イツキ、王命を受ける
予言の紅星シリーズの1回目の掲載が、昨年の6月6日でした。
早いもので1年が過ぎようとしています。
少しは文章力が上がったのだろうかと思いながら、日々勉強中です。
どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。
シュノー技術開発部部長からサプライズな話を聞いた後、発明部の皆は俄然遣る気になって、課題の設計図や、これからの予定をガンガン書き込んでいく。
これまでに作成した武器?や発明品の数々を、張り切って見せている顧問の熱血教師イルート先生は、とても嬉しそうに熱弁を振るっている。
ふとシュノーさんからの視線を感じたイツキは、何か話があるのだろうと思い、頷いてイルート先生の話を遮るように話し掛けた。
「シュノーさん、他にも優秀な部活が多いので、ぜひ案内させてください」
「そうなんだ。それは是非見学させて貰おう。イルート先生、これから指導のために時々伺いますので、素晴らしい作品をお願いします」
イツキの話に合わせて、シュノー部長は発明部から移動することになった。
イルート先生も部員たちも、もう行ってしまうの……と、それはそれはがっかりした表情をしたが、時々来てくれるという話を聞いて、満面の笑顔で見送りをしてくれた。
「元気だったかい?キシ組も奇跡の世代の奴等も、とても会いたがっていたよ。もちろん僕もさ。春休みには技術開発部に顔を出してくれ。意見を訊きたい武器や開発品があるんだ」
工作棟から特別教室棟へ向かいながら、シュノー部長は優しくイツキに語り掛ける。
回りを気にしながらも、2人はあれこれと会えなかった間の話をしていく。
「あのう、シュノーさん、お願いがあるんですが」
「任務のことかい?何故君はそんなに苦労しなくちゃいけないんだろうな?エントン秘書官なんて、今回の上級学校の入学に合わせて、イツキ君に任務と役職を与えたと知って、アルダスとギニ副司令官に激怒し、1週間口を利かなかったらしい・・・」
シュノー部長は、申し訳なさそうに王宮での出来事を語った。
そして、全員がイツキ君のことを大切に思っているんだけど、やはり大人の我々が君に甘え過ぎだし、僕だって判ってはいるんだけども、君に試作品の意見を訊きたくなるんだよ……と呟いて、すまないなと頭を下げた。
「やめてください!シュノーさんが謝る必要なんて何もありませんから。それに僕が任務を受けたのは、僕にとっても都合が良かったからです。ですから僕の為に協力してください。これから各部活をご案内しますが、剣術部の時だけ、僕と、より親しそうにして欲しいんです」
特別教室棟の階段を上がりながら、イツキは変なお願いをする。
「君がそう言うのなら、そういうことにしておこう。君の役に立てるのなら何でもするよ。また抱き付いてもいいのかな?」
シュノー部長は冗談を交えながら、笑って了解してくれた。イツキも笑いながら、それはちょっと……と言いながら、3階の実験室までやって来た。
シュノー技術開発部部長が、最近の化学部と植物部の研究成果を、顧問の先生から聞いている間に、イツキは親衛隊隊長のクレタ先輩とパルテノン先輩を手招きして、執行部のザク先輩の動向を探って欲しいとお願いした。
2人は事情も聞かずに、「了解」「任せとけ」と言って、イツキの肩をポンッと叩いた。
最後の案内場所は剣術部だった。
イツキはシュノー部長に目配せをして、計画通りに親密さをアピールする。
キシの人間を憎んでいるブルーニの反応を視るために、見せ付けるように笑顔で話していると、予想通り顔の周りに黒いオーラを纏い始め、黒いオーラは次第に大きくなり、直ぐに全身を覆っていった。
イツキは仕上げに、ブルーニの方を見てニッコリ笑って見せる。
隣のドエルとルシフも黒いオーラを身に纏い、イツキを睨み付けてきた。イツキはその視線には気付かない振りをして、シュノー部長と体育館を出ていった。
