イツキと神の声
2人のサイリスは、自分の掌の中の星印の入った小さな丸い石をじっと見詰める。その石は人の体温と同じ熱を持っていた。
クレタは一見普通に見えるペンを手に取る。そのペンは、黒い木で出来ており、キャップには青く輝く星の形をした石が嵌め込まれていた。
「ヨシノリ・ビ・マサキよ、掌の中の光を右のこめかみに当てよ」
イツキの、いや、神の御言葉に従い、右手の上にある小さな光の玉を、ヨシノリは目を瞑って右のこめかみに当てる。
「ウワーッ!」
目を開けたヨシノリは大声を上げた。右目だけ一瞬景色の色が違って視えたのだ。
「ヨシノリ、そなたの右目に《印》を授けた。印の能力は、この者の能力の1部であり、悪意ある者を見極めることができる。授けし《青い星の印》の力にて、悪意ある者を将来の王に近付けぬよう守り、外交を行え」
ヨシノリのこめかみには、1センチの大きさの青い星の印が出来ていた。
「エルビス・バヌ・エンターよ、授けし剣で悪を討て。そなたが願う時、その小さき剣は望む大きさになる。如何なる時も将来の王を守り抜け」
エンターは、自分の掌の上の6センチ程の大きさの剣をじっと見る。小さい・・・それに刃先が丸い・・・こんな小さな剣が、本当に大きくなるのだろうか・・・
「唱えよ、《我は闇を討つ!》と、そして《戻れ》と命じればよい」
イツキ(神の声)の命令に従って、エンターは小さな剣を高く持ち上げ、「我は闇を討つ!」と叫ぶように唱えた。
すると剣は一瞬でエンターの望んだ、練習用の剣の大きさと形に変化した。
エンターがその銀色に輝く剣をよく見ると、刄の部分に星の形の刻印がしてあった。そして抜群に斬れそうな剣なのに、信じられないくらいに軽い・・・素材が鋼ではないことだけは分かる。
「戻れ!」
エンターが名残惜しそうに戻れと命じると、剣は一瞬で元の大きさへと変化した。
その時、ギーッと音がして礼拝堂の扉が開き、1人の男が静かに入ってきた。
皆が扉の方に視線を向けると、男は急に祭壇の方へ向かって走り出した。
皆は呆然とその男の行動を見ていた。動こうと思うのだが、イツキの奇跡を直接体験し、腰から下を直ぐに動かすことが出来なかったのだ。
男は祭壇の上に上がり、演台の後ろに回った。
一部始終を見ていた皆は、大変なことに気付いた。そこに立っていた筈のイツキの姿がなかったのだ・・・?
「イツキ君しっかり!大丈夫ですか?」
男は倒れてゆくイツキを、間一髪のところで抱き抱えた。
「大丈夫だよ……フィリップ……」
イツキはそう言うと、意識を無くしてしまった・・・
フィリップはイツキを抱き上げて、祭壇の上に置いてあった長椅子まで行き、イツキをそっと寝かせた。そして心配そうに手を握り髪を撫でる。
レガート城の中で、ヨム指揮官と並び、整い過ぎる美男子だと言われている男が、独特な輝きを放つ金色の瞳を潤ませ、半分泣きそうな顔でイツキを見つめている。その表情は、愛する者を心配する優しさに溢れていた。
体を最初に動かせたのはジューダ様だった。
イツキとフィリップの元に近付くと、心配そうにイツキの様子を見る。
「どうだフィリップ伯爵……今回のイツキ君の様子は?」
「はい、直ぐに目覚めると思います……なんだかそんな気がします」
フィリップはジューダ様の問いにそう答えて、自分が何故そう思うのかが分からなかった。でも、そんな気がする……
「フィリップ伯爵、カルート国のロームズ以来だな。君がイツキを守る使命の者だったんだね。いつもありがとう。私は今日からラミル正教会のサイリス(教導神父)に着任した。しかし、絶妙のタイミングで飛び出したが、何故ここに?」
動けるようになったハビテは、ジューダ様から聞いていた《イツキを守る者》が、ロームズの町でイツキが倒れた時、1番心配していた男だったこと思い出した。そして、礼を言いながら質問もして、フィリップに手を差し出し握手をした。
実はフィリップ、上司のエントン秘書官から、午前中にイツキ君が側室エバ様の所へ来るので、帰りの護衛をするようにと指示を受けていた。レガート城からラミル正教会まで、ずっと後ろからイツキたちを見守っていた。礼拝堂に入ってからは、扉の外で見張りをしていて、急に不安な気持ちになり扉を開けたら、イツキ君が倒れそうな気がして、気付いたら走り出していた・・・と、フィリップはハビテ様とジューダ様に説明した。
「さすが神に選ばれし者だな。これからもイツキを守ってやってくれ」
ハビテは真剣な顔をして、フィリップに軽く頭を下げた。
「そんな……お止めくださいハビテ様、私はイツキ君を守る役目を賜り、本当に嬉しいのです。この命に代えても守りたいのです」
