頭脳戦と心理戦
いつもなら60話以内に1シリーズが完結するのですが
上級学校の学生編は、長編になる予定です。
謁見の間に沈黙が流れて数分後、イツキは椅子に座りフーッと大きく息を吐いた。
バルファー王は下を向いたまま何かを考えている。
エントン秘書官もイツキの質問の内容から、洗脳者は直ぐ近くに居るのだと理解し、あらゆる可能性を考えているようだ。
ハビテとジューダ様は、イツキが話した内容など全く聞いていなかったので、互いに顔を見合わせて、何がどうなっているのかを、教会に帰ったらじっくりと聞き出さねば……と頷き合う。
アルダスは、想像していたと言うか、予想された話の内容だったが、まさか国王であり父親であるバルファー王に対し、あそこまで言い放てるリース(聖人)という存在に、自分の見識を改めなければならないと思っていた。
エバ様とその兄ラシード伯爵は、イツキがリースだったことと、本当にリバード王子に危機が迫っていたことに、衝撃を受けたままである。
フィリップは、自分の知らなかったリースとしてのイツキを知り、話した内容も言葉使いも、全てに感動していた。そして必ず守ると改めて誓っている。
「さて、これからどうすべきか……そうですねぇ……ここは王様がお得意の頭脳戦でいきましょう。敵は相当頭が切れますが、洗脳者はそうでもありませんから」
イツキは銀色のオーラを解いて、砕けた感じで微笑みながら言った。
すると全員にかかっていた重苦しい圧迫感が、スッと消えてなくなり、体が急に楽になった。
イツキが謁見の間に入ってから、初めて見せた笑顔である・・・
先程まで怖いくらいの神力を出していたイツキが、笑っただけで、ただそれだけで、部屋中に光が溢れ始め、春風のような暖かい風が、何処からともなく吹いてきた。
今度は癒しの能力【金色のオーラ】を身に纏い、無意識に光を集めている。
部屋の中には、入り込む筈の無い太陽の光が高窓から射し込み、入口の扉付近までを明るく照らしていた。
まるで昼間の外のような明るさに皆は驚いたが、何事も無かったかのようにイツキが笑っているので、誰もそのことには触れず、リース(聖人)の力を、またひとつ体験し感動する。
「エントン秘書官は、ギニ副司令官と知恵を出してください。内乱に勝利した時のように、敵を欺きながら強力な一手を打ってください。楽しみです。どんな手を打つのか決まったら教えてください。作戦は先手必勝でガツンといくことだと、ギニ副司令官が言っていました」
楽しそうに話すイツキの声は、いつものイツキの声だった。
先程までの怖いくらいに研ぎ澄まされた感じではなく、14歳の学生のイツキであり、大人顔負けの頭脳で問題を解決していく、イツキ先生の顔に戻っていた。
イツキは立ち上がり雛壇から下りて、皆の前に椅子を移動し、頭脳戦についてアルダスやフィリップと話し始める。
直ぐに国王と秘書官も参戦?し、輪になってワイワイと議論を交わしていく。
「僕は心理戦でいきます。【レガート城】対【上級学校】の戦いですエントン秘書官。どちらが功を奏するか競争しましょう。もちろん王様には役者として活躍して頂かねばなりません。エバ様もラシード伯爵も、頭脳戦で勝利するために、役に成りきってくださいね」
わくわくしているような表情で話すイツキを見て、今、目の前に居るイツキは、リース(聖人)ではなく、イツキ君なのだと皆は思うことにした。
『本当に、話し方から笑い方まで、妹にそっくりだな』
エントンは懐かしいような、嬉しいような……暖かい何かが胸に落ちてきたような感覚になる。よくカシアが「お兄様競争よ」と言っていたのを思い出し、いつものように「手加減はしないぞ!」とイツキ君に答えてしまった。
「アルダス様、申し訳ありませんが、僕に【奇跡の世代】を貸してください。いい作戦があります」
【奇跡の世代】とは、1084年にバルファー王が偽王から王座を奪還した時に、軍学校の学生だった者の内、卒業後に頭角を現した優秀な同期生たちのことである。
その筆頭に位置しているのがキシ公爵アルダスであり、フィリップを含む【キシ組】を先頭に、アルダスに忠誠を誓い、軍や警備隊、建設部や王の目で活躍している。
「イツキ君になら、皆喜んで従うと思うよ。で、何人くらい必要なの?」
アルダスは、なんだか楽しそうなことになってきたぞと思い身を乗り出す。
「出来れば全員。早い内に軍学校で作戦会議をしたいと思います。作戦本部を軍学校の武道場にしたいので、明日軍学校に行って段取りしておきます」
「なんだか14年前の、王座奪還の時みたいですね王様、秘書官?」
「そうだなキシ公爵、頭脳戦と心理戦……ギニ副司令官が張り切りそうだ」
エントン秘書官はアルダスの問い掛けに、策士としての血が騒ぎ始めた。そして親友であるバルファー王に笑顔を向けた。
イツキも嬉しそうに「ギニ副司令官には負けたくないです」と言って笑う。
バルファー王は、その明るい笑顔が眩しくて、嬉しくて……涙が出そうになる。
