戦うという現実
レガート城西側4階の謁見の間は、主に家臣や領主や上奏に来た民に会う時や、火急の報せを受ける時、又は、重要人物を招いて大臣たちに引き合わせる時に使われる部屋である。その時は必ず王の側には秘書官や、大臣クラスの者が控えている。
イツキはアルダスとフィリップと共に、謁見の間の前に立ち呼吸を整える。
アルダスが豪華な装飾の施されたドアをノックし、中に入り来客を王に告げる。
「ブルーノア本教会より、リーバ様の御名代が到着されました」
キシ公爵アルダスの後ろにイツキ、その後ろにフィリップが続いて入っていく。
キシ公爵の言葉を聞いたバルファー王は立ち上がり、雛壇を下りて名代を迎える。
エントン秘書官、側室のエバ様、ラシード伯爵は、正式な礼をとり頭を下げる。
リーバ(天聖)様の名代に対し、失礼などあってはならないのだ。
イツキは気持ちを落ち着けようと、部屋の中を見渡す。
謁見の間の奥には雛壇があり、木彫りの装飾が施され、磨きあげられた壇板は美しく黒光りしていた。その上に置いてあるのは、大きな王の椅子である。背凭れには金箔が貼られ、レガート王家の家紋が浮かび上がっていて、王に相応しい椅子であろう。
部屋の両側には、揃いの椅子が10脚程配置してあり、右の壁にはレガート国の歴史を描いたと思われる大きな絵画が掛けられている。左の壁には絵画にも負けない大きさの、レガート国の地図のタペストリーが掛けられていた。
床の絨毯は深緑の葉の柄で、深紅のバラの図柄が織り込まれている。毛足は短いが固くなく柔らかくなく、歩き易いが踏むのが勿体ない豪華さであった。
部屋の窓は高窓になっていて、外からは部屋の様子が分からないようになっている。その分鉱石ランプが天井に幾つか設置されており充分に明るい。
入室してきた名代を見たバルファー王は、イツキに似ていることに驚いた。いや、髪型は違うが間違いなくイツキ君本人だ・・・頭が混乱した王は言葉が出てこない。
「皆さん礼をお解きください」
そんな驚いた表情のバルファー王の様子を見ながら、よく響く清らかな声でイツキは礼を解いた。皆はゆっくりと頭を上げていき名代様を見た。
『えっ?イツキ君?何故君が・・・』
秘書官、エバ様、ラシード伯爵は、状況が呑み込めず固まる。
本来なら部屋の外で脱いでおくべきコートだが、礼を解いた皆が見ている前で、イツキはさらりと脱いでいく。
すると、イツキが脱いだコートを、新しいサイリスのハビテが、右膝をついて恭しく受け取り頭を下げた。
コートの下から現れた神服は、ブルーの生地に濃いブルーの縦のラインが、肩から裾まで前後に2本入っていて、そのラインには、銀糸でびっちりと見知らぬ文字が美しく刺繍してあった。
『青い神服!そしてサイリス様が跪かれた・・・!』
この場に居る4人(国王、秘書官、エバ、ラシード)は息を呑んだ。
4人は敬虔なブルーノア教の信者である。青い神服とサイリス様が跪く……それらが何を意味しているのか……
それは、目の前のイツキが、サイリス(教導神父)よりも格上の神父様であるという意味だ。サイリスより格上となれば、もう、シーリス(教聖)かリース(聖人)かリーバ(天聖)の、三聖しか残っていない。
基本的にランドル大陸において、サイリスは国王とほぼ同等位と見なされている。
故に、シーリス以上であれば、国王といえど正式な礼をとらねばならないのだ。
「バルファー王、私は何処に座れば良いでしょうか?」
「・・・」(ハビテとジューダを含む全員)
イツキはこの瞬間を、どう迎えるべきか思案していた。自分のことを息子や甥、ましてやこの国の後継ぎとなる存在だと、誰も決して望まないようにする方法……それを思案した結果が、この一言に全て込められていたのだ。
「申し訳ありません名代様。こちらにお座りください」
