リバード王子と王宮
3月1日午前8時45分、イツキは王宮からの迎えの馬車が来る前に、ハヤマ(通信鳥)のミムの所へ急いで向かった。
昨日の夕方、ラミル正教会のサイリス(教導神父)様に〈明日は休みなので少し寄ります〉という内容の手紙を送っていたのだ。
「おはようミム!いつもご苦労さま」
イツキは自分の腕にとまって嬉しそうに鳴く、ミムの頭を優しく撫でながら、手紙入れの箱を開ける。ミムはイツキの肩に移動して、頭をイツキの頬に擦り寄せて嬉しそうにしている。
手紙を見ると〈本教会に移動が決まった。今日新しいサイリスが着任するので、午後から王宮へ行く〉と書かれていた。
『こんな時期にサイリス様が替わる・・・?誰が来るのだろう?』
イツキは急いで返信文を書いて手紙入れに入れると、ミムにまたラミル正教会までお願いと頼み、よく晴れた春の空に飛ばした。
その様子を少し離れた所から見ていた3人(エンター、ヨシノリ、クレタ)は、ハヤマ(通信鳥)を扱うイツキを見て、やはり自分たちとは、持っている能力が大きく違うのだと感じていた。
午前9時に王宮から迎えの馬車が到着した。
今日は休日で外出する学生や教師も多く、かなり目立っている。いったい何事?という視線が馬車に向けられ、教員室棟の玄関前は人だかりが出来ている。
「なんだか、今出て行くのは気が退けるなぁ」(エンター)
「大丈夫なのかイツキ君?かなり目立つよ僕たち」(ヨシノリ)
「王宮の馬車に乗る……親が聞いたら倒れるかも……」(クレタ)
「大丈夫です。僕たちは春大会入賞者の、王宮実習の打合せに行くんですから。1位のグループ、そして執行部の部長と副部長が代表で行くだけです。王宮から迎えの馬車が来たのは、僕が最高得点を取ったご褒美です」
イツキはそれが何か?という顔をして、すたすた歩いて馬車へと向かう。
校長が出て来て「代表者として恥ずかしくない対応をするように」と大きな声で言いながら、イツキたちを馬車に乗り込ませてくれた。その辺は教頭と既に打ち合わせていたイツキである。
学生や教師たちからの羨望の眼差しを受けながら、馬車は上級学校を後にした。
王宮の馬車には、国王用の馬車から王妃用の馬車、王族用に秘書官や大臣用と様々な馬車があるが、今日の馬車は来賓用の馬車で、その中でも地味な方だったが、一般人が乗る馬車に比べたら、かなり豪華な馬車だった。
エンター先輩とクレタ先輩は、キョロキョロと中を確かめるように見る。ヨシノリ先輩は公爵家の子息なので、家の馬車の方が豪華なのだろう。
「イツキ君、それで何故エバ様から手紙が届いたんだ?」
馬車が走り出し、落ち着いたところでエンター先輩が質問してきた。
風紀部の3人の先輩に打ち明けていた話と、それ以外の重要な話を、3人に打ち明けていくことにしたイツキである。
「これから話す内容は、校長や教頭、フォース先生ポート先生、そして風紀部の皆にも話していないことが含まれてくるでしょう。情報の共有は大切ですが、知っていた方が良いことばかりではないので、ここに居る3人の先輩方の胸に留めておいてください。それから、時間がないので質問は話し終わってからにしてください」
そう前置きをしながら、イツキはこれまでの自分の仕事の中で話せることだけを、軍に関係していた立場と、教会で育ったことを織り交ぜて、端的に話していく。
実は、エントン秘書官が来校された日、任務を解くので学業に専念せよと王命を受けました。しかしそんな王命には従えないので、異議を申し立てにそのまま国王様に会いに行ったのです。
王宮に到着すると、第2王子のリバード様が魔獣の毒を盛られていて、王様は病院に行って不在、秘書官も直ぐに正教会病院に駆け付けられました。深夜王宮に戻られたが、明け方リバード様は危篤状態になってしまった。
そこで医師資格を持っている自分も病院に駆け付けた。そして、院長のハジャム医師と共に、リバード様を助けるために力を尽くした。その結果、リバード王子は一命を取り留めた。
「まあ、今話した内容は校長や風紀部の皆が知っている情報です」
イツキは要点だけを纏めて話した。しかし、話を聞いた3人が、はいそうですか……なんて納得する筈もない。早速質問攻めになってしまう。
「ちょっと待てイツキ君!医師資格?医師資格を持っているのか?」
クレタ先輩は馬車の座席から立ち上がり、思わずよろけている。
「それよりも、何故王様がイツキ君に王命を下されるんだ?そして何故、断るために謁見が可能になるんだ?」
ヨシノリは、国王と謁見できる学生など聞いたことがない……いったいイツキ君は王様とどんな関係があるのだろう?と疑問に思った。
「でも、どうやってリバード様の治療を任せられたんだ?」
イツキが王様と謁見できたのは、自分の後見人であり育ての親同然の、エントン秘書官の力だろうとエンターは察したが、それでも慎重な秘書官や国王様が、そして母親のエバ様が、よくイツキ君に治療を任せたなあ……と疑問に思った。
「ではクレタ先輩の質問から答えていきます。僕は昨年正式に医師資格と薬剤師資格を取得しました」
「では、上級学校より先に、イントラ連合高学院を卒業したのか!?」
