イツキの覚悟
イツキの身分証を見たフィリップは、言葉を失った。
リース(聖人)なのは薄々覚悟していた。しかし神名が【ブルーノア】って……
そして本名が《ル》を持つレガート王家の人間・・・
でも、フィリップが衝撃を受けたのは、その2つではなかった。
《ブルーノア教会の全神父は【予言の子】に従うこと》・・・全神父?
自分が守るべき大切な人は、全神父を従わせる【予言の子】・・・【予言の子】って……イツキ君は、いったいどれだけの運命を背負っているんだろうか?
奇跡を起こしては倒れる。命を削るようにして悪と戦う。そして常に前を向き指示を出す。なんで……なんでそんなに強くいられるんだ!
「どうしたの?フィリップさん……?」
無意識のうちに、フィリップは涙を溢していたのだ。
「えっ?何が?」と、自分が泣いていることに気付いていないフィリップに、イツキはそれ以上尋ねなかった。というか、泣く程にショックだったのだろうか……と思うイツキである。
一方アルダスは、先日の王命の意味を理解した。
何故イツキ君の右腕の《印》を確認する必要があるのだろうかと、ずっと考えて今日まできたのだ。
あれだけの奇跡を起こしてリバード王子の命を救ったのだから、《印》持ちであることは間違いないだろう。でも何故右腕?……と、不思議だった。
《印持ち》と言っても、身体中の何処に《印》が有るのかで、能力が決まってくる。《腕》は・・・確か指導者としての資質の能力者が多かった筈だ。
リース(聖人)として、あの奇跡を起こしたイツキ君の印が、何故右腕に有ると王様が思われたのか疑問だった。その答がこれか・・・
レガート王家に生まれる者は、右腕に青か赤の【月の形の印】を持って産まれてくるのだ。それは1人の例外なくである。バルファー王は《半月》、サイモス王子は《細い三日月》、リバード王子は《満月》、ミリス王女は《赤い三日月》である。
赤はごく稀に生まれ吉相と言われている。満月の印の王は名君が多い。
但し、レガート王家に生まれた者の証しとしての《印》なので、能力者が産まれたことは数例しかなかったと記憶しているアルダスだった。
だから、イツキ君を暗殺された息子ではと思った王様は、確かめたかったのだ。
【月の印】が有るかどうかを・・・
しかし、リーバ(天聖)様が発行された身分証に、偽りがある筈がない。
「では、イツキ君の右腕には【月の印】が有るということ……だよね?」
アルダスは恐る恐るイツキに質問する。ここで確かめれば本当に確定出来るのだ。
「アルダス!イツキ君の右腕……と言うか肩には、緑色の羽の《印》が有った」
フィリップは思い出して、イツキの肩の《印》のことを告げた。
フィリップは、イツキと共に隣国の戦乱を終わらせに行った時、魔獣を扱えるのは《印》持ちだからだと説明を受け、実際に緑色の羽の印を見せて貰っていた。
「緑色の羽?本当か?腕に【月の印】は無かったのか?」
アルダスは混乱する頭で情報を整理する。しかし、真実が見えてこない。
こうなったら自分で確認するしかないと結論を出し、イツキに向かって頭を下げた。
「イツキ君、王様の為ではなく、私のために右腕を見せてくれないだろうか?」
「良いですよ。でも、真実を、必ず真実を王様に知らせると約束してください」
「もちろんです。右腕に《印》が有るかどうか、真実のみをお伝えします」
イツキはニヤリと笑い、コートを脱いで青い神服姿になり、右袖をめくり上げていく。
イツキの未だ大人になりきれていない、しなやかな腕が露になっていく。
肘迄は何もない。いよいよ腕である。・・・?腕にも何もない。そして、目一杯迄たくしあげて肩を出したが、やはり何もない。
「「 ・・・?? 」」
「フィリップさん、申し訳ありません。2年前にお見せした緑色の羽の印は、ファリス(高位神父)のエダリオ様に描いて貰った偽物です。さあアルダス様、これが真実です。お約束通りに、イツキ君の右腕には《印》など無かったと伝えてください」
「分かりました。約束は必ず守ります・・・」
どこか納得出来ない様子のアルダスとフィリップに、イツキはこれ迄通りに接して欲しいと願いながら勇気を出す。
「僕の《印》は左腕に有るんです」
イツキはそう言いながら、今度は左腕の袖をめくり上げてゆく。
腕の部分には、何かを隠すように10センチ幅のバンドが巻いてあった。
イツキはゆっくりとバンドを外してゆく。
隠す物が無くなった左腕には、鮮やかな【紅の星の印】が現れた。
「紅の星!レガート国の父と呼ばれるルーベンス王と同じだ!」
フィリップは立ち上がり叫んだ。
「そうじゃない!・・・いや、それもあるが、ランドル大王と開祖ブルーノア様も【赤い星の印】だったと、歴史書に史実として書いてある」
アルダスも立ち上がりながら、つい大声で説明し、大変なものを見てしまったと狼狽えてしまった。
【王の目】として恐れられているアルダスでさえ、それが何を意味しているのか判ると、心と体が震える思いだった。
