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春大会 (2)

 イツキ親衛隊隊長のクレタが、ひとり冷静に現状分析をしていた頃、各々の会場では【春大会】課題1の、100問筆記試験のプリントが配られていた。

 机は無いので床の上にプリントを置いて、場所は各グループで好きな所に座って良いことになっている。但し、他のグループと一定の距離を取らねばならない。


 この課題は、制限時間内に3人が力を合わせて問題を解くもので、1人でやれば2時間は必要な量の問題を、手分けして3人で解いていくものである。


「ウナス先輩、セティ先輩、どうぞよろしくお願いします。頑張ってクレタ先輩と一緒にレガート城へ行きましょう」


イツキは化学部2年の先輩2人に笑顔で挨拶する。化学部は、イツキにとって発明部と同じくらいに大切な部活だった。当然何度も顔を会わせているし、皆が好意的に接してくれていた。

 ウナス先輩とセティ先輩は、イツキの親衛隊には入っていないが、部長のクレタ先輩を大変尊敬していた。


「ええっと……イツキ君、僕たちは勉強は得意じゃないと言うか、あまり頑張りたくないというか・・・ええと・・・その・・・」 


 一緒に頑張ろうと言ってくれると思っていた2人の先輩は、困ったような顔をして歯切れが悪い。いつもはこんな態度をとる先輩ではないのだが……と思って様子を見ていたら、チラチラと執行部のザクの方に視線を向けている。そして次はヤマノ組のRの方に視線を向け、視線が合ったのかビクリと肩を震わせた。


『成る程ね。随分と手回しがいいんだ……それなら遠慮要らないな』


 何かに脅えている先輩は置いといて、やるべきことをやると決めたイツキは、配られたプリントの内容をざっと確認する。


「先輩、例年の平均点ってどのくらいですか?」

「平均点?確か45点くらいだったと思う」(セティ)

「それでは、最高点は何点くらいですか?」

「昨年は72点だった。過去の最高点は88点だとクレタ部長から聞いた。本当なら先輩が……今年最高点を取る筈だった……のに」


ウナス先輩は悔しそうに苦しそうに、泣き出しそうな声で教えてくれた。


「分かりました。それではクレタ先輩の代理として、頑張らねばなりませんね」


一向に問題を解き始める気配のない先輩2人に、にっこりと微笑んだイツキは、上着を脱いでペンを握ると、信じられないスピードで、100問の問題を解き始めた。

 2人の先輩は、ひとり頑張ろうとするイツキに申し訳なくて、配られたプリントの問題を眺めて、10問を目標に解けそうな問題を探し始める。



 残り時間が5分を切った時、イツキはなんとか問題を解いて、メガネを外しながら、2人の先輩の方を向いて言った。


「本来なら、3人で分担した解答を1枚の用紙に纏めるべきですが、今回は僕の解答用紙を提出しますね。それで、ザク先輩とヤマノ組になんと言われたのですか、せ・ん・ぱ・い?」


 他のグループは残り時間5分ということで、あーでもない、こーでもないとバタバタ作業し、盛んに意見を交わしながら仕上げ作業に入っていた。然しものヤマノ組も、この時間だけは余裕がない筈である。


 イツキは裁きの聖人【銀色のオーラ】を身に纏い、目の前の仲間である2人の先輩に問い掛けた。

 眼鏡を外して微笑むイツキの、整って美しい顔を始めて見た2人だが、闇のように黒い瞳を見た途端、身動きすら出来なくなってしまった。


「な、何故それを?」


絞り出すようにウナスが問うが、イツキは何も答えず微笑んだままである。


「い、いや、これは、こうしないと敬愛するクレタ先輩を助けて貰えないと……」


セティは、言い訳するように事情を説明しようとするが、直ぐ近くに居るヤマノ組Rの方に、首は動かせないので目線だけを向けて口ごもった。


「敬愛?先輩方はクレタ先輩を尊敬すらしていません。僕はどんなことがあってもクレタ先輩を信じています。だから堂々と戦います。それが先輩を助ける道だと思っています。クレタ先輩は、僕の親衛隊隊長は、大事な大会をサボるような人ではありませんから」


イツキの瞳は、より深い闇に落ちるような黒さで、2人の先輩を真っ直ぐ見詰める。

 2人は息苦しさと重圧感を感じて、この苦しさから逃れるためには、正直に全てを話すしかないのだと悟った。


「ザクが、執行部のブルーニは、今回の件を絶対に許さないだろう。校長からのペナルティーの上に、執行部のペナルティーが加えられたら、クレタ先輩のペナルティーは3以上になる。そうなれば就職に響くから、ヤマノ組を怒らせないように手を抜けと……でも……でも、俺たちは間違っていた」


セティはイツキの話を聞いて、自分は根本的なところで間違っていたと気付いた。


「俺は、クレタ先輩を信じきれなかった。クレタ先輩……申し訳ありません。イツキ君も済まなかった……今更もう遅いけど……」


ウナスは涙を溢しながらクレタ先輩とイツキに謝罪した。


「心配要りません。まだ暗号問題も有りますし、僕も本気で100問に挑戦しましたから。さあ、解答用紙の提出をしてきてください。グループ名は最強化学部で整理番号は11で間違いないですね?」


