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敵の正体

 エバ様とリバード様の体調を聴いたイツキは、急に部屋の右側に向かって静かに歩き始めた。そして、この部屋の奥に数枚置いてある、高さ170センチ巾100センチくらいの、薄い大理石で出来た衝立の前で立ち止まった。

 入室した時からイツキは、不自然に並べて置いてある衝立の奥から、黒いオーラのような物が視えていたのだ。


「それは良かった。顔色もいいようですね。ところで、この衝立の奥で控えていらっしゃる方に、お願いがあるのですが良いですか?これから筆記用具を使用するので、我々4人分とリバード様の分も合わせて、5人分のペンと紙を数枚用意してください」


姿も見えない誰かに、突然イツキは話し掛ける。返事が無かったので「聞こえませんでしたか?」と言いながら、衝立を無理矢理に押して移動させていく。

 驚いたエンター先輩が駆け寄ってきて、イツキの顔を覗き込む。イツキが頷くのを確認すると、衝立を押すのを手伝い始めた。


 馬車から降りる寸前に、イツキは3人の先輩にこう言っていた。


「リバード様は今も命を狙われています。必ず敵の見張りが居る筈です。おかしなことに気付いたら、僕に合図をください」と。


 クレタ先輩も駆け寄ってきて衝立を押す。ヨシノリ先輩は入ってきたドアをそっと開けて、廊下の様子を窺う。


 何事かとエバ様が近付いて行くと、衝立の奥から侍女の服を着た女が1人現れた。


「その侍女服は、城の西棟1階の侍女ですね?何故ここに居るのです!」


エバ様は怒気の籠った口調で問い質す。侍女は慌てて逃げようとするが、ヨシノリ先輩がドアの前で立ち塞がっている。


「そこをどけ!邪魔だ!」


 侍女とは思えない乱暴な言葉使いで、脅すようにヨシノリ先輩に向かって叫ぶ。


「誰の命令です?何を探っていたのです!」


 女の叫び声と、エバ様の怒りの声を聞いたエバ様の兄上と甥が、隣の控え室から急いで飛び出して来て、その侍女を捕らえてくれた。


「申し訳ございません!ここでサボっていたら、突然エバ様や侍女たちが入ってきたので、つい隠れてしまいました」


グレーの髪にグレーの瞳の侍女は、泣きながら弁明する。如何にも何処かの貴族の娘が、行儀見習いで侍女の仕事をしている感じに見せているが、あの叫び声も、目付きの悪さも黒いオーラも、普通の侍女とは何かが違う。


「皆さん申し訳ありませんが、この女に1つだけ質問させてください。エバ様宜しいですか?」


そう問うイツキの顔は、とても厳しい顔をしていた。これは、この表情は教会で見た時の表情だと思ったエバは、直ぐに了承する。


「皆さん、すみませんが全員窓側に移動してください」


イツキはそう指示を出すと、裁きの能力【銀色のオーラ】を身に纏い始める。

 何が何だか分からないが、エバ様が進んで従っているので、他の皆も従うしかない。


「1つだけ質問します。たった1つだけ答えたら許してあげます」


イツキは侍女の瞳を見据えながら、銀色のオーラを強くしていく。

 侍女は急に息苦しくなるのを感じながらも、質問に答えたら許して貰えるのだと思い、イツキの方を見る。


「あなたは、ヤマノ出身者ですよね?」

「えっ?いいえ、ち、違います……私の家はラ、ラミルです」

「何故嘘をつくのでしょう?あなたはヤマノ出身の筈です」


イツキの目を見ていた侍女は、イツキの黒い瞳が闇のように黒くなるのを見た途端、ガタガタと体が震えだし、息が出来なくなってゆく。とうとう立っていられなくなり、へたり込んでしまった。苦しくて苦しくて堪らない。早くここから逃げ出さなければ……朦朧とする意識の中、逃れる術は真実を語ること・・・


「は……い。私……は、ヤマノの……ヤマノ出身……で……す」


女が真実を語ったので、イツキは裁きの能力を解いた。

 急に楽になった女は、よろよろとふらつきながら部屋を出ていった。


 その様子を見ていたエバ様以外は、目が点になっている・・・

 エバ様は、イツキが尊い神父様であると分かっているので、再び感動していた。


「私はエバの兄で、伯爵のラシードという者だ。今のはどういうことなのかな?何故あの女を逃がした?」


ラシード伯爵は、イツキのとった態度が理解出来ずに、詰め寄るようにイツキに厳しく質問してきた。

 当然と言えば当然である。怪しい侍女を、イツキがみすみす逃がしてしまったのだ。そして何より上級学校の学生の分際で、側室である妹や伯爵である自分に指図したのである。


「お兄さま、リバードの命の恩人であり、怪しい侍女を見付けてくださったイツキ医師せんせいに、失礼な態度をとるのはお止めください!」


いつもは穏やかで、他人の前で声を荒げたりしないエバが、厳しい口調でラシード伯爵に意見する。


「エバ様、宜しいのです。今の私は上級学校の学生に過ぎません。ラシード伯爵、あの女は明日には生きていないと思います。1番大事なことは聴き出しました。今回のリバード様の毒の件も、今日のスパイ行為も、後で糸を引いているのはヤマノ出身の人間です。僕が今日来たのは、エバ様に敵の正体を教える為です。但し、これ迄の件に国務大臣は一切関わっていません」


