イツキ、宣戦布告する
モンサンには悪いが、スピード調整をして貰うしかない。それに、モンサンのグループの2人にも協力して貰わなくては守れない・・・などと、エンター部長とインカ隊長が策を練った結果、モンサンのグループと同じスピードで走れる、インカ隊長のグループ(ヤンとミノル)の3人が、ピッタリくっ付いて走ることにした。
いよいよスタート時間になり、第1走者がスタートラインのグラウンド中央に並ぶ。インカ隊長のグループはヤン、モンサンのグループはモンサンが、打合せした通り並走することにする。
執行部ザクの話によると、モンサンをヤマノグループ2人で挟み、足をかけて倒したところで、後ろから来た他の者が足を強く踏み骨を折るという計画らしい。
そもそも、モンサンと同等に走れると思っていることがおかしい。モンサンは軍学校を卒業した猛者である。
それに、ヤマノ組4グループの内3グループは、完全に【春大会】の成績を考えずに行動しなければならない。走るのが早いモンサンを狙うには、1周遅れになって待ち伏せるしかないのだ。
かなり無理のある計画というか……実現可能とも思えない。だが、ブルーニの不機嫌が極限に達している今、ヤマノ組は何がなんでも実行せざるを得ないだろう。最悪の事態を考え用心にこしたことはない。
イツキは親衛隊隊長のクレタ先輩に頼んで、マラソンの集合時間15分前に、親衛隊員を全員グラウンド入口に集合させて貰った。
「親衛隊隊長のクレタだ。先ずはイツキ君のぶっちぎりの1位に、拍手を贈る」
「イツキ君、おめでとうございます」
「イツキ様、どこまでも付いていきます!」
パチパチと大きな拍手と祝福の言葉が飛び交う。どの顔もイツキの天才的な頭脳を知り、親衛隊員であることを誇りに思っている顔である。
「今からイツキ君より、大切な話がある。心して聴くように」
クレタ隊長の号令で、全員がイツキの前に整列し、イツキからの言葉を待つ。
「皆さん、昨日隊長のクレタ先輩がヤマノ組の罠にやられました。今日は副隊長のモンサン先輩が狙われています。僕の大切な親衛隊を傷付けることは、僕を傷付けることと同じです。売られた喧嘩ですが、勝つのは我々であり正義です!奴等の卑怯な行いに屈することなく、上級学校に平和を取り戻す為、僕は戦う決心をしました。今日僕はここに宣戦布告します!そして、共に戦ってくれる戦友を募集することにしました」
そう言うと、イツキはメガネを外しクレタ隊長に渡す。そしてしっかりと瞳も見えるように、前髪を掻き上げて顔全体を出した。
さらさらと揺れる黒髪に、大きな黒蝶真珠のように輝く瞳、バランスのよい鼻と唇……笑顔ではなく真剣な瞳で語り掛けるイツキは、美しさより聡明さが表に出ていた。
親衛隊全員に、ざわざわと動揺が走る。1人「ギャー!」と叫んだけど、直ぐ隣に居たパルテノン先輩から脇腹をこずかれている。
イツキの素顔は皆には眩しすぎると、クレタ隊長やパル先輩からも言われていたが、イツキは自分の表情が皆にも見えることで、気持ちを伝え易くなると考えた。
何より裁きの能力【銀色のオーラ】を発動する時、メガネは邪魔になるのだ。
「この先、僕を信じてくれる親衛隊の仲間とは、素顔で接していこうと思います」
「いやイツキ君、それは大変嬉しいが、いろんな意味で危険だと思うんだが……」
クレタ隊長は、眩しそうにイツキの顔を見て、美しい顔が曝されることを懸念する。
「いや、危険も増えるが注目も集まる。そうなれば、ヤマノ組の奴等も、イツキ君には迂闊に手が出せないと思う。クレタ隊長の心配は分かるが、隊員である我々がイツキ君を守れば良いのだ。そうだろうみんな?俺たちはイツキ君を守って応援する親衛隊だ。俺は、共に戦う戦友であり仲間でもありたい。皆はどうだ?」
軍学校式の盛り上げ方で、モンサン副隊長が拳を空に向けて突き上げる。
「もちろんだー!俺も戦うぞー!」
「俺だって!武術はダメだけど、絶対に守ってみせる!」
「正義は勝つ!」
「学校に平和を取り戻せー!」
親衛隊の皆も、賛同する言葉を口にしながら拳を突き上げていく。
モンサンが、整列した場所から1歩前に出て、イツキに向かい右拳を前に出す。イツキはその前に立ち、自分の拳を軽く合わせる。
クレタ隊長も1歩前に出て拳を前に出す。イツキは「ありがとう」と言いながら拳を合わせる。
すると次々に隊員たちも1歩前に出て、拳を前に出してゆく。
「ありがとう」「共に戦おう!」「勝利を!」「任せろ!」「絶対守る!」と、今度は隊員たちから声を掛けられながら、イツキは自分の拳を1人1人と合わせていく。
全員と拳を合わせたイツキは、子爵家の当主らしからぬ行動で深く頭を下げた。
ゆっくりと頭を上げたイツキに、雨上がりの雲の晴れ間から陽射しが降ってきた。まるで光に包まれたような眩しさの中、イツキの顔は凛々しい少年の顔になっていた。
解散前にイツキは皆に、最初のミッションを与えた。
「作戦名は【どんな時も全力疾走、副隊長をレガート城へ】だ。現時点で副隊長のグループは11位である。我々の手で副隊長のグループを入賞させるぞー。そして、現時点で6位のパルテノン先輩のグループと共に、イツキ親衛隊の3つのグループを、レガート城へ連れて行かせてくれ!」
「「「 オーッ!! 」」」
リレーマラソンは、第1走者から激しいデッドヒートになった。
