王宮からの呼び出し
イツキの銀色のオーラが、ヤマノ組の全員を包んでいく。たちまち空気は重くなり息苦しくなっていく。それ程強い力は使っていないが、数人の学生がしゃがみ込んでしまう。
「風紀部は、1年生の……躾が……出来ていないようだ」
ブルーニは息苦しく話し辛い状況でも、狂気の宿る眼光でイツキを睨みながら、自分の非など認める様子もない。
「それを言うならブルーニ先輩、ドエル先輩以外の人たちは普通の人間ですよ。扱いに注意すべきでは?」
「・・・」
イツキを睨み付けていたブルーニとドエルは、イツキの黒い瞳を直視出来なくなった。鼓動が早くなりふらつきそうになる・・・何がどうなっているのか分からないが、言い知れぬ恐怖心に包まれていく。
「イツキ君、ブルーニがここに居る9人を平手打ちにした件は、俺とエンター部長が預かる。全員から話を聴くからブルーニ以外の者は付いて来い。風紀部室に着くまで話すこをと禁じる。従わない者は執行部会議に掛ける。今期は多数決でも勝てないことは分かっているな!」
突然インカ隊長がやって来て、イツキの前に出て指示を出していく。
実はイツキの指示により、暫く様子を見守っていたのだが、グラウンドの木陰から、教頭とフォース先生が飛び出そうとしているのを見て、先に出て来たのだった。
インカ隊長の言葉の後、ヤマノ組の息苦しさと重圧感は消えていた。あれは何だったのだろう……?と思いながら、ドエルを含むヤマノ組9人は、渋々風紀部室へと連れていかれた。
後に残ったのは、イツキとブルーニの2人である。
「お前、春大会で優勝したくらいでいい気になるなよ!いずれ私の前にひざまずいて許しを請うことになるだろう。選ばれし私に逆らった罰をうけるのだ」
ブルーニはそう吐き捨てると、イツキの前から去って行った。
『成る程ね。選ばれし者か・・・これではっきりした』
イツキはブルーニとドエルの他に、同じ場所に居た1年のルシフの3人だけに、はっきりと黒いオーラを視た。洗脳者は今のところ3人であると断定した。
結局ブルーニの平手打ちは、ヤマノ組から被害を訴えられなかったので、今回はお咎めなしとなったが、インカ隊長はヤマノ組のドエル以外の者に「嫌なら従うな。お前たちは捨て駒にされるぞ!」と注意をしておいた。
夕食時間、【春大会】の表彰式と打ち上げ会が行われた。今夜はいつもより豪華なメニューになっている。
入賞者は、来月レガート城へ実習に行くが、日程はまだ決まっていないらしい。
入賞した者も出来なかった者も、グループや部活で集まり、大会を振り返りながらワイワイと楽しい時を過ごした。
イツキの周りには、クラスメートや親衛隊、発明部、文学部の連中が交代交代でやって来ては、嬉しそうにイツキと会話を弾ませた。
ヤマノ組の者たちは、入賞したブルーニのグループを皆で祝っていたが、どの顔も明るい表情ではないのが、かわいそうに思えるイツキだった。
明日から2日間の休みで、外出も許可される。朝食時間も普段より遅くまで食堂が開いているので、学生たちも教師たちもすっかり気が緩んでいる。
翌朝ルームメートと朝食を摂ろうと学食に向かっていると、イツキは教頭から呼び止められ、突然レガート城へ行くようにと、1通の手紙を渡され指示を受けた。
そろそろバルファー王かエントン秘書官から、呼び出しが来る頃だと思っていたが、呼び出したのは、なんと国王の側室エバ様だった。
手紙には、この前の礼がしたいので是非来て欲しい。教会でのことは絶対に言わないので、リバード王子にも会って欲しい。それから1人で来ると怪しまれるので、信頼できる友人を数人連れて来て、同席させて欲しい。午前9時に王宮の馬車を向かわせると書いてあった。
『リバード王子か……この機会に助言しておく方がいいかな』
イツキは直ぐに食堂へ行き、エンター先輩、ヨシノリ先輩を皆から離れた場所に呼び出した。
「緊急事態です。ヨシノリ先輩部屋を貸してください。極秘の大事な話があります」
「「どうしたイツキ君、事件か?」」
イツキの話しに驚いて、ヨシノリ先輩とエンター先輩が見事にハモった。
「まあ……事件みたいなものです。先輩方の今日の予定はどうなっていますか?」
「俺は久しぶりに家に帰ろうかと思っている」(エンター先輩)
「僕も兄と会う約束がある」(ヨシノリ先輩)
「それじゃ昼過ぎまで僕と付き合ってください!詳しいことは後程話します」
イツキはそう言うと、食堂でまったり食事をしているクレタ隊長を呼び出した。
「先輩、今日の予定はどうなっていますか?緊急事態が起こったので、この後僕に付き合ってください」
「ええっ?緊急事態!僕は実験道具を買いに町に行く予定だけど・・・明日でも構わないよ」