『こういう形の接し方もある。リース様であろうと、こうして目の前で生きて笑ってくれている。それ以上のものを望むまい……カシア、イツキ君を産んでくれてありがとう。役立たずの王だと思われないよう、全力でこの国を守るよ』
いつの間にか皆が笑顔になっている。暖かい気持ちになっている。そして前向きに頑張ろうと誓っている。
ハビテは謁見の間に降り注いでいる、イツキの【金色のオーラ】を見ながら、イツキの成長をまた感じた。
◇◇◇ ハビテ ◇◇◇
ラミル正教会へ向かう帰りの馬車の中で、イツキは無口だった。
窓の外を見ながら、何かを考えているような、ボーッとしているような・・・少し疲れた顔をして、俺やジューダ様と視線を合わせることはなかった。
つい先程まで、父であるバルファー王と伯父であるエントン秘書官と、楽しそうに話していた。その余韻を噛み締めているのかもしれない・・・
ほんの少しの間だけ、教会到着までの15分足らずの間だけ、イツキはただのイツキに戻っている。
産まれてからこれまで、ずっと全力で頑張って生きてきた。
昔から弱音を吐かない。リーバ(天聖)様の無茶な命令にも従う。
9歳で軍学校に入り先生をしたり、隣国の戦争を2度も終局させたり、黙って姿を消し旅に出たり……やっと普通の子供みたいに上級学校に入学したけど、それだって任務だ。
本当は国王様やエントン秘書官に、キアフだと名乗りたいのかもしれない。いや、イツキのことだから、そうは思っていないだろう・・・でも、血の繋がりというものは切れるものではない。
きっと懸命に、リースの仮面とイツキ先生の仮面を被っていたのだ。
俺だから、赤ん坊の時からずっとイツキを見てきた俺だから分かる。今のイツキの顔が、本当の素顔なのだと。
リースという立場と、王子という立場の両方から、イツキはこのレガート国を守りたいのだろう。またいつ何時、国外の活動に出るようになるのか分からない。
ランドル大陸を救う運命の【予言の子】なのだ。
いつまでも、レガート国だけを構ってはいられないだろう。これから戦いは本格化するのだから。
そんなことを考えながら、遠い目をして空を見上げているイツキを見ると、ふと、涙を零したような気がして視線を反らした。
俺が見ていたら、涙も零せないかもしれない・・・
いつも心配性だと文句を言うイツキが、心配させまいとするに違いない。
泣いたっていいんだイツキ・・・もっと俺に甘えていいんだ。
「ハビテ、今日は礼拝堂で……神の声も聞いたから……なんだか疲れた……少し……眠らせて……甘えて……ごめ……」
イツキはそう言うと眠ってしまった。教会に到着しても起きなかった。
いいんだイツキ……疲れたんだな。眠ればいい・・・お前は頑張り過ぎなんだ。
◇◇◇ エバとラシード伯爵 ◇◇◇
「お兄様、リース様はリバードと1歳しか違わないのに、まるで大人のようですね。いえ、その辺の大人よりも大人ですね。お母様を産まれて直ぐに亡くされ、厳しい教会で育てられ、きっとリバードの何倍……いいえ、何十倍も努力されたのでしょう。私はこれから強くなります。リバードにも厳しくします。リース様に、いえ、イツキ様のお言葉を胸に、必ずリバードと王様を守って見せます」
私もイツキ様のお母様のように、きっとリバードを守り、王様も守って見せる。
イツキ様のお母様が命と引き替えに、イツキ様を守って頂いたから、リバードはイツキ様の奇跡で助けて頂けた。この恩を御返しする為にも、必ず2人を守ります……
「そうだエバ!2度と王妃様の側に居る者を近付けるな。キシ公爵の調べでは、前回の魔魚の毒は、ヤマノ出身の医官が持ち込み、ヤマノ出身の侍女が食べ物に混入したようだと結論が出たらしい。リース様の毒返しで死んだのは医官だけだったが、侍女は倒れたが一命を取り止めたようだ。その侍女は王宮を去ったが、現在【王の目】の監視下にある」
俺の仕事は王宮の使用人の人事だ。
これからは、ヤマノ出身の者を採用しない。出身地を誤魔化している可能性のある者は、決してリバード王子に近付けさせない。
これから、全ての使用人の出身地を洗い直そう……特にヤマノ出身者の就職の、推薦者が誰なのかを重点的に調べよう。これは人任せには出来ない。秘密裏に調べなければならないことだ。
「イツキ様のご指示通り、リバードは今月中に中級学校を辞めさせて、こっそり教会で勉強させます。魔魚の毒の副作用で、勉強に集中できなくなり、毎日ラミル正教会病院に通う振りをして、猛勉強をさせます。サイリス(教導神父)ハビテ様付きのクロノス神父が指導してくださるそうです。クロノス神父は、上級学校を首席で卒業された秀才なんですって。ああ、神様、ありがとうございます。その上現役の学生の4人の皆様も、休みの日に来てくださるなんて……私、必ずリバードを合格させます」
「ああ、うちのケンも、夏休みには指導していただく。イツキ様の後輩として入学させるのだ!」
「はい、お兄様!」
2人は固く手を握り合い、これからの戦いに向けて気合いを入れていくのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。