バルファー王は、あまりの衝撃の大きさに、迷いの表情を隠すことも出来ないまま、自分の王の椅子を右手で示し、自らは下座に下がり正式な礼をとった。他の者も改めて下座であるドアの近くまで下がり、最上級の礼をとり深く頭を下げる。
「ハビテ、そこの椅子を上に。皆さん礼を解いて椅子にお座りください」
イツキはサイリスのハビテに、並べてあった椅子を雛壇の上に置くよう命じる。
雛壇の上に有った王の椅子には座らず、違う椅子を選ぶことで、自分は王座になど決して座る気がないことも示す。
雛壇の上に据えられた椅子に向かうイツキは、神服の銀糸の輝きの影響か、顔が輝いて見える。立ち姿も歩く姿も神々しい。
ただ、流れる空気は緊張でピリピリしていた。
三聖以上の神父の持つ威厳と言うか、支配する者が放つ独特の気配に、ハビテを含む部屋に居る全員が、気圧されてしまっている。
『これかぁ……王様や秘書官が悲しむというのは……国王である自分よりも上座に座る息子なのだ。今更王子だとか後継ぎに望む訳にはいかない。イツキ君……君の覚悟は、あまりにも大人だよ……まだ甘えたい歳だ。それなのに親子の名乗りをせず、父親として、伯父として関わらせることを、見事に拒絶したんだ』
アルダスは光輝くようなイツキの姿を見ながら、心の中で大きな溜め息をつき、鼻からゆっくり長く息を吐き瞳を閉じた。そうまでして敵と戦う……イツキの使命を思うと、切なさで胸が締め付けられた。
バルファー王と秘書官に視線を向ければ、その瞳は驚きではなく、衝撃?……決して喜びではないだろう……絶望ではないが、我が子を抱き締められない悲しみ……そう、探し求めた大切な子どもなのにだ。
アルダスはギニ副司令官から聞いたことがあった。
国王様は、今でも暗殺された婚約者を1番愛していると。そして、守れなかった後悔の念に苦しまれていると。死んだと確認できない愛する息子を、極秘でずっとずっと探し続けていると。それを希望に秘書官と共に頑張っているのだと・・・
やはりあれは、悲しみの表情なのだろう・・・愛した婚約者に生き写しの息子が、目の前に居るのに名乗ることが出来ない。
それに、確めた右腕には《印》など無かったと、自分は報告するのだ。
『王様、秘書官、申し訳ありません。私はイツキ君に終生協力すると誓ったのです』
「皆様、極秘で教会の活動をしていた為、皆様には教会の身分を隠していましたが、もうそんなことを言っている場合ではなくなりました。今、この国に迫る危機を思うと、身分を明らかにして協力しなければならないのです。はっきり申し上げます。このままだと王様は、皇太子を決定する前後で命を落とすことになるでしょう」
イツキは真剣な表情で断言する。そして、意識して銀色のオーラを纏っていく。
能力者のオーラの色が分かるハビテは、イツキのオーラを見てギョッとする。
話の内容にも驚いたが、何故今この場で、《裁きの能力》を使うのだろうかと。
「「今の話は本当ですかイツキ君?」」
秘書官とキシ公爵が、叫びながら同時に椅子から立ち上がる。
サイリスのジューダが、オホンと咳払いをして不快を示す。
「申し訳ありません。イツキ……様?なんとお呼びすれば良いでしょうか?」
秘書官は慌ててサイリス様とイツキに頭を下げた。
「構いません。我々は共に戦う仲間であり戦友みたいなものです。どうぞ普段はイツキ君とお呼びください。正式な……そうですね、私が上座に居るときは《リース》とお呼びください」
イツキの言葉を聞いた国王と秘書官は、顔を歪めハーッと息を吐き肩を落とした。
せめてシーリス(教聖)様であれば、今後、国王としてリーバ(天聖)様に依頼すれば、仕事を頼んだり相談に乗って貰ったり、来城して貰うことが出来る。
しかしリース(聖人)は《奇跡の人》である。たとえ国王の依頼であっても従うことはない。本来御会いすることさえ無い雲上の人なのだ。
