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イツキ、再会に戸惑う

 朝食後、保健室でパル先輩の診察を終えたイツキは、ポート先生と交代して面会謝絶当番をしていた教頭先生に、2つのお願いをした。


 1つ目は、ケガをしたり具合が悪い者が来たら、その者の名前とパル先輩の容態を訊ねたかどうかを、必ず記入して欲しい。

 2つ目は、パル先輩と示し合わせて、容態が悪いように演出して、もしも直接会わせて欲しいと懇願されたら、保健室には入れずに、ドアだけ開けて様子を見せて欲しい。


「それと保健室の機能を、今日と明日だけ他の部屋へ移動させてください。そうすれば、学生は寄り付けなくなり、先生方は番をしなくて済みます。部活終了後は、風紀部が責任を持って保健室で待機します」


イツキは躊躇うこともなく、教頭に指示を出し、それでは……と言って授業に向かった。




 その頃校長室には、王宮からの使いが来ていた。


「本日午後、秘書官と技術開発部部長が来校されます。目的は技術開発部の拡張に伴う、学生の開発能力向上の為の交付金支給と、部活動の見学です。くれぐれも失礼のないよう、ご指導お願いします校長」


「ええっ?ひ、秘書官ですか?」


予想外の大物の来校に、校長の声が裏返る・・・

 秘書官と言えば、国王直轄ナンバー1の地位である。秘書官は各大臣よりも地位が上で、国王の命令や指示を伝え、王宮内外の内務全般を取り仕切る仕事をしているのだ。

 現国王バルファーが、5年前に新しく設けた役職で、その職に就いたエントン秘書官は、レガート軍の司令官を務めた後、国王の片腕として内政全般を任された。


 主に、王宮警備隊と【王の目】である国王直属の調査官を率いている。

 貴族や役人たちにとって、最も恐れられる存在であり、嫌われる存在でもある。

 やましい者にとって、絶対敵に回したくない人物だが、どんな賄賂にもなびかない、鉄の人間だと噂されている。それ故、正しい行いをしている者たちからの信望は厚く、国王に次ぐ人気があった。 


 ボルダン校長も、まさか交付金を秘書官直々に持参してくるなんて、夢にも思っていなかった。

 あれ……?待てよ……確かイツキ君が、今日辺り事件を聞き付けて、自分の上司が来ると言ってなかったか……?いやいやいや……【治安部隊】のトップは指揮官のソウタ、ヨム、2人の教え子だったはずだ……

 いろいろ混乱する頭を振って、思考を切り替える校長である。


「承知しました。失礼のないよう教師、学生共に指導しておきます」


ボルダン校長は、白髪が増えるのを覚悟し、額の汗を拭きながら、伝令に来た事務官に軽く頭を下げた。

 ボルダンが上級学校で働き始めて以降、こんな大物が来校するのは初めての経験だった。喜ばしいことであり名誉なことでもあるのだが、昨日の事件のことを考えると、全く喜べない校長だった。




 昼食時間の食堂で、学生と教師に向かい、校長は2つのことを発表した。

 1つは、パルのケガの感染を防ぐため、午後2時までに保健室を、臨時に一般教室棟1階の教員準備室に移動すること。もう1つは、午後から来校者が来ることだった。


 来校する人物が、生涯お会いする機会などないだろうと思われる、秘書官と技術開発部部長だと知って、学生も教師も興奮し舞い上がった。

 エントン秘書官と言えば、警備隊コースや文官コースの者にとっては、就職にも直結する人であり、軍人コースの者にとっても、国王の懐刀として最も憧れの雲上の人である。

 また、開発部コース、発明部の者にとって、シュノー技術開発部部長は、憧れであり最も尊敬する人である。


「今日は土曜で午後はずっと部活だが、お2人は部活見学をされる。今日は1人のサボりも認めない!真面目に部活に取り組み、お2人の目に留まるくらい頑張るように」


「「 はい!! 」」


学生も教師も元気よく返事をする。食堂内には熱気が立ち込め、文化部も運動部もいいところ見せようと力が入る。



 ただ1人だけ、イツキだけが困った顔をしていた。そんな困った顔のイツキを見て、エンター先輩は意味あり気に微笑みながら、イツキに近付き耳元で囁いた。


「イツキ君、エントン秘書官に心配掛けたことを謝れよ」

「・・・はいエンター先輩」


イツキは嬉しいような困ったような気持ちになり、作り笑いでエンター先輩に答えた。

 明日軍学校で皆に謝ってから、時期が来たら伯父であるエントンにも謝ろうと思っていた。

 エントン秘書官は、探し求めるキアフ(甥)がイツキであると気付いてはいない。だが、もしもイツキが、妹カシアとバルファー王の間に産まれたキアフであったらと、何度も思うことはあった。


 イツキは9歳になった時、軍学校で働くために王都へ試験を受けに来た。

 試験後レガート城見学をしていたイツキは、偶然エントンと出逢った。その時、イツキの顔が、暗殺された妹カシアに生き写しだったこと、歳も同じくらいで母親の命日がカシアと同じだったこともあり、イツキのことが、なんだか他人だとは思えなかった。

