして、付いて来るよう合図する。



 教官やフィリップやイツキが去った後、益々イツキの正体が分からなくなった学生たちだったが、フィリップに会えた喜びが大きくて、外出するのを取り止める者が続出した。そして、何事だろうと噂し合いながら、あれこれと想像するのだった。



 


 春風が気持ち良く通り抜ける会議室に、休日でも学校に残っていた教官と訓練士、育成士が集合した。総勢10名が会議室の大きな楕円形のテーブルに座る。

 メンバーは、ハース校長、レポル主任、ハイデン教官、マハト教官、軍用犬訓練士のカジャク、ハヤマ育成士のポール、【奇跡の世代】の一員であるコーズ教官とマルコ教官、そしてフィリップとイツキだった。


 イツキが目配せをすると、フィリップが窓とドアを閉める。

 その行動を見ていた軍学校の8人は、違和感を覚えたものの、黙って話が始まるのを待つ。フィリップが一緒に現れたということは、ただ帰って来たことを報告にきた訳ではないと、全員が予想していたのだ。

 イツキは立ち上がり、もう1度頭を深く下げてから口火を切った。


「諸事情あり、僕は現在、上級学校の学生をしています。半分は任務で潜入しているのですが、現在レガート国には大きな危険が迫っています。はっきり言います。それは、国王暗殺とリバード王子暗殺です」


「「えええぇぇっ!!」」


驚く全員を、イツキは右手で制して話を続けていく。


「これから話すことは、既に国王様も秘書官もご存知です。僕は王様から全権を任されてここに来ました。今日より軍学校の武道場は、作戦本部の役割も果たすことになります。先ずはこれまでの経緯をフィリップさんに説明して貰います」


和やかな帰還の挨拶でも、軍学校の為に戻って来た訳でもなく、突然予想外の話を始めたイツキに、8人は顔色が一変する。第一声が国王と王子の暗殺から始まったのだから無理もない。レポル主任は慌てて廊下に誰も居ないか確認する。


 フィリップは、ギラ新教の情報と、リバード王子が2度も魔獣の毒で殺され掛けたこと、現在ギラ新教によって洗脳が進んでいること等を話していく。

 軍学校でも把握していた情報はあったが、リバード王子の暗殺については知らなかった。ましてや国王様の暗殺計画など・・・想像すらしていなかった。


「コーズ教官とマルコ教官は、1回目の隣国の戦乱の時、洗脳者に直接会っているのでお分かりでしょうが、洗脳を解くのは大変難しく、人殺しも戦争も悪いことだと思わないのが特徴です。上級学校の学生でさえ、洗脳者は学生を傷付け教師と妻を殺し、何食わぬ顔で学生を続けています」


 教官の数名はゴクリと唾を呑み込み、ある者は額の冷や汗を拭き、ある者はただ絶句している。こんな大事に初めて関わるポールとカジャクは、真っ青な顔になっている。

 

 イツキはこれからの活動予定として、武道場は【奇跡の世代】の作戦本部になり、指揮を執るのはフィリップであり、全員が集まる時は、自分も武道場にやって来ると話した。


「イツキ先生、1つ聴いてもいいだろうか?」

「はいどうぞレポル主任」

「何故イツキ先生が、国王様から全権を任されたのでしょうか?」


軍学校の全員が同じことを思っていたようで、視線がイツキに集中する。


「それは、僕は今【治安部隊指揮官補佐】として上級学校に潜入していますが、それとは別に、ブルーノア教会のリーバ(天聖)様の命令で動いているからです。今回リーバ様は、共通の敵であるギラ新教を倒すため、国王様と協力するよう御命じになられました」


「・・・リーバ様!」


あまりに高位な人物の名前に、全員それ以上言葉がでない。そんな中、コーズ教官とマルコ教官が、ガタンと席を立つ。


 フィリップが立ち上がり、イツキの後ろで最上級の礼をとったからだった。

 フィリップのその行動で、コーズ教官とマルコ教官は、全てを理解した。

 1回目の隣国の戦乱を終わらせる為に、カルート国へイツキと共に行動していた2人は、イツキの起こした奇跡を何度か実際に体験していたのだ。フィリップはその時から、イツキ先生はシーリス(教聖)様だと思うと言っていたのだ。

 そのフィリップが最上級の礼をとっているということは、本当にイツキ先生はシーリス様なのだと思ったのだった。本当はその上のリース(聖人)なのだが、それはこの際秘密にしておく。