「いいえクレタ先輩、僕は高学院の勉強を、今年からラミル正教会病院の院長に着任されたハジャム医師から、9歳までに全て教わりました。なので、昨年正式に資格を取ったのは、ブルーノア本教会病院発行の資格になります。僕は孤児で、教会の養い子だったので、生まれた時から本教会で勉強してきたんです」
「「「 ・・・ 」」」
イツキの孤児発言と、生まれた時から勉強してきた発言、それに超難関のブルーノア本教会発行の資格だった事実を知り、何も言葉が出てこない。
「それから王様が王命を下された理由と謁見が可能だったのは、僕への労りからだと思います。クレタ先輩にはまだ話していませんでしたが、レガート式ボーガンを作ったのは僕です。それと、まだ誰にも話していませんが、1回目のカルート国とハキ神国の戦争の時、僕はキシ公爵アルダス様に依頼されて、【奇跡の世代】の皆さんとハキ神国軍を撤退させる手伝いをしました。エントン秘書官も王様も、12歳だった僕を本当は働かせたくはなかったのです」
「「「……!!!」」」
はっきり言って3人の先輩の顔色は悪い。決して酔った訳ではない。あまりに次元の違う話しに、思考が付いて来れないだけである。
「僕が治療出来たのは、偶然持参していた資格証を、事前に秘書官と王様に見せていたからで、嫌がるエバ様を説得されたのはハジャム院長でした。僕には魔獣毒の知識があったからです」
レガート城が近付き到着間近になった頃、暫く黙り込んでいた3人の先輩は、何となく納得したような、していないような感じのまま、馬車は王宮の外門を潜り、緊張感が漂ってきた。
「と、とにかく、その時のお礼で呼ばれたということだな?」
「はいそうですエンター先輩」
イツキはにっこりと微笑む。前髪を切って表情がよく見えるようになったので、3人はイツキの笑顔を見てなんだか癒された。
あれだけ重い話を聞いた後なのだが、見事な美少年っぷりで、自分の凄い能力や実績を自慢するでもなく、大変だったと愚痴る訳でもなく、悲愴感も無く笑うイツキに、『ああ、これがイツキ君なんだ』と納得する。
馬車は正門からではなく、王族や大臣やたちが使っている通用門から、城内へと入って行く。
前回は夕方でよく見ていなかった景色を、イツキも馬車の窓から皆と眺める。
少しして、馬車は来賓用宿泊施設の前で停まった。
3階建てのその建物の外観は、パーティーなどを行う貴賓館よりは地味だが、建物のあちらこちらに芸術的な装飾がされており、正面の白い扉には、それはそれは美しい女神像が彫刻されていた。
3人が待っていると、侍女らしき2人の女性がやって来て、イツキたちを建物の中へと案内していく。
建物の中は、玄関ホールが吹き抜けになっているので明るく、ガラスのシャンデリアに陽の光りが反射して、ホール内はキラキラと光りが踊っているようだった。
玄関ホールから右に伸びる廊下を少し歩くと、金箔で装飾された扉の前で侍女が止まり、中に居る誰かに声を掛けた。
「どうぞお入りなさい」と声がして、イツキはお洒落なドアノブをガチャリと回して、やや緊張しながら扉を内側へと開いた。
部屋の中には、エバ様とリバード王子、そして侍女が2人立っていて、イツキたちを笑顔で迎え入れてくれた。
イツキたちが中に入って行くと、侍女2人は退室していく・・・
使用人が誰も中に居ない状態で、学生とはいえ男が4人も入って大丈夫なのか?と、公爵家の子息であるヨシノリは違和感を覚えた。
それはエンターやクレタも同じだったようで、入口付近で足が止まってしまう。イツキだけが遠慮しないで入って行く。
「遠慮しなくて大丈夫です。隣の控え室に私の兄と甥が待機していますから」
そう笑顔で話しながら、エバ様はイツキの前まで歩いてくると、イツキに対して正式な礼をとった。驚いたエンターたちは、慌てて自分たちもイツキの後で正式な礼をとる。
『なんで側室のエバ様が、イツキに正式な礼をとるんだ……?』イツキ以外の3人は、軽くパニック状態になってしまった。
イツキも正式な礼を返しながら、この部屋の異常な状態を瞬時に判断する。
「お招きありがとうございますエバ様、リバード様。お体の調子は如何ですか?」
イツキは優しい笑顔で質問しながら、リバード王子の前まで歩いて行く。
「はいイツキ医師、今回の事件の前よりもずっと調子が良いです。あの時はきちんと御礼も出来ずに、申し訳ありませんでした」
リバード王子は、自分が目覚めて直ぐにイツキが倒れてしまったので、顔もきちんと見ていなかったのだ。
母から聞いて想像していた容姿より、何倍も凛々しく美しい顔立ちのイツキに、思わず見とれてしまっている。
「イツキ医師、私もあれから嘘のように頭痛がなくなりました。それにしても、随分と雰囲気が変わられましたね」
エバ様は冴えない容姿のイツキと、メガネを外し髪の長い少女のような顔立ちのイツキを知っているが、今日のイツキは、シャープにカットされた髪の美少年になっていたのだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
懐かしい人との再会は、次話になりました。