イツキの正体と任務
イツキは礼拝堂の祭壇に立つ2人のサイリス(教導神父)を見て、新しく赴任してきたサイリスがハビテであると理解した。
ハビテは、産まれて間もないイツキが、瀕死の母カシアと共に、ヒミ川を流れているところを助けた神父である。
ハビテはリーバ(天聖)の命により、【予言の子】を探す旅に出ていて、偶然というか必然というか、【予言の書】の導きと運命によりイツキと出会った。
ハビテは、死の間際にカシアが告げたイツキの本名から、イツキがバルファー王の息子であると知っていた。
しかし、母カシアを暗殺され、刺客に追われていた赤子の身を守るため、《イツキ》という名を付けレガート国から離れ、ハキ神国の本教会へとイツキを連れて行った。
ブルーノア教としては、一国の王子という立場ではなく、ランドル大陸の危機を救う運命を持って生まれた、【予言の子】として育てることにしたのだった。
イツキにとってハビテは、父親同然の存在であり、唯一甘えられる存在だった。
いつ如何なる時もイツキを大切に守り、何処の誰よりもイツキに愛情を注いでくれた。そしていつも心配してくれた。
ハビテの能力は、能力者の力の種類を、オーラの色で見分けることが出来る能力だった。その為、【予言の書】に書かれている、【六聖人】を探し出す任務を与えられ、大陸中を旅していたのだった。
イツキは笑顔のまま祭壇に近付いてゆく。
イツキに気付いたハビテとジューダ様も、満面の笑顔でイツキを迎えてくれる。
「これ以上の適任者は居ないだろうイツキ君?」
「はいジューダ様、まさかハビテが来るなんて、全く予想できませんでした」
イツキはジューダ様の問に頷きながらハビテの前に立つと、ふんわりと抱き付いた。
「なんだイツキ、俺の後輩になったんだな。これからは敬意を持って先輩と呼んでもいいぞ。制服よく似合ってる。学生しているイツキの姿を見れるなんて……俺は……俺は嬉しいよ」
ハビテもふんわりとイツキを抱き締める。
「相変わらず泣き虫だなハビテは……いやサイリス様は」
イツキは抱き締めた手を解きながら、久し振りにハビテの顔をじっくりと見詰める。
「ははは、最年少サイリスも、イツキ君の前では父親になるんだな」
ジューダ様は、微笑ましい光景を見たという顔をして、ハビテの背中をポンポンと2回叩いた。
エンターたち3人は、親しそうにサイリス様と話すイツキをポカンと眺めていた。するとイツキがいきなり若いサイリス様に抱き付いている・・・
『いやいや、そこは抱擁じゃなくて礼をとるところだろう!!』と、3人は心の中で突っ込みを入れる。
3人は、イツキのもうひとつの真実って、サイリス様と親しいってことなのか?と推察する。
いつものように驚き過ぎて、段々感覚が鈍くなってきたような気もする。
今朝の「緊急事態です」発言から、どれだけ常識外のことを体験したのだろうか……出来ればこれで、この辺で終わりにして欲しいと思ってしまう。
「おいイツキ、友達か?紹介してくれよ」
ハビテに言われて、先輩方を待たせていたことを思い出す。つい嬉し過ぎて甘えてしまった……急に恥ずかしくなるイツキだった。
「先輩方、こちらへどうぞ。これから色々協力して頂くサイリス様を紹介します」
イツキは笑顔で先輩方を呼び、ハビテに紹介できることが本当に嬉しかった。
3人はハビテとジューダ様に近付き、正式な礼をとった。
「上級学校3年エルビス・バヌ・エンターと申します。よろしくお願いいたします」
「同じく3年クレタ・ハッフ・ゴールトンです。よろしくお願いいたします」
「同じく2年ヨシノリ・ビ・マサキです。よろしくお願いいたします」
自己紹介をして、もう一度深く頭を下げる。サイリス様と話す機会などほぼないからか、3人ともかなり緊張している。
「初めまして。今日からラミル正教会のサイリスとして着任した、ハビテ・エス・クラウだ。私も国立上級学校の卒業生だよ後輩諸君。よろしくな」
サイリスらしからぬ気さくな挨拶と笑顔に、始めは戸惑った3人も、笑顔で「こちらこそお願いいたします」と返事を返した。
「新しいサイリスは、イツキ君の父親代わりなんだよ。これからは共にイツキ君を支えてやって欲しい。お願いできるだろうか?」
ジューダ様も笑顔で3人に話し掛けながら、イツキの方をチラリと見て3人に頼んでくれる。
「もちろんです。全力でイツキ君を支えます」
ジューダ様に対しては緊張したままだが、代表してエンター先輩が答えて、残りの2人も真面目な顔で頷く。
「イツキ君、ここに友達を連れて来たということは、そろそろ戦いが本格的に始まるということなんだな?」
「はいそうですジューダ様。お城に行く前に、祈りを捧げたいのですが……」
イツキは言葉であれこれ説明するより、リース(聖人)である自分の祈りを、3人に聞かせる方が早いと思っていた。それを直ぐに察してくれたジューダ様もハビテも、頷いて了承してくれる。
「イツキ、これを、この衣装をリーバ(天聖)様から預かってきた」
ハビテはそう言うと、祭壇の演台の上に置かれていた、神父の衣装をイツキに手渡し、着てみろと目で合図する。イツキはそれに頷き、祭壇横の控え室に入っていった。残ったハビテとジューダ様は、聖杯と蝋燭の準備をしていく。
