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レガート城と事件

執筆開始から1年を迎えました。

ここまで辿り着くことが出来たのも、読者の皆さんのおかげです。

ありがとうございます。


今回の話で親子対面の予定でしたが、力不足からか、力が入り過ぎたせいなのか、次話に持ち越しとなってしまいましたので、ババーン!と2話同日掲載しました。

お時間のある方は、2話とも読んでやって頂ければ感激です。12時と13時の更新です。



 ハジャムは、イツキのお城へ行く発言に対し、イツキの表情を見ながら言葉を選んで質問する。


「それで、何故こんな時間からお城へ行くんだ?困り事なら相談に乗るぞ」


のんびりと質問する振りをしながら、イツキには真剣な視線を向けるハジャムである。ハジャムはイツキの為に、イツキを護る為にレガート国にやって来たのだ。ラミルに居れば、必ず役に立てると思って。


「別に困り事なんか有りませんよ。見学ですよ見学」


 ブルーノア教会の活動を知られる訳にはいかないイツキは、この場に居る教頭先生もヤン先輩もパル先輩も、信頼できる味方だと思っている。しかし、上級学校の学生・治安部隊指揮官補佐・ブルーノア教会のリース(聖人)という、3つの立場を持つイツキにとって、全てを打ち明けることは出来ないのだった。


 最も優先すべき立場はリースであり、【予言の子】なのだから。


 イツキはハジャム医師に目配せをして、薬を用意するためにパル先輩のベッドから離れて、ハジャム医師と机に向かった。


「これから国王に謁見しますが、ご心配には及びません。もしもサイリス(教導神父)のジューダ様の時間が取れれば、同席をと伝えてください」


イツキは小声でそう言うと、用意しておいた薬を取り出し、ハジャム医師に渡した。


「教頭先生とヤン先輩は、校長先生から事情を聞いてください。それからヤン先輩、僕は明日の夕方まで帰れないので、インカ先輩と2人でパル先輩が出歩かないように番をお願いします。僕はもう行きますので、ハジャム医師の指示に従ってくださいね」


「了解!しっかりパルの番をしておくよ。気を付けて行ってこいよ」


元気そうな声でヤン先輩は手を振っているが、顔は心配で堪らない表情である。イツキは此処でもまた心配を掛けてしまったなと、申し訳なく思いながらも、せめて少しでも心配を和らげられるならと、笑顔で手を振って応えた。

 イツキを見送った教頭、ヤン、パルの3人は、イツキは治安部隊の仕事で城に行くのだろうと察して、部外者であるハジャム医師には、そのことが言えなかったのだろうと思った。



 イツキは急ぎ東寮に向かい、誰も居ない室内の自分の荷物の中から、1冊の古い教典を取り出した。

 その教典は、銀糸で縁取られ金糸で文字が縫いとられており、見るからに貴重な本だと分かる。半分は現代語で書かれているが、もう半分はブルーノア文字で書かれているため、イツキ以外には読むことも解読することも出来ない。


 その貴重な教典の間には、ブルーノア本教会発行の資格証と、リーバ(天聖)様直筆のイツキの身分証が挟んであった。

 これだけは使いたくないと、強くイツキは思っている。

 念のため、本当に緊急の時にだけ見せる為に持っているのであって、従わせるために所持しているのではない。

 イツキは鞄に教典と私服の着替えを入れて、急いで校長室へと向かった。




 ◇  ◇  ◇


 レガート城へと向かう馬車の中には、イツキとエントン秘書官とシュノー技術開発部部長の3人が乗っていた。

 城までは馬車で30分くらいだが、誰も口を開こうとしなかった。本来なら和やかに話が弾むメンバーなのに、3人共これからのことを思案して口が重かった。


 エントン秘書官は、イツキの顔をチラチラ見ながら、メガネを掛けて表情がよく判らないままで謁見させるべきか、メガネを外させて妹カシアによく似た素顔を見せるべきかと悩んでいた。


 シュノー部長は、イツキのことをキシ公爵アルダスに知らせるべきか、レガート軍本部に行ってギニ副司令官に知らせるべきかを悩んでいた。そもそもこの2人が蒔いた種なのだから。


 イツキは、初めてお会いする父バルファー王のことを考えていた。

 噂で聞く国王様は、強く優しく国民思いで、決断力と行動力があり、不正を許さない名君であると言われている。

 こんな形でお会いすることにはなったが、今は非常時なのだ。ギラ新教の魔の手は、レガート国の中に既に入り込んでいる。

 のんびり3年も過ごしていたら、この国が危険に曝されることになるのだ!



 そうこうしているうちに、馬車はレガート城に到着してしまった。

 イツキは馬車を降りると、内門から中に初めて入っていく。

 シュノー部長は、別の用があるからと、イツキに手を振って別れて行った。

 内門を通り抜けると、前庭の大噴水を囲むように、花壇が丸く配置され、庭木も手入れが行き届いていた。美しい模様の石畳が中庭へと続き、その先の正門の前には詰所があり、左右に5人ずつ王宮警備隊の隊員が、レガート城の入り口を守っていた。