「リース様。そ、それでは、リバードの上級学校の話も、ほ、本当に命の危険があるからなのですね?」
エバは、イツキの纏った裁きの能力【銀色のオーラ】の力と、愛する息子に本当に危険が迫っていたのだと知り、ショックのあまり椅子に座っていられなくなり、絨毯の上に倒れるように座り込んだ。
「エバ様、そのように弱くてはリバード王子を守れませんよ。私の母は、産まれたばかりの私を守ろうとして、矢に射られながらも必死で守り、そして命を落としました」
イツキは厳しい口調でエバに対し諭す。強くなって欲しいと願いを込めて。
イツキの話を聞いたバルファー王とエントン秘書官は、それはカシアのことだと直ぐに察して、イツキがキアフだと確信する。そして、その光景を想い涙を堪える。
『つい母の話をしてしまったけど、王様、秘書官、僕は決して認めませんが……』と、イツキは決心を変えることなく思う。
「申し訳ありませんでした。心を入れ替えて強くなり、必ずリバードを守ります」
重い空気の中イツキに誓うと、エバは必死で椅子に座ろうとし、見事に座った。
その姿を見たイツキは、言葉ではなく優しい視線をエバ様に向けた。
「話を戻します。ギラ新教の狙いは傀儡の王を立て、洗脳した重臣に国政を任せ、レガート国を崩壊させることです。隣国のカルート国で、同じことが行われました。このレガート国でも、先王のクーデターを先導したのは、ギラ新教の大師ドリルです。残念ながら、ハキ神国の第1王子オリは、ギラ新教の信者です」
イツキは静かに、しかし銀色のオーラを纏ったまま話し始める。当然皆の息苦しい重圧感は続いている。
イツキはカルート国の実例を、以下のように説明していく。
ギラ新教に洗脳された大臣が力をつけ、カルートの王の発言力を弱めた。
完全に王は傀儡状態になったが、カルート国には優秀な若い皇太子がいた。しかし優秀な皇太子など邪魔でしかなく、大臣によって戦争の最中殺されかけた。
現在ブルーノア教会の極秘活動により、大臣を追い込んでいる。幸運にも皇太子は聡明で、利発な彼は敵の正体を知り、若い世代の戦友と共に懸命に戦っている。間もなくカルート国は生まれ変わるでしょう。
イツキは一気に話した後で、立ち上がって皆に向かって質問する。
「カルート国とレガート国の違いは、国王が優秀であることです。傀儡に出来る王子は2人居ますが、リバード王子はエバ様の影響で敬虔なブルーノア教徒です。では、優秀な国王を殺して、傀儡となる王子は誰でしょう?その王子が王になるには、もう1人の王子は邪魔になるのです。この時ギラ新教は、誰を洗脳しているのでしょう?・・・バルファー王、名君である貴方が洗脳者に気付かなかったのは何故です?リバード王子は既に2度も殺されかけたのですよ」
イツキの話し方は、皆の知るイツキとは違い、完全にリースになりきっている。顔も14歳とは思えない雰囲気を漂わせ、言葉の一言ずつが直接頭の中に響いてくる。
「 ・・・ 」(全員)
誰も言葉を発することが出来ない。国王と王子の命が、危険に曝されそうになっている現実に、気付けなかったことと、ブルーノア教会が、そこまでの情報を知っているという衝撃に、沈黙するしかない・・・
「もう少し、2人の王子を見てあげてください。それから王妃様とエバ様も同じです。最も重要なことは、洗脳者を元に戻すのは大変難しいという事実です。それが愛する者だったとしても、現実を見てください」
皆の表情は固い。イツキの質問の半分の答えが分かってしまったのだ。
特にバルファー王の表情は固い。イツキは、いやリース様はバルファーの心の穴を突いたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
久し振りに何度も書き直しました。
文章力と表現力が欲しいと、実感しました・・・
訂正)優しい笑顔をエバ様に向けた。➡優しい視線をエバ様に向けた。