「君たち、これから神に祈りを捧げる。席に座っていてくれ」
ハビテがサイリス(教導神父)らしく神聖で威厳に満ちた雰囲気で、聖杯に水を入れながら指示する。
3人は言われた通り、礼拝堂の左右にある椅子の左側の前に近い所に座った。
蝋燭に火を点け、準備が終った2人のサイリスは、1番前の席に座った。
3人の先輩は『あれ?サイリス様も座ってしまうの?』と、2人のサイリス様の後ろ姿を見ながら、段々と嫌な予感・・・いや、ことの成り行きが分かって、ゴクリと唾を呑み込み祭壇横の扉を注目する。
扉を開けて現れたイツキは、3人(先輩方)が見たことのない神父の服を着ていた。
青い生地の神服に、肩と同じ幅の濃い青の布が、両肩から裾まで前も後ろもラインのように縫い付けられていて、その濃い布には、古代文字であるブルーノア文字が、銀糸で刺繍されていた。
何と書いてあるのかは判らないが、そのキラキラ輝く銀色の刺繍が、髪を切って凛々しくなったイツキの顔を、一段と輝かせているように見えた。
サイリスの神服は、真っ白の神服の上に、青い生地で出来た少し長めで、前を留めない型のベストを羽織っておられるのが特徴で、その青いベストには、ブルーノア教の印である5つの星が、銀糸で両胸に大きく五角形に刺繍してあった。
ブルーノア教のシンボルカラーは青である。
サイリス(教導神父)までの神父は、白い神服が基本で、モーリス(中位神父)の神服は、白地に左胸に青い糸で5つの星の刺繍がしてあり、ファリス(高位神父)の神服は、白地に5つの星の刺繍に加え、首、袖口、裾に、10センチ幅の青い布の縁取りがしてあった。
高位に成る程青い部分が増えていくのだが、そもそも一般人は、サイリスより高位の神父に出会えることがないのである。
イツキはゆっくりと歩いて祭壇に上がり演台の前に立った。
そして1人1人に視線を向けてにっこり笑うと、静かに聖杯を顔の高さまで持ち上げて、何か呟いた後で聖杯を演台に戻した。
「これから【神に捧げる祈り】を唱えます。その後で、ブルーノア様が古代語で創られた祈りを続けて捧げます。祈りの内容は【戦友よ立て】です」
イツキはそう言うと、透き通る高い声で【神に捧げる祈り】を唱え始めた。
3人は、礼拝堂の中の清んだ空気が、より浄化されていくような気がしてきた。
祈り始めて7分くらい経った頃、ハビテもジューダ様も先輩方も、全員涙が溢れてきて止まらなくなった。泣きたい訳ではないのに、ただただ涙が溢れてくる。
(イツキの祈りは、涙によって祈りを聞いている者たちを浄化するのである)
【神に捧げる祈り】は10分くらいで終った。
イツキは自分の首に掛けていた、琥珀の石のペンダントを首から外し演台の上に置く。そして、ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐き目を瞑って祈りを捧げ始める。
「戦いの時はきたれり。戦士たちよ立て。正しき心を持ちて悪を打ち払わん。手を取り進む友なれば・・・神の力を授けられし者を助ける使命を果たし・・・その強き心を認められし者に・・・与えるものなり」
イツキは祈りの途中で、神より授かった琥珀の石ペンダントを、《紅星の印》のある左手で持って、聖杯の中の聖水に石の部分だけ少し沈めた。
再び聖水から引き上げると左手で軽く握り、最後の祈りの言葉を唱えた。
「神の導きにより、定められた任務をお示しください」
2つ目の祈りは全てブルーノア語だったので、誰も祈りの意味さえ分からなかった。
すると、聖杯の中から眩い光の玉が浮き上がっていく。その光の玉は次第に大きくなり、ゆっくりと5人の方へ動き始める。
皆感動し驚きながらも、大きく目を見開いてその光の玉を凝視している。
やがて光は5つに分かれて、5人の前まで来ると段々小さくなっていった。
小さくなった光は、一瞬目も眩む程強く光る。皆は思わず目を瞑ってしまった。そして再び目を開けると、光の玉がゆっくりと降りてきた・・・
5人は気が付くと、光の玉を受け取るように両手を差し出していた。
光は次第に弱くなり、光の中から5つの物が現れて、各々の手の上に載った。
「神は3人の戦士に武器となる力を与えてくださいました。選ばれし者よ己の任務を果たしなさい」
イツキはそう示すと、琥珀の石を演台の上に戻した。
イツキの声はいつものイツキの声ではなかった。
誰か他の……もしかしたら神の……そう考えた5人は畏れ多くて、頭を深く下げる。
「星の印の石を受け取りし2人のサイリスよ、その石は、この者の健康状態を示す。違和感なく共に有る時は心配に及ばず。割れない限り生あると知れ」
2人のサイリスは、3センチくらいの星の模様入りの丸い石を神より授かっていた。
「クレタ・ハッフ・ゴールトン、そのペンはインクの補充なくとも、一生書き続けられる物なり。なお一層勉学に励み、将来のレガート王の師となり助けよ」
イツキは大人の声で、クレタ先輩にその手に授かったペンの意味と任務を教えた。
そして、残った2人の先輩が手にした物の、意味と任務を話し始めるのだった。
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