 警備隊の者たちは、エントン秘書官の姿を確認すると、緊張して礼をとり、その後ろに続く上級学校の制服を着た学生に「誰だお前?」という視線を送った。


「秘書官、申し訳ありませんが、許可証の無い者とのご入城の際は、身分と名前を記入する決まりになっています」


「ああ、そうだったな……イツキ君、名前と身分、仕事の欄には上級学校の名前を記入しておいてくれ」


考え事をしていて、つい通り過ぎようとしていた自分に苦笑いしながら、イツキを詰所の中に連れて行く。

 イツキはキアフ・ラビグ・イツキ、子爵家当主、国立上級学校と記入した。エントン秘書官もその横の同伴者の欄に、自分の名前と役職名を記入した。



 いよいよレガート城の正面扉の前まで来てしまった。イツキは少し緊張はしたものの、開け広げられていたレガート国の紋章の入った白く美しい木の扉に、つい見とれてしまう。

 その紋章は、母カシアがイツキに残した唯一の形見、指輪の内側に彫られていたものと同じだった。


 城の中は広い吹き抜けのホールから始まり、正面には、赤を基調にした絨毯が敷かれた広い階段があり、左右には青を基調とした絨毯を敷いた長い廊下があった。

 廊下の右側東棟は、各官僚や上官たちが働く事務室や会議室、王宮図書館などがある。いわゆる政務棟と呼ばれる建物で、5階建てで部屋数は36部屋あった。


 廊下の左側西棟は、2階までが大臣たちの執務室や会議室があり、3階はレガート軍司令官室、警備隊隊長室、調査官室、新しく出来た治安部隊室、作戦会議室がある。

 4階は王の執務室や秘書官の執務室、謁見の間、貴賓室の大と小、面会控え室のみで、5階はレガート王家の居室になっていた。


 階段は正面の他にも、左右の棟の中間にもあるので、王宮で働く者はその階段を使用している。

 尚、城で働く者たちの出入りは、2ヶ所の通用門からになっていて、城への入口も通用口を使っている。

 

 因みに3階建ての別棟、後宮にも王家の人間が住んでいる。王妃や側室、成人前(15歳)の王子や王女である。

 別棟は他に2つあり、1つは来賓用の宿泊施設で、もう1つはパーティー用の大広間を兼ね備えた貴賓室棟である。



 城の中に入ると、エントン秘書官の帰城を知った事務官が走り寄って来て、秘書官に何やら耳打ちをする。

 秘書官は一瞬顔色を変えたが、イツキの方を見て事務官に短く指示を出した。


「イツキ君、急用が出来たので4階で待っていてくれ。もしかしたら遅くなるかもしれない」


そう言い残して、エントン秘書官は慌ただしく城の外に出ていった。

 残されたイツキは、秘書官の様子と事務官の様子から、緊急事態が起きたようだと推察するが、ここは王宮である……指示通りに待つしかない。

 事務官は、イツキを4階の部屋まで案内してくれた。

 本当はゆっくり城内を見学したかったのだが、時刻は既に午後6時を過ぎており、城内は薄暗くなっている上に、就業時間が過ぎて人も少なかった。



 4階の貴賓室(小)に通されたイツキは、美しい装飾が施された豪華な部屋に戸惑っていた。丸いテーブルを囲む椅子は4脚、長椅子が1つ、上質な革張りの大きなソファーもあり、どれもこれも素晴らしい作りだった。絨毯はもちろんフカフカである。

 貴賓室なんて落ち着かないなと思いながら、イツキはメガネを外して身形を整える。

 それから1時間以上過ぎた頃に、ドアをノックして警備隊員が入ってきた。

 

「失礼します。秘書官は遅くなるので、食事をして待つようにとのご指示です」


食事を運んで来た王宮警備隊の隊員は、テーブルの上に食事を置き「ご用があればこのベルを鳴らしてください」と言って、イツキの顔は殆ど見ないまま、一礼して部屋から出ていこうとした。


「ご苦労様レクス。希望が叶って良かったね」


 隊員は突然自分の名前を呼ばれて、半分部屋から出ていた体を部屋の中へと戻し、声の主の方に視線を向けた。


「・・・?・・・!イ、イ、イツキ先生!!」

「やあレクス。軍学校卒業以来だね。ハモンドも元気かな?」


 イツキが軍学校に研究者として入ってから、最初の卒業生になるレクスは、成績優秀で卒業後2年間上級学校に編入し、その後念願叶って王宮警備隊に入隊していた。

 ハモンドも同期の卒業生で、2年前にカルート国とハキ神国の戦争を終結させる為、共に旅に出た教え子で、レガート軍のソウタ指揮官の下で働いている……はず。


「やあ?やあって何なんですか?皆心配してたんですよ!ハモンドなんて暫く泣いてましたよイツキ先生!それから、なんで今更上級学校の制服なんか着てるんですか?」


 教え子にまでに心配を掛けていたと知ったイツキは、苦笑いしながらも「いやーゴメン」と謝った。


「ところでレクス君、何があったんだ?」

「えっ?何がって?」


レクスは久し振りに、イツキの黒い微笑みを見て『しまった!』と後悔したが、イツキ先生のこの黒い微笑みに逆らう術がないことを、軍学校時代しっかり心に刻んでいた。


「実は、第2王子のリバード様が毒を盛られ、ラミル正教会病院に運ばれました」


レクスはこれで2度目なんですと、小声で付け加えて教えてくれた。

 そろそろサイリス(教導神父)様か、キシ公爵かギニ副司令官辺りが、自分が王様と謁見すると知らせを聞いて、駆け付けて来る頃だと思っていたのに、誰もやって来ないのは、この事件が原因なんだと納得がいった。


 サイリス様は当然病院に居なければならない。キシ公爵は事件を調べているだろうし、レガート軍のギニ副司令官は国王警護のため、教会病院に詰めている筈だ。

 イツキはレクスにお礼を言って、気持ちを落ち着ける為にも、夕食を食べることにした。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


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