イツキは、エバ様とラシード伯爵の方を真剣な表情で見る。イツキの言葉の意味が分かった2人は愕然とする。エバ様は「やはり・・・」と呟いて、倒れるように椅子に座られた。



「イツキ君、皆さんにお茶を差し上げてもいいかい?」


緊張した空気の中、柔らかい声でヨシノリ先輩がイツキに声を掛けた。


「もちろんです先輩、先輩のお茶は、間違いなく上級学校で1番美味しいですから」


本来ならもて成す側のエバ様がお茶を淹れるところだが、立ち上がれそうにない。

 御免なさいと謝られるエバ様に、ヨシノリ先輩は1番最初にお茶を出した。お茶の淹れ方も優雅だが、差し出し方も優雅だ。


「ヨシノリの貴公子振りには絶対に勝てないな・・・」(エンター)

「上級学校の制服が、上等な礼服に見える」(クレタ)

「流石公爵家の子息は違うよね。しまった!自己紹介をしてなかった」(イツキ)

「はっはっは」(全員)


 緊張した空気を和らげ、一気に優雅なお茶会を演出するヨシノリ先輩に、一緒に来て貰って良かったと思うイツキである。

 皆に笑顔が戻ったところで、全員椅子に腰掛け自己紹介をしていく。

 ラシード伯爵は、イツキが連れてきたメンバーが、公爵家の子息、伯爵家当主であり、執行部の部長と副部長、そして、上級学校3年の首席であり男爵家の子息だったことに驚いた。最も驚いたのがイツキ自身が子爵家の当主であることだった。





 ◇  ◇  ◇


 ラミル正教会のサイリス(教導神父)のジューダは、教会のハヤマ(通信鳥)便によって、ミノス正教会からラミル正教会に届いた手紙をじっと見ていた。


〈3月1日、新しいサイリスが赴任する。ジューダ様は本教会へお戻りください。詳しいことは新しいサイリス様からお訊きください〉


『イツキ君がラミルに居る今、何故移動なのだろうか?リーバ(天聖)様は、イツキ君をどうされるのだろうか・・・』


 イツキが上級学校を卒業するまで、見守っていたかったジューダは、ミノスから届いた手紙を、フーッと息を吐きながら仕舞った。そして、無茶して頑張るイツキが送った、ミム(ハヤマ)が新しく運んできた手紙を読んでいた。


〈午前は側室エバ様の所へ行きます。午後の王様への挨拶に同行させてください〉


 せめてラミルを去る前にイツキ君に会える……別れの挨拶が出来る偶然を神に感謝申し上げよう。

 ジューダは目を瞑って、イツキが礼拝堂でリバード王子を助けた時の、奇跡の様子を思い出す。

 イツキが起こした奇跡は、これまで見知ったどの奇跡より、美しく心洗われ、神の存在を感じることが出来た。

 そして、その場に居た全ての人間を癒したのだ。かくいう自分も持病である腰痛が、嘘のように治ってしまった。


 しかし、そのせいでイツキ君は倒れてしまった。次のサイリスは、イツキ君を守れる人間だろうか……私もそろそろ引退なのかも知れないな。


 そんな感傷に浸っていると、本教会からの来客ですと部下のファリス(高位神父)が告げに来た。とうとう引き継ぎをする時が来たなと覚悟を決め、自分の執務室に通すように指示した。


「失礼します。ご無沙汰して申し訳ありませんでした」


そう言いながら、よく見知ったファリスが笑顔で部屋に入ってきた。


「おお、久し振りだなハビテ君。・・・あれ?今日は本教会から新しいサイリスが赴任してくる筈だが、君も一緒に来たのかな?」


「いいえジューダ様、僕がその新任のサイリス(教導神父)ですよ。そして、おめでとうございます。本日よりジューダ様は、シーリス(教聖)として昇格なさいました」


ハビテはそう言うと、ジューダに対し正式な礼をとり、握手を求めた。


「なに?私をシーリスに?三聖の仲間入りをせよと?」


てっきり引退かと思っていたジューダは、想像すらしたことがない昇格の話に、困惑しながら握手に応えた。


「実はシーリス(教聖)のヨンテ様が、間もなく70歳を迎えられます。最後は故郷でのんびりしたいと、リーバ(天聖)様に願い出られたのです。そして後任を、【予言の子】であるイツキに長く関わり、神の声を聞くことの出来るジューダ様に任せたいと指名されました」


ハビテは嬉しそうに言いながら、自分もジューダ様が適任だと思っていたと話した。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

章の名前を変更しました。

春大会・夏大会 ➡ 春大会 に変えました。

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