剣術部の顧問でもあるフォース先生が追い掛けてきて、このまま校長室まで案内するようにと伝えてきた。
イツキは覚悟を決めて校長室のドアをノックする。
中から「どうぞ」と声が聞こえて、イツキはドアを開け「失礼します」と一礼して中に入り、ドアノブを持ったままシュノー部長を中へと招き入れた。
向い合わせのソファーは2人掛けで、右奥にエントン秘書官、左奥に校長が座っていた。
シュノー部長はエントン秘書官の隣に座り、イツキは校長の隣に座るよう促された。
イツキは椅子の前まで進んだ所で、エントン秘書官の方を向いて深々と頭を下げた。
「エントンさんご無沙汰して申し訳ありません。ご心配をお掛けしたこと、深くお詫びいたします」
「イツキ君、君が謝る必要なんてないよ。僕が君を心配するのは、僕の勝手な思いからだ。それより元気に戻って来てくれて嬉しいよ。さあ、掛けて」
エントン秘書官は、ニコニコ嬉しそうにイツキを見ながら、座るように右手で促す。
「秘書官はイツキ君をご存じなのですね?それでは、治安部隊も秘書官が指揮されているのですか?」
校長は、親しそうなイツキと秘書官を見て、イツキと秘書官は仕事上の部下と上司なのだろうかと確認する。
「いいえ、治安部隊は国王直轄です。それにイツキ君はレガート軍の兵士ではありませんし、レガート国の官吏でもない。出来れば正式に私の元で働いて欲しい願望はありますが、私も国王様も上級学校の学生でいる間は、イツキ君を働かせることに反対なのです。私が今日ここに来たのは、イツキ君にお詫びを言うためと、国王陛下のお言葉を伝えるためです」
エントン秘書官は、レガート王家の紋章入り黒革のファイルから、上質な1枚の紙を取り出しながら、来校した本当の目的を告げた。
「「国王様からのお言葉ですか??」」
予想外な話に驚いて、イツキと校長はハモりながら顔を見合わせる。
そして2人は立ち上がり、正式な礼をとるため椅子から離れてドアの前に立ち、右足を後ろに下げて膝を付き、右手を軽く握って胸の前に置いて頭を下げて言葉を待つ。
「キアフ・ラビグ・イツキ子爵、上級学校在学中は、レガート国の為に仕事をすることを止め、学業に専念すること。その為、治安部隊指揮官補佐の任を解くものとする。ただし、教会の仕事を止めるものではない。異議ある場合は、直接王の前にて申し立てることを許すものなり」
エントン秘書官は国王からの命令書を、頭を下げたままのイツキに手渡した。
イツキは困ったことになったと、事態の納め方を思案しながら肩を落とした。
「お2人共、椅子に座ってください。イツキ君も楽にしてくれ。私はお詫びに来たと言っただろう・・・レガート軍は君に甘え過ぎた。12歳の君に武器を作らせ、隣国の戦乱にまで赴かせ、結果としてカルート国に飛び地を得た。私もバルファー王も申し訳なく思っている。今回の指揮官補佐の仕事は、ギニ副司令官とキシ公爵の命令だったと思うが、バルファー王はお認めになっていない。イツキ君……君は……君はまだ14歳だ。せめて3年間だけでも、普通の学生として暮らして欲しいんだ」
エントン秘書官は自分の思いを続けてイツキに伝える。その表情は、まるで愛しい我が子を見ているようで、お詫びと言うより、お願いに近い感じだった。
国王に次ぐ地位の秘書官が、学生のイツキに対し、必死の思いを伝えている様を見ていた校長とシュノー部長は、この場に居ても良いのだろうか……と心配になる。どこに視線を持っていけば良いのかと、視線をエントン秘書官に向けないようにする。
「エントンさん、ありがとうございます。でも、どうやら僕は王様にお会いしなければならないようです」
イツキは伯父であるエントンが、自分のことを大切に思って、上級学校まで来てくれたのだと分かり、本当に、本当に嬉しかった。
でも、それは出来ない・・・自分には【予言の子】としての使命があるのです……と心の中で叫んだ。
