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ラミル正教会の奇跡 (1)

 ラミル正教会病院は教会敷地内に在り、レガート国で1番規模の大きな病院だった。

 ランドル大陸に於いて、総合病院的な機能を果たせるのは、ブルーノア教会病院の他には、イントラ連合国の、高学院病院だけであった。

 レガート国を含む他の国は、現在各々の国立病院を建設中ではあるが、医者の数も足らず、国の予算を医療に回せる国は少ないのが現状だった。



 最近始めたばかりの馬術だとは思えない手綱捌きで、病院の前まで馬を走らせたイツキは、腕がいいと言うより、馬がイツキを気に入り乗せてくれた感じではあったが、無事に正面入口に到着した。

 正面入口で国王の到着を待っていた、レガート軍ギニ副司令官とソウタ指揮官、王宮警備隊ヨム指揮官に、【王の目】を指揮するアルダスの右腕フィリップは、早馬に乗って到着したのが王ではなくイツキだったことに驚いた。


「あれ?イツキ君?久し振り、どうしたんだ?」 (ヨム指揮官)

「イツキ君?どうして君がここに?」 (ソウタ指揮官)

「イツキ先生、教会からの召集ですか」 (フィリップ)

「イツキ君、王様は?」 (ギニ副司令官)


「王様は昨夜、過労で倒れられたので馬車で来られます。それで、リバード様のご容態はどうなんです?どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


イツキはそう答えながら、ズンズンと病院内に入っていく。何度も来ている場所なので勝手は分かっている。



 2階の病室の前まで来ると、警備隊と軍の兵士に止められたが、後ろを付いて来たフィリップさんが通してくれた。イツキは迷わずドアを開けて、フィリップと中に入る。

 病室内には、パル院長、看護師長、リバード様の母である側室のエバ様、副院長のドレンさんの4人が、リバード様のベッドを囲むように立っていた。


「パル医師せんせい、リバード様の容態は?魔獣毒の種類は解ったのですか?」

「イツキ君どうして君が・・・容態は一刻を争う状況で、毒の種類は恐らく海洋系だと思うが、特定出来ていない」


パル医師は辛そうな顔をして答える。医師として限界のある症例は幾つもあるのだ。

 イツキは怪訝そうに向けられた側室エバ様の視線を無視して、リバード様の診察を始める。


「あなた何をしているの!リバードに王子に触らないで!」

「エバ様、ああ見えて彼は医師です。しかもとても優秀な医師です」


取り乱したエバ様に、院長が説明をするが、エバ様は信用できないようで、イツキを追い払おうとする。


「パル医師、これは、この青い発疹は確かに海洋系の魔魚ですが、イボンザメの牙毒ではないでしょうか?エバ様、お訊きしますが、リバード様は嘔吐の後で胃の痛みを訴えられ、それから吐血して意識を失われた・・・そうではありませんか?」


リバード様の身体中に出来た青い発疹と、指先が青くなっているのを診て、イツキは毒の種類を特定する。そして脈をとり、呼吸を確かめると顔を歪めた。もう呼吸をするのも難しい状況で、手足は冷たくなっていたのだ。


「そうです。確かにその順番で・・・倒れました・・・でも、もう・・・」


エバ様はどんどん顔色が青くなっていくリバード様の容態に、絶望と後悔の涙を流しながら、リバード様の身体にすがり付いて「リバード、リバード」と、繰り返し名前を呼んで泣き崩れた。


「イボンザメ・・・それでは西の海の魔魚なのか?」

「そうですパル医師、解毒は同じ魔魚のシイラザメか、東海に棲む魔魚の毒でないと解毒出来ません。教会に、教会に置いてありますか?」


イツキはすがるような気持ちで、パル医師とドレン副院長の方に視線を向ける。

 2人の医師は顔を見合わせるが、2人とも首を横に振った。


「・ ・ ・」


 元々西の海(レガート国の西側)の魔魚は、漁獲を禁じられている。例外としてカワノの領とヤマノ領のみ、研究のためだけに獲ることが許されていて、その管理は領主が任されていたのだった。

 イツキは一瞬絶望的な気持ちになるが、リバード様を必ず助けると王様に約束したことを思い出した。


 気持ちを立て直し、大きく息を吸って大きく吐き、精神を集中する。

 すると、礼拝堂の祭壇が頭に浮かんできた。そして首にぶら下げている、神より授かった琥珀の石のペンダントが、熱くなっていくのを感じた。


『もう、神の御力を御借りするしか方法は無さそうだ』


イツキはそう判断すると、看護師長にサイリス(教導神父)のジューダ様を、至急礼拝堂へ来て貰うよう頼んだ。


「パル医師、これからリバード様を礼拝堂に運びます。直ぐに準備をしてください。副院長、ファリスとモーリスに礼拝堂の準備をさせてください。フィリップさん、礼拝堂にはモーリス(中位神父)以上の神父と関係者以外は、絶対入れないように手配してください。これは命令です!」


イツキの命令という言葉を聞いて、ハッと目を覚ましたかのように全員が動き始める。只1人、エバだけは何が起こったのか分からず、上級学校の制服を着た学生が、指示していく様を呆然と見ていた。





 リバード様を担架に乗せて教会へ運ぼうと、病院の正面入口を出たところで、遅れてやって来た王様とエントン秘書官の馬車が、アルダス様の馬に先導されて到着しようとしていた。