 そんなイツキが、孤児であり教会の養い子であると知ったエントンは、イツキを養子にして可愛がりたい、甘やかしてやりたいとまで考えていた。


 当然イツキが行方不明になったと知った時は、仕事を休んで探しに行こうとした程だった。

 そんなエントンは、イツキが戻ったとキシ公爵に聞いてから、居ても立っても居られず、無理矢理予定を調整したのだった。


 イツキにしても、大好きなエントンさんが実の伯父であると知った時は、全ての巡り合わせは、母カシアの導きだったと感じ、嬉し涙を流した。それだって、つい最近リーバ(天聖)様から知らされたことだった。

 

『エントンさん、僕はまだ、甥だと名乗ることはできません。僕に与えられた使命を果たすまで、あなたに甘えることは出来ないのです』





 イツキは昼食後に体調を崩した振りをして、ヤン先輩に抱えられるように、保健室に運んで貰った。

 保健室前には、フォース先生が午後の面会謝絶当番で座っていた。抱えられるように歩いて来るイツキを見て、驚いて駆け寄ってくる。


「大丈夫かいイツキ君?昨夜は看病で眠っていなかったから、無理させてしまったのかな?」


 イツキは笑いながら、念には念を入れての演技ですよとフォース先生に告げた。

 午前の当番だった教頭先生からの伝言で、夕方ラミル正教会病院から、誰かが様子を診に来てくれるらしいと言うことと、保健室に来た者の名前を書いたメモを受け取った。

 イツキとヤンは、辺りに誰も居ないのを確認してから、保健室に入って行った。


 2人はベッドの衝立からそっとパルの様子をうかがう。パルはぐっすり寝ていて、顔色も今朝より良くなっていた。一安心した2人は、パルを起こさないよう小声で話し始めた。


「イツキ君、そのメモには何て書いてあるんだ?」


保健室に来る途中、教頭先生に頼んでおいた内容を、イツキから聞いていたヤンは、誰が来たのか早く知りたかった。


 教頭先生のメモには、2人の名前が書いてあり、会話の内容も記されていた。

◎3年A組、K、頭痛を訴え薬を貰いに来た。パルのことには触れず。

◎2年A組、ザク、肩の打撲あり。湿布を貰いに来た。パルの様子を尋ねる。自分の所為でケガをさせたので謝りたい。話ができるかと質問する。戸を開けて中の様子を見せた。


「3年のKはブルーニ親衛隊ですね。ザクはケガの原因を作ったので、パルのことが心配になったのかな?しかし、エンター部長から執行部の役員は、面会に行くなと厳しく言われていたのに……肩の打撲かぁ?」


「成る程……まだ確証はありませんが、ザク先輩の動きを、僕の親衛隊に探って貰いましょう」


意外と早く親衛隊の出番が来たなと思いながら、イツキは自分の目的をヤンに説明した。

 ドエルが首謀者であれブルーニが首謀者であれ、実働する駒が誰なのかを探ることが大切で、その駒の動きを探れば、次のヤマノグループの動きと行動を知ることが出来るのだと。


 30分後、目を覚ましたパルを診察し、順調な回復をしていると判断したイツキは、夕方また2人で来ますと言って、ヤン先輩は部活の剣術部に、イツキは発明部に向かう為、保健室を出ていった。


 午後2時前、保健室機能を一般教室棟に移すため、数人の教師が保健室にやって来た。これで、学生が保健室に来ることは無くなる筈である。




 

 発明部に遅れて顔を出したイツキは、工作室に懐かしい顔を見付けた。


「やあイツキ君、発明部に入部したんだね。何を作る気なんだい?」

「お久し振りですシュノーさん。ご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした」


 工作室に来ていたレガート技術開発部部長のシュノーさんが、ガバッと抱きついてくる。そして耳元で「うちの奥さんが心配してるから、今度遊びに来いよ」と囁いた。

 奥さんは、イツキが4歳から9歳までの間、母親代わりで育ててくれた、ミノス正教会のマキさんの娘のネリーお姉ちゃんで、2年前にイツキが間を取り持って結婚していた。


「おおぉー!イツキ君て本当にキシの子爵様だったんだね!」


発明部の5人+顧問のイルート先生は、親しげに抱き合うイツキとシュノー部長を見て、感動の声を上げた。


「部員が全員揃ったようなので、正式発表は来月だが、大切な話を伝えておく!今年の卒業生から留学制度が変わる。これまでは特に優秀と認められた学生のみ、隣国ミリダ王立先進学院に国費で留学が許されていた。しかし今年から、先進学院と工業学院の各々の学校に、1人ずつ留学できると決定した。選抜条件は、認定試験に合格し、ミリダ語でAの成績を取ることである」


シュノー技術開発部部長は、極秘だがと前置きをして、嬉しいニュースを伝えてくれた。しかも留学期間は2年である。留学後は技術開発部への就職が義務付けられる。すなわち、留学させて貰った上、憧れの場所で就職できると保証されるのである。


「えええぇーっ!毎年2人も国費留学出来る?」


発明部の5人は、夢のような話を聞いて、気持ちは隣国ミリダへと飛んでいくのだった。

 苦手なミリダ語はどうするのだろうかとイツキは心配するが、ここは先輩の将来の為に、スパルタで教えて差し上げようと決心するイツキだった。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

イツキとエントンの出会いは、《予言の紅星2 予言の子》

レガート軍入隊編の【イツキ、困惑する】と【イツキ、合格はしたけれど】で書いています。

良かったら、読んでみてください。

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