赤い星・・・紅の星・・・それは名君や、大王又は大陸を統べる者の証しである。
アルダスとフィリップは、《紅の星の印》を持つイツキと、リースであるイツキと、王子であるイツキ全てに対し慌てて最上級の礼をとった。
「僕の母の名はカシア・ファヌ・ビター。母は刺客に殺されました。瀕死の赤ん坊を助けてくれたのが、今日ラミル正教会に着任したサイリス(教導神父)のハビテでした。母の兄はエントン秘書官であり、父はバルファー王です。そして、ギニ副司令官は、その3人をよく知る存在です。ですから、今回僕は、ギニ副司令官には打ち明けないことにしたのです」
イツキは静かに、そして全てを悟ったような顔をして、窓の外を見ながら遠い目をして語り始めた。
そんな何処か大人の顔をしたイツキに、アルダスは礼をとったまま、少し震える声で新たに起こった疑問について質問した。
「でも何故、何故王様と秘書官はイツキ君が王子だと分かったのでしょう?」
「アルダス様、それは……僕も今回お会いして知ったのですが、僕の顔は、どうやら母カシアに生き写しだったようです。エントン秘書官は、軍学校時代から疑っていたようでした。しかし、僕が本当の自分の名前を知ったのは、昨年のことなのです」
どこか寂しそうな、でも、悲しみの表情ではなく、困ったような口振りで、イツキは王が気付いた理由を言った。
◇ ◇ ◇
謁見の間では2人のサイリスが、国王と秘書官、国務大臣や他の大臣たち、エバ様とラシード伯爵等と和やかに話をしていた。
「いやこれはめでたい!我が国の出身者が、サイリス(教導神父)様となって戻って来られるとは」
「いやいや、それだけではないですぞ国務大臣!ハビテ様は未だ34歳だ。最年少のサイリス様だぞ」
法務大臣のマサキ公爵(ヨシノリの父)は、興奮したように国務大臣に言う。
「いや~なんだか……こんな年寄りで申し訳なかったですな~」
「お前たち、ジューダ様に失礼だぞ!申し訳ありませんジューダ様。皆で浮かれてしまいお恥ずかしい限りです」
と、バルファー王が慌てて無礼な態度を戒め、詫びを入れる。
しかし、ジューダ様は「私も嬉しいのです」と笑いながら応えられた。
そんなこんなの話で盛り上がってはいたが、そろそろイツキが来る頃なので、大臣たちを退席させるためにハビテが切り出した。
「皆さま方、これから王様に、リーバ(天聖)様からの御言葉を伝えねばなりません。どうぞ何時でも教会にお越しください。心より待ちしております」と。
謁見の間に居た者は、リーバ様という言葉に緊張が走った。
リーバ様からの御言葉が、サイリス様経由で来るということは、余程のことに違いないと察したのだ。昨今ランドル大陸では2度の戦争が起こっている。このレガート国も、殆ど被害がなかったとは言え巻き込まれた。
皆は2人のサイリス様に挨拶をして下がっていった。
「ああ、エバ様、ラシード伯爵お待ちください。先日の寄付の件ですが・・・」と言って、ジューダ様が2人を引き留める。
他の大臣たちは何事かと視線を向けたが、【寄付】という言葉を聞いて、そそくさと立ち去っていった。
ポカンとするエバ様とラシード伯爵の側に寄ったジューダ様は、「イツキ君から聞いています。この場にお残りください」と、小声で説明した。
「王様、もう直ぐリーバ様の名代が来られますので、もう少しお待ちください」
ハビテは国王の前に進み出て、軽く頭を下げた。
「サイリス様ではなく、名代が来られるのですか?」
リーバ(天聖)様は、これまで名代を立てられたことなど無かった・・・もしかしてイツキ君のことを尋ねた親書の返事だろうか……とバルファーは思った。
「そうです。どうぞ心静かにお話をお聞きください」
そうは言ったが、いよいよ親子の対面だ。イツキはいったいどうするつもりなのだろう……と、ハビテの心の中はドキドキしていた。
これからこのレガート国をどう導いてゆくのか、全てをイツキに任せるとリーバ様は仰った。
《【予言の子】に全てを任せる。これからは、イツキの言葉を私の言葉とする》と、リーバ様は仰った。しかしリーバ様、イツキは未だ14歳なのですが……と、ハビテは言いそうになり我慢したことを思い出す。
◇◇◇ 補足説明 ◇◇◇
《印》持ちとは、特殊能力の持ち主であり、身体の何処かに円形・三角・四角・葉・線・月・その他の図形のしるしが有る者のことを指す。
《印》のある場所で能力が違う。
腕に現れる者は、指導者になる者が多い。
頭は、知能や心に関する能力や、念動力に優れている。
首は、話すこと、言葉に関することに優れていて、足は、身体能力に優れている。
胴体部分は、火・風・水・土・植物系等の物を扱う能力に優れていることが多い。
顔は、視覚、嗅覚、聴覚、味覚等の能力に優れている。
手(肘より下)や指は、技術系の物作りや、楽器演奏、医術等に優れている。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。