イツキはクレタ先輩に、朝食後一緒にヨシノリ先輩の部屋へ行って欲しいと頼んだ。
「実は僕、北寮に入るの初めてなんだよね」
クレタ親衛隊隊長の驚きの発言を聞きながら、イツキは寮の中庭にある噴水広場の時計を見る。午前8時……まだ時間はある。
ヨシノリ先輩の部屋は、3階の一番奥にあり、隣の部屋がエンター先輩の部屋なので、話を聞かれる恐れはない。部屋に入ると、公爵家の子息に相応しい豪華な家具が配置してあり、それでいて派手ではなく上品な印象の部屋だった。
「それでイツキ君、緊急事態って何があったんだ?クレタ先輩が一緒ってことは、親衛隊に関わる問題が起こったのか?」
ヨシノリ先輩は、テーブルに置かれた美しいカップに、優雅な動作でお茶を淹れながら質問してきた。
「いいえ、親衛隊ではなく、僕を助けて欲しいんです」
イツキは半分笑いながら、落ち着いた口調で説明する。
「それはどういう意味なのかなイツキ君?」
イツキの説明と同時にヨシノリ先輩の部屋に入って来たエンター先輩が、イツキを心配そうに見つめながら問い質してくる。何だか顔が怖いですが……とイツキは苦笑いする。
いつも無茶ばかりすると文句を言われているイツキは、今回のリレーマラソンで宣戦布告したことも、事前に報せてくださいと叱られていた。
「実は今朝、国王陛下の側室エバ様からお手紙を頂きました」
イツキは中の文面は見せないが、レガート王家の家紋入りの封筒を内ポケットから取り出し、ちらりと見せてまた仕舞った。
「はぁ?エバ様から?」
「そうなんですエンター先輩。手紙には友達数人を連れて、レガート城へ遊びに来るようにと書いてありまして、その友人として一緒にレガート城に行って欲しいのです」
「・・・」
先輩方は全く予想外の話しに返事が出来ない。一般の学生がレガート城に呼ばれることなど、あり得ないことなのだ。王族や側室エバ様の身内であれば分かるが、何故イツキ君が?それに遊びに来いって……どういう経緯で?と3人は顔を見合わせてから、ジーっとイツキを見る。
イツキの破天荒振りは理解しているつもりだったが、イツキが【治安部隊指揮官補佐】だとしても、どういう繋がりがあるのだろうかと疑問に思うエンターである。
「イツキ君って、エバ様の親戚なの?」
イツキの正体など何も知らないクレタは、話が見えなくて一応質問してみた。
「クレタ先輩、僕が上級学校に入学したのは、半分任務なんです」
「へぇ?なんの任務?」
「僕は2年前まで軍学校で先生をしていました。そして今年から国王様が新しく新設された【治安部隊】の、【指揮官補佐】として上級学校に潜入しています」
イツキは混乱することが予想されるクレタ先輩に、自分の役職を打ち明ける。途中からエンター先輩が、自分とヤンがイツキ君に出会ったのは・・・という話から分かり易く説明を始めた。
「じゃあ、校長や風紀部と2年のミノルと1年のナスカも知っているんだな?」
「そうですクレタ先輩。親衛隊隊長として共に戦うクレタ先輩も一蓮托生です」
イツキはにっこりと笑いながら、自分の正体とこれまでのことを話していく。
「それからモンサン副隊長は、軍学校時代の教え子ですから、僕のことは知っています。但し詳しい任務や現在の役職等は伝えてないですけど」
そうこうしている内に時間は過ぎていく。イツキは肝心のレガート城へ行くことになった経緯は、王宮からの迎えの馬車の中で話すことにして、ヨシノリ先輩にもうひとつ大事なお願いする。
「ヨシノリ先輩、お城に行くのに身嗜みを整えたいので、この髪をもう少し切ってください。今後メガネも外しますので」
イツキはそう言いながら、メガネを外し自分のポケットに仕舞った。
「う~ん。それはいいけど・・・大丈夫なのか親衛隊隊長?」
「僕は危険度が上がると止めましたが、モンサンが注目された方が安全だと……」
結局ヨシノリ先輩の素晴らしいハサミ捌きで、イツキの黒髪は短目に揃えられた。
「なんだか微妙だな・・・」(クレタ)
「確かに……女の子と見間違えることは……たぶん無いと思いたいが」(エンター)
「美少年過ぎるだろうやっぱり。今度は女子がほっとかないな」(ヨシノリ)
「なんなんですか?やめてください人の顔で……何見てるんですか?そんなに変な髪型なんですかこれ?」
イツキはブツブツ文句を言っているが、短く髪を切ろうと、その美しく整った顔は変わらないんだな……やっぱり……3人は「ハーッ」と深く息を吐き、これから先を憂うのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話で懐かしい人が出てきます。