例年だと最後の6周目のゴール前で繰り広げられる光景が、今年は1周目のスタートから始まった。
イツキ親衛隊の中で入賞とは絡めない18人が、ブルーニのグループ以外のヤマノ組を、ピッタリとマークしていく。
仕掛けるはずの側が、イツキ親衛隊にくっつかれて身動きできない。しかも「お前らも大変だなー」とか「俺はお前の秘密を知ってるぞー」とか「哀れな奴等だよなーお前ら」と、走りながらイツキ親衛隊が、ブルーニ親衛隊に声を掛ける。
基本的にイツキ親衛隊は全力疾走なので、ピッタリとマークすると言っても、ヤマノ組が極端にスピードを落とし始めたら、とっとと置いて先に行く。
イツキ親衛隊には、音楽隊という軍を目指す武闘派が居る。
走るのだけは自信があると豪語する音楽隊部員3人が、部長でありイツキ親衛隊副隊長のモンサンの、少し前を走っているので、ヤマノ組の待ち伏せに対応することができる。
5周目、ドエルは計画を実行しようとして、ターゲットのモンサンからあっさり追い抜かれながら、「お前はイツキ君には勝てない」と声を掛けられて愕然とした。
宣戦布告は、この場面からスタートしたのだった。
結局モンサンとインカ隊長の2つのグループは、同着3位で50点を獲得した。
5位までは50点、10位までが40点、20位までが30点、30位までが20点、40位までが10点。規定の時間以内にゴール出来れば5点。
めでたくモンサン副隊長のグループは10位になり、レガート城行きを決めた。
クレタ隊長、セティ、ウナスの3人は、苦手なマラソンで10点を獲得した。
パルテノン先輩のグループは、7位と1つランクを落としたが問題ない。
文学部部長のグループは20点だったが、9位に入って号泣していた。
ブルーニのグループは5位から4位に順位を上げたが、ニコリとも笑わず不機嫌だ。
モンサンがケガもせずゴールしていた姿を見て、憎しみの表情を隠そうとさえしないブルーニだった。
表彰式は夕食時に食堂で行われることになった。
大会に参加した2・3年生も、沿道で応援した1年生も、大したケガ人もなく無事に大会は終了した。今日はホームルームが無いので、とにかく風呂に入って一休みしたい学生たちは、寮に向かって歩き始めた。
ブルーニは何も言わずヤマノ組全員(ルビン坊っちゃんとホリーを除く)を、ゴール場所の正門の前から、グラウンド横の大きなハルシエの木の下に移動させた。
「何故モンサンはゴールしたんだ?ケガはどうしたんだ!」
凍るような冷たく怒りに満ちた声で、全員を睨み付けながらブルーニが叫ぶ。
ドエルや他の部下たちは、イツキの親衛隊が邪魔をしたので、作戦を実行できなかったと報告する。
するとブルーニは、どす黒いオーラを全身に纏い、自分の為に働こうとした9人を1人ずつ平手打ちし、「この役立たずが!」と罵倒した。
その光景を少し離れたところから見ていた教頭と教師のフォースは、ブルーニの暴君振りに、普通の学生だと思っていては駄目だと思い知る。それが【洗脳】によっての暴力なのか、ブルーニという人間の凶暴性なのか、考えるだけで心が重苦しくなった。
同じようにその光景を見ていたイツキ親衛隊の、クレタ隊長とモンサン副隊長とパルテノンは、思わず拳を握り歯を食い縛った。
自分は何もせず、罰だけを与える凶悪さに、胸糞が悪くなり吐き気がする。これから戦う敵の本性を見て、絶対に負けたくないと思うのだった。
そんな気分の悪い光景を目にした2組は、その後目撃した光景に、始めは慌てて、最後は頷くのだった。
「ブルーニ先輩、無抵抗な学生に対し、暴力を振るっていましたね。学生規則3条により、風紀部として話を聴かせて貰います」
現れたのはイツキだった。1年生のイツキがヤマノ組に面と向かって、風紀部の仕事を行使しようとしたのだ。
「私は執行部副部長だ。風紀部のお前から指図される謂れはない!」
怒りで我を忘れていたところに、怒りの原因を作った張本人が出てきて、ブルーニに注意をしたのだ。当然ブルーニの怒りは倍増する。
「ブルーニ先輩、おかしなことを言われますね。執行部は学生の生活全般を、より良いものにするための仕事ですが、風紀部は風紀を取り締まるのが仕事です。執行部は学生の為に奉仕しますが、風紀部は学生の生活を守っているのです。僕は執行部のあなたを守ろうとしているのではなく、ここに居る9人の学生を守ろうとしているのです」
メガネを外した素顔のイツキは、顔が整っている分、冷静に言えば言うほど冷たさが増す。当然裁きの能力【銀色のオーラ】を発動中である。
敵である筈のイツキから、自分たちを守ろうとしていると言われた9人は、思考がストップする。8人は一瞬イツキが味方に見えてしまう。ドエルだけは、ヤマノ組内の出来事に首を突っ込んだイツキを睨み、敵意を向ける。
「イツキ君、これは……私たちからブルーニ様に……頼んで、良い成績が……出せなかった我々に、喝を入れて……頂いたんだ」
ドエルは何故か息苦しさを感じながらも、ブルーニの顔が怒りに震えているのを見て、恐怖から懸命に言い訳をした。
「この役立たずって……誰の役に立たなかったのでしょうねドエル先輩?」
イツキはブルーニとドエル、他のヤマノ組の黒いオーラを確認しながら質問した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話はイツキが王宮へ行く話です。