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エントン確信する

 イツキは、父バルファーが眠ったのを確認すると、止まらない涙を拭くため、荷物の置いてある貴賓室へと、音を立てないよう向かった。

 貴賓室に入った途端、抑えていた想いが溢れだし、声を出して泣いた。

 出来るだけ小さな声で泣こうとするのだが、どうしても声が出てしまう。荷物の中のタオルを取り出して、顔に押し付けてイツキは泣いた。


『王様は、父上は今でも母上を愛していて、ず、ずっと逢いたがっていたんだ・・・キアフのことも未だに探しているようだとリーバ(天聖)様から聞いた。母上・・・僕も・・・僕もお逢いしたいです。僕の命を守るために、命を落としてしまった母上あなたに、1度でいいから逢ってみたいです』


「父上、母上・・・」


神様、今だけ、今だけ、そう呼ぶことをお許しください・・・神に赦しを請いながらイツキは呟く。

 

【神の子】リース(聖人)として生まれてきた運命の日々の中で、これまで両親のことを考えたことなどなかったイツキである。

 父親がレガート国の王だと聞かされても、驚きはしたけど、そうなんだ……と思ったくらいなのに、会うと、会ってみると、こうも心が揺れるのだ……感情に流されず、己の使命を果たさねばならない……それは分かっている。なのに涙が止まらない。




 貴賓室前の廊下で、部屋の中から聞こえる押し殺したような泣き声を、エントンはそっと聞いていた。


 エントンは、ついウトウトしていたが、誰かの話し声が聞こえたような気がして、目を覚ましていた。目を開けると、王様の手を握ったイツキ君が、肩を震わせながら鼻をすすっていた。

 王様が、妹カシアの名を呼びイツキ君に話し掛けた気もしたが、寝言なのかなと思った。

 寝た振りをして少し様子を窺っていると、メガネを外し涙で素顔を濡らしたイツキ君が、部屋から出ていった。


 もしかしたら目覚めた王様が、素顔のイツキ君を見て、妹のカシアと間違えたのかもしれない・・・

 でも何故?何故これ程に泣いているのだろう・・・

 イツキ君が王の手を握り、カシアの名を聞いて、何故泣く必要があるのか?


『だとしたら、もしかしたら・・・やはりイツキ君はキアフなのか?そしてバルファー王が父親だと知っているというのか?』


 エントンは、イツキの号泣の意味をいろいろ考える。

 もしもそうなら、何故今まで名乗ってくれなかったのだろうか?名乗れない理由は何だ?既に新しい王妃が居て、王子や王女が居るからなのか?教会の指示なのか……?

 こうなったら、本人に確認するしかない。産まれた日が違っていても、産まれた場所が違っていても、それは後から教えられたことかも知れないではないか。

 エントンはあれこれ思案しながら、王の執務室に静かに戻り、イツキが戻ってくるのを待つことにした。



 戻ったイツキ君は、「眠くなったので顔を洗ってきました」と言って笑った。

 涙の跡はもう無いような感じだが、美しい黒い瞳はまだ濡れている気がする。なのに君は笑うのか……?

 探し求めたカシアとバルファー王の息子かもしれないこの子は……あれだけ声を殺して泣いていたのに、健気にも自分に笑って見せる。

 今度はエントンが、胸を締め付けられる。そして今すぐ、この手でイツキ君を強く抱き締めてやりたいと思ってしまう。


 エントンは自分の気持ちを抑えて、いつ涙の訳を訊き出そうかと思案していると、逆にイツキ君から質問を受けた。


「リバード様の容態はどうだったのですか?毒の種類は判ったのでしょうか?」


「容態はよくない……毒は魔獣の毒の可能性もあるとのことで、有効な薬草が無いらしく、2日以内に有効な薬が見付からなければ……危ないと診断された」


エントンは、医師であり薬師でもあるイツキに、打つ手がないことを教えた。

 その話を聴いたイツキは、暫く考え込んでいたが、以前リバード王子が毒を盛られた時の症状をエントンに訊ねた。そしてエントンの予想もしないことを言い始めた。


「僕ならその毒の正体が判るかもしれません。僕はこの1年半、大陸中を旅して多くのことを学びました。その学んだ知識の中に、魔獣の毒も入っています」


「何だって!本当に?でも毒の正体が判っても、薬はどうしようもないのでは?」


エントンは椅子から立ち上がり、つい大きな声を出してしまったことに気付き、慌てて口を塞ぐと国王の方を見た。

 まだ眠っている友の寝顔を確認して、ホッと息を吐き、再びイツキに視線を向けると、藁にもすがる思いで話を聞く。


「魔獣の毒は、同じ魔獣の毒でなければ解毒できない物が多いのです。今王宮にある魔獣の毒は2種類、あとは教会病院に何種類置いてあるかが重要です」


先程王宮の薬剤庫でいろいろ調べた時、魔獣独特の光る物体を確認していた。もしも昼間の明るい状態だったら、見付けられなかったかもしれないとイツキは思った。


「何だって!王宮に魔獣の毒がある?」


エントンは驚いて、また大声を出してしまった。


「はいそうです。夜の暗がりだったから見分けがついたのです。もうそろそろ夜が明けます。直ぐに見付けて持って来ましょう」


イツキはそう言うと、エントンの了承も得ないまま、廊下に飛び出して行った。


「今の話は本当なのか?城の中に魔獣の毒があると……」

「ああ……王様、起こしてしまいましたか……申し訳ありません」


バルファー王は目を覚し起き上がろうとする。エントンは慌てて起きようとする王に「まだ休んでいてください。昨夜倒れられたんですよ!」と言って、無理矢理長椅子に寝かせた。


