春大会 (1)
駆け寄ってきたパルテノン先輩の言葉を聞いて、奴等のターゲットがクレタ先輩だと確信したイツキは、自分の親衛隊が狙われる可能性を考慮していなかった、自分の甘さを後悔する。
「それで、クレタ先輩はどこへ行ったのですか?」
「ええっ?それじゃあ、イツキ君は呼び出してないんだね・・・クレタは確か武道場に行くと言っていたと思う」
パルテノンは、親友クレタが罠に嵌まったのだと分かり「チッ」と舌打ちして、何故自分も付いて行かなかったのかと後悔した。
「そこの3人、何をしている!もう受付は終了だ。早く体育館の中に入れ!」
日頃は全く仕事をしない執行部副部長のブルーニが、今日に限って仕事をしている。いや、今日だから仕事をしているのだ。
なんだか愉快そうに右口角を上げて、勝ち誇った顔でこちらを見ているブルーニに、パルテノン先輩も全てを理解したようだが、自分たちは探しに行くことが出来ない。直ぐに体育館の中に入って、春大会に参加しなくてはならないのだ。
「行きましょう先輩方。僕に任せてください」
イツキはブルーニには聞こえないように、2人に耳打ちした。
体育館内は、1年はクラス別、2・3年は整理番号順にグループで並び始めていた。
イツキは同じクラスであり執行部会計のナスカを捜す。執行部であるナスカは、1年生全員に並ぶよう指示を出していた。
「ナスカ事件だ。時間がない。罠に嵌まったクレタ先輩の代わりに、1年首席である自分が大会に出場すると言ってくれ!それだけでいい」
何のことだか分からないという顔のナスカに言い捨てるようにして、次にイツキは校長の姿を捜す。ステージの近くを歩いてる校長を見付けたイツキは、猛ダッシュで近付き、ステージに上がる前の校長と話すことができた。
「校長先生、3年首席のクレタ先輩です。罠に掛かった振りをして、サボったのであれば処罰すると告げてください。僕が代わりに出ます。後は教頭先生にお願いしてあります」
校長の横をただ通り過ぎただけにしか見えないように、数秒同じ歩幅で歩いて伝言したイツキは、その先で指揮を執っている執行部部長のエンター先輩の所で立ち止まった。
「先輩、とにかく、君ではムリだろうと僕に言ってください。分かりましたね?君ではムリですよ!」
イツキはエンター先輩にそう囁くと、急いで1年生の列に並んだ。
さっぱり何のことだか分からないエンターは、さっさと何処かへ行ってしまったイツキの姿を、キョロキョロと捜すが見付けられなかった。
『ちょっとイツキ君・・・なんなの?いったい何があったんだ?』
訳の分からないまま、【春大会】の開会を宣言するために、ステージへと上がっていくエンターである。
先ずは校長の挨拶から始まり、続いてヨシノリ執行部副部長が、注意事項を説明する。最後にエンター部長が、大会の開会宣言をするため演台の前に立った。
すると、学生たちの中からザワザワと話す声がし始めた。ざわめきは次第に広がっていき、ある学生が手を上げてエンター部長に大声で叫んだ。
「執行部部長!3年のクレタがまだ来ていません。何か聞いていますか?2人では出場は無理だと思いますが、どうされるのでしょうか?」
叫んだのは、クレタがグループを組んでいた化学部後輩2人の、隣に立っていたヤマノ組3年のRだった。
「どういうことだ?クレタは本当に来ていないのか?誰か事情を聞いている者は居ないのか?」
エンター部長は、体育館内をぐるりと見回しながら問い掛ける。しかし誰からも返事はない。
「これは大きな問題だ!もしも意図してサボったのであれば、3年首席と言えど許されるものではない」
校長の厳しい言い方に、体育館内はシーンと静まり返り、残されたクレタグループの2人に、同情の視線が集まる。なにせ入賞確定は間違いないと言われていたのだから。
「校長先生、これは1年生を入れるしか方法がありません。今年はきっちり3人組が出来たので、1年を入れずに済んでいたのですが・・・」
とても困ったことになったという顔をして、エンター部長は校長と話をする。
「そうだな、時間も無いことだし、誰か3年首席のクレタに代わり、出場してみたいと思う1年生は居ないか?」
不機嫌な顔をした校長が、1年生の方を見ながら代理の出場者を募集する。
「それならこの俺が、1年首席のナスカ・マナヤ・ホリスが出場します」
そう言ってナスカが手を上げて、皆の前に出て名乗りを上げる。
「「おおー!流石1年の首席だ。格好いいじゃないか!」」
大部分の学生から、名乗り出たナスカを誉める言葉が飛び交う。
「それはダメだナスカ君、それは出来ないよ!君は執行部役員だ。執行部役員と風紀委員は、仕事があるじゃないか?君は自分の仕事を放棄してまで出場するのか?」
いつもは大声など人前で出さないブルーニ副部長が、ナスカを責めるように問う。
ナスカ出場で盛り上がっていた場内が、途端に重い空気に変わっていく。
「それなら僕が出ます。クレタ先輩は僕の親衛隊長です。3年首席のクレタ先輩には遠く及びませんが、全力を尽くします」
イツキは前に出ていたナスカの隣に立ち、堂々と皆の前で立候補する。
「イツキ君、君ではムリだろう・・・ナスカ君と君とでは・・・」
エンター部長は、何のことだかさっぱり分からないまま、いったい何時イツキに言われた「君ではムリ」を話せばいいのか戸惑っていたが、話の流れでやっと『ここかぁ』と理解して、残念そうに無理だと告げた。
「エンター部長、それは差別的発言では?彼は風紀部ですが、今回は風紀委員が仕事をするので、彼なら適任でしょう?だって自分の親衛隊の隊長の代わりなんですから……それに自分で手を上げたんだ。どんな結果になっても彼の責任だ。奇跡が起こればレガート城に行けるかもしれないし。そうではないか諸君?」
珍しく雄弁に語るブルーニは、完全に筋書き通りだったようで、勝ち誇ったような笑顔で、学生たちに問い掛ける。
『そうではないか諸君?諸君だと?自分で陥れておきながら、イツキ君まで笑い者にする気なんだ・・・くそー!』
パルテノンはブルーニの汚い遣り方に腹を立て、拳を握り締めながらブルーニを睨み付ける。
『流石イツキ先生、みんなイツキ先生の実力を知らないもんな』
イツキ親衛隊副隊長のモンサンは、軍学校から編入学して来たので、イツキの実力を知っていた。ただ、今回の入学は任務を兼ねている為、出来るだけ目立たず能力を隠しておきたいと言っておられたのに、とうとう実力を見せてしまわれるのだろうか……と少し心配する。それよりも、隊長のクレタはどうなったのだろうかと不安になった。
「エンター部長、本人が立候補したんだ出してやれよー」(2・3年生)
「そうだそうだ!悪いのはクレタだ!」(ヤマノ組)
「いいぞーイツキ君!頑張れ!」(親衛隊の皆さん)
体育館内は、ブルーニに賛同する意見が大半で、声援まで飛んでいる。
「分かった!それでは1年のイツキ君、君を正式に3年クレタの代理として認めよう。もちろん入賞すればレガート城にも行けばいい」
「「やったぞー!良かったなー」」
と、好意的に出場が決定したところで、イツキは誰も予想していなかったことを付け加え、学生全員から可哀想な身の程知らずという視線を浴びることになった。
「もしもクレタ先輩が、正当な理由で出場出来なかったのだとしたら、入賞した時は、クレタ先輩もレガート城に行っても良いですか校長先生?」
「君はどれだけ自分が大それたことを言っているのか、全く分かっていないようだが、もしも、もしもそんなことが起こったら、誰も文句は言わないだろう。君は正式な代理であり、1年の君に負けたことになるのだから」
イツキのお願いに、呆れ顔で答えた校長だが、自分の迫真の演技で悦に入っていた。
「それでは、武道場に移動するグループを発表する。昨年は整理番号の前半と後半だったが、今年は偶数の整理番号のグループと1年B組が武道場とする。風紀委員の1年は速やかに移動させるように」
エンター部長の掛け声で、偶数番号の者と1年B組の者が移動を始める。
武道場の入口で、1年風紀委員のイースターとルシフが、整理番号のチェックをして入場させる。
イツキの会場は運良く体育館だったので、校長の側に再び近付き「クレタ先輩は武道場か周辺の何処かに居ます」と囁いて、直ぐに離れていった。
イツキの話を聞いた校長は、武道場と周辺を探すよう教頭に伝えてくれと、フォース先生に指示を出した。
その頃、武道場の外の倉庫に閉じ込められていたクレタは、そろそろ半分の学生が武道場に移動してくる筈だと考えていた。
武道場の中に皆が入ってから大声を出せば、もしかしたら自分の声が聞こえるかもしれない。しかしそれだと、【春大会】をぶち壊しにしてしまうだろう。それは如何なものかと、答えを出せずにいた。
武道場の外の倉庫は、武道場と隣接はしているが、完全に違う建物だった。
体育館はステージの下や裏に物置き場が有るのだが、武道場は古い建物で物置き場が無かった。倉庫も同じ頃に建てられ、レンガ造りでかなり広かった。体育館が出来る前は、全ての武具やマット等が入れられていたらしく、今はあまり使われない物や、昔の資料等が納められている。
思ったよりも武道場の様子が分からない・・・考えてみれば、大声を出して容易に助け出される場所に軟禁したのでは意味がない。
直ぐ近くに皆が居るのに、どうすることも出来ない・・・敵ながらよく考えたものだと思える余裕が出てきたクレタだった。
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