イツキはそう言いながら解答用紙を2人に渡し、銀色のオーラを外した瞳でニッコリ微笑んで、ゆっくりとメガネを掛けた。

 今度の笑顔は怖くなかった・・・それどころか、天使のような美しい微笑みに、思わず見とれてしまった。そして手渡された回答用紙を見て、言葉を失った。

 正解かどうかは判らないが、最低でも2時間は必要な問題を、たった1時間で、しかも全問、解答が記入されていたのだ。

 2人は、自分が確実に自信を持って解いた問題の答えを確認する。なんと、同じ答えが記入してあった。


「なあ、これって3年で習う数学問題だよな?」

「それよりこれ、これって、クレタ先輩が挑戦したけど解けなかった物理問題だ!」


この時2人は、イツキがとてつもない天才で、クレタ先輩とレガート城に行こうと言った言葉は、本気だったのだと理解した。


『今からでも、親衛隊に入れるだろうか・・・』


ウナスとセティは同時に同じことを考えて、互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。

 解答用紙を担当教師に渡した2人は、クレタ先輩の為にも全力を尽くそうと決心し、イツキの元へと急いで戻ってゆく。


 体育館内は、1つ目の課題が終わり「難し過ぎだろう!」とか「これはいける」とか「時間が足りない」とか、大騒ぎになっていた。

 次の暗号問題は、15分の休憩を挟んで行われる。





 イツキが10問目の問題を解いていた頃、教頭とポート先生は武道場の外の倉庫の中から、何やら歌のようなものが聴こえることに気付き、そっと倉庫前で耳を澄ませた。


「月を見て君を思う 星の中に君を描く 海の輝きが君を包めば 世界は光に溢れる 風の音も雲の流れも 大地のような君のぬくもり・・・」


「教頭、あれは神の詩の替え歌ですね……3年首席のクレタは、どうやらロマンチストみたいです」


イツキの担任ポートは、クレタの意外な一面を知った気がして微笑ましく思い、教頭と顔を見合わせ、どうやら元気みたいだと安心した。

 よく見ると、倉庫の扉にはかんぬきがしてあり、閉じ込められたのだと分かった。

 クレタの歌が終わるのを待って、ポートは扉をノックして、合言葉のような投げ掛けをする。


「ポックの樹液で作った個体の名は?」(ポート)

「・・・?それは・・・それはポムです先生!」(クレタ)


ポートは扉の取っ手に噛ましてあった太い棒を、ガリガリと引き抜くと、取っ手を両手で握り勢いよく開いた。

 扉の中には、恥ずかしそうに頭を掻いているクレタが立っていた。


「何をうっかりヤられてるんだいクレタ?」

「ちょっと、酷いじゃないですか教頭先生!僕だって、たまには失敗もします」


全く悲壮感を漂わせることもなく、クレタは笑顔で無事に救出された。自分の歌を聞かれてしまったのではと思うと、悲壮感より恥ずかしさの方が優先し、笑うしかないクレタだった。


「君はここで倒れていた所を、偶然ポート先生に発見されて、保健室に運ばれることになる。さあ、保健室へ行くぞ。詳しいことは保健室で聴く。誰にも見られないようグラウンドを回って行こう」


教頭は、学生の無事に安堵し、目の前で起こった卑怯な事件に怒りを覚えながら、クレタの肩をポンと叩いて歩きだした。


「犯人は、休憩時間か暗号問題終了後、または夕方以降に君を解放しに来るだろう。このかんぬきは元に戻しておこう。そして教師が交替で見張ることにする」


ポートは必ず犯人を捕まえて、卑怯な行いを止めさせなければと決意する。


 しかし、残念ながら犯人たちの狡猾さに、悔しい思いをすることになるのである。




 休憩時間、武道場が会場だったドエルの元へ、執行部のザクが報告に来ていた。


「言われた通り、クレタのグループのウナスとセティは、殆ど問題を解いてなかった。クレタの代理の1年のイツキの書いた解答用紙を提出していたようだ……もうこれで約束は果たした。これ以上の協力は出来ない!」


ザクは唇を噛み締めながら、怒りと願いを込めながらドエルに訴えた。


「ああ、別に構わない。ただ、お前の秘密を守れなくなるだけだ」

「ドエル、約束が違うじゃないか!協力したら秘密は守ると、絶対に守ると言っていたはずだ!」


ザグはドエルに詰め寄るが、プイと顔を背けられてしまい、怒りと絶望で体が震える。拳を握り締めて、殴りかかりたい衝動を必死に耐える。


「ブルーニ様は、お前に期待されているんだ……嫌なら執行部役員を降りればいい。その方が秘密がバレても楽だろう?それから、クレタを倉庫から出す時は数人で、明日のリレーマラソンの道具を出しに行って、偶然見付けたことにしろ。いいな!お前はもう立派な犯罪者なんだ」


「・・・」


ザクは返事をする気力さえ無かった。どんどん悪事に手を染めていく自分自身を、許せない気持ちに押し潰されそうになる。

 風紀部のパルが死にかけた時は、まさか窓から突き落とすなんて知らなかったから協力したが、今度はクレタ先輩を陥れた。

 ヤマノグループは、これからもっと命令してくるのだろう・・・執行部を辞めればいいのか?・・・いや、全ての罪を自分に負わせて、奴等は何事もなかったように生活するだろう・・・


『犯罪者……もうこれ以上罪を犯したくない……誰か……誰か助けてくれ』


ザクは、絶望しながら体育館へと足を向けるが、強い頭痛に襲われ思わず踞ってしまった。


 そんなザクの様子を、ドエルと話しているところから、こっそり見ていたイツキだった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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