イツキは滲んできた涙を堪えながら、伯父エントンと父バルファー王の申し出を断る為に、異議を申し立てに行くことを告げた。
「どうして?何がそんなに君を働かせようとするんだい?・・・いいだろう、バルファー王は、ずっとイツキ君に会いたがっておられた。いい機会だからこれから会いに行こう」
エントン秘書官は、まさかイツキが王命に異議を申し立てるとは、そんなことになるとは夢にも思っていなかった。
『今度こそ、学校が休みの時は自宅に招いてゆっくりさせてあげよう……エルビスだって喜ぶだろう。今期は執行部の部長になったと校長から聞いた。イツキ君は風紀部役員だ。2人の成長を見ながら過ごせそうだと、春休みが待ちきれない思いだった。そして教会に願い出て、イツキ君を正式に自分の養子にしようと思っていたのに・・・何故なんだ?』
「ええっと……秘書官、これからですか?既に夕刻ですので、明日改めてイツキ君を登城させるよう手配しますが……」
ボルダン校長は、とんでもない展開に半分パニックになりながらも、学生を守る立場から引き留めようとする。
王命に逆らうイツキ君の発言に、どんな罰が下されるか判らない。せめて明日であれば、イツキ君を説得して王命を受けさせることが出来るかもしれない。いや絶対にそうすべきだ!と、焦る気持ちを抑えて判断する。
しかし、イツキを守るための判断も虚しく、イツキは即答で返事を返した。
「分かりました。少し待ってください。ケガをした友人の様子を診てきたいのです。それから、明日は軍学校に行く予定なので、風紀部の者に指示を出しておかねばなりません。申し訳ありませんが、20分待ってください」
「いいだろう」
イツキは直ぐに立ち上がり、皆に一礼してから校長室を出て行った。
イツキの返答を聞いたエントンは、正直ショックだった。校長が止めようとしたのにも係わらず、国王に会いに行く決断をしたのだ。それは、これからも働くことを望んでいるということだ。いいだろうと答えたものの、自分の言動や行動が、イツキ君を追い詰めてしまったのかもしれないと、後悔して頭を抱えた。
校長とシュノー部長は、あまりに急な展開だったので、上手く間に入れなかったことを悔やむ。
校長室に残された3人は、大きな溜め息をついて、何故イツキ君は、ああも頑なな態度を取ったのだろうかと考えるのだった。
イツキは保健室に向かいながら、どうしたものかと考えたが、成るようにしか成らないと思い直して、気持ちを切り替えた。
保健室に入ると、部活を早目に切り上げたヤン先輩と、教頭先生と、ラミル正教会病院のパル・ハジャム医師の3人が、パル先輩を囲んでいた。
「あれ、ハジャム医師がいらしたんですか?」
「今来たところだけど、イツキ君、俺じゃあ不服なのか?」
2人はハハハと笑いながら握手をして、パル先輩の術後の診察を始めた。
「先輩、具合はどうですか?めまいや吐き気、胸の傷みなど有りませんか?」
イツキは胸の音を聴診器で聴きながら、容態を尋ねる。
「腕の傷みは有るが、打ち身の痛みは少し良くなったよ」
パル先輩はそう言いながら、ハジャム医師に左腕を見せる。
「ハジャム医師、実はこれから急遽お城へ行くことになり、後を任せたいのですが大丈夫でしょうか?」
イツキは申し訳なさそうに質問しながらも、枝が刺さっていた傷口を確認する。
ポックの木の樹液と聖水で出来た湿布を、ゆっくりと剥がしていくと、傷口付近は化膿することなく出血もしていなかった。傷の奥も新しい皮膚組織が出来てきているようだ。
それもこれも、聖水の成せる技である。もしもこの場に他の医師が居たら、到底信じられない回復の様子に驚いたことだろう。
イツキとハジャム医師は顔を見合わせ頷くと、湿布を元に戻して傷口を閉じた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ次話で、イツキは父バルファー王と対面します。