まるで懇願するようにハビテに気持ちを伝えるフィリップが、イツキの方に視線を移すと、イツキが目を開けるところだった。
「イツキ、大丈夫か?動けるか?」
ハビテは目を開けたイツキの手を握り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「心配性だなぁ……大丈夫だよ。今日は金色のオーラは出してないから」
イツキはそう言いながら、ゆっくりと体を起こしたが、まだふらついていた。
ぼちぼち国王様に挨拶に行かねばならない。相談した結果、フィリップがイツキを抱き抱えて教会の馬車に一緒に乗ることになった。
◇ ◇ ◇
結局3人の先輩は、何がなんだか益々分からなくなったが、「今日体験した奇跡は、決して口外してはならない。そして神から授かった宝を守り、与えられた任務を果たしなさい」と2人のサイリス様から厳しく言われた。
「なあ、クレタ、ヨシノリ、俺の家に来ないか?ちょっと頭を整理した方がいいと思うんだが?」
呆然としたまま教会の正門に向かって歩いている2人に向かって、エンターが声を掛けた。その手には神より授かった剣が握られている。
「ああ、そ、そうだな・・・ところで、僕の顔に本当に《印》が有るか見てくれ」
気が抜けたような声でヨシノリは2人を見て、まだ自分の身に起こったことが実感できないのか、半分涙目になりながら友に顔を向けた。
2人はヨシノリの顔をじっと見て前髪をどかす。そこには(右のこめかみ)、濃い青色の星の形の《印》が、はっきりと刻まれていた。
「「有るよ・・・」」
「ええっ!やっぱり有るんだ・・・僕って本当に《印》持ちになったんだ……」
ヨシノリがそう言葉を発してから、3人は無言になった。もう何処を歩いているのかも分からない・・・気付くとそこはクレタの家の近くだった。
「あそこ僕の家なんだ。伯爵家や公爵家の友人を招ける家じゃないけど、良かったら来る?確かに頭を整理した方がいいよ」
クレタは自分の家を指差しながら、2人を誘ってみる。クレタの家は男爵家だが、領地を持っていないので基本貧乏な方だ。それでも祖母の代から庭にはお金を掛けて手入れをしていたので、とても素敵な庭が目を引いた。
「すまないな突然。迷惑じゃないかな?」
「いやいやエンター、君たち2人を連れて行ったら、泣いて喜ぶさ、きっと」
クレタが言った通り、突然の訪問にも関わらず、家に居た母と祖母が大喜びで歓迎してくれた。特にクレタの祖母は、連れて来たのが公爵家の子息と伯爵本人だと分かると、孫にこんな立派な友人が出来たのかと、涙を流して喜んだ。
クレタは、重要な話があるから客間は使わないと言って、恥ずかしそうに自分の部屋へと案内していく。
豪華な家具など無いが、窓から見える美しい庭を見ていると、心が落ち着いてきた。
直ぐにクレタの母が、お茶と手作りのお菓子を持って来てくれた。
「母上、教会の神父様が着ておられる神服で、白い生地ではなく青い生地の神服を見たことがありますか?」
クレタは疑問に思ったことは、直ぐに調べないと気が済まない性格だった。それにクレタの母の親族は、ファリス(高位神父)を輩出した家柄だった。
「あるわよ。お父様と年に1度のリーバ(天聖)様の御目見えを見に、ハキ神国の本教会へ行った時にね。ブルーノア教は、サイリス(教導神父)様までは白い神服を着る決まりがあるから、青い生地の神服を着れるのは、シーリス(教聖)様以上ね。でも、シーリス様やリース(聖人)様と、お会いできる可能性なんてないと思うけど」
ではごゆっくりと付け加えて、フフフと軽やかに笑いながら母親は出ていった。
「「「………」」」
「確かサイリス様が、イツキ君にあの神服を渡していたよな……?」
クレタが2人の顔を見て、確認するように尋ねると、2人ともウンウンと頷いた。
「「「 は~~っ 」」」
3人は大きな溜め息をついて、イツキのことを、これ以上考えるのを一旦止めて、各々に授かった物をまじまじと見る。ヨシノリはクレタの部屋の鏡で、自分が授かった《青い星の印》を初めて見た。
「なあ、僕は確か将来のレガート王と言われたが、君たちは将来の王と言われていた。その違いは何だろう」
クレタは礼拝堂でのイツキ(神)の言葉を思い出して、疑問に思ったことを訊く。
「そもそも、レガート国の次期国王はまだ決まっていない。でも勉学に励み師となり助けよって……今日のリバード王子のことじゃないかなぁ。家庭教師を引き受ければ、間違いなくクレタはリバード王子の師となるよな」
エンターは、今日の出来事を振り返りながら、全てが繋がっているように感じた。
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