 コーズ教官とマルコ教官も、フィリップの横で最上級の礼をとった。

 リーバ様の命令で動いているイツキ先生に、秘書官補佐という指揮官同等の権限を持つ伯爵のフィリップが、最上級の礼をとる・・・そして2人の教官までもが・・・

 

 コーズ教官とマルコ教官は、誰にもイツキが起こした奇跡のことを話していなかった。しかし、この様子を見れば・・・イツキが何者であるのか、校長やレポル主任、ハイデン教官は、おおよその見当くらいはついた。

 あまりの驚きに、立ち上がって礼をとらなければと思うのだが、体が震えて上手く立ち上がれない。


 ファリス(高位神父)様にも、きちんと礼をとるが、最上級の礼ではない・・・サイリス(教導神父)様であれば、正教会で仕事をしているはず・・・それに14歳のサイリス様など、絶対に居ないだろう。

 だとすれば、教会で神父としては働かず、秘密裏に活動している神父様で、最上級の礼をとる神父様と言ったら、もうシーリス様かリース様しか残っていない。


「フィリップさん、席に着いてください。コーズ教官とマルコ教官も礼を解いてお座りください。私の教会での身分は機密事項ですので、これからも普通に接してください」


「しかし、それでは……私は敬虔なブルーノア信者なのです」


敬虔な信者であるマルコ教官が、納得いかずに礼をとったまま抗議する。


「マルコ教官、それから皆さん、我々はこれからも共に戦う仲間なんです。責任は僕が負いますが、僕は人使いが荒いので、音を上げないよう付いてきてください。先程も言いましたが、敵は命の重さなど何とも思っていない連中なのです。必ず勝利して王様とリバード王子の命を救わねばなりません。これからもイツキ先生と呼んでください。そうでないと、ブルーノア教会の最高機密事項が守れなくなります」


イツキは後ろを振り返り、膝を着いているマルコ教官に笑顔で説明する。

 その笑顔は男とも女とも言えない中性的な笑顔で、美しいと言うか神々しい輝きを放っていた。思わずマルコ教官は、また頭を下げそうになるのを懸命に堪えた。


「さあ、【奇跡の世代】と【軍学校】とで、心理戦で敵を翻弄してやりましょう!作戦内容を説明します。大丈夫ですかハース校長?」


まだぼんやりとしていた校長にイツキは声を掛け、現実世界に引き戻していく。マルコ教官とコーズ教官は急ぎ席に戻る。ポールとカジャクは、今頃になってイツキが二聖(シーリス、リース)かも知れないと気付き、オタオタしているが、イツキは構わずどんどん先に進んでいく。


『ああ、いつものイツキ先生だ。この際、イツキ先生の身分は考えまい……』


校長はそう考えて頭を切り替えた。そして作戦内容を聞くため集中していった。




「それではハース校長、レポル主任、近い内にまたお邪魔します。心理戦で大切なことは、誰が上手に騙せるかです。騙されては負けです。では、よろしくお願いします」


イツキとフィリップは、見送りに出てくれた皆に挨拶をして、軍の馬車に乗り軍学校を後にした。

 



  

 イツキとフィリップはそのまま馬車で、上級学校に向かうことにした。

 毎日会うことも出来ないイツキとフィリップは、ここぞとばかりに打ち合わせをしていく。


 ブルーニ率いるヤマノ組に宣戦布告したイツキは、早目にブルーニとの戦いを終わらせる為、フィリップと【王の目】にブルーニの父親であるダレンダ伯爵を、徹底的に探るよう依頼していた。間違いなく洗脳されている父親と、同時に攻めないと効果がないとイツキは判断している。


「依頼していた件は、まだ時間が掛かりそうかなフィリップ?」

「あと少し時間が必要です。今月中には証拠を揃えられると思います」

「分かった。ついでに他の貴族も頼む」

「承知しました」


 もちろんドエルの父親ダッハ男爵と、ルシフの父親ボンドン男爵のことも探ってもらうイツキである。

 


《貴族の為の国》・・・能力など関係ない、ただギラ新教に選ばれただけの操り人形が、国民を踏みつけ私利私欲を満たす政治をする。貴族こそが全ての貴族至上主義。

《選ばれし者が治める国》・・・邪魔者は排除し逆らう者は殺す。選ばれた者は何をしても許される。それこそがギラの神の思し召しにかなう生き方である。


 イツキは洗脳者から聞き出した2つのキーワードを思い出し、洗脳者と戦うのに、大人だとか子どもだとかは関係ない・・・あるのは正義と破戒者の戦いなのだと自分に言い聞かせる。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話から新章がスタートします。

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