「真実であるならエントン、君も探してきてくれ!リバードを助けねばならない」


必死の国王の頼みを聞いたエントンは、イツキを追って薬剤庫へと走って向かった。



 


 午前6時、空が明るくなり始め日の出を確認するように、メガネを掛けたイツキはカーテンを半分だけ開けて、バルファー王に自分が煎じた薬を差し出していた。


 イツキが薬を煎じている間に、エントンは昨夜からのことを王に説明していた。ただし、イツキが泣いていたことは伏せた。

 倒れた王を看病したのはイツキで、薬剤庫に魔獣の毒が在るのを知っていたのは、王のために薬を探しに行ったからであると。そしてイツキから預かった、医師資格証と薬剤師資格証を見せた。


「ブルーノア本教会発行の資格証か・・・信じられないが、あの子はそれ程までの天才なのだな。現にこうして魔獣の毒を探し出して来た」


バルファー王は椅子に座り、テーブルの上に置かれた2つの魔獣の毒に視線を移し、憎々しい表情で乾燥した肉片と、瓶の中に入れられた、まだ新しい臓器を睨み付けた。

 王の厳しい表情の原因は、探し出した魔獣の毒を見て、イツキが国王とエントンに向かって、追い討ちをかけるように、ある仮説を唱えたからだった。


「この瓶に入っている臓器の毒は、ブドリガンホルという牛に似た魔獣の物だと思いますが、前回リバード様が盛られた毒は、症状からしてこの毒だと思われます。この毒の特徴は、先ず手足が痺れ、次に立てなくなります。酷くなると呼吸が出来なくなり、体に赤い発疹が出ます。そうではありませんでしたか?」


 イツキの話を聞いたエントンは驚いた。イツキが少し前にリバード様の症状を質問してきた時は、赤い発疹のことまで教えてなかったのだ。

 エントンとバルファー王は目を見開き、顔を見合わせて頷いた。


「そうだ……間違いない。確かに発疹が出ていた……では、リバードは王宮内部の者に毒を盛られ、犯人はその毒を薬剤庫に隠したということなのだな!」


 そんなやり取りがあったのは、今から30分前の午前5時半頃のことだった。





「王様、過労を甘く見てはいけません。眠れないのなら薬を調合出来ます。食欲がない時は、スープだけでも召し上がってください。僕が栄養も有り滋養にも良いスープのレシピを、厨房に渡しておきます。それから時には剣を振るわれるのも良いでしょう。それから・・・」


「分かった分かった。もう充分だよイツキ君。いや医師せんせい。なんだかとても懐かしい気分になったよ。昔そうやって、いつも煩い程に心配してくれる女性ひとが居たんだ。もう亡くなったんだけどね」


バルファー王は、イツキに笑顔を向けた後、朝陽が登り始めた空に視線を移し、遠い目をして昔を思い出していた。

 バルファー王の話を聞いたイツキが、フッと寂しそうに下を向いたのを、エントンは見逃さなかった。そして、イツキが甥のキアフであるという思いを強くしていく。




 ほんの束の間の家族団欒を破るように、廊下を走る足音が聞こえて、王の執務室をノックする音がした。


「王様、こちらに御出でしょうか?アルダスです。リバード様が危篤状態になられたので、病院長が至急お出でくださいと・・・」


キシ公爵アルダスは、執務室のドアを開けながら報告し、室内にエントン秘書官とイツキが居るのを見て、言葉を止めた。


「えっ?イツキ君?何故ここに?」


こんな早朝に、しかも国王の執務室に何故イツキ君が居るのだろうかと、アルダスは驚いて声を掛けた。


「事情は後で話します。とにかく急いで病院へ向かいましょう。アルダス様、僕に1番速い馬を貸してください」


イツキはそう言いながら、体はもう荷物を取りに貴賓室へと走り出していた。


「よし、私も馬で行こう!」


バルファー王は、着替えようとして立ち上がったが、ふらついてしまう。


「王様、まだご無理をなさってはいけません!馬車で来てください。必ず僕がリバード様をお助けしますから」


イツキは王を叱りながら、厳しい口調で言うと、風のように早く部屋から出ていった。慌てて後ろからアルダスが追いかけて行く。


『君だって、一睡もしてないじゃないかキアフ』


エントンは、リバード様を助けると誓うように出て行ったイツキを、もうキアフだと確信してしまった。

 その行動力も話し方も、バルファー王を叱る口調も、まるでカシアがこの場に居るようだったのだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

これから予言の紅星1と2の手直しを考えています。

執筆当初は表現力もなく、あまりに恥ずかしい部分が多いため、加筆と表現の訂正をしていきます。

更新が3日に1度になることがあるかもしれません。よろしくお願いいたします。

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