 イツキは説明する時間が惜しいので、王様を待っていたギニ副司令官に、リバード様を礼拝堂まで注意して運ぶよう頼み、ソウタ指揮官を呼び「これから祈りを捧げます。その意味が判りますよね」と囁いた。

 ソウタ指揮官は、隣国の戦乱でカルート国へ行った時、イツキが祈りを捧げて、数々の奇跡を起こしたことを思い出した。リバード様は、もう奇跡に頼るしかないのだと理解し、全員を礼拝堂へと案内する役割を果たすことにする。


 イツキは礼拝堂に向かう途中、教会の敷地内に咲いている小さな白い花を摘んだ。

 その花は、イツキが軍学校の試験の結果待ちで、レガート城見学に訪れた時、城内に咲いていた花で、偶然出会ったエントン秘書官から貰って、教会に植えたものだった。


 花を持って礼拝堂に入ると、慌てて駆け付けてきたサイリスのジューダ様が、イツキに駆け寄り事情を訊いてきた。イツキは、もう一刻の猶予もないと分かっていたので、祭壇に向かって歩きながら答えた。


「リース(聖人)の仕事をします。聖杯と水を、蝋燭には火を、それからリバード様を祭壇前に寝かせてください」


イツキの話を聞いたジューダは、一瞬驚いた顔をしたが「承知しました」と応えて、ファリス(高位神父)とモーリス(中位神父)に命じて直ぐに準備を始める。

 上級学校の制服を着たイツキが、神聖な祭壇に向かうのを見て驚いたファリスとモーリスは、イツキに注意しようとして、サイリスのジューダ様から「リース様だ下がれ」と小声で注意を受けた。上位の神父であっても、リース(聖人)に会える機会など殆ど無いのだ。



 朝陽が射し込む礼拝堂は光に溢れ、格式高く威厳に満ちていた。隣に建つ大聖堂よりも歴史は古く、記録には、この場所に礼拝堂を建てよと、開祖ブルーノア様が命じられたと記されている。


 イツキは祭壇に上がり気持ちを落ち着ける。そして、青みがかった大変珍しい木で作られた、古い祭壇テーブルの前に立って、首に下げていた琥珀の石のペンダントを聖杯の横に置いた。


 

 駆け付けてきた王様とエントン秘書官、パル医師に抱えられてなんとか歩いてきたエバ様、アルダス様とフィリップさん、ギニ副司令官とソウタ指揮官、その他、礼拝堂に入る許可をしたのは、モーリス(中位神父)1人とファリス(高位神父)1人だけだった。

 ヨム指揮官は礼拝堂の入口を封鎖し、王宮警備隊の隊員と軍の兵士を指揮して、礼拝堂の警護を任されていた。


「いったいどうなっているのです病院長?これはどういうことなんですか?」


エントン秘書官は事情が分からず、立ったままパル院長に問い質す。何も説明されないまま礼拝堂へと連れて来られたので、祭壇の前に寝かされたリバード様を見て、完全に混乱していた。

 ソウタ指揮官とフィリップだけは、イツキの祈りの力を知っていたので、おおよその見当は付いていた。


「リバードは、リバードはもう・・・神に召されたのですか?」


「いいえ、そうではありませんエバ様。しかし魔魚の毒の解毒は不可能です。あとはもう、神にお縋りするのみなのです。本当に申し訳ありません」


パル院長は膝を付いて、王様とエバ様に深く頭を下げ謝罪する。

 王様はエバ様の肩を抱いて、息子であり王子であるリバード様の方へ、フラフラと歩きだす。

 パル院長はリバード様の傍らで、容態を確認するために付き添う。



「皆さん時間がありません。お座りください。王様とエバ様は、1番前の席に座って、リバード様の側でお祈りください」


 状況が呑み込めないままの国王とエバ様、エントン秘書官は、何故イツキが祭壇から指示を出しているのか分からなかった。ギニ副司令官とアルダスは、イツキがリース(聖人)だと知っていたので、リースの力を使うのだろうかと思っていた。



 イツキは聖杯に水を注ぐと、癒しの能力【金色のオーラ】を発動する。

 すると一瞬蝋燭の火が高く燃え上がった。

 イツキは高く清んだ声で《神に捧げる祈り》を歌うように捧げ始める。


《神に捧げる祈り》は、流れる川のイメージで、小さな流れがやがて大河となり、人々の生活を潤し恵みを与える。生きるために必要な水は、神の教えと同じであり、感謝し大切にしなければならないという、恵みに感謝する祈りである。そして、この祈りは大変難しく、サイリス(教導神父)以上の神父でなければ、唱えることが出来ない決まりである。


《神に捧げる祈り》を8分足らずで終えたイツキは、弟リバードの為に、ブルーノア語の祈りの章の中の【愛する者へ捧げる祈り】を捧げることにする。


「これから捧げる祈りは、古代語を使ってブルーノア様がお創りになられた祈りです。言葉が分からないと思いますが、祈りの題は【愛する者へ捧げる祈り】です。どうかリバード様への思いを込めて、お祈りください」


 イツキは礼拝堂の中に居る、1人1人の顔を見ながら語り掛けた。


 どの顔も、皆が涙を流している・・・

 イツキの透き通る祈りの声に、癒しの能力【金色のオーラ】が発動しているのだ。

 心も身体も浄化され、暖かい気持ちになってくる。気付くといつの